第10話 おはなし
あれから数日、ユキにこれと言った大きな異変はない。
ただ師匠が来たときは少し大変だった、もう完全に腕力家だと思われているので「嫌い!」の一点張りだ、でもお詫びのジャパリマンはちゃっかり食べるのだ、まったく調子のいい子だ。
「すっかり嫌われてしまったな…」
と言った師匠はあまり見たことがない顔をしていて、大きく態度にはでないが落ち込んでいる様子だったのはわかった。
お供のシロサイさんは言った。
「ズタボロで帰ってきたと思ったらなんだか暗かったのですわ?負けたショックかと思ってたら、そう… ユキちゃんとそんなことが?」
そう語ると彼女は「お姉さまに任せなさい!///」と意気揚々と子供たちに絡みに行ったが、結果はシロサイさんがショタロリ成分を補充しただけとなった。
…
「博士?助手?なんとかならない?」
「お前たちによくわからないことが我々にわかるわけないのです」
「子育てに正解などないのです」
「開き直らないでさぁ~?一緒に考えてよ~?頼むよ~?」
暴力…。
他者の身体、もしくは財産に対する破壊力を指す。
心を傷付けるのも精神的暴力、言葉の暴力と言えるだろう。
戦い、戦闘とは…。
敵対する者同士の、あるいは勢力同士の衝突、即ち暴力である。
子供たちの言う通り戦いとは暴力だ、結局相手を傷つけているんだから…。
ここはジャパリパーク、のけものはいないのだからそもそも戦闘という行為事態が不自然だ。
とは言え、師匠は生まれついての戦闘者。
故に力と力のぶつかり合いにエキサイトしてしまう傾向にある。
もちろんそんなフレンズが他にもいないわけではない、人の姿をとったためか強さをひたすら求めるフレンズもいるようだ。
例えばブラックジャガーさんは一撃で相手を倒すという信念を貫いているそうだ。
ホワイトタイガーさんだって常に鍛練を欠かさないようなことを言っていた。
強さを求めることは珍しくもない。
だからという訳でもないが師匠と姉さんは何度も合戦を繰り返している、今はスポーツで解決したがやはり師匠は戦士… 勝ち負けは関係なしに力を試したくなってしまうんだろう。
そんなことセルリアンとやってろと思うかもしれないがセルリアンは師匠にとって単なる障害物に過ぎず、石を砕けばあっさり倒せてしまうのでつまらないのだ。
よほどのヤツでない限り相手にならないだろう。
そしてそれ故にハンターにはならない、師匠がハンターだったらヒグマさんが持たないだろう。
そんな師匠だって何も無責任に力を振るう訳ではない、パークを脅かす者がいるならそれを打ち砕くことに力を使うし、強き者として責任を持ち弱き者を守る為に戦うのだ。
自信がないやつは自分の後ろに隠れていろ、強いやつは自分と力比べをしてお互いを高め合おう… とそういうことだ。
しかし…。
その守るための強さというのを子供たちにどう説明したらいいのか?結局やっていることは暴力だからなぁ。
そうして悩んでいると博士がこんなことを言った。
「我々が戦う時というのは基本セルリアンからの自衛です、フレンズ同士で争うのは本来するべきではありません… 狩は必要ないのですから」
「セルリアンか…」
ハッとしたように続いて助手も言った。
「子供たちはセルリアンに会ったことがありませんね?」
「そうだね?近くのやつは俺とか姉さん達、それに師匠達も見掛けたら倒してくれるし、ハンターもバリバリ活躍中だから」
「では、セルリアンのことを話す延長で子供たちに伝えてはどうです?自分や大切な人を守る為に力が必用なこともあると…」
「なるほど、冴えてますね助手!」
でも、その為にはまずセルリアンが恐怖の対象だと教え込まないといけないな…。
…
そんなとき、外で子供たちが楽しそうに騒ぐ「キャーキャー」という声が聞こえてきた、お客さんかな?
外に出るとフレンズが二人、主に黄色い方が子供達にもみくちゃにされていた。
「あなた達!それ以上このアミメキリンのマフラーを引っ張ると事件が起こるわよ!」
「「キャーハハハハ!」」
「そうだね、被害者は君だキリン… 死因は絞殺」
「ヴッ!?苦しい!助けて先生!」
「お、いいねその表情?少し我慢しててくれ!」
「先生!?」
あれはエロ漫画オオカミ先生と迷探偵眠りのアミメさんじゃないか。
あ、そうか?フェネックちゃんが言ってたっけ?近いうちに漫画を持ってくるって。
「あ、あぁ~!ダメだよ!二人ともキリンを離してあげてよ!とっても苦しそうだよ!」
「でもこれ楽しい!」
「ユキもっと引っ張りたい!」
「えぇ~!どうしようかばんちゃん!」
苦しむ姿を楽しむだなんてドSの子達だ、それもまた暴力だ。
「二人とも?キリンさん首がしまって苦しそうでしょ?二人も苦しいの嫌でしょ?」
「「やだ!」」
「じゃあ離してあげましょうね?自分の嫌なことを人にしちゃいけません!」
「「はーい」」
さすが、ハニーは子供たちの扱いに慣れているね?そうそう、善悪の区別をしっかりつけないと。
「ブァッ!?助かったわかばん!あなた達、相変わらずヤンチャね?」
「アミちゃん抱っこして?」
「ユキも~!」
「し、仕方ないわねぇ///」←満更でもない
そのあと彼女がさらにもみくちゃにされたのは言うまでもない。
…
しかし、オオカミさんか… よし閃いた!
今回オオカミさんが持ってきたのは幸いにもギロギロの方だったので子供達の前でもしっかりと内容を聞くことができた。
「オオカミ、あとで話があるのです…」
「例の件かな?情報提供を感謝するよ」
「こら、なんの話してる」
「偉大な作家は秘密を明かさないのさ… フフフ」
バレバレだよ!絶対図書館の“揺れ”について話すつもりだろ!いい加減にしろ!
ところでそんなオオカミさんにお願いがあるのです… と俺は話を切り出してみた。
その内容は。
「子供達にセルリアンの話をしてくれだって?」
「うん、そろそろセルリアンのことを教えてあげないとと思って、オオカミさん話すの上手いしどうかな?」
「私は構わないけど、子供達に私の話は怖すぎるんじゃないか?」
まぁ確かに… ギロギロでもかばんちゃんに抱きつくくらいびびってるからなぁ。
でもあれは内容よりもオオカミさんの聞せ方なんだよね、声にビックリしてる感じ。
「いいよ、その恐怖を利用して戦うための勇気を教えたいから」
「へぇ、あの子達ももうそんな時期か…」
「いや、ちょっと急ぐ理由ができたんだよ」
…
それでは子供達、寄ってらっしゃい見てらっしゃい怪談の女王タイリクオオカミさんがやって参りましたよ~?
君達は怖がらずに聞いていられるかなー?
それでは先生今日のテーマお願いします。
「二人とも、いい子にしてたかな?」
「「してたー!」」
「そうか、それじゃあ二人は食べられないで済むね… 安心したよ」
「悪い子は食べられちゃうの?」
「ユキはご飯じゃないよ!」
「そうさ… やつらにとっては君達も私たちも美味しいご飯なんだ、特に悪さばかりしてる子供が大好物なのさ」
「「…」」
うわぁピンポイントな怖がらせ方だなぁ、もう子供達固まってるし…。
“月夜に笑うセルリアン”
タイリクオオカミ
二人はセルリアンという言葉を聞いたことがあるかい?
「僕知ってるよ!フレンズを食べるお化けでしょ?」
「ユキも知ってる!ブヨブヨのやつでしょ?」
その通り、いやぁ君達は賢いねぇ?
それじゃあ今日はそのセルリアンについてお話ししてあげよう、あれは私が漫画を書き始めて間もない頃だった…。
…
それまで他のオオカミ達と群れで生活していたんだけど、当時静かなとこでゆっくりと漫画を描きたくてね?私は良い場所がないかとパーク中を旅していたんだ。
机がないと絵は描けないし、どこか建物はないかな?と思って一人歩いていると丁度いい建物を見付けたんだ、今思えばあれはゲートの管理小屋かな?これはいいと思って早速漫画を描き始めたよ、景色も面白くてね?筆が進んだよ。
するとそこにフレンズが一人ひょこっと現れた。
彼女はこんなところで漫画なんて描いてる私が珍しかったのか話しかけてきたんだ。
私はいつものクセでその子に怖い話をして怖がる顔を見せてもらったよ、フフ… それでその時彼女は私に言った。
「ここでそんなイタズラしてると消えちゃうのよ!」
私はそれが仕返しかと思ってね?でもあんまりヘタクソな話だったものだから大して相手にもしなかった。
その晩… 月の綺麗な夜だったよ、丁度満月でね?
私は夜目が利きくけど、漫画を描くには暗過ぎるから今日は休んでまた明日描くことにした。
でも、横になって目を閉じていると眠る私の耳に気味の悪い音が聞こえてきた…。
ガリッ!ガリッ!って固いものを引っ掻くような音で、とても気味悪い。
不信に思いドアを開けて外を見てみるが、そこには誰もいない…。
私も寝起きは少し頭がボーッとしてるものだから風の音かなにかと勘違いしたんだろうと思った、もし誰かいたら声が聞こえると思ったし。
翌朝、漫画を描く前に外へ出てグッと体を伸ばしていると小屋の壁に引っ掻いたような痕を見付けた。
昨日の音と関係が?私はこの時、ひょっとすると昨日の子がどこかで私を見ていて怖がらせようとイタズラしていたのかもしれないと思った。
怖がらせるのは好きだが怖がらせてくるのはあまり好きではなくてねぇ?フフフ、あの頃は私もまだ若かった… だからその晩また聞こえるんじゃないかと思って眠ったフリをして起きていることにした。
すると聞こえたんだ… またあの音だ!
ガリッ!ガリッ!って何かを引っ掻く音が聞こえた!私はすぐにドアを開けて叫んだ。
「誰かいるのか!」
でもやっぱりいない…。
外は変わらずとても静かで、空には雲ひとつない月の綺麗な夜だ…。
だけどその時急に暗くなったんだ、月が何かに隠れたんだよ?なんだと思う?
…違うよ、雲ひとつない空だと言っただろう?じゃあ他に私を影で覆うくらい大きな物はなにかな?
私は振り返り、恐る恐る小屋の屋根の方に目を向けるとそこには…。
…
満月のように黄色いセルリアンが私をじっと見ていたんだ!
そしてそいつはブヨブヨと動き!心の感じられないはずの大きな目玉がまるで笑っているように見えた!
壁を尖った爪のようなものでガリガリと引っ掻きながら!まるでご馳走を見つけてうれしー!って感じでね!
だから君達がもしイタズラばかりしてる悪い子だったら… 黄色いイタズラセルリアンが屋根の上で笑って見てるかもしれないぞ!
…
「「ヴぇぇぇぇん!?やぁだぁ~!?怖いぃ!?」」号泣
や、やりすぎぃ!?先生本気出しすぎですよ!もう泣きすぎて子供達えずいてますよ!
「怖いよ!なんで笑ってるのぉ!?」ガクブル
「さ、さすが先生!今日は怖くて一人で眠れないわ!」ガクブル
「やややりますねぇ?」ガクブル
「我々たまにシロのことで勘違いを起こしますが… あれは善意なのでイタズラにはならないですね?そうですね?」ホッソリガクブル
や、やりすぎぃ!?先生大人も怖がってます!子供だけじゃないです!
「し、シロさん…」ギュ
かばんちゃん君もか… せ、先生…! ありがとうございます///
ってそうじゃなくて!子供達がヤバイ!
「二人とも大丈夫だよ?いつもいい子にしてるだろ?」
「うぇ…もう壁にお絵かきしない」
「グスン…ユキもう本破らない」
「そ、そっか… そうだないい子だな二人とも?それなら大丈夫だよ絶対」
それはとてもえらいと思うけどまったく関係のないことにまで反省し始めたな、でもクロはお姉ちゃん達の耳を執拗に触りたがるのもやめた方がいいね?ユキもそろそろ尻尾引っ張るのやめないとね?強いからね、あれ痛いからね?
「オオカミさんやりすぎだよ…」
「いや、ハハハ… そうだね、いい表情たくさんいただいたよ?でもこの話は終わりではないよ?」
「まだやるの?」
「そうじゃなくて、このままじゃ解決しないだろ?その後私はどうなったと思う?」
あれ?そういう繋げ方するの?さすがですね先生!だからいつもの「じょーだんじょーだぁん!いい表情頂き!」って言わないのか… あれ?冗談なんだよね?
「じゃあみんな、先程私は追い詰められた状況になった訳だが… ご覧の通り健在だ、なぜだと思う?」
「「やっつけたの?」」
「正解、賢いじゃないか二人とも?そう、私は幸いにも戦いの得意なフレンズでもあったんだよ、自慢じゃないがその辺のセルリアンなんて相手にもならないよ?もしあのセルリアンに襲われたのが二人みたいに小さな子供だったり、戦いの得意ではないフレンズだったら… 大変だね?」
「「うん」」
「だからパークでは強くなるために訓練を重ねるフレンズがいる… 例えばセルリアンハンターは毎日毎日みんなのために戦って平和を守っている」
とこのように、怪談から戦う力と勇気の話に繋がるわけだ、感服した。
任せて正解だった。
「ヒグマちゃん?」
「キンちゃんとリカちゃんも?」
「そうだね、ハンターはその三人だけではないけど、パークは広いからすぐにみんなを助けられないこともあるんだ、事実私はあの時自分でなんとかした訳だし… だからいろんなちほーの強いフレンズはそのちほーを守るんだ、自分の強さに責任をもってね?例えば君達のパパ、彼はとても強いんだ、家族を守る為に強くなったんだよ」
「パパすごーい!」
「パパかっこいー!」
「うぇへへ…照れるね///」
「気持ち悪いのです」
「もっとキリッとするのです」
辛辣だな… しかし本当に話の運びが上手いなこの人は、どこまで考えてこんな話をしてるんだろうか?俺じゃ思い付かないよ。
「じゃあししょーも?」
とその時クロは尋ねる、そして同時にユキは少し表情に曇りが見える。
「ヘラジカだね?その通り、彼女は森の王と呼ばれている、当然強い
あんまり強いから周りがそう呼び始めたんだけどね?彼女はそのプレッシャーに潰れることなく日々鍛練を欠かさない
強いフレンズを見付けると腕試ししたくなるのが悪い癖だが、あれもまた彼女自身が強くなる為の修行の一環なんだ
強くなれば皆を守れる、さらに強いフレンズがいればもっと守れる、自分がそのフレンズを超えればさらに… ってね?」
次第に子供達は平和の為に戦うことも必要だと学んでいった。
特にクロはやっぱり男の子だからなのか、そんなヒーローのような話に目をキラキラとさせて聞いていた。
それから俺はユキに尋ねた。
「師匠のこと、嫌い?」
するとユキは照れくさそうに答えた。
「ほんとは好き…」
それを聞くと、じゃあ今度一緒に遊びにいってごめんなさいしような?…と頭を撫でた。
今度から師匠にも戦うときは時と場所を考えるように言わないとな。
…
その晩。
「子供達、ちゃんと眠れたね?」
「オオカミさんが最後に“守る”ということを話してくれたので、きっと安心したんですね?でもあの、シロさん?」
ピッタリと体をくっつけた妻は俺をじっと見つめた…。
「僕はまだ怖いです… 守ってください?///」イチャイチャ
「これから君にイタズラするけど大丈夫かな?」イチャイチャ
「地下室なら音も気になりませんね… なんて///」
「カバンノ声ハ気ニナルケドアワワワ!」バタン!
スッ… スッ… スッ… という流れるような動作でラッキーは引き出しにつっこまれた。
あ、あれはまさか… けも勝手の極意!?
でもそんなことはどうでもいいので俺は妻をお姫様抱っこして地下室まで駆け抜けていったのだった。
…
ドッタン!バッタン!
「博士… これは黄色いセルリアンのイタズラでしょうか?」
「違います、白いエロリアンの仕業です」
「うみゃあ… 二人とも元気だねぇ?」
イタズラには気を付けよう。
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