第78話 たべてみる?

 僕はクロユキ、みんなはクロって呼んでる。


 ヒグマちゃんがカレーを作り置きしてくれたので翌朝のご飯にも特に困ることはなく、僕らは優雅な朝食をとりその日を過ごす。


 お昼には今度こそプロの料理人コンビに連絡をとり、そしてそれに成功。


 晩御飯に間に合うようには来てくれるとのことなので、お昼は父が作り置きしていた乾麺を使いパスタ料理を兄妹で協力して作った僕たちなのであった。


 というわけでプリモピアットでェス。


「娼婦風スパゲティー!」


「おぉ!やりますね?」

「このピリ辛がクセになるのです」


「ねぇ~なんでこれにしたのー?私辛いの食べれないよぉ…」


 意地悪だよ~ん?


 ってもちろんそんな訳じゃない、協力したのに味付けを僕に全て任せきったユキの負けだがそうではない。


「ダメならダメでェお気になさらァずにィ?でも… 僕ゥのスパゲティはァ?辛いのが苦手な人でもォ食べられるようになっているのですよォ?」


「ほんとにー?」


「本当でェス」


 それを信用したユキは「いただきます」と静かに手を合わせると、フォークを手に取り料理を口に運んだ。


 モグモグと十分に味わい飲み込むとパァと笑顔になったユキは言った。

 

「あ、ほんとだー!食べやすい!」


「こら、そこは“んまぁぁーーい!?”だろ?空気読んでよ」


「なにそれ… でも本当に美味しい!クロはさすがだね!」


「オ・カピートォ」


 お気に召したのならなにより、もっともこれは父さんのアレンジレシピのまんまで説明文もそのまんまなんだけども。



 昼食が終わる頃、丁度へいげんちほーでその料理の腕を振る舞い続けるアラフェネコンビが満を持して図書館への帰還を果たした。


「呼ばれて飛び出てなのだ!アライさんが帰ったのだ!」


「お昼は済ませたみたいだね~?晩御飯からでもいいかなー?」


 アライグマのアライちゃん、そしてフェネックのフェネちゃんである。


 父の料理の弟子として幅を利かせてきた二人だが、父が言うにはもう弟子ではなくて二人は二人で独立した存在なんだと言っていた。


 要はもう一人前なのである、二人でやっている分父を超えている説さえあり、そんな二人の師であったことを誇りに思うと父は語る。


 そんな元気な二人の姿見るなり感動の再会のごとくユキが駆け寄り二人に抱きついている。


「アライちゃーん!フェネちゃーん!」ギュー


「ふははは!なんだアライさんに会えたことがそんなに感動的なのかー?たっぷりと愛でてやるのだ!さぁくるのだ!」ギュー

「おぉよしよ~し?ユキちゃんは今日も可愛いねぇ~?」ナデェ


 なんて女の子らしい風景が僕の目の前に広がっているが、ユキはなにも寂しかった訳ではない。


「おやつ食べたいの!甘いもの作ってー!」


 ただお菓子をねだりにきただけである、つまり良くも悪くも妹は女の子ってことだ。


 甘え上手なので皆結構ユキには甘い、父だっていろいろ言うが結局娘が可愛いのかワガママ言われると聞いてしまう、母もそうだ。


 そして…。


「急ぐのですよアライグマ、ママレードを作るのです」

「紅茶くらい用意してやるのです、さっさと作るのです!」


 と威厳たっぷり長フクロウ、便乗に興ずる。


「ぐぬぬぅ!今来たばかりなのだ!少しくらい休ませるのだ!」


「紅茶は用意してくれてもいいけどねー?」


「日が暮れるのです」

「時間は有限なのです、すぐに作るのです」


「じゃあ私紅茶淹れてくるね~?」


 ユキも博士たちも、頼みやすいからと言ってそういうのは良くないと思いますけどね?一息つく時間くらい与えてやればいいじゃないか?お昼食べたばかりだし先は長いよー?


 とまぁ本人たちもすぐに作る気はないようで、こちらに気付くと挨拶がてら僕のそばに歩いてきた。


「やぁークロくん元気にしてたぁー?」

「よく呼んでくれたのだ!アライさんたちが来たからにはもう安心なのだ!」


「うん、二人とも昨日は大変そうだったね?昨日も通信かけたんだけど気付いた?」


「まったく気付かなかったのだ!ボスがいるのすら知らなかったのだ!」


 だよね、なにかイベントでもやってるのかというくらいガヤガヤとしているのがわかった、二人はそろそろ屋台方式でなく店を構えたほうがいいのではないだろうか?


 ということを尋ねてみると意外にも今のスタイルが気に入っているようなことを言われた、なんでも材料も取りにすぐ動けるしアライちゃんは一ヶ所でじっとするのが苦手だからだそうだ。


 アライちゃんは意外にいいお母さんになりそうだけど旦那さんになったら大変そうだなぁ…?


 シミュレーション開始!


『ママー!ブロッコリーいらなーい!』

『ダメなのだ!ちゃんと食べないと大きくなれないのだ!』

『ここも住み慣れてきたな~子供もいるしそろそろ根付いても…』

『じゃあブロッコリーを食べたら次の世界へ出発なのだぁー!』


 アライ一家の愉快な旅は終わらない。


 と、とても着いていける自信がない!


「フェネちゃんはやっぱりスゴいのだー…」


「どうしたんだいクロくん?」


「悩みがあるならアライさんが聞いてやるのだ!」


 悩みではない、これは尊敬だ。


 アライちゃんについていけるあのポテンシャルはやはり尊敬すべきだ、しかも本人も自分のペースは崩さないときたもんだから驚き。


「悩みねぇ?悩みと言えばさぁ?」


 僕が勝手にこんなことを考えていると、当の本人であるフェネちゃんがなにか思い付いたように僕の顔を覗き込む。


 僕に悩みなんて… いや、あるけど。


「ふーん」


「えっと… どうかした?」


 じっと見つめてくる、なにが「ふーん」なのだろうか?何も言わずともなにかわかったのかな?彼女もまた知恵が回るタイプの人だからなにか妙なことを思い付いたんだろうか?



 それにしても…。



 僕は近くで顔を覗き込んでくる彼女の頭部にある可愛らしいそれに目線を向けた。


 あなたの耳ぃ、とても滑らかな毛並みですね?大きくて可愛い耳だ。←煩悩


 しかし、フェネちゃんの耳にはあまり触れたことがないな?理由はなんでだったかな?うん、うろ覚えだ…。


 でも確か本人が苦手だからダメなんだみたいな理由だったはずだ、注意を受けてそれ以来触っていない気がする。


 がしかしだ…。


 改めて触れてはダメなんだと思うと逆に触れてみたい、撫でたい、ついでに尻尾も抱きついてみたい。←けだもの


 ごめんなさいパパママ… 僕は変態です、ミライおばあちゃん譲りでした、いやあんなに酷くないけど、断じてあそこまで酷くはないけど。←自己暗示


 なんて邪な考えと欲望が頭をよぎると。


「クロくんさぁー?」


「え!?」


 しまった、バレたかな?


 彼女はいつもと同じすました顔で僕を見ている、僕が変なこと考えてるのも見透かされている気がする、彼女はそんな目をしている。


 少しばつが悪い僕は目を泳がせ何を言われるのかとビクビクしていた、そして彼女は口を開くと耳元まで顔を寄せコソッと僕にこう言ったのだ。




「サーバルのこと… まだ好きなの?」



 え…?


 なんだか唐突なその質問に少しキョトンとしてしまった。


 一方彼女はそんな僕の顔をみてイタズラな笑みを浮かべている、耳をいっしゅんピクピクと動かしたかと思うと今度は正面から普通に僕に話しかけてきた。


「夜、ゆっくりはなそうか?実はクロくんに聞いてほしいことがあってさー?ダメかなー?」


 何か含みのある言い方だが、まぁ断る理由もない、わざわざ僕に聞いてほしいと言うなら是非聞こうじゃないか。


「いいよ?僕は地下室でギター弾いてるから、よかったらついでに聞いてって?」


「おぉ~?実はクロくんが楽器弾いてるの一度聞いてみたかったんだよ~?じゃああとでねー?紅茶飲んでゆっくりしたらお菓子作んないとだからさー?」


「うん、ついでにユキにも手伝わせてやって?パパに少しは料理覚えろって言われてるから」


 フェネちゃんは僕に背を向けたままいつものように「はいよ~」と答えると手をプラプラと振っていた、歩く度にそのモフモフの尻尾をお尻と一緒にやや左右に揺らしている。


 アライちゃんが「なんの話なのだ?」とフェネちゃんを小走りに追いながら尋ねているが。


「生とはなにか、死とはなにか… についての話さー?」


「なんだか難しそうなのだ… フェネックはやっぱり頭がいいのだ!」


「どもありがと~、いやぁアライさんは今日も可愛いねぇ?」


「どーもなのだ!」


 適当なことを言って誤魔化している、アライちゃんには話したところで理解しがたいということ?それとも聞かれたくないのかな?ってことはアライちゃん関係かな?


 わざわざ僕に相談を持ちかけるのはなぜだろうか?


 知恵が回るだけに何を考えているのか読み取りにくい、その可愛らしい顔の向こうでいったい何を企んでいるの?


 フェネちゃんの本心ってどんなだろうか?







 ところで夕食はお蕎麦をいただいた。


 なんでもやっと手には入るようになった蕎麦粉というやつのおかげで作れる伝統的和食で、父もこれには大変心が踊っている様子だったのを覚えている。


「最近はしんりんちほーも暑くなってきたのだ!ざる蕎麦にしておいたのだ!」


 と絶妙なお気遣い、つゆにワサビとネギがよく合いますね?



 夕食を終えていつものように作曲に勤しんでいるとノックの音と共に扉が開いた。


「やぁやぁ、上手だねぇ?声も素敵だよ~?」


 フェネちゃんだ、やはり一人で来た。

 そう一人、気になった僕はそれとなく尋ねてみた。


「アライちゃんは一緒じゃないんだね?」


「まぁねぇ~?私にもアライさんに言いにくい悩みがあるのさー?」


「どうして僕なの?」


「ん~… シロさんだと頼み難いって言うかぁー?クロくんも悩んでるみたいだしー?解決しなくてもお互い共有したらいいかなー?ってさー?」


 僕の悩みねぇ…。

 

 して彼女のその内容だけど、結構深刻というか割りと真剣に悩みって感じだった。


「“ヒト”という生き物についてもっと知りたいんだけどさぁ?」


「ヒトについて?」


 こんなこと言うのも、パークに復興の為人間が出入りするようになってきたからである。


 彼女が言うに、これからフレンズだけでなく人間も自分達の料理を食べるようになるだろうと予想しており、その彼女自身がまともに相手をできるのか?というのを悩んでいるらしい。


 というのは、10年ほど前の“あの件”が悩みの種となっているからだ。


 尤も僕は詳細をよく知らないのだが。


「アライさんにそれとなく聞いてみたらー?

“とうとう料理その物を生み出した生き物に自分の腕を試すときがきたということかー!?”って張り切ってるんだけど~?私はどーしてもシロさん達以外の人間を疑ってしまうのさー?アライさんにあんな酷いことを言ってヘラヘラ笑ってるようなやつらもいたからねー?でもこれが偏見というのもわかってるんだよ、きっとミライさんのことだからここに変な人は入れないだろうから」


 一度体験した嫌なことってしばらく胸に残るものだ、彼女はそれがネックとなりヒトという生き物そのものに嫌悪感があり、自分でもそれはわかっている。

 そしてそれが偏見で生き物ごと否定するようなことではないということもわかっている。


 わかっている、でも心に残るモヤモヤとしたものはそれを許せない。


「どうしたらそのわだかまりが消えるかってこと?」


「ん~… 問題はその後なんだよねぇ?」


「どういうこと?」


 彼女が言うにはそれも悩みであることには変わりないが、問題はその先にある部分が不安で仕方ないらしい。


 なんとかしてあげたいけど、僕にできるのだろうか?


 昨日助手も言ってたじゃないか、心の問題は知識では及ばないこともあるって。


「ヒトってことは当然男の子が来るってことなんだよね~?実際チラホラ見るようになったのは男の人が多いし、そしたらいずれアライさんも恋というやつをする瞬間がくると思うのさー?」


「想像つかないなぁ… 乙女チックなアライちゃんかぁ…」←結婚シミュレーション済み


「シロさんがサーバルの結婚式で言っていたよ?

“アライさんもいい出会いがあれば恋をするかも” “料理上手で綺麗好き、元気で明るくて顔も可愛いから”って… 

 あの時はそうかな?って思ったけど、よく考えたら確かにそのと通りなんだよねぇ~?それで少し考え込んじゃってさぁ」


 つまり彼女はもしその時が来てしまった時素直に祝ってやる自信がないのだ、大親友を奪った人間として敵意を向けてしまうのかもしれない。


 はたまた、もし相談なんかされようものならアドバイスもせず否定的になってしまうかもしれない、相手がよっぽどの悪人ならその覚悟も親友を守る為だが、単なる嫉妬やヒト嫌いのような感情で否定的になってしまったらそれこそ最低なのは自分の方だと自らを責めることになる。


 そこで彼女は僕の話しに移る。


「それでさー?クロくんってやっぱりサーバルが好きなままなのかなー?って」


「それが… なに?」


「やっぱりシロさんの息子さんなんだね、あんなに小さな頃の気持ちを今も変わらず持ち続けてるんだから、誤解されやすいけどシロさんはかばんさんにしか興味ないからねぇ?親子そろって一途なんて… 私は素敵だと思うよ?」


 素直に「ありがとうと」とは言ってみたが、僕の恋はもう…。


「でも、叶わぬ恋に溺れてしまったねクロくん?」


 少しハッとした、心を読まれたのかと思った… 家族は皆隠し事が顔に出るタイプだが、それはやはり僕もそうだったということだろうか?


「辛い?」


 最近、皆そうやって聞いてくる。


 辛くなんかないんだ… 辛くなんか。


「提案があるんだけどいいかな?」


 提案?

 それを聞いた僕は小さく頷いて彼女の目をじっと見つめた、そしてゆっくりと僕の前にくると彼女は僕の手を取り立ち上がるように手を引いてきた。

 

 昨晩の助手のことを思い出した、奇しくも同じようなシチュエーション。


 彼女の耳の分を差し引けばやっぱり僕の方が背が高い、幼い頃彼女に抱っこしてもらったことも覚えている、不思議な感覚だ。


「私はもっとヒトのこと“知らなくちゃ”って思ってるんだけど、でも誰でもいいからって訳じゃないんだよ?私が気を許せる男の子… クロくんならいいかな~?って」


「それってどういう…?」


 なにか、とてつもないことを言われている気がする… 否、言われている


「クロくんは叶わぬ恋に溺れて辛いでしょ?それ、忘れられるかもしれないよ?」


「あの、フェネちゃん?なにするの?」


「わかってるクセに…」


 ゆっくりと迫ってくる彼女に僕は後退り、ストンとベッドに腰掛けた。

 そのままのけ反るような体勢になると、彼女は僕に覆い被さるように股がり、グッと顔を近づけた。


 


「大好きな人が目の前で幸せそうにして、その隣にいるのが自分じゃない… 辛いよね?悲しいよね?切ないよね?忘れてしまいたいってそう思ってるんでしょ?」


「僕… 僕は…!」


「私じゃあクロくんを満足させてあげれるかわからないけど…」



 彼女は僕を完全に押し倒し、自分のその大きく可愛らしい耳に僕の手を誘導し触れさせた、その時「ン…」と小さく声を漏らすと、僕に囁いた。


「耳… 好きでしょ?」


「あのあのあの!?///」

 

「“食べて”… みる?」




 た、たうぇ!?!?!?

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