第9話 こねこ

「どーしたシロ!動きが鈍ったぞ!」


「クソっ!」


 さっきより動きが早く攻撃が重たい、どうやら俺の奥義が師匠をさらに燃えさせてしまったらしい。


 タフにもほどがある、ホワイトタイガーさんの時より至近距離でまともに入ったはずなのにまだこんなに動けるのか!


「ふん!」


 ドンッと重たい衝撃が体全体に響く、相変わらずどころか前よりずっと強いとすら感じる。


「ぐっ!もう一度だ!」


 体当たりを受けつつ俺はもう一度サンドスターで作り出した拳を突きだした、ガツゥゥゥン!!!と激しい衝撃が森を揺らす、しかし…。


 止められた!?


「甘いぞ!くるのがわかっていれば受け止めることは容易い!技に頼るなと言ってるだろ!」


 師匠の槍と俺の大拳がぶつかり合い激しくサンドスターが散っている。

 同時に槍を破壊したがダメだ、今ので引っ込める前にサンドスターが逃げてしまった。


 無理!ガス欠だ!やっぱ強すぎぃ~…。


 俺の力では師匠にまだまだ届かない。





「はぁ… 参った師匠!クソ、いけると思ったのにな…」


「はぁ… はぁ… お前が毎日鍛練を欠かさなければ私が負けていただろう、それくらいあの技は強力だ、私もかなりキツかった… 流石は私の一番弟子だ」


「嘘でも嬉しいよ、ありがとう」


「私は嘘などつかん!さぁ立て、戻るぞ?」


「はい師匠」


 師匠は俺に手を差し伸べてくれた。


 俺はその手を取り立ち上がろうとした。


 がその時、師匠は何者かの奇襲を受けた。





「ママー?パパとししょーはどうしたの?」


「大事なお話があるんだよ?ヘラジカさんはパパの先生だから」


 クロユキはかばんの膝に乗り、森の奥に消えていった父の身を案じていた。


 子供ながらに家族を置いていなくなる父の姿に不安を覚えたのだろう。


 この家庭は一般的な人間社会の家庭とは違う、あえて例えるなら自営業のような状態で住まいがそのまま両親の仕事場となる。


 所謂、父が外に稼ぎに出て母が家事をするというそんなよく見られる形をとっていないので、子供達には両親がかならず家にいることが当たり前だった。


 故に片方でも用事で出掛けると不安を感じやすい、その為にサーバルが二人の遊び相手になるのもあるが…。


 そんな時、クロユキは気付いた。


「ユキはどこ?」


 ハッとしてかばんは辺りを見回したが姿が見えない…。

 

 少し不安を感じたが「きっとサーバルちゃんと一緒にいる」と信じ込み、幼い息子を抱き上げて親友サーバルの姿を探すことにした。


「サーバルちゃんと遊んでるんだよ?クロも行こう?」


「いくー!」


 先ほどまで不安そうにしていたクロユキだが“サーバルちゃんと遊ぶ”という言葉には素直に子供らしく喜んだ。


 がしかし。


「あ、かばんちゃん!ユキちゃん知らない?」


「あれ?遊んでたんじゃ…」 


「遊ぼうと思って探してたんだけど、いつのまにかいなくなってて… おかしいなぁ、どこにいったんだろう?隠れてるのかなぁ?」


 まさか… とかばんは察した。


 森の中?シロさんを追いかけた?


 先ほどから森の中からはドンッと大きな音が聞こえたりバサバサと鳥達が飛び立つのが見受けられる、二人のことだからただの模擬戦でも全力を出すんだろうとある程度の予想がついていた。


 娘にそんな彼の姿は見せられない、ホワイトタイガーの時と同じで小さな子供の目にはそれがただの暴力に映るだろう。



 ヘラジカさんが彼を痛め付けるところも見せられないし逆に彼が誰かに攻撃を加えるところも見せられない…。



 そう思ったかばんはクロユキをサーバルに任せ森に走った。





 ドンッ!

 何かが師匠の肩に直撃し、無防備だった師匠を藪に突っ込ませた。


「ぐぁあッ!?」


「師匠!?誰が… あぁ!?嘘だろ!?」


 強い衝撃を受けそのまま真横に飛んでいった師匠、その肩にぶつかった白く小さな影を見て俺は唖然とした。


「ユキ!?」


 三才の女の子が師匠を体当たりでぶっ飛ばしたのか!?


 ユキは確かに子供にしては力も強かったが、それは子供にしてはというだけで人間の大人からみればさすがに弱い。


 だが今の見たか?師匠が声をあげて吹っ飛ぶくらいには強かったということだ。


 いつもと違うのはユキの姿。


 耳と尻尾… それにあの目は…。


 娘のその両の瞳は爛々と野生の輝きを放っている、つまりユキが野生解放?


 娘がフレンズになっちまっただぁー!? 

 

 なんて言ってる場合ではない、すぐに落ち着かせないと。


「ユキ、いい子だからこっちにおいで?」


「グルルル」


 聞いてくれない、じっと師匠を睨み付けて牙を剥き出しにしている。


「なんだ今のは!?あれはユキ?今のはユキがやったのか?」


「師匠!娘に手を出さないでくれ!」


「そのつもりだが!それは難しそうだ…!」


 師匠はスっと立ち上がったが左肩を押さえている、まともに喰らって動かせなくなったか?どんな衝撃だよ…。


 向かい合うは小さなホワイトライオン、その姿に俺はどこか母を思い出す。


 唸ってばかりの娘がその時言葉を口にした


「パパをいじめないでッ!ガァァァアッ!!!」


 まるで獅子の咆哮だった、叫んだユキはまたまっすぐ師匠にぶつかりにいった。


 師匠はそれを上手くガードするが…。


 ドンッ!

 既に武器も失っている師匠は腕をクロスしてそれを受け止めるが、衝撃に大きく仰け反ってすぐにその守りも崩されてしまった。

 

「これが子供の力か!?いつかのシロを思い出すな!」


 師匠も俺との戦いで万全とは言えない、子ライオンとは言え師匠をぶっ飛ばすくらいの力を持っているユキに苦戦を強いられているようだ。


「くぅ… シロとの戦いが少し堪えたな!」


 息を上げたまらず膝をつく師匠、俺との戦いでかなり疲弊している… 究極奥義である獅子王の前足を喰らいながらあれだけの動きをしたんだ、しかも二発目は槍で受けとめた、砕けたということは相当の力が加わった証拠だ… つまりいつも以上にサンドスターを消費している。


「ガァァァア!!!」


 まずい!?


 ユキは再度師匠に飛びかかった、まともに喰らえばいくら頑丈な師匠でもただでは済むまい。


「止せッ!」


 俺はサンドスターを絞り出して飛びかるユキを横から捕まえることに成功した。


「ユキ!パパの声を聞け!」


 ギャーギャーと叫び暴れるユキをグッと抱き締めて抑え込むが、あまり声が届いて無いようだ、まるで獣そのもの…。


 そのままユキは俺の肩に噛みついた。


ガブッ!


「ッ!くっ!よしよし… いい子だ、怖くないぞユキ?パパが付いてるからな?」


「シロ!大丈夫か!?」


「何でもない!師匠は休んでて!」



 痛みを堪えて娘を抱き締めたまま頭を優しく撫で続けていると、やがて娘に生えた耳と尻尾が消えて噛む力も弛み、フラッと腕の中で眠ってしまった。


 どうやら落ち着いたらしい…。


「ふぅ… なんとか治まったか、イテテ…」


「ユキはやはりお前と同じなのか?」


「そうみたいだね?でもあんなの初めて見たよ、師匠は平気?」


「なんでもない!それにしても… 私がお前を倒すのがよほど頭にきたんだろう、“パパをいじめないで”と言う顔はとても子供の怒る顔ではなかった… だが、優しい子だな?」


「もぉ~だからやめとこうって言ったのに~!」


「すまん!」


 師匠も俺も木にもたれ掛かりクタクタになっていた、俺はサンドスターを絞り出したせいで数年ぶりに耳と尻尾が消えてしまったが、かばんちゃん何て言うかな?


 はぁ~… ユキが暴れて俺が怪我したなんて聞いたら怒るぞ~?やだなぁ怖いなぁ…。


「ユキ!ユキどこにいるの!?」


 噂をすれば今のは妻の声、ガサガサと音を立てこちらにこちらに近づいてくる。


「かばんちゃん?ここにいるよ!」


 ユキがいないことに気付いて探しに来たようだ、俺は娘の代わりに返事をして彼女を現場に呼んだ。


「シロさん?大丈… ってどうしたんですかそれ!?」


「後で話すよ、ユキが疲れて眠ってしまっただ?ごめん、代わりに抱っこしてあげて?」


「わ、わかりました… もう!ヘラジカさん!これはどういうことですか!どうして夫が怪我しなければならないんですか!」


「かばんちゃん、これはユキに噛まれたんだ、師匠には目立った怪我はつけられてないよ?」


「すまないなかばん、あまり楽しいのでつい調子に乗ってしまった!じゃあ私はこのまま帰る、後日キッチリと謝りにいくからよろしく!」


「あ、師匠!うちで休んでったら?」


「不要だ!お前の傷に障るからな!」


 そういうと師匠はフラフラ歩いて森の奥に消えていった、あんなにフラフラしてるのに歩いて帰って平気なんだろうか?




 俺達も図書館に戻ると、肩から血を流す俺を見て博士たちが卒倒しそうになっていた。

 すぐにサーバルちゃんが救急箱持ってきてくれてかばんちゃんが手当してくれた。


「あいたたたた… かばんちゃんもっと優しくして?」


「我慢してください!いっつも無茶なことするからですよ!」


 ひぃ~… ごめんなさい~。


「パパどうしたの?怪我したの?」


「心配するなクロ、ちょっと転んじゃっただけだよ?」


「違うよパパ、転んだ怪我じゃないもん」


 す、するどーい!これは三才の観察力じゃないよー!?




 手当てが済むとユキをベッドへ寝かせた。


 あれから、ユキはそのまま眠り続けている。

 

 小さな体からサンドスターがごっそりなくなったんだろう、回復の為に眠り続けているんだ。


「ユキ… どうしたんですか?」


「実はね…」


 ユキは…。


 恐らく俺が師匠に押され始めたくらいから見ていたんだろう、その時は俺もサンドスターが残りわずかでとても太刀打ちできなくなり一方的な戦いになっていた。


 あっさりとやられた俺を見たユキは師匠が俺をいじめていると思って激昂したんだ。


 そしてその怒りが引き金になり内なる獣が表に出てきた…。


「ユキが野生解放をしたんですか?」


「うん、小さな体に小さな耳と尻尾があった、俺を守ろうとしてくれたみたいで“パパをいじめないで”と叫んで何度も師匠に飛びかかってた… パパ幸せ」


「もぉ… デレデレしてる場合じゃないですよ?」


 我が家では日頃から「みんな友達、みんな家族」「友達や家族を傷つけてはいけない」と教えているので、娘には師匠のそれがただの暴力で悪いことだと認識されたんだろう。


 子供の成長は親が思ってるより早いんだな、優しくて勇気があるじゃないかユキ?

 俺と師匠の関係を言葉で説明するには今の二人には少し難しそうだが、仕方ない… 暴力と戦いの違いを説明する時期がきたか、なにか考えないと。


「俺に噛みついたのは… 俺の時と一緒だねきっと、野生に振り回されたんだ」


「大丈夫でしょうか?これがきっかけで悩んだりしないといいんだけど…」


「俺の小さい時と違って頼れる仲間が沢山いるからね? “大丈夫だよ”ってゆっくり力の使い方を教えたらいい、姉さんも師匠もいるから」


「そっか… そうですね!」





 その晩俺はユキの大きな泣き声を聞いて目を覚ました。


 妻も同時に起きたが「俺が行くよ」とそのまま寝かせておいてあげた、クロも寝ぼけていたが同様に寝かせてあげた。


「ユキ、どうした?怖い夢でも見た?」


「ぱぁぱぁ~!えぇ~ん!」


 泣いてばかりで話しにならないので抱き上げて少し外を散歩することにした、そして泣き止んで落ち着いた頃ユキは言った。


「パパここ痛くないの?グスン」


「覚えてるのか?」


「知らない、でもユキが噛んだのは分かるの…」


 かばんちゃんの言った通り少し気にしてるみたいだ、なので俺は大丈夫だよ?と優しく頭を撫でた。


 ユキの話をまとめる、娘から聞いた限りでほとんど俺の憶測だが…。


 ユキは俺をこっそり追いかけて森の中に入った、そのドンッという大きな音を聞いた。

 それはたぶん師匠にジャイアントライオンクラッシュが炸裂したときだ。


 音の方に歩いていくと丁度ノリノリで俺を攻撃する師匠の姿が見えた

 ユキはその時、「なぜ師匠が父を楽しそうに痛め付けているのか?」と思ったんだろう。


 暴力はダメと日頃から言われていたユキにはそれがなぜなのか理解できず、ただひたすらにその師匠の姿に怒りを覚えた。


 こんなに怒ったことはない…。


 子供というのは元々直情的だが、ユキ自身もこんなにも怒りを感じたことはないと思っていたそうだ。

 思い通りにならなかった時とかそんなことの比ではなかったのだろう。


 するとなぜだか力が湧いた…。


 「やっつけてやる!」とそう思った時、ユキは既に師匠に思いきり体をぶつけていた。


 「目の前のアイツを倒す、父を守る」ってただそれだけの感情で体を動かしていた、そこからはよく覚えていないみたいだが、三才の子供に詳細な話というのを期待しても仕方ない、きっとよくわからないうちに頭にきて力が湧いて師匠に立ち向かったんだ。


「ユキ~?ありがとうなぁ?パパのこと守ってくれたんだろ?」


「怒ってない?」


「怒らないよ?よしよし… 怖かったか?」


 師匠の言った通りこの子は優しい。


 この歳にして誰かを守る為に戦うなんて誰にでもできることではない、責めることなんてひとつもない… むしろ褒めてやらないと。


「なんでししょーはパパをいじめるの?」


「師匠とはケンカしてたんじゃないんだよ、力試しをしてたんだ」


「なんで!パパ痛いことしたらダメって言ったのに!」


「ん~…とね?パパはユキたちを守るために強くないといけないんだ、だから師匠は俺を鍛えて力試しをしてるんだよ」


「わかんない!ししょー嫌い!」


 参ったな… すっかり嫌われてるぞ師匠、だからやめておこうと言ったのにまったく戦闘狂なんだから!


 父さん母さん… 子供に守るための戦いの話をするのはどうしたらいいですか?どうすれば納得してくれるんですか?


 あまりにも暴力から遠ざけ過ぎたのだろうか?でも人をぶつような子にもさせたくない。


 また何か考えなくては…。


「パパお腹すいた!」


 そんな言葉が図書館の敷地に響き渡る、どうやら安心して空腹感を思い出したようだ。


「あぁ~朝御飯しか食べてないもんなぁ?でもなぁ~こんな時間に食べさせたらママ怒るからなぁ~…」


「お腹すいた!」


「わかったわかった、じゃあこっそりジャパリマン食べよう?絶対ママに内緒だぞ?」 


「わーい!」


 頼むぞユキ、内緒だぞ?絶対頼むぞ。



 ユキとジャパリマンを半分にして食べると、すっかりごきげんのユキはこんな歌を歌ったのだ。


「パパとたべーるージャパリマンが~♪いつもよりもおいし~♪しんはっけ~ん!」


 それかばんちゃんソングだろ!なんで知ってるんだ!?


「ユキ?それどこで覚えたの?」


「ママのラッキーにお歌うたって!って言ったらママの声でうたったの!」


 あのラッキー本当に何するかわからん、不利益な情報を流すからなアイツは… なんとか音声サンプル18禁だけは消去したいが開発者モードのパスワードがわからん、子供には聞かせられんぞ。





 寝室に戻る頃にはユキはすっかりスヤスヤと眠っていた。


 代わりにクロがどこかへ行ったかと思ったらちゃっかり俺のポジションでかばんちゃんに抱かれて寝ていた。


「クロ?クロそこパパのとこ…」コショコショ


「Zzz ムニャムニャ… サーバルちゃん抱っこ…」


 かばんちゃんに抱かれながら別の女の子に抱かれる夢を見るなんていけない子だなクロ?それにしても…。


 えぇ~ん!なんでぇ!?ママはパパが先に見つけたんだぞ~!うぇ~へぇ~ん!かばんちゃんの温もりがー!!!


 でも… 起こすわけにもいかないか…。


 俺は泣きながら一人地下室の冷たい階段を降り、かばんちゃんとチョイするためのベッドで一人眠ることにした。


 一人の夜は寂しいわ?

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