第72話 ゲンキ

 ユウキの友人、ゲンキとは快活な男である。


 よくクラスに一人はいる中心になるような男… というほどではないが、決して誰かに恨まれるような男ではない。


 ユウキとは中学生の頃からの仲である。


『ほら買えよ、コーラだったよな?』


『500缶がいいなぁー!』


『おまっ… あぁいいよ、飲め飲め!そんでゲップと一緒に吐け!』


 周りの生徒には壁を作り社交辞令程度にしか話さないユウキだったが、彼だけは違う。


 彼にだけは心を許していた。

 

 そしてそれはゲンキだけが彼に本気で向かい合う男だったからだ。


 ゲンキは彼がフレンズのハーフであることも知っているし、母親のことを言われるとやけに怒りっぽいところも知っているのでそれを何回も見て止めている。


 ナリユキとも顔見知りなのでバカをやらないように見張ってやってくれと頼まれるほど信頼が厚い。


 不思議な生まれと境遇のユウキだが、ゲンキは真逆、普通の両親の普通の家庭で普通に育ってきた、強いて言うならば小学生の弟と妹がいてほんの少しだけ大家族だ。


 ここからは彼等の日常を見ることになる。







『嘘だろ!?俺のアーマージャガーマンが負けた!?』


『甘ぇぜユウキ、その投げコンは見切った!もう俺のアルパカマンは負けねぇ!』


『くっ…!もう一回!』


 学校の帰りはゲームセンターに寄ったりコンビニで買い食いなどしたりカラオケで歌を歌ってみたりと実に高校生らしい生活をしていた二人。


 そんな二人が仲良くなったのは中学二年生の夏だった。


 夏祭りでゲンキは小さな弟達を連れていると運悪く妹が柄の悪い連中にぶつかり食べ物で服を汚してしまった。


 素直に謝ったがクリーニング代と称して 「有り金をすべて渡せ」ときた。

 

 ゲンキは自分の所持金を仕方なく渡したが、弟と妹の分も寄越せと言われたからにはさすがに黙ってはいられない、歳上でケンカ慣れした三人を相手に彼は無謀にも立ち向かうことになった。


 その時だ…。


『おいやめろよ、三対一なんて恥ずかしくないのか?』


 お面を被った少年… しかしその白髪に見覚えがあったゲンキは、すぐにそれが隣のクラスのユウキだとわかった。


『誰だぁてめぇ!』


『通りすがりの仮面ライダーだ、ファイナル仮面ライドを恐れぬのならかかってこい』


 ユウキは顔を隠しているのをいいことに悪ふざけしながらも野生解放でいっきにケリをつけた… ついでにゲンキの所持金も取り返すと話もせずにその場から逃げるように立ち去った。


 が、翌日…。


『昨日は助かった!なんだかわかんねぇけどすげーな!どうやったんだあれ!』


『おかしいな、なんでバレたんだ…』


 あまり人と深く関わろうとしないユウキだがその時からやたらゲンキが絡むようになり、所謂親友のような関係となった。





『なぁユウキ… 同じクラスにエリちゃんっているじゃん?』


『あぁ、吹奏楽部の?』


『そうそう、でさ… 惚れた…』


『お前その惚れっぽいのなんとかしろ』


 よくこうして惚れっぽいゲンキに振り回されることがあったユウキ、ゲンキは一度惚れると恋は盲目という言葉を体現するかの如くその子の話ししかしない、ただし今のところすべて玉砕している、そんな彼も切り替わりだけは一人前だ。


『というわけでラブレターを書いてみた』


『やはり告白か、いつ告白する?私は同行しない』


『なぁー!?今まで励ましてくれたじゃねぇか!ついてきてくれよー!?』


『何回めだよ!さすがに慣れろよ!』


 このように、近くまで着いていっては様子を伺い玉砕したゲンキを励ますユウキ。

 

 切り替わりが早いゲンキには必要ないだろうと思い見なくていいから結果だけ話せと前から言っているが、彼はユウキに執拗に着いてくることをせがむ… 実はあぁ見えて彼は寂しがりなのだ。


 数日後… 定番の校舎裏で放課後待ってますというやつで、角までゲンキを送るとそこでユウキも待機した。


 うら若き男女の声がする…。


『付き合ってくださぁぁぁい!』


『あ~… ごめんね?ゲンキくんはあんまりタイプじゃないかなー』


『ぐはぁっ!?ハッキリ物を仰る!でもそこが好きだ!』


『アハハ、面白いから嫌いではないけどねー?それじゃ』


 やっぱりな… とユウキも声を聞きひとつ溜め息をついた。


 彼から言わせれば…。

 よく懲りずに告白なんぞするものだ、顔が可愛いというだけでどういう人物かもわからないのに… という感じだった。


 恋愛… というものが彼はよく把握できていない、ゲンキが言うにはそんなもの心に聞けばすぐだとの事… でもユウキは心になにを問いかけても「顔は可愛い」「胸が大きい」「足が綺麗」「髪がサラサラ」など年齢相応の外見的感想しか出てこない。


 好みのタイプってなんだろう… なんて玉砕したゲンキが戻るまで考えていた。


『フラれた…』


『知ってる、ハンバーガーでも食いにいこうか?奢るよ』


『ポテトはLな… シェイクも付けて…』


『お前今度ラーメン奢れ』


 彼にも人並みに青春と呼ばれる時期が存在した… 学校に通い、友人と過ごし、普通の少年として過ごしていたのだ。


 だがある日、ユウキは自分が人間ではないと再認識させられる日がやって来る。





 あるとき担任の教師に呼ばれ職員室に顔を出した彼は、その時見知らぬ男と対峙した。


『ユウキ君、こちらカインドカンパニーの社長さんだそうだ… なんでも国が指揮をとるプロジェクトの関係で協力してほしいらしくてね?お話に来てくれたんだ』


『カインドカンパニー?』


 どこかで聞いた… どこだったか?


 ユウキは頭を悩ませたがわざわざ学校にまで来たのだ、もしかしたら父の仕事の関係かもしれないと話を聞くことにした。


 しかしこの男、気味の悪い笑みだ… と第一印象は正直最悪だった。

 やがて教師は席を外すと個室でその男と二人きりになった。


『ユウキ君!よく来てくれたね!私は社長のカインドマンと言うものだ、以後お見知り置きを?私はお父さんとは古い仲でねぇ?そんな感じなのでよろしく?』


『はぁ… 父がお世話になっております』


『そこで早速なんだが…』


 それこそが、因縁のカインドマンとユウキの初対面であった…。


 ヤツはまるでナリユキと友人だと言うようにペラペラと薄っぺらな思い出を語るが、ナリユキから言わせればヤツとは腐りに腐ったまさに腐れ縁… カインドマンはデタラメを並べてユウキを連れていこうとしていた。


『…ということなんだよ!お父さんに許可は取ってある!さぁ行こう!国をあげてのプロジェクトなんだ!人類の未来のために力を貸してくれ!』


 胡散臭い…。


 それが彼からでた正直な感想… ユウキはそう思っていた。


 ナリユキは自分以外のヤツが迎えに来たときは罠の可能性を考えて絶対に着いていくなとユウキに約束させていた。


 しかもこの男、只でさえ胡散臭いのにおまけに着いてこいときたものだ、彼が誘いを断るのに時間はいらなかった。


『父に言われているんです、勝手についていくなって… なので失礼します』


 コイツはヤバイ、絶対嘘をついている。


 父の許可も国が云々というのも嘘だとなんとなく察しがついた、本能のような物が彼にそう言っていた。


 半ば強引に部屋を出て彼が教室に戻ったその時、彼の耳に馴染んだ男の声がドア越しに聞こえてきた。


『もういっぺん言ってみろ!』


 今のはゲンキか?


 彼が怒鳴るなんて珍しいと思った… いつもニコニコ笑ってオチャらけた彼の顔が怒りに歪むところなど見たこともない。


 少し様子を伺う事にした…。


『だからよー?お前の親友は獣野郎なんだよ!ホワイトライオンだっけ?フレンズってやつの子供なんだってな?アイツの親父はライオンとヤったってことか?ヤバすぎたろ!ハハハ!』


 ユウキはハッとした。

 

 その事実はこの学校に知られていないはずだ、なのになぜクラスの連中が知っているのか?


 だが答えはすぐにわかった… さっきのカインドマンとかいうやつ、もしかしたら担任もグルなのかもしれない。


 俺の居場所を奪う気だ…。


 そしてその時、ユウキは同時に父の安否が気になった。


『だからどうした!フレンズって名前の由来聞いてねぇのかよ!この差別主義者野郎!』


『はぁ?獣は獣だろうがよ、なんで畜生と同じクラスなんだよ?檻にでも入れとけって俺は思うわ』


 差別… 人の世界に置いてなぜかそれは必ずついてまわる、特にユウキのような希な存在はその格好の的だった。


『ユウキはユウキだ!獣野郎とか畜生なんて言うんじゃねぇッ!これ以上アイツのことバカにすんなら許さねぇぞッ!』


『ホモかてめぇ?キモいんだよ!』


 その言葉の後、すぐに彼は殴られた。


 バキッ!と鈍い痛みがゲンキを襲う、口が切れて鼻血もでた。


 そして親友を傷付ける者を彼、ユウキは決して許せなかった。


『ガァァア!!!野郎ッッッ!!!』


 バコンッ!


 ドアを破り、野生解放でフレンズ化した彼は教室に飛び込んだ。


『うわぁ!?耳と尻尾があるぞ!』

『本当にモンスターなの!?』

『肉食獣だ!みんな逃げろ!』


 悲鳴や驚愕の声を挙げるクラスメイト達。


 そんな声には耳を傾けず、ただ真っ直ぐに親友を傷付ける者を睨み付けた。


 そして胸ぐらを掴むとグッと怒りを込めて拳を握り締める。


『マジで化けもんなのかよお前…?』


『何とでも言えよッ!』


 怒りの拳を振りかざし、真っ直ぐ相手の顔めがけて叩き込もうと力を込める。


 そんな力任せの方法だがもう彼には迷いなどない。


 がその時…。



 ガシッ

『バカ野郎ユウキ… お前なにやってんだ?ちょっと落ち着けよ?』


 ゲンキ… 彼は尚ユウキの拳を止める。


『バカはお前だろ!俺のせいで殴られてんだぞお前は!』


『お前の力はそんな事に使うもんじゃないだろ!』


『親友が殴られてんだぞッ!こんなときにも使えねぇ力なんて持っていてもなんの意味もないッ!俺はコイツをぶっ飛ばす!』


『どーせ使うなら誰かを守るために使ってほしいんだよ!俺を助けてくれた時みたいにさぁ?お前が今やろうとしてるのは怒りに任せた暴力だ!傷付けるために使うのはソイツと同じだぞ!親父さんのこと考えろ!お前なら言ってる意味わかんだろ!本当はこんなことやりたくねぇはずだろ!』


 父、ナリユキの気持ちを無下にするな。


 ゲンキが彼を止めるとき毎回伝える言葉だ、これまでナリユキにさんざん迷惑を掛けてきたユウキにとってその言葉はよく響く、そして彼が野生解放してしまう時のほとんどは、感情に任せ怒りを露にしている時である… それは幼少期のトラウマが原因だ。


『クゥッッッ………!!! クソッ!』

 

 彼は掴み掛かっていた手を離し相手を乱暴に床に落とした… ゲンキはホッとしたようにひとつ息を吐き終えると彼をなだめた。


『そうだユウキ、一旦落ち着こうぜ?』


『…』


 言われた通り落ち着いて辺りを見ると、ユウキにはすぐにわかった…。

 

 もうこの教室に俺の居場所はない。


『ゲンキ…』


『どうした?』


『じゃあな…』


『あ!おい!』


 小さくさよならを告げた彼は窓から教室を飛び出した… ここは三階だが、野生解放した彼にとってそれはなんら問題ではない。


 そのまま彼は振り向くことなく校門をでた。



『そうそうそれが見たかったんだよユウキ君!』


 カインドマン… そいつは校舎の外でまるで来るのがわかっていたかのように待ち伏せしていた、またニタニタと気味の悪い笑みを浮かべユウキをなめ回すように見ている。


『っ!?さっきの… なんだよ、俺に何か用か!』


『わかってるだろう?君は人間ではないんだ?居場所なんてない、私たちと来なさい』


 余計な事を言ったのはやはりこいつだ… と彼がそれに気付くのに時間はかからなかった。


 だがユウキは同時に思った。




 どこまで行っても同じだ…。


 この世界に光なんてない、ゲンキが傷付いたのも父さんが苦労してるのも俺のせいじゃないか?



『察したようだね?さぁ車に乗りなさい』


 カインドマンが絶望した彼の目を見てその手を引こうとしたときだ。



 キィーッ! と甲高い音を鳴らし車が一台彼らの目の前に止まった。


『カインドマン!息子に近寄るな!』


 ユウキの父ナリユキはどこからか情報を聞き付けいち早く行動に移っていたらしい、だがユウキはすでに心が折れてしまっている。

 

 その目を見れば、父親である彼が異変に気付くのには十分だった。


『ナリユキか… ユウキ君、君の口から言ってやれ』


『父さん… もういいんだ、俺の居場所なんてもうどこにも…』


 カインドマンとの間に入ったナリユキは静かな声で彼の名を呼んだ。


『ユウキ…』


 その後、一瞬だけ顔を上げたユウキに起きたことそれは…。


『バカ野郎!!』


 ゴンッ!と脳天に鈍い痛みを感じた、ナリユキは落ち込み塞ぎ込む息子に容赦なく拳骨をくらわせたのだ。


『いっっっだぁぁ!?』


『もし、自分がいなければ丸く収まると考えているならとんだ親不孝だバカ息子!迷惑掛けてると思ってるならさっさと帰ってきて風呂掃除でもしろ!お前の居場所はある!ゲンキくんだっているだろうが!こんなペテン師の言葉に騙されるな!帰るぞ!』


 強引に腕を引き息子を車に乗せたナリユキ… そして追っては来てない。

 どうやら天下の往来ではさすがに荒っぽいマネもできないのか、カインドマンも手出しはできなかった。





 ユウキは車内でなにも言わず考えた…。


 

 父さんはあぁ言ったけど、実際どうすれば俺は普通に暮らせるんだろうか?ハーフフレンズであることがバレる前からもともと浮いていたんだ、みんなとも話さない訳ではないがまともに友達として話しているのはゲンキだけだった、事情を知っている一部の教師はあからさまに俺を目の敵にしていたし、その辺のヤンキー連中からも髪が白いってだけで絡まれることも多かった。


 じゃあ…。


 俺の落ち着けるとこってどこだ…?


 

 家に着いたとき、ナリユキは慌ただしくいろんなところに電話を受けていた。


 恐らくあのカインドマンの回し者だろう。


 元からユウキで実験をするという話はあったが、それが本格始動してナリユキでもとうとう庇いきれなくなり始めてしまったのかもしれない。


『心配するな、息子で実験するって言われてはいそーですかって差し出す親なんていない、父さんに任せておけ』


『でも父さん?現実的に、俺の住める世界なんてあるのかな?もうこの町にもいられない、でも田舎とか海外に行ってもそれは先伸ばしに過ぎないよ… ならどうしたら?』


 頭を抱えるナリユキはとても複雑な表情をして絞り出すような声で彼に言った。


 最後の手段、そしてそれはいつでも可能な状態だと。


『ユウキ、母さんの故郷… どこか知ってるよな?』


『ジャパリパーク?』


『そうだ… 実は、本当の本当に最悪の場合俺はお前をそこに逃がそうと思ってる… あそこならノケモノになるようなことはないし隔離閉鎖されているからあの連中も手出しはできない… たがこれは結局お前のことを諦めたのと同じだ、手元から離れて人間社会から弾いてしまうんだからな』


 妥協に妥協を重ねた最悪のパターンであった… いつかフレンズがもっと認められて、その時また迎えにいく。


 その間距離をとろうという意味だからだ。


 だがユウキは思った…。


『父さん…』


 立ち上がり真っ直ぐ父を見て答えた。




『行かせてよ、ジャパリパーク…』




 この日彼は人間社会からの決別を決めた。

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