第77話 忘れられない

 ようこそジャパリパークへ

 歌 クロユキ


 パパーパパッパー♪


「welcome to ようこそジャァパリパァク!今日もどぉったんばぁったんうぉおさぁわぁぎぃ!」ウッホホホーホホウッホホホーホホ♪


「「ウーがおー!」」

「高らかぁにぃぅわぁらいわらぇばフレンズゥァ!」

「ふれんずー!」


 僕はクロユキ、みんなクロって呼んでる。


 今サーバルちゃんの息子であるサバンナことサンにお願いされて弾き語りをしているとこさ、彼はこうして合いの手をしてくれるファンの鏡だ。


「ちょっとー?クロ~?」


 ユキが呼んでいるが、誰にもライブの邪魔はさせない。


「ンケンカしぃてぇ!すーっちゃかめっちゃかしぃてぇーもクロユキぃーァ!」

「クロユキー!」


「ねぇー!クロってば!」ブンッ←投擲


「けものはいてものけものはいないぃ!みんな自由に…」


 バコン! とその時後頭部に痛みが走る。


「痛ッ!?何すんの!」


 人が気持ちよく歌っている時に突如として感じた痛みについ中断、こんなのはライブとしてあるまじきことだ、どうやら当たったのはジャガイモのようだ。


 そしてその直線上にはユキが師匠のように腕を組み仁王立ちをしている、ただし胸は無い模様。

 

 ジト~っとした目で僕を睨み付けている。


「手伝ってよ!あとなんで歌うときそんなネットリした歌いかたするの?キモいよ!」


「言うじゃないか?外じゃあこれが流行ってるってナリユキじいちゃんが言ってたんだよ!これがわからないとはね?まったく、夢と胸を忘れた古い地球人め!」


「嘘だぁー!ぜーったい騙されてるよ!あと胸は関係ないでしょ!これからなのー!」



 僕は、誰に対してもこんなデリカシーが無いことを言うわけではない。

 これはユキとの信頼関係あってこそのやりとりである、もちろん女性には優しくするように心掛けているのでご心配なく。


「ユキねーさん!胸が小さくてもユキねーさんは十分は可愛いよ!自信持ってほしいですねぇ!」


「素直に喜べないッ!」


 なんか見た目だけでなく、この微妙にずれてるのが実にサーバルちゃんの息子って感じだ。

 シンザキのおじさんに勢いとみんみを足した男の子、それがサンだ。


 彼は紛れもなく二人の子供だ。


「もぉ~サン?おっぱいの話なんてどこで覚えてきたの?気にしている子もいるんだよ?めっ!でしょ?」


「でもママ?パパとシロのおじさんが話してましたねぇ… “愛に胸の大きさは関係ないがあるに越したことはない”って!」


「みゃ~!あの二人また子供の前でおっぱいの話してしてたのー!?かばんちゃんにも報告しないと!」


 父は乳の話で自分の立場が危うくなると予知でもしていたのだろうか?上手く逃げたじゃないか。


 と… 胸の話はもういいんだが、今日のお昼はユキのせいでオムライスになった。


 ユキは見た目も性格も人を引き付けるが少し不器用なのだ。


 このオムライスだって父が苦労してやっと覚えさせた、それまでに勢いだけで作りなんど失敗したことか… ご覧の通りサーバルちゃんも少し不安になるレベルだ。


「よかったー!上手にできたね!偉いよユキちゃん!」


「ふっふーん!」


 まぁ、ユキは単純なのでなにも問題ない。



 それから。



「「ごちそうさまでした!」」

 

 今日の昼食も特段問題はない、覚えてさえしまえばユキだって美味しく作れるということだ。


 とは言えサーバルちゃんにも都合というものがある、ユキが頼りないからと言っていつまでもいてもらうわけにはいかない。

 今に旦那さんが仕事を終えて迎えにくるはずだ、そうしたらいよいよアライちゃんとフェネちゃんに是非来てもらいたいところ。


 単に僕のワガママを言うとサーバルちゃんが居てくれると嬉しいのは否定しないのだけど…。


「クロ~?なぁにその顔?」


「ユキのオムライスがことのほか美味しくて意外だったときの顔だよ」


「誤魔化さないでよ、サーバルちゃんがそろそろ帰るから寂しいんでしょ?」


 なんでユキはこういうとき鋭いんだろうね?やめてよ本人の前でそういうこと言うのさ?困らせたくないのに…。


「ごめんね?シンザキちゃんがそろそろ迎えに来るころなんだ… でもまた遊びにくるよ!クロちゃんたちもいつでもサバンナちほーに遊びに来てね!」


「や… えっと… うん大丈夫、今度はユキの料理も上達させておくから、サンも、今度はちゃんとフルで歌を聞かせてあげるからね?」


「ありがとうクロにーさん!」


 くそ… ユキのせいでなんだかしんみりしちゃったじゃないか。





 やがてジープで迎えにきたシンザキのおじさんが僕らに丁寧に礼を言い残し妻と息子を乗せてサバンナちほーへと走り去った。


「クロ泣いちゃう?泣いちゃう?」クスクス


「いい加減にしろよ、そろそろ怒るよ?」


「ごめーん… でも晩ごはんどうしようね?私はジャパリマンでもいいんだけど」


 それは僕も構わない、放っておけば両親も数日後には帰ってくるし。

 ただうちの長は特別な理由意外だと我慢できない、例えば今回のような「デートだぞぉ?」とかだとダメなんだ、もっと深刻な… そう例えば崖から落ちて九死に一生の状態とかでないと。


「というわけだからラッキー?アライちゃん達を探して?」


「任セテ アライグマトフェネック… 検索中…検索中…」


 図書館で父のサポートをする特殊なラッキービーストがいる、彼は祖父のおかげでいくつかの機能のロックが解除されている。


 父がフレンズの姿なのに言うことを聞くのもそのおかげだし、音楽を流してくれたり家庭菜園をしてくれるようになったのもそのおかげだ。


「目撃情報ヲ受信 サバクチホーヲ抜ケテ 湖畔デ フレンズヲ集メテイルヨ」


 そう遠くない、でも二人にも仕事があるしすぐにはこれなさそうだなぁ…


 仕方ない、最悪晩御飯は僕が作ろう、レシピもあるしどうにかなるだろう


 とりあえず二人には来てもらうように言わないとね。


「ラッキー、二人に通信できる?」


「任セテ モットモ近クノラッキービースト二通達… … … 準備完了 繋グヨ」


 ピピピピピピと電子音を鳴らすとやがてラッキーの目が緑色に輝いた。

 すると何やら賑やかそうな音や声が聞こえ始め、二人のフレンズが慌ただしそうに動いている光景が目に浮かぶような… そんな会話が聞こえた。


“『フェネック!炒飯と焼きそば上がりなのだ!』

『はいよー、あと麻婆豆腐追加ねー?カレーうどんまだー?』

『ぐぬぬぅ!やぁーってやるのだ!こんなに集まっているのも皆アライさんの腕に期待してくれているからなのだ!アライさんにお任せなのdぁあッついのだ!?』

『気を付けてよー』”


 い、忙しそうだなぁ… 商売繁盛というやつかな。


 二人はこちらに気付く気配がない、話しかけるとまた炒め物をひっくり返すかもしれない… 仕方がないのでタイミングを改めることにしよう。


 さてそれじゃあどうしたものか。


「考えても仕方ないや、ギターの練習でもしよう…」





 昔の手紙を読んだりサーバルちゃんと久しぶりに会ったりしたせいか頭が上手く回らない、いや心がぐっちゃになってる。

 

 こんなときは考えに集中できない、昔はよく本を読んで誤魔化していたけど今は違う… アコースティックギターを弾くことに没頭している、感情を音楽にぶつけるのだ。

 

 地下室には、以前父と母がその~… 仲良くするために使われたベッドがあるが、これは今ほとんど僕が使っている。


 いや、僕が誰かを連れ込んでとかじゃなくて普通に地下室が僕の部屋みたいになっているってことであって、いろいろ没頭してたらここで寝ることが多いって意味


 普通に家にも寝床はある、増築された僕たちの家にはちゃんと兄妹別々に別れた部屋と夫婦の寝室があるのだ。

 でも僕はここを秘密基地みたいにして遊んでるし、ユキは一度寝たらなかなか起きないから多分ほら… 両親は寝室で普通にベタベタしてるんじゃないかな?


 思春期は辛いよ… もっと気を使ってほしいのに気を使わないといけないなんて。



 って両親のアレな話なんていいんだけど。



 僕がギターを弾き始めたのは10歳の頃だ。


 祖父ナリユキが誕生日プレゼントにくれたのだ、なんでも「モテる男はギターを嗜む」とかって理由で。


 別にモテようとしたわけではない、ただ僕は自分で音楽を生み出すというクリエイティブの部分にとても興味が引かれた。

 図書館にはギターの本もあったし、祖父は丁寧に教えてくれた。


 ちなみに父は不器用なのか若い頃途中で諦めたそうだ、まぁそんな父も少しなら弾けるらしい、でも今は爪で弦を切るからどちらにせよ弾けないとか言い訳してた。





「~♪~♪」


 まだフレーズしかできていないけど…。


 実は曲を作っている。



 僕だっていつもいつもネットリ歌っているわけではない、普通に歌うこともあればしっとり歌うこともあるしノリノリに声を張り上げることもある。


 って今は鼻歌なんだけど…。


 

 曲を作ってどうするの?って聞かれたら、別にどうこうしようって訳じゃない… ただ作りたかったから作ったと答える。


 きっと本に載ってるような有名な音楽家の何人かも、始めは人の心を動かすとかそういうつもりはなくって、単に音楽が好きで楽器やり始めて、そのうち自分の曲を作ってみたくなっただけなんだと思うんだ。


 そういうのが何かのきっかけで第三者の耳に止まるようになると、どんどんハードルが上がっていって下手なものは作れないと感じるようになり、次第に自分が好きでやっていたはずの曲作りが人の欲求を満たすための物となる。


 好きでやっていたのにつまらなくなったら本末転倒だ。


 でもそういうのに押し潰されない人が本に載るくらいすごい人なんだろう、僕は承認欲求に溺れるくらいなら「つまらない」と言ってすぐにやめてしまう自信がある。


 ただ…。


  



「なかなか、上手いものですね?なんという曲なのですか?」


「あ、助手… ごめんうるさかった?」


 博士もだけど、助手も耳がいいので音が気になったのか地下室へいつの間にやら降りてきていた。

 演奏に没頭するあまり気づかなかった、楽器やってるとありがちではないだろうか?少し恥ずかしい。

 

「いえ、なかなか心地の良い音色なので側で聞こうかと思ったのですよ?気が散るなら出るのです」


「いやいや、いいよ!ありがとう!よかったら聞いて!」


 ただ… 自分の生み出したものが褒められるのは素直に嬉しい、もっと頑張ろうとか聞いてほしいって気になる… 求めすぎてはいけないのだけど、だんだんこのくすぐったいのが病み付きになる。


 自信に繋がったりもするが、急に無くなった時なぜ褒めないんだと傲慢になったり喪失感に塞ぎ込んでしまうだろう。


 気を付けないとね…。


「この曲はまだ作ってる途中なんだ、タイトルもない」


「曲を… 作る?やはりクロは賢いですね?我々には到底そのような発想には至らないのです」


「そう?トキちゃんは自分の歌作ってたじゃない?」


「あれはシロが教えるまでメロディーもなにもないただの騒音だったのです、詩としてみれば悪いとも言いませんが正直歌と呼ぶにはいささか品がなかったのです」


 し、辛辣だな… でも歌は歌だ、僕はトキちゃんの歌評価するよ、歌詞もない僕の曲とは大違いだ。、


「クロの曲は逆には詞が無くても十分に曲としてなりたっているのです、耳に心地好いと感じてここに聞きに来た私がいるのですから… だからそこは自信を持つのですよ?」


「ありがとう、でもなんだか照れくさいよ」


「博士も姿こそ見せませんが認めていたのです、上でクロと一緒になって鼻唄を歌っていました」


 そうなんだ?じゃあちょっと自信持っちゃおうかな?才能あったりして。

 っと… あまり自惚れちゃだめだね?



… 



 しばらく助手をお客さんに弾き語りしていると、こんなことを言われた。


「クロは… やはり、サーバルを見るのは辛いですか?」


 周りから見てわかるくらい切ない顔でもしてたのだろうか… いや、辛いわけではない。


 僕は素直に「そんなことはないよ」と答えた、すると 助手は立ち上がり近寄ってくると僕の頭を撫でた。


「ずいぶん前のことになりますが… 二人でノコンギクという花を見付けたのを覚えていますか?」


 その手は優しく、声も暖かさを感じる。


「覚えてるよ、助手に花冠あげたじゃない?花言葉は… 守護、長寿、幸福、指導… それから…」


「「忘れられない思い」」


 僕に合わせるように助手が声を揃えてきた、忘れられない思い… そう、どれもこれも忘れられないんだ。


「大きくなったらわかるんだったよね?」


「えぇ、どうですか?」


「よーく… わかったよ」


「そうですか… そうでしょうね」


 心配を掛けているだろうか?助手はよく僕を気に掛けてくれる。


「クロ、良いですか?」


 そう言って一度僕の頭を撫でてくれていた手を降ろすと、次に助手は僕の頭を包み込むように抱き締めた。


「!?」


 急なことに驚いてしまい体がピクッと跳ね上がると、逆に助手の方も驚かせてしまった。


「あぁ… すまないのです、嫌ならやめるのです…」


「嫌だなんて… ことはないけど…///」


 なんだか照れくさい、体勢的に座っている僕に対して助手は立ち上がっているので、僕は必然的に胸に顔を埋めている状態になる。


 そのコート越しでも温かい体温が伝わり、とても柔らかく心地が良い。


 トクン…トクン… と心臓の鼓動が聞こえると、ごちゃごちゃしてた気持ちが溶けてくみたいに落ち着いていく。


 少し… 鼓動が早いかな? 


「クロ… きっと我慢しているのでしょう?サーバルの幸せを壊さないように気持ちに嘘をついてるのでしょう?」 


「嘘なんか… 現状に満足してるよ?誰が憎いって訳でもないしサンと会えたのも結果としては嬉しいもの…」


 嘘ではない、嘘ではないけど…。


「私は… 博士の助手としてでもなければ長の片割れとしてでもなく、一人のフレンズとして今お前に接しているうもりです

 できることと言えばこうして抱き締めてやるくらいですが、こうすることで辛いであろうお前の心をほぐしてやれたらと思うばかりです… 心の問題は知識では及ばないことも多いので」


 わかった… 助手はいつだってそうだ。


 ノコンギクの日からずーっとそうなんだ、急に僕のこと必要以上に気に掛けてくれるようになってさ。


「助手、まだ気にしてるの?僕のあの“病気”のこと?」


「それは…」


「もう治ったじゃないか?対策もとれる、二度とあんなことにはならないよ?だからもうそんなに責任感じないでよ?」


「ですが… いえ、それはそうなのですが」



 あの日小さなセルリアンと僕を接触させてしまったことを未だに気にしてるんだ


 僕の思いとは別に、助手にとってあの件は“忘れられない思い”になってしまったということだ。


 僕は気にしちゃいない、だから少し意地悪をする…。


「それとも助手は、あの一件を理由にしないと僕のこと抱き締められないの?」


 なーんて意地悪なこと聞いてみる。


 すると助手はムキになったのか少し早口に言い返してくる。


「そんなことはありません!あれは飽くまできっかけというものであって、家族であることに変わりはないのです!い、いつだって抱き締めてやるのです!///」


 手を僕の肩に置き目線をしっかりと合わせてきた助手、その目は真剣そのもので発言に嘘偽りがないということを物語っている。


 だから僕は立ち上がり、逆に助手の肩に手を添えた。


「助手が辛いなら、僕だって抱き締めてあげられるよ?家族でしょ?」


 僕は背が伸びた、前は見上げていたはずの助手を僕は少し上から見おろしている。

 

 こうなると、逆に彼女は僕をやや上目遣いで見上げている… そんな僕を見ると感慨深いのか、じっとこちらを見つめながら小さな声で言う。


「クロは… 立派になりまたしたね?」


「まだまだ子供だよ、だからこれからもいろいろ教えてね?」





 しばらくお互い肩に手を添えて見つめ合っていると。


「クロ… 私は…」


と助手が少し汐らしい態度でなにか言いたげにしていた。

 僕は黙って聞くつもりだったが、その時バタバタと音がして大きな声と同時に扉が開いてしまった。


「クロー!ヒグマちゃん捕まえたよ!今夜は特製カレーライス!」


 ユキだった… どうやら僕が料理をする必要も無くなったようだ。


「本当に?今いくよ!ねぇ!ヒグマちゃんのカレーだって!晩御飯なんとかなったね?」


「え?えぇ… そうですね、楽しみなのです、行きましょうか?」



 助手が少しボーッとしていたのは、しばらく僕を抱き締めて体温が上がったからかもしれない。




 近ごろ暑いからね、気を付けないと。

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