第71話 友人

 彼の幼少期… 3才の頃。


 彼の人格形成に置いてもっとも暗い部分を作り出したのは間違いなくこの時だろう、自分は周りとは違い危険な生き物で、決して群れに混ざることはない。


 子供ながらにそんな大きな疎外感を味わい、その後は母を失うことになったのだから。


 シロの過去は悲惨という他なかった。


 現在、三人のいる場所は彼が幼少期の頃に住んでいた家… 時間帯は夜、シロと母のユキが普通の家庭同様夕食を楽しんでいるころだ。


 そんな当たり前だが楽しい母と子の一時に起きてしまった事件、かつてシロ本人も記憶から消してしまっていたほど最悪な事件を三人は見せられていた。





『いたぞ、獣と人間の間に生まれた悪魔の子だ… 地獄に返してやる』


 幼い彼に突きつけられた黒いもの。


 銃だ…。


 それはかばんの記憶にも新しい物で、その道具が生き物を傷つけ命を奪うものだと容易に想像が着いた。


「これは正直見れたものではありませんね」


「おい、あの5人のうちの一人ってさっき幼稚園ってとこにいたやつじゃないのか!?」


「ダメ…!シロさん逃げて!シロさん!」


 無論映像に対するかばんの叫びは彼に聞こえない、だが幼い彼はそれを見て怖いものだと本能で気付くと、背中を向けて母の元へ走った。


 銃を向ける男の方から… カシャン と弾丸を装填する音が聞こえた。


「ダメ!やめ…!」



バァーンッ!



 彼女が止めに入ったところで意味はない、これはそういう映像なのだから。

 無情にも幼い彼はその小さな背中に銃弾を受け、その場に倒れた…。


「一度死んだことがあるとは聞いたことがあった… だがこんな!こんな残酷なことってねぇだろ!小さな子供を背中から撃ち殺すなんて!」


「見てはいられませんね… まったく、時に人間とは汚い心を持った生き物です

 そんな人の姿になったのがフレンズとは、皮肉というかなんというか」


 過ぎたことだ、実際彼はこの後大きくなってパークに移り住み、かばんやみんなと出会うととても救われていった。


 これは過去、映像に過ぎない… だがかばんには自分の目の前で今の子供達よりも小さな彼が撃ち殺されているという事実が耐えられるはずもなく、膝を付き断末魔のような悲鳴を挙げた。


「いやぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」


「かばん!落ち着け!気持ちはわかるが、これは映像だ!何もできない!過去じゃなく今のシロを救え!いいな!?アイツは死んでない!生きてるんだ!」


 ツチノコが取り乱すかばんをなだめていると銃声を聞いた彼の母、ユキが玄関まで駆け込み我が子を抱き締めて安否を確かめていた。


 そして…。


『あなたたちがやったの…?なんでですか?』


『獣のクセによくしゃべりやがる、こいつも子供のところに送ってやるんだ!』


 瞬間、彼の母… ホワイトライオンの目は野生の輝きを放ち、怒りの咆哮を挙げる。


 その時。


 まるで母と重なり合うように…。


「『グゥアァァァァァァァアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」』

 


 船の上で暴れる彼の姿が現れた。



「出ました!呼び掛けて!」


 オイナリの言葉に正気に戻ったかばんはツチノコと共に彼に呼び掛けを続けた。


「シロさん僕です!かばんです!もう戦わなくていいんです!もう終わったんです!こっちを見て!話を聞いて!」


「聞けシロ!これ以上やりたくもないことすんな!帰ってこい!家族をほったらかしにする気か!」


 母が一人を切り裂くと、息子も同じように目の前の人間を切り裂いた


 母が返り血を浴びる度、息子も返り血にその身を汚していった。



 ひとしきり殺戮が済むと母は冷たくなっていく息子を抱き締めながら泣き、それを見下ろすようにして彼は三人に背を向けたまま静かに佇んでいる。


 かばんは彼に語りかけた…。


「シロさん?もういいんです、手を汚すことはないんですよ?それに仮にシロさんの手がいくら汚れていようとも、僕はその手を離しません、僕が綺麗にしてみせます… できないなら一緒に汚れます、だからもう帰りましょう?あんな人達放って帰りましょう?シロさんの家はここじゃありませんよ?」





「ダメだ…」



 なんとその時、彼は返事を返したのだ。


 つまりこれは彼の心により近づけたことを意味する。


 しかし、今の彼の心は三人が思っている以上にずっと深刻なダメージ受けていた。





「許せない… 人間が全部許せない!殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺してもまだ許せない!でもそんな汚い自分が一番許せない…!

 こんなんじゃダメだ!人間すべてが許せないってことは君も子供達も否定してるようなものだ!父さんもミライさんも部下の二人もみんな同じだと思ってるってことだ!

 俺は歪んでる!狂ってる!汚れてる!今の俺に家族を抱き締める資格はない!幸せに生きる資格なんかないッ!!!」


「そんなことない!僕はそうは思いません!じゃあどうしてまた僕を抱き締めてくれたんですか!どうして子供達の頭を撫でてお礼を言ったんですか!?

 僕は嬉しかった!こんなになってもまだシロさんが僕を愛してくれてると思ったから!まだ子供達の大好きなパパだと思ったから!

 怒ってることも許せないこともわかってます!僕も同じです!例え歪んでても構いません!狂ってても構いません!汚れてたっていいんです!


 全部全部… 僕は受け入れます…!

 

 だから!だからお願い… 帰ってきて?


 ユウキさん?」


 かばんの精一杯の叫びにシロの心は揺らいでいたのだろう、その場に膝を付き肩を震わせていた


 もう一息だ… 皆そう思っていたが。


「ダメだ… ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだぁッ!」


 ボォウ!と炎の渦が現れ、彼を包み込む。


 そのスザクの炎は敵意のない三人には熱も感じられないが、周囲の風景を瞬く間に焼き払っていく。

 夜なのに明るく見える彼の思い出の家、その母と過ごした貴重な数年が残っている彼の家は自身の身から吹き出す炎に焼かれていく。


 やがてその場から彼の姿は消え、家も庭も真っ黒に焼け落ちてしまった。





「あっという間に焼けたじゃねぇか… くそ!もう少しなのにあの野郎意地張りやがって!」


「強情ですね… こちらの言葉が届き彼の言葉も聞くことができました、明らかに近づいていますが… しかしここでスザクの炎が邪魔をしてくるとは油断しました、また逃げられてしまいましたね」


「シロさん…?どうして?もうこちらを見てもくれないんですか?」



 悲しみに押し潰されているのはかばんだけではない、彼も同じだからあのような態度をとるし、ツチノコもオイナリも悔しい気持ちでいっぱいだ。


 だが落ち込んでいる暇はない、三人は次の策を練る。





「帰りたいのは本人もやまやまだとわかりました、それではやはり彼の怒りや罪悪感をなんとかしなければなりません…」


「このまま辛い思い出を追いかけてもさっきの繰り返しになりそうだな?なにか決定打に欠ける、自分を許せるきっかけがほしいな?アイツだって悪い人間ばかりじゃないことはわかってるんだ」



 決定打… 自分を許せるきっかけ…。


 ツチノコの意見にかばんは頭を悩ませた


 自分を許すにはまず人間を許さなくてはならない、でもすでにシロさんは人間そのものに憎悪を抱くようになっている。


 元はそんなことはなかった、“罪を憎んで人を憎まず”ある日彼はそんなことを話していた気がする… とかばんは記憶を辿る。



 そもそも彼は優しくて思いやりがある、元から優しいんです、パークにくる前から。

 でもだとすれば、シロさんの優しい性格を保った理由がパークの外にもあるはず…。



 かばんは何かに気付き、顔を上げると二人に言った。


「入ってみたい扉があるんです…」







 一旦初めの部屋に戻りかばんが手を掛けたのは“友人”と書いた扉だった。


「友人?なんでこの扉なんだ?」


「いるはずなんです… 海の向こうにも彼が心を許せる仲間が…」


「友人… ですか?しかしあの思い出を見てきたあとだとあまり綺麗な思い出が無さそうですが」


 いやいるはずだ、絶対にいるはずだ。


 かばんには確信があった、あれほどの目にあってなぜ彼にあそこまで思いやりがあるのか、なぜ人にはない強い力を持ちながら闘いを好まない温厚な性格を持てるのか。


 なにもナリユキの教育だけが人格形成に影響を与えてはいないはずだ。


 これから彼を通して見なくてはならないのは、彼から見た人間のよい側面。

 たとえ記憶の底にあったとしても必ず見つけることができるはずだ。



 ガチャ…。



 扉を開くとそこはまだジャパリパークだった。


『見ればわかるだろ!ツチノコだよ!』


『ごめん… ツチノコ見たことなくって…』


 やはり友人といえば彼女が真っ先に出るのだろう、ツチノコと彼が初めて会ったシーンだった。


 次の扉も… 次の扉も… まだフレンズ達との記憶。



 違う… 外の友人、いるはずなんです!絶対に!



 必死にドアを進むうちにかばんはある扉に目がいった。


「これは…」


「おや?これはまた不思議ですね?」


 “ごめんねツチノコちゃん”

 この扉にはそう書いてあった。


「っ!?まて開けるな… 見る必要はない!関係ないだろ今は?そうだろ?」


 どんな内容なのか勘のいい彼女にはわかってしまったのだろう、これは見せるわけにはいかない… 彼の名誉の為でもある。


 だがかばんも彼女がそこまで止めるのは何故かと気になった、自分の知らない二人だけの秘密があるのかと思うと少し嫉妬もあった。


「…」ガチャン


「お、おい止せ!?」


 少しムッとすると彼女は黙って扉を開けた。





 知るべき知らぬべきか、かばんは複雑な気持ちになった。


「なぁかばん?これは… お前が思ってるようなことじゃないんだ!」


 場所は地下迷宮… そしてツチノコがそこにいるということは子供達が生まれる前の出来事だろう、様子を見るに彼がセルリ病になってしまい死に場所を探している頃だ。


 そしてそれは彼が…。


 ツチノコにキスを迫る瞬間だった。



『やめろって言ってるだろぉっ!!』ドンッ


 厳密にはしてしまった訳ではない、彼はツチノコに蹴られて壁にもたれ掛かった。


 こうして第三者として見るとよくわかる、この頃の彼が如何に深刻な状態だったのか。


 だがその映像はかばんの胸を大きく締め付けていた。


「騙してた訳じゃないんだ… これはアイツがセルリアンになったときの記憶だ、アイツはオレに殺してくれと頼み込んできた… 理由もなしにできないことを伝えたら、アイツは“浮気したら眉間に風穴”って約束をしたことを理由にオレに迫ったんだ。

 すまん、いや許せないだろうな… でもオレはもちろんだし、アイツだってやりたくてやってたわけじゃないんだ?オレのことはいい、だからどうかアイツを許してやってくれ!アイツには… シロにはお前しかいないんだ、頼む!」



 そんなことを言われては何も言えなかった… だが正確には裏切られた訳ではない、かばんにもそれくらいわかっていた。


 それでも、“なんともない”なんてとても言える気持ちではないのは確かなのである。


「ごめんなさい… 目的が逸れました、進みましょう」


「お、おいかばん…」


 この件に触れることなく先を急ごうとするかばんを不安そうに気に掛けるツチノコ。


「ツチノコさん、僕は彼を愛しています… それは決して変わりません、ツチノコさんのことも信じています、もちろん彼のことも信じています…」


「そ、そうか… なら」


「でも僕はとても嫉妬深いんです、自分でもうんざりするくらいに…」


「すまない… 黙ってて…」


「いえ、この件は彼を問い詰めます… だからやっぱり帰ってきてもらわないと、でないと許しません」


 本当は彼女もわかっている… 彼なりに考えていたことで、いつもいつでもちゃんと気持ちは自分に向いているということくらい。


「おや…?これはなんでしょうか?」


 そんな時、黙って傍観を決めていたオイナリがある扉の前に立ち声を挙げた。


「“ゲンキ”… なんでしょう?他の扉と違うような?」


「あいつにとって元気の出る出来事ってことか?なんか他と比べて抽象的じゃないか?」


「ゲンキ…」


 気持ちはまだモヤモヤしているが、かばんは一度切り替えてその扉の向こうについて考えた。


 これほど大きな分類なら、最初の部屋で“喜怒哀楽”という分け方をしているはずだ、そもそも家族や友人なんて扉の分け方はされない。


 “ゲンキ”… 言葉の意味としてでなく、なにか似たニュアンスのものをかばんは知っている。


「もしかして…」


「なにかわかったのか?」


「入ってみましょう!予想通りならこの扉が僕の探している記憶です!」



 ガチャン


 三人はその扉の向こうへ足を踏み入れた。








『おい白髪頭!お前のその髪の毛気に入らねぇんだよ!ちょっと面貸せや』


『なんだデブ野郎?上等だダイエットに付き合ってやる』


 態度のでかい大柄の男が白髪の少年にかなり横暴な理由で因縁をつけてきている。


 ただ、少年も負けてはいない。


 彼も眉ひとつ動かさず、相手をキッと睨みを返している。


 周りには同じような服をきた男女がその様子をざわざわとただ傍観している… 


『野郎!表出ろ!』


『どうした?ビビんなよ、負けるとこ見られたくないのか?』


 ここは学校と呼ばれる施設、フレンズの三人にとっては馴染みがない場所だろう。


 そしてここにいる若者達が着ている服はいわゆる学生服、ブレザーにネクタイというスタイルで同じ歳の頃の男女が同じ服装でその教室と呼ばれる部屋に混合で集められるている。


『てめぇ調子に乗りやがってぇッ!』


 大柄の男が煽りに耐え兼ね殴り掛かるが、少年はそれを最低限の動きでかわす。


 同時にドンッ!と彼は大柄の男の腹部に膝蹴りを入れ間髪入れずに拳を振り上げた。


『お前のその面さぁ… 気に入らないんだよ?ちょっと変えさせてくださいよ先輩』


 冷酷に言い放つ白髪の少年がその拳を振りかぶった。


 その時…。


 ガシッ! 


 彼の腕を掴む黒髪短髪の少年がいた


『おいおいやめろよユウキ?また親父さんに怒られっぞ?』


『このデブが、俺の生まれつき白い髪が気に入らねぇってケンカ売ってきたんだ?ちょうど俺もコイツの顔が気に入らないなと思ったから買ったんだよ』


 スッと掴んだ腕を離しユウキの両肩に手を置いた


『こういう時、ヒーローは小物の相手なんかしないんだぜ?お前只でさえ腕っぷしがつえーんだ、もう十分だろ?親父さんにも言われてんだろ?』


『はぁ… 父さんの話出すなよ…』


 溜め息をつき両手をポケットにしまい、ユウキはそのまま自分の席に着いた。


『先輩も戻ったほうがいいーっすよ?それとも先に保健室いきます?』


『チッ!お、覚えてろよ!クソッ!』


 ドスドスと二人のいる教室を後にした大柄の男… いなくなったのを確認後、ユウキは黒髪短髪の彼に言った。


『あー、あのさ?ごめん助かった、だから父さんにはさ…』


『わーかってるよ!黙っててやる!コーラ奢れよ?』


『うん、サンキュー… “ゲンキ”』






「聞きましたか?彼は今あの少年をゲンキと呼びましたね?」


「ここがなんだかよくわからんが、どうやら当りみたいだな?まさか名前だったとは」



 見付けた、やっぱりいたんだ…。


 かばんは安堵した、あんな不幸の連続だった彼にもこうして気づかってくれる友人が向こうにいたことに。


 シロ… いやユウキ15歳、高校一年生になって間もない頃だった。


 

 友人の名は…。



 ゲンキ。

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