第73話 また会う日まで

『お前はそれでいいのか?ユウキ…』


『もう、うんざりなんだ… 母さんをバカにされるのも父さんに苦労かけるのも… ゲンキにはゲンキの生活もあるし、もし俺がフレンズ向きなら、俺は俺に向いている世界で生きていたい』


 実質、ユウキは人間の生活自体にうんざりしていた。

 

 差別や自分を偽る生活、有り余る力で人を傷付ける恐怖に怯え、迫害を恐れ、孤独に苦しむ。


 根本は思いやりがあり優しい性格をした彼だったが、人間の闇を感じだんだん歪んでいく自分が嫌で仕方がなかった。


 パークに行けば変わるのか?と言われたらそうは言わない、だが少なくともありのままの自分でいられるならそれほど楽なことはないと感じていた。


『わかった… 早速明日出るぞ、荷物をまとめておくんだ』


『父さんは大丈夫なの?そんなことして…』


『見くびるなよ?お前の為なら大抵のことは可能にしてみせる、なに大丈夫だ!強い味方もいる!』


 心残りはある… ナリユキは隔離閉鎖されたジャパリパークに息子ユウキを送り出す。


 隔離閉鎖してるところへ目を盗みパークへ向かうということは即ち法に触れた行為に及ぶことになる、ユウキが行方を眩ますことでカインドマンがナリユキに何をしでかすかもわからない。


 ゲンキのこともそうだ、最後になるならもっとゆっくり話しておきたかった、これまでのことを感謝して、謝りたかった… と彼はそんな気持ちを胸に秘めていた。

 

 だがそれはもう叶わない、さよならくらい言いたいとは思っていたが、自分が彼の災いの種になっては本末転倒だ。






 ユウキは、自分が母の特性を受け継いだことを疎ましく思ったことはない。


 その白い髪も青い目もフレンズとしての姿も、それは全て母の生きた証で彼にとってホワイトライオンらしくまさに誇りだった。


 ただ… ゲンキのような普通の家庭というのに憧れがあったのも事実だった。

 

 自分が普通の人間で誰からの差別も受けず、人並みに暮らして人並みに成長し、人並みに恋愛し人並みな結婚をして人並みに家庭を築く… そんな世間一般で言う当たり前な生活ができたらどれだけ幸せなんだろうか?と物思いに更けることもあった。


 ゲンキのように快活で、真っ直ぐで熱い男になれたらと考えることもあったのだ。

 

 暗い心を持つ彼は無意識に、ゲンキの生き方に憧れがあったのだろう。


 それは所謂、隣の芝が青く見えるだとか無い物ねだりだとかそういうものなのかもしれない、なぜならどうやっても自分がゲンキになることはない、彼はユウキなのだから。


 自分を産んでくれた母を誇りに思い、きっとユウキとしての正しい生き方があると信じて暮らしてきた。


 そしてそれは今決まった…。





 俺はジャパリパークで、母の故郷でフレンズとして生きていく。







 翌早朝、港にパークへ行くためのボートが用意されている… ナリユキの仲間たちと協力し、ユウキはパークへと旅立つ。


『ナリユキさん、出航いつでも行けますよ』


『すまないみんな、助かった…』


 彼らはナリユキの同僚や後輩、そして部下。

 つまり旧パーク職員、今はミライがトップに立つ団体に属している… 今回の為にミライも極秘裏にナリユキ達親子に協力を約束していたのだ。


『ユウキ、父さんはここまでだが… 達者で暮らせよ?いつか必ず俺もそっちへ行くからな!向こうの暮らしは文明が崩壊して人として生きてきたお前には住みにくいものかもしれない、だがフレンズ達はお前を決して拒絶しない!“けものはいてものけものはいない”だ、知ってるよな?』


『うん… 母さんが教えてくれたから』


『向こうではサンドスターが空気中にも漂っていてお前の体に何らかの影響を出す可能性もあるが… 大丈夫だ、フレンズ達と協力すればきっと乗り越えられる、強く生きろ!なかなか手のかかるバカ息子だったが、お前は俺とユキの自慢の息子だ!お前ならきっと大丈夫だ!』


 父と息子は涙した… 母を失ってから男手一人で育ててきてくれた父との別れ。

 それは彼が思っていたよりもずっと辛く悲しいものだった。


 最後に「これを持っていけ」と手渡されたのは写真、母親がいなくなる前に家族三人で撮った最後の写真だった。


『じゃあ、行ってきます…!』


 彼は意を決し、船に荷物を放り投げ自分も乗り込もうとした。



 その時だった…。

 


『ユウキィーッ!』


 自分の名を呼ぶ、この耳に馴染んだ声を彼は知っている… 早朝とは言えまだ日も昇らぬこんな時間に、自分を呼ぶような人がいるはずもない。


『おぉい!ユウキィーッ!』


 しかし確かに彼を呼ぶその声の主は、息を切らしながら船の前まで駆けてきた。


『ゲンキ… どうして?』


 そうゲンキ。

 彼の唯一無二の“人間”の親友だ。


『よかった間に合ったか!サヨナラくらい言わせろよな!いきなり国を出るなんて聞いたからもうメチャ走ったぞ!』


 どうやら、ナリユキがこっそり連絡をとっていたらしく少し時間をくれるらしい。


 もう会うことはないのかもしれない、だから言いたいことは言っておけ、とつまりそういうことである。


『行っちまうのか?』


『行くよ、母さんの故郷… 社会科の授業で習ったろ?』


『ジャパリパーク… だったな?』


 ゲンキにとってそこは未知の世界だった。

 

 特にユウキの母同じフレンズという存在。


 教科書の挿絵や、映像の中でなら見たことはあるが、現実に人の姿をとった獣達の楽園ともよばれる場所とはどんなとこなのか?ユウキの母親が生まれ育ち、ナリユキと出会った思い出の場所とは?


 親友、ユウキは今まさにそんな手の届かない世界へ足を踏み入れようとしている。


『帰ってくるんだろ?』


『いや… 正直帰るつもりはない』


『そうか…』 


 そう、彼はもう帰るつもりはない。


 人間を切り捨て隔離閉鎖された、社会から切り離された世界で暮らす、人だった過去を捨てフレンズとして未来に生きる。


『なぁゲンキ、今までありがとう?お前のおかげで俺も歳相応に青春ってやつを味わえたよ、まぁ恋愛だけはわかんないままだったけどな?でもお前がいなければ俺はもっとやさぐれて毎日暴れまわってたと思う…

 実はさ?俺はお前みたいになりたいと思ってたんだ、お前みたいに真っ直ぐで誰とでも分け隔てなく接することができて、正しいことは正しい悪いことは悪いって言える男になりたかった… 憧れてたんだ?そのくらい俺はお前のこと尊敬してるよ?

 だから、本当にありがとう!お前が親友でよかったよ!』


 ユウキは涙を浮かべながら親友、ゲンキに別れの握手を求めた… 恐らく今生の別れとなる、心残りはあれどきっちりと気持ちを切り替えるためにも悔いは残さず、感謝を伝えたいと思っていた。


 グッと握手を返したゲンキも、内に秘めていたものをユウキに伝えた…。


『そんなのよぉ!俺だってお前が羨ましかったよ!憧れてた!ケンカは強くて顔は無駄にイケメンでさぁ!みんな知らねぇけどお前のスゲー優しいとことかさぁ!… あぁ、くそ!ヒッグ… お前がいなかったら俺が女の子にフラれた時誰が励ましてくれんだよぉ!?またハンバーガー食おうぜ!ゲーセンも行こう!たまには俺に奢らせろよ!

 俺の方こそ助けられっぱなしだったよチクショウ!最後なんて言うなよなぁ…!?』


 大の男二人は、涙と鼻水で顔をぐじゃぐじゃにして互いの右手を強く握りしめていた。

 

『ゲンキ… 多分もう会えねぇけどさ?お前は家族大事にしろよな?迷惑かけすぎて俺みたいになるなよ?』


『いや、また会おうぜ?お前は人間なんてクソ食らえって思ってるよな?当たり前だ、俺も思うよ… なんで仲良くできねぇんだよみんな!意味わかんねぇ!でも人間みんながみんなそうじゃねぇだろ?いい人達もたくさんいるんだ!少なくとも俺もここにいる人達もお前の味方だ!

 だからさぁユウキ?この際帰ってこいとまでは言わねぇよ?でもさ?せめてお前が笑って遊びにこれるようにさぁ!いつか俺がこんなバカな世界変えてやるから!必要なら今からアホみてえに勉強する!だからそれまで待ってくれ!必ずまた会おうぜ!なぁ相棒!』


 感極まり、握手からグッと熱い抱擁を交わした…。

 

 この日二人は約束した。


『あぁわかったゲンキ!さっさと戻れるようになんとかしとけよな!楽しみにしてるからな!』


『任しとけ!お前が耳と尻尾出したままでも結婚して子供つれて家族旅行できるくらい平和にしといてやるよ!そんでそんときはお前の奢りで飲みに行こうぜ!』


 二人は一度離れ拳をガツンと合わせた。


『『約束だ!』』



 そして船が出る…。


 このまま彼、ユウキは“猫の子”としてジャパリパークを目指す。


 いつか親友と会える日を心のどこかで期待しながら。









「ゲンキ…」


 そこに佇むはその時から見て未来の彼、大人になり自らが犯した罪に苦しんでいる現在の彼の姿だった。


 自分の心の中を歩く彼女達三人が気にかかり、ずっと様子を伺っていたのかもしれない。


「ユウキさん?これでもまだ人間が… 自分が許せませんか?約束、守りたくはありませんか?」


 その背に向かい優しく語りかける彼の妻。

 

 いつのまにかその場には三人と彼だけが残り先程までいた彼の父や仲間たちは消えている、それはつまり映像の終わりを示している。


 だが終わったはずの記憶の映像なのに海の向こうからは日が昇り、金色の陽射しが誰もいない港全体を美しく照らし始めていた。


「バカだなぁ俺… なんでこんな大事なこと忘れていたのかな?」


「最近いろいろありましたから、いっぱいいっぱいになっちゃったんですよきっと?」


 いつのまにか彼が人間そのものを怨むことはなくなっていた。


 親友との約束を思い出し、中にはゲンキみたいな男もいると希望を持った… 親友と交わした約束を果たしたいという気持ちを思い出した。


 再度に胸に刻んだ彼は、振り返ると目にいっぱいに涙を浮かべながら三人を見た。


「俺のやったこと… 到底許されるようなことではないけどさ?でもそれでかばんちゃんが助かって子供達も守れて島のフレンズ達の平穏も保たれたなら… 無駄なことじゃない、大罪だが決して無駄ではなかった、母さんだって俺の為に罪を背負って体も失ったのに生きていてくれているんだ… 俺だけ一人で落ち込んでいる場合じゃないよね?

 こんな俺はアイツと再会する権利は無いのかもしれない、でも約束もまだ守れる… 少し安心した」


 太陽を背に、真っ直ぐな眼差しで三人を見つめる彼の目には既に迷いは消えていた。


 彼… シロは心の闇を振り払ったのだ。


「ユウキさん、よかった… やっとこっちを向いてくれた」


「泣き虫め、また泣いてんのか?」 


「ごめん心配かけて、もう大丈夫だよ?」


 暖かな朝焼けのなか帰ってきた彼の心に安堵したかばんとツチノコ… 「もう大丈夫」とそんな言葉を聞いた時、安心からきたのかダムが決壊するように二人も涙を流した。





「あなたの心を救ったのは、愛… そして友情というわけですか…」


「あなたは?」


「私はジャパリパーク守護けものが一柱オイナリサマです、詳しくは帰って話しましょう?さぁ行きますよ皆さん」


 オイナリはシロを含む全員にかばんの持つお守りに触れるよう指示を促すと、夢の結界を解除し始めた。


「シロさん後でお話が」ムスッ


「えっ… と他になにかしたっけか?」


「オレからは先に謝っておいたがシロ、お前覚悟しといたほうがいいぞ」


「あ…」←察し







「うみゃ~!?こんなの始めてだよー!?ねぇカコさん!?どうしよー!?」


「たまにあるのよね実は… いつもはスカイインパルスが倒してくれるのだけど、タイミング悪く別の件で出払っているみたい」


 よりにもよってカコの家周辺にはセルリアンが群がっていた。

 

 そう、よりにもよってこのタイミングだ、神獣オイナリが使う力に引き寄せられてしまったのかもしれない、極上の料理には皆美味しそうに群がるものだ。


「ふぅ… ハァ… ごめんなさいみんな、シラユキちゃんの体ではこれが限界です… ふぅ」パタン


「あ、シロちゃんママ!?」


「ユキちゃん、子供の体で無理しちゃダメじゃない…!」


 ユキもシラユキの体を借りて応戦していたが、小さな子供の体では限界があった… それでも数は減り、残り5体


「うみゃー!みんなは私が守るんだから!」


「サーバルちゃん、無理をしてはダメよ?あなたもう人妻なのよ?」


「でもでも~!カコさんのこの壁?みたいなやつも限界だよ~!ヒビが入ってるよ!」


 サンドスターコントロールでカコが作り出した光の壁だったが、押し寄せるセルリアンの波にそれも限界が近かった。


 がその時だ。


「…ん?来たわね?サーバルちゃん、下がりましょう?」


「えぇ!?どうして!?」


 カコが倒れたシラユキを抱きセルリアンに背を向けると、その瞬間に光の壁も砕け散る… 慌てるサーバルを他所になに食わぬ顔で家に入るカコとすれ違う影があった。


「おはようございます先生」


「お膳立てしといたわ、後は頼んでもいいかしら?」


「寝起きの運動にはちょうどいいですよ」


 カコと入れ替わり家から出てきた白い影。


 それはもはや説明するまでもない。


 彼だ。


「あ!?もー!また寝坊だよ!」


「ごめん、サーバルちゃんも下がってて?派手にやるからさ?」


 雪のように白く美しい髪、頭には猫耳、尻尾はズボンから穴を開けスルリと生えている。


 彼は家族を狙うものに対し容赦をしない、最早その行動に迷いもない、野生の輝きをその目に灯した彼は雄叫びを挙げた。


「ガァァァァァア!!!」


 シロは今、心の闇を振り払い完全復活を遂げた! 








 5体のセルリアン、大きさは各々だが大型もいる… そんなやつらに俺は向かい合い臨戦態勢に入る。


 でもその前にだ。


「ただ倒すんじゃあ面白くない、試させてもらうか?おいセルリアン!いつまでも“食う側”にいられると思うなよ?」


 なにするか?って決まっている、大きな力を使うには燃料を補給しなくちゃならない、セルリアンには一匹生け贄になってもらうとしよう。


「そら!捕まえた!」ズボッ!


 俺は手刀を手近のセルリアンに突き刺した、いつかの雪山を思い出す… まったくこの状態でも目がギョロギョロ動いて気味が悪いにも程がある。


 が今それはいい。


「しばらく悩まされたこの体質だけど、スザク様のおかげで完全に克服することができた、セルリアン捕食完了だ」


 浄化の炎はサンドスターロウをサンドスターに浄化してくれる。

 サンドスターロウの吸収と浄化を同時に進行することで俺は力を、セルリアンは手のひらサイズにまで縮み用が済んだら握り潰す。


 パッカーン!


「そんじゃいくぞ、見て驚け!これが…!」



 集中… 体の中の炎を呼び起こし… 浄化されたサンドスターをすべて力に変える。




「グゥアァァァァァァァァア!!!!!」



 

 全身に光を纏い炎が渦を巻くように吹き出してくる、光の爪で敵を切り裂き浄化の炎で焼き尽くす!





「名付けて… “しん野生解放やせいかいほう!”」

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