第86話 雨が止んだら

「シロさん?クロのこと、本当にいいんですか?」


「心配?」


「あ、いえ… えっと、はい…」


 こんにちは、無敵のホワイトライオンのシロです、ただいまカフェに来ています。


 妻と一緒に島中で感謝を伝える旅の真っ最中だ、テラス席で飲む紅茶はハイパーリラックス効果満載!と言いたいところだが、先日妻の腕ラッキーに通信があった。


 なんとクロが家出したらしい、理由はわからない。


 妻はそれが気がかりでこちらに集中できないようだ、残念… 久しぶりのデートだったのだけどね。


 まぁ俺だって無関心ってわけではない、予想が正しければこれより二日以内にはサバンナちほーか遊園地の辺りででばったりと会うことになるだろう。


 セルリアンの心配はいらない、あいつは俺が15や16の時よりずっと知恵が回り戦い方も上手い、サンドスターコントロールをクロより上手く使いこなせる生き物はこの世に存在しないだろう… ってそもそも俺と先生くらいしか使えないのだけど、戦いに使い始めたのはそもそも俺だしユキは見習いだし。


「かばんちゃん、クロなら大丈夫だよ?」


「どうしてわかるんですか?」


 まぁ理由は色々あるが、そのうちのひとつとしてクロが夜に家を飛び出したからだ、すぐに泊まれるところに顔を出すだろう。


 そして恐らく姉さんのとこにはいかない、心配性の姉さんのことだからついていくとか言いかねないし、そもそも一人になりたくて家を出たはずなので落ち着いてギターを弾きたいならまず温泉に寄って朝真っ直ぐロッジを目指すだろう。


 そして…。


「多分、今頃ロッジで足止め食らってるところだね」


「あ、雨季ですか?」


「そう… でも今のクロにはむしろそれは都合がいいはずだ、動かずにゆっくり音楽に没頭できるし、雨の音ってなんか心地よいと思わない?インスピレーションを刺激されていいフレーズが浮かびそうだからむしろ喜んでる可能性すらある… って俺は作曲なんてしたことないからその辺はよくわからないんだけどね?」


「そう、ですか?でも実際確かめた訳ではないし… う~ん、もし事故とかにあって怪我でもしてたら… そもそも本当にロッジにいるかどうかもわからないし…」


 それならそれでラッキーに通信を掛けてみるのもいい、安否の確認だけでもできるようにこっそりと聞くこともできる。


「それじゃ賭けようか?俺は大丈夫だと思う、傷ひとつないだろうね?どうしても心配ならサバンナをスルーして先にロッジへ向かうのもいい、ただ俺はクロを信じてる… 絶対大丈夫さ?」


「賭けに勝ったらどうするんです?」


「チューして?」


「もぉ~!」


 というわけで妻のラッキーに語りかけてみる、ロッジでジャパリマンを補給してるやつに繋がるはずだ。


 そして声を掛けるといつもの返事「任セテ」を言うと、ピコピコとロッジの方へ連絡を取り始めた、そうしてやがてお馴染みのピコーンという音が鳴りロッジのラッキーへと繋がる。


 どれ誰か近くにいるかな?


「もしもーし?誰か~?」 


『わぁ!?ビックリした… その声はシロさん?』


 この声はアリツさんだ、ご飯の支度をしてたのかな?


「急にごめんねアリツさん?そこにクロがいるでしょ?正直に答えてくれる?」


『え!?えぇ、います… よくわかりましたね?お呼びしましょうか?』


 はいビンゴ~!でも素直に出てくれるかな?家出中の息子のもとに両親から連絡があったとなると大抵居留守を使うのがセオリーではないだろうか?家出したってことは家の人には今はあまり会いたくないだろうしな?


 だから俺は「嫌がってるならいいし、出てくれるなら少し話したい」とそのまま伝えた。


『わかりました、そのまま伝えてみます』


「うん、お願いしまーす」





 なにも言わないラッキー越しにどこか遠くから音楽のような物が聞こえる… クロがギターを弾いているんだとしたら大した腕だ、なんでもそつなくこなす辺りはやはり母親似なんだなと感じる。


「本当にロッジにいるんですね?」


「信じてなかったの~?だから言ったじゃない?しかも元気そうだよ?さぁどうする?」


「まだ返事があるまでわかりませんよ~?」


「意地悪だなぁ~…」


 んもう!かばんちゃんのいけず!もう勝ち確なのにここで「待て」なんて酷いじゃないか?しかし約束は守ってもらう。


 そうこうしていると音楽が止まり少し離れた位置から小さく声がした。

 それから間もなくのこと、聞きなれた息子の声がスッと俺達の耳に吸い込まれていった。


『パパ…?』


 おぉきたきた、話してくれたか。


「やぁクロ、家出したって?」


『いや、まぁ… うん…』


 クロは少しばつが悪そうにしているが、俺はなにも責めている訳ではない、ただかばんちゃんが心配しているので元気な声を聞かせてほしかっただけだ。


「まぁそう縮こまるなよ?俺もママも怒ってるんじゃないよ、ただママが心配性でな?なにか理由があるんだろ?年頃だしそんなこともあるだろうから無理に聞かないけど、ほら?なにか進展はあったか?」


『あ、うん!偶然スナ姉と会ってさ?おかげで作ってた曲が完成しそうなんだ!』

 

「ハハハ、なんだ元気そうじゃないか?安心したよ」


 ほら、言った通りだった… 妻に目配せすると小さく笑い返してくれた。


 にしてもスナネコちゃんといるのか?ふーん?やるじゃないか?難攻不落のサーバルちゃんからついに心変わりを決めたか、いや少し心配だったんだ… 安心したよ、次に進めたのならね。


 少し間が空くと妻があれこれクロに尋ね始めた。


「クロ?大丈夫?ご飯食べてる?怪我は?病気とかしてない?」


『ママ?大丈夫だよ、見くびらないで?ちゃんと三食残さず食べてるよ、怪我も病気もない、心配しないで?』


「そう… ならいいけど、家出なんてしてあまりみんなに心配掛けたらダメだよ?」


『はーい…』


 姿は見えないが「はいはい」って感じに聞いてる姿が目に浮かぶ、心配してるんだぞ?ちゃんと聞いてやれよな?


「じゃあクロ、気が済んだらちゃんと帰るんだぞ?家出は俺も経験あるけど、みんなに心配かけるからな」


『家出?パパが?なんで?』


「ママにフラれたから自分探ししたかったんだよ」 


『え!?』


「あ、ちょっとシロさん!?///」


 嘘だと思うなら聞いてみるといい、現場は偶然にもそこ… ロッジアリツカだ。

 辛かったなぁほんっとツラたん、まぁそこはお互いにね?


 それから妻が話を変えようと続けてあれこれ話している、歯ぁ磨けだとか風呂は入れだとかから始まりあとはいろいろだ。


『ねぇ、パパ?』


 妻と話していたかと思えば不意に俺を呼ぶ息子「どうした?」と返事をすると、何やら意味深な質問が返ってきた。


『大人って… いつからそうなの?』


 フム… そういう年頃か?背伸びしたいっていうか、なんにでも対等に立ちたがるというか。


 まぁ、俺としてはだ…。


「そうだな… それは俺にもわからないよ?男はいつまで経っても子供だって言われるくらいだし、でもそんな俺やお前の力を借りたがる人も多いんだ?頼られるってことはそれなりに認められてるってことだと思う

 それにお前はママに似てなんでもできるし、俺にできないこともクロにならできることは多い、だからこうして俺は家をお前に任せてフラッとデートに行けるのさ?おかげさまで今最高に楽しいよ?久しぶりの人にも会えるし、ありがとうクロ?

 お前はしっかりしてるからついなんでも頼んでしまうけど、でも親からすると子供はいつまでも子供だよ?だからまぁ、俺達が思ってるよりお前は大人なのかもな?ユキはまだ心配だけど… あ、今のはユキに内緒の方針で頼む」


 俺がそう言った時… 「家を任せる」という言葉に対してかクロは「ごめん」と一言謝ってきた。


 でもそんなのはいいんだ。


 実際俺がいてもいなくてもどうにでもなるし、みんな自由に生きてるんだからクロを縛り付ける権利は例え親でも俺にはない。


 たがら俺は一言「がんばれ」ってそう言ってから俺は通信を切った。


 多くを語る必要はない、もしクロが話したいって思ったらその時じっくり聞いてやればいい。


 だから悩め、苦しめ… でもみんなすぐに力になるってそれだけは覚えとけよ?




 さてと…。



「ほらね?クロ、元気そうだったでしょ?」


「はい、なにか悩んでるみたいでしたけど安心しました!シロさんは全部わかっていたんですね?」


「まぁね… はいそれじゃこっち来て~?」


「え?あ… 欲しがりですね?でもあとにしませんか?人が見てますよ?」


 見てないよ!って言いたかったけど、確かにここでは一度トキちゃんにガン見されたからな、でも俺はそんな事実にもめげない!見られるからなんだと言うんだ?←吹っ切れ


「結構前のことになりますが、トキさんに思いっきり見られたじゃないですか?恥ずかしいから後でこっそりしてあげますからね?」


「もう開き直っていいんじゃないかな?最愛の人と愛し合ってこその人生なのです、俺はかばんちゃんからの愛を待っているのですよ?」←腕広げ~


「もうシロさん!ワガママはメッ!ですよ?我慢しましょうね?」


 なんて茶番を繰り返していると声が… ほら上から来るぞ気を付けろ。


「そうよ、私気にしないわ?だから思いきってやっちゃってかばん」


「トキさん!?」


「アルパカもそう思うでしょ?」


「そうだにぇ~?今に始まったことじゃないしにぇ~?」


「アルパカさん!?」


 三対一だ、さぁどうする妻よ?俺はいつだって抱き締めてあげるよ?


「シロさん…」


「なんだい?」


「二人の愛は二人だけの物です、だから僕は例えほっぺにチューするだけでも人には見せたくありません、独り占めしたいんです… ダメ… ですか?」←上目遣い


 ほぉー?言うじゃないか?ほぉー?最高に可愛い顔しやがって!恐れ入ったよ!なぁるほど!だったらこっちだって言ってやるぜ!


「OK… 俺が悪かったよ、許して許して?お願い?なんでもしますから?」


「わかってくれればいいんですよ?さぁ耳を撫でてあげますからね~?」ナデェ


 あ!?かばんちゃん!どうしてそんなに上手いの~!?とぉろぉけそぉ~!?///


「ニャーン!///」膝枕ゴロゴロ


 そんな俺を見る冷たい視線が二つあることに俺が気付くことはなかった。


「なぁんだぁ結局イチャイチャしてるゆぉ?ペッ!」


「雰囲気に合う音楽も必要かしら?じゃあここで一曲…」


 ワタシハー!トーキー!…









 ここはゆきやまちほー!おーんせーんさーいこー!現場はシラユキでお送りしておりまーす!


「ユキ?ずいぶん満喫してるとこ悪いのだけど、なにか用事があるんじゃなかった?」


「あ!そうだった!ねぇギン姉?クロが来たんじゃない?どう?」


「あ、そうそう!2、3日前に来てたわよ?一人でどうしたのかとは思ったんだけど震えてたからすぐに入れてあげたの、部屋につくなり泥のように眠ってた」


 ビンゴー!


 みずべちほーでプリペンちゃんゲリラライブの話を聞いてこっちに来てるって確信してたんだ~?クロの弾き語りでプリペンちゃんが歌ったに違いないって。


 その時クロがどんな様子だったのか?それをギン姉に尋ねると、どーもやはり悩んでる様子だったらしい、まったく…。


 クロ、一人で悩むことないのに。


 いや、性の悩みは私には無理だからノーセンキューですけども。


「悩んだときは温泉でゆっくりするのが1番だよよよ~…」


「だよねだよねー!私も温泉好き~!よーよよ~♪」←テンションMAX


 と私がカッピーとよよよ~ってしてる時だ、私を呼ぶ叫び声が宿中で響き渡る。


「ユキぃ!?何をしてるのです!さっさっと上がるのです!」


 博士だ、この様子は長にあるまじき取り乱し様だ… だから私はなにがあったのか尋ねる前に冷静になることを促した。


「まぁまぁ落ち着いて博士?ほら、一旦お風呂でゆっくりしながら話そう?」ヌガシヌガシ


「入っとる場合かーっ!なのです!」ヌギヌギ




 3分後…。



「ふぅ~… 良い湯なのです…」


 温泉の効果は絶大だった。


 そうして三人でよよよ~ってしてるとおもむろにキツネのお姉さん達二人も湯に浸かり5人仲良く円になって温泉を堪能していた、たーのしー!


 が、その時だ…。


「博士?そういえばなんかさっきから焦ってなかった?」


 ギン姉の問いに博士は現実に引き戻された。


「ハッ!?そうなのです!キタキツネ!さっきの話は本当なのでしょうね!?」


「うん、久しぶりにクロと洗いっこしたんだよ?クロ上手なんだ~?ボク凄く気持ちよかった、はぁ~極楽極楽ぅ…」


「え?キタ姉それ本当なの…?」


 気持ちよかった…?まさか意味深?


「みんな驚くけどそんなに意外かな?勿論本当のこと、尻尾の付け根までキッチリ洗ってもらったよ」


 バシャ!


 今… なんて…?


「キタ姉私もやってあげるよ?全身くまなく、尻尾の付け根までキッチリと…」ゾクゾク


「んー… 今日はいいや…」


 えーなんでー!?クロだけずぅるい~!私もキタ姉の尻尾の付け根洗いたい~!


「洗いっこしようよ~!私もちゃんと野生解放するからー!」バインバイン


「まったくユキは甘えん坊さんね?」


「ユキのそれ相変わらずそれどうなってるの?ちょっと触らせてよ?」モミィ~


「はい揉んだー!それじゃあみんなで洗いっこしましょーねぇー?」


 こうして私はおキツネに挟まれて尻尾にまみれることに成功したのであっt


「じゃないのです!上がるのですユキ!さっさとロッジへ行くのです!」グイー


「あーん!おキツネの尻尾ぉ~!」


「またねユキ?」

「今度は是非泊まっていきなさいね?」


 私は尻尾に気をとられてすっかり失念していたが、クロは助手を孕ませておきながらキタ姉と仲良くお風呂で洗いっこしてたという事実がそこに残っているのだ、しかも尻尾の付け根までしっかrゲフンゲフン… つまり博士はそこに怒り心頭なのである。


「クロ!まったくあの子は!助手とやりたいことやって他のフレンズともよろしくやる不埒な子に育てた覚えはないのです!」


「寒いよ~!湯冷めしちゃった… ヘックシ」


 ゆきやまちほーの空は冷えます、さすがに湯上がりですぐに出るとキツいものがある、風邪をひきそうです。


 でも確かにクロは自棄になっているのかよくないことをしている、博士の推理ではみずべちほーでもプリペンちゃんにそのつもりで迫ったがフレンズが集まってやめたに違いないと推理している。


 クロ… なんでそんなことを?←違う


 



 二人の暴走は悪化する一方なのであった。









 ここはロッジ、雨が上がりに雲の切れ目から日が射している、なかなか絵になる光景だ。


「よしっと… 準備完了!」


「やっと上がりましたねぇ~雨?」


「うん…」



 僕はクロユキ、みんなはクロって呼んでる。


 そして…。


「怖いですか?」


「怖いさ… でも約束は約束だし、スナ姉の言う通りそれでなにか変わって先に進めるならやるよ」


 僕がこれからサバンナちほーへ向かう。


 サーバルちゃんに想いを伝えるためだ。


 でもなぁ~不安だなぁ?


「クロ?大丈夫です、ボクがついているではないですかぁ?」


「スナ姉…」


「泣き顔みたら慰め合おう… でしょう?その時はボクが慰めてあげるので、気にしないで甘えてください」


「うん… ありがとう!」


 

 サーバルちゃん、突然押し掛けて迷惑かけるだろうけど。



 今、あなたはどうしてますか?


 僕はこれからそちらに向かいます。


 想いを伝えに向かいます。



 少しは大人になったので。



 そんな僕に、少しでも目を向けてくれると嬉しいです。

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