第57話 不吉な未来

 かばんは夢を見ていた。


 とてもリアルな夢だった…。


 警報音、サイレンが鳴り響くその場所は多分大きな船の上で、ミライ達が乗っている船とは違うように思えた。


 不思議な感覚だった… なぜか着ている物が自分の服ではないが、この服には覚えがあり彼女はよく知っている。



 これ、シロさんのシャツだ…。

 


 いつも彼の服を洗濯する彼女がそれに気付くのに時間はかからなかった。

 袖も裾も長く、すっぽりと彼のシャツに収まっている自分。

 

 いつかの地下室の件を思い出してしまった。


 だんだんと意識がハッキリしてくるとさらに気付いたことがある、今自分は抱き上げられているいう事実だ。

 着せられている服といい、彼女を抱き上げるような人物は一人だけだろう。



 あ… シロさん?

 


 声に出したはずだが彼には届かない、彼はまっすぐ前を見つめ… いや睨み付けるように険しい表情をしていた。


 そして彼の頭にはその白髪と同じ白い猫耳が生えており、食い縛った歯には牙が見える、上の服は着ていない… というのは自分が着せられているからだろう、彼の胸にはスザクの封印の紋章が赤々と燃えるように輝きを放ち、両の目にもボウっとサンドスターの輝きを灯している。


 かばんはすぐにわかった、彼はスザクとの約束を破り野生解放をしてしまったのだと。



 そんな、これも予知?これからこんなことが起きると言うの?どうして?どうしてこんなことに…?このままじゃシロさんが…。



 それによく見ると彼の髪は純粋な白一色ではない、赤黒いものがその白髪を染めている。


 あれは…  血だ…。


 それに気付くと彼女が着せられているそのシャツにも、べっとりと血液が付着しているのがわかる。


 見たところ彼には血がたくさんでるような外傷はない、ということは…。


 そんな恐怖に一人震えていると、空からフレンズが二人。


 それは長、博士と助手の二人が降りてきて彼に言ったのだ。


「シロ… よくやったのです」

「お前のおかげで皆助かったのです」


「…」


「自分のやったことを責めているかもしれませんが…」

「誰がなんと言おうとお前はパークを守ったヒーローなのです」


 状況や彼の姿を見るに、きっと彼が自分を犠牲にするようなそんな出来事が起こったのだろう。

 しかしそんな長の言葉も彼の耳にはまるで聞こえていないかのように返事をしない、無言のまま振り向くと彼は大事そうに抱いている妻を二人に託しただ一言。


「妻を頼むよ…」 とそう言った。


 

 いや… 離さないで…?



 その想いとは裏腹にかばんは彼の手から離れ長の元へと渡る。


 二人は言葉通りかばんを任されると同時に、そこから動こうとしないシロに不安を覚えたのか、長は焦りの表情を見せている。


 恐らく彼はまだここで何かする気なのだ。


「シロ、何を?お前も一緒に帰るのです!」

「こんな船は放っておくのです!」


「ダメだ」


「もうすぐミライ達が来てくれるのです!」「これから、ここでどうするというのですか?」


 二人の問いに、怒りと悲しみをその目に宿した彼は二人に背中を向けて答えた。


「決まってるだろ…」


 とても静かだが、とても怒りの籠った声で。







「皆殺しだ…」






 

 長はそれを聞いたとき何も言えず悲しく悔しいような表情をしたが、彼が何を言ってもここを動かないのは二人もその時に察したようだった。


「お前が、どんな罪を背負ったとしても我々も島のフレンズ達も皆お前の味方なのです」

「かばんにも子供たちにも、お前が必要なのです… 帰ってくるのです!必ず…!」


 彼は、自分はまだ“やること”があるから妻の無事だけは確保しろ… とそう言っているのだ、そして彼は「必ず帰れ」という長の言葉に決して返事をすることはなかった。


 スザクの封印を残したまま野生解放してしまった… とは即ちそういうことである。



 シロさん?シロさんどうしたんですか?何をそんなに怒っているんですか?

 僕に聞かせてください、僕がついてます!支えになります!僕が…!僕が…。

 


 かばんは必死に彼の支えになろうと声を出したつもりだった、長の手を振り払い彼を抱き締めようと思った…。


 しかし声も届かず、体が動くことはなかった… 意識はあるが思い通りにならない、見ることしかできない、ここはそんなもどかしい空間だった。


 やがて長は空に舞い上がり彼を残して船を離れ始めた、かばんはなにか闇を抱えてしまったのであろう彼を放っておくことができずそれに抵抗していたが。

 


 いや!どうして置いていくんですか!離して!僕も残ります!シロさん!いやぁ!側にいさせて!お願い降ろして!


 シロさん!シロさぁん…!

 


 ユウキさぁん!!!



 叫んでも叫んでも長にも彼にも伝わらない、ここに自分の意思はない。

 そしてだんだんと小さくなる船からはやがて轟音と共に大きな火柱が上がり、それと同時に…。




「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアAAAAAAAAAAAA!!!!!!!」



 今まで聞いたことがないほど大きく怒りの籠った咆哮が キン… と彼女の耳に響き渡る。





 何度も… 何度も…。








「ユウキさん…!?」



 シン… と静まり返ったいつもの寝室、隣にはスースーと呑気に寝息を立てる夫。


「夢…?」


 現実でないことはわかっていた、しかし信じられないほど恐ろしい夢だったので今この状態が現実であると確かな証拠が欲しくなり、周囲をキョロキョロと見回していた。


「かばんちゃん?どうかした?」


「あぁ… あぁシロさん…!」


 眠そうに声を掛けてきた夫… もちろん封印があり今の彼はフレンズ化しておらず、その気の抜けた声や表情に涙が出るほど安堵したかばんは、彼をぎゅうと強く抱き締めた。

 体温を感じ優しく髪を撫でてくれるその指が心地よく「しばらくこのままでいさせて…」と彼の胸に泣きついた。


 シロは状況こそ把握できないものの、なにかあったのだろう察して怯える妻をその腕に包み込むように抱いている。


「約束してください」


「ん…?」


「僕を… 家族を置いていかないで?僕にはシロさんがいないとダメなんです…」


「もちろん約束するよ?じゃあかばんちゃんも、俺たちを置いていかないでね?」


「はい…」


 その晩、シロはかばんが眠りに落ちても尚優しく抱き締め続けた。







「明けましておめでとうございます、スザク様」


「よくきたな、もう新年か?長く石板なんぞやっとったもんだから周期がまるでわからんのぅ… 前にお前が来たのも昨日のことのようじゃ」


 前に俺達が来たのは正確には、三ヶ月くらい前になるのか?


 俺達家族は毎年恒例のセーバルちゃんのご挨拶に来ている、せっかくなのでスザク様にもお土産を持ってきている。

 この人少し図々s…この方は浮世離れして下界の物に目がないので。


「「スザクちゃんあけましておめでとー」」


「おぉ子供たち~?元気にしとったかぁ?」


 スザク様はこれでも四神のなかでは甘いほうで、子供には特に甘い。

 今も仲良く手を繋いで走り回ってるじゃないか… あぁしてると、威厳なんて無くってただの羽根の綺麗な面倒見のいいフレンズだ。

 

 もしかしすると四神の皆さんも本当はみんなみたいに普通にのんびり暮らしたいけど、その立場からパーク全体のことを考えなくっちゃならなくて、フレンズ達がみんな成長するようにわざと厳しくしてみたり…。


 スザク様はあんな性格で「お土産持ってこい」ってワガママ言ったりするお方だけどそれって要するに、本当はただ寂しがり屋なだけなのかもしれないな。



 さておき、実はさっきから気になっていることがある。



 いつものように火口にジャパリマンを放り込んで花火を見た、子供たちも喜んでそれを見るスザク様も朗らかな笑顔を向けている


 でも…。


 隣でずっと浮かない顔をする人がいる。


「かばんちゃん、大丈夫?」


「いえ… はい、大丈夫です…」


 妻だ。


 昨晩泣いているのを見てからずっとこの調子だ、恐らく俺がどうかなってしまう夢を見たんだ。


 前から夢というのは俺達に何らかの暗示を与えてくる。


 俺がセルリ病になった時の不吉な夢… あれは孤立することを恐れている俺の恐怖とサンドスターロウが見せた夢だと思ってる。

 

 その前から、母さんが出てきたり昔のことを鮮明に思い出したり不思議な夢を結構見てきた、どれも共通して言えるのはサンドスターが関係しているということ。


 夢は夢だと言い切れないことも多かったが、だがそれでもやはり夢は夢だと言いたい。


「…」


 妻は酷く落ち込んでいる、ずーっと抱き締めて一晩中慰めていたつもりだったがそれでも落ち込んでいる。


 いくらなんでも夢にそこまで過敏になるだろうか?


 他にも理由があるんじゃ?


「かばんちゃん、もしなにか一人で抱え込んでるなら俺に分けてほしいな」


「大丈夫です…」


「大丈夫じゃないよね?」


「…」


 俺はただ妻が心配なだけ、なにも問い詰めたい訳ではない。

 なので黙りこんだ妻の手をとり努めて優しく接した。


「もし、原因が俺のせいならそれを教えてほしいんだ?俺は君が辛く苦しんでいるとこを見ていられない、そんな君を見るのが俺は耐えられないから」


「ちが… シロさんのせいじゃ…!」


「そうだとしても?こんなとき見てるしかできないなんてそれはやっぱり俺が自分を許せないよ?君がよく俺を心配してくれるように俺も君が心配なんだ… わかるよね?」


「はい…」


「ゆっくりでいいし今すぐなんて言わないから、話してくれる?」 

 

 うつ向いて黙りこんでしまった彼女の手はなにかに怯えるように震えていた… その手を優しく包み込むように握り返すと、彼女はそれに答えてくれるようにポツリと話始めてくれた。


「シロさんは… 僕の野生解放のことどれだけご存知ですか?」


 かばんちゃんの野生解放か… 父さんと冗談半分で話していたが、それはエスパーだ。

 恐らく間違いないだろう、彼女がその目に野生の光を灯した時皿が割れたりしてた。


 彼女の野生解放は超能力、文字通り己に眠っている能力を“解放“させるんだ。


 あるいはそれのことを“進化”ともいえるのかもしれない。


「カコさんと話したんです」


 どうやら自分のことについて先生に相談していたようだ、先生も超能力であることを支持したそうだ。

 

「あのそれで、“予知”ってわかりますか?」


「うん、先のことを知る… または見ることができるあれだね?」


「はい… それで、実はその予知のようなものが見えてしまうことがあるんです」


 彼女が恐れているものを、俺はその時始めて知った…。


 始めはよくわからない幻覚のようなものを見たそうだ、その内容はフレンズ化していない人間の姿の俺が虚空を見つめ廃人のようになってしまっているというなんとも冗談なら勘弁してもらいたいもの… それこそ妻は気のせいだと自分に言い聞かせたが、そこから半年ほどで俺はスザク様の封印を受けフレンズの姿も封じられた。


 それから目に見える状況を不安に感じたりしたとき、小さな未来が見えることがあったらしい。


 例えば遊園地で俺の頭上に瓦礫が落ちてきたとき、ほんの一瞬先のそれが見えたことで子供たちを助けることができた。


 サーベルさんの登場までは見えなかったみたいだが。


「昨晩の夢は…」


「予知夢?」


「…のようなものを見ました、もしあれがこれから起こることなら、僕はシロさんにとっての悪い未来ばかり見てる… もういやなんです、これからシロさんが苦しむとこなんて見たくない…!」


 警報が鳴り続ける見知らぬ船の上で、野生解放した俺はかなり頭にきてた様子だったらしい。

 スザク様の紋章が残っていたということは、俺は約束を破ることになるってことで… 聞いた通りなら俺の身体はまたサンドスターロウに食われ始めてしまう。


 そしてそれが本当に起きるなら、事件は明日起きたとしてもなんら不思議はないってことだ。


 だけど…。


「ありがとう、教えてくれて」


「でもシロさんが!」


 違う、それを知ったことですでに未来が少し変わったはずだ… 俺は遊園地でサーベルさんに助けられた時の言葉をよく覚えている。


 彼女は言っていたんだ…。


「かばんちゃん、遊園地で瓦礫が落ちた時も見えたから叫んだんだよね?」


「はい… でも運がよかっただけです、僕にはなにもできませんでした」


「それは違う、君の声を聞いてサーベルさんがこっちに気付いたんだ?叫んでなかったら俺はあそこで死んでいたんだよ?つまり予知されたはずの未来を変えたんだ!俺を助けたのは他でもない… 君だ!」


 もし、彼女があれを予知しなかった場合。


 まず俺も子供たちも潰れていただろう、まずここで未来が既に変わっている


 そしてサーベルさんはかばんちゃんの声を聞いてこちらに気付いたと言っていた、かばんちゃんが叫ばなかったらサーベルさんは俺が死んだ後にこちらに気付いたはずだ。


「僕が… 変えた…?いい方向に?」


「そうさ、確かに本当に予知夢なら嫌な未来だと思うよ、正直冗談じゃない… でも見て知って教えたいうことは、それに対策をとれるってこと、しかも変えられることがすでに証明さてれるんだよ?その予知は絶対じゃないんだ!むしろ先に何か起こることがわかったのを喜ぶべきだ!知ってて挑むのと知らないで挑むのとでは訳が違うもの」


 だからどうか悲しまないで…。

 俺は何があってもちゃんと帰ってくるから。


「何がなんでも家族は守る、自分もしっかり家に帰る、やり遂げて見せるさ?先が見えるってだけで有利なんだから、俺は君を信じるよ?だから… 君も俺を信じてほしいんだ?できる?」


「わかりました、僕も信じます!シロさんなら大丈夫、絶対大丈夫ですよね?」


 よかった、やっと笑ってくれた。


 その顔が見たかったんだよ俺は…。





 それからサンドスターコントロールに更に磨きをかけるため俺は練習に練習を重ねた。

 

 これから何か起こるなら、できることは全てやっておく。


 シンザキさんにもきっと来るのは奴等だと伝えてすぐに父さんたちに連絡を取ってもらった。


 できることは全部やった…。











 そして、約三ヶ月後のことだ…。




 キョウシュウの港に見たことのない大きな船が現れた。


 


 とても大きな船だった…。


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る