第38話 なかなおり
「ごめんね…」「ごめんなさい…」
「「あ…」」
「ごめん」「ごめんなさい」
少し強めに抱き締めあった後に顔を見合わせた。
顔を見るなり二人して謝り合い「ごめん」の言葉も重なり合う、それに対する謝罪もまた重なる。
少し気まずくて黙りこんでしまったが、妻が先に口を開いた。
「よかった… 帰ってきてくれて」
目には涙を浮かべ未だ不安そうにこちらを見つめている。
「俺の家はここだよ?ここに帰らないでどこに帰るって言うのさ?」
遅くなっただけで帰らないなんてことはない、俺の家はここだ、妻と子供がいるここが俺の家だ。
「心配してたんです、僕いっぱいひどいこと言ってすごくワガママになってしまって…
だからもう僕のとこになんて帰ってきてくれないって怖くなって… だからごめんなさい… 本当にごめんなさい」
「謝らないで?悪いのは俺だから… ごめんね?あ、もう聞き飽きたかな?」
「いいんです、僕はシロさんのことちゃんとわかってますから、みんなに優しいシロのさんのこと」
怒っては… ないみたい?
どうやらまたたくさん泣かせたようだがホッとした、これならゆっくり話をできそうだな、頭を冷やすと言って一旦外へ出たが要は八方塞がりで逃げたも同前だ。
この際許してくれなんて都合のいいことは言わない、でも見ているのは君だけだってことをわかってもらいたい。
ちゃんと覚悟を決めてきた、愛する妻と二人の子を持つ一家の大黒柱としてはもっと責任を持たなくてはならない。
これはその覚悟の再確認のようなものになるだろう… と俺は思ってる。
今は丁度二人きり、かばんちゃんも話を聞いてくれそうだしやるなら今しかない。
「子供たちは?」
「寝かせました、シロさんのこと、心配してました…」
「そっか… ねぇ?散歩でもしない?今日は星が綺麗だよ?」
「え?あの… でも…」
「いいからいいから!ちょっとだけ!」
俺は彼女の手を取り夜の森へと連れ出した。
夜の森は一見不気味に見えるかもしれないが、夜目の利く俺にとってそう困るものではない… 静かで落ち着くくらいだ。
ただ彼女には夜目なんてものはない、暗い森を月明かりだけを頼りに進むのは恐怖だろう、なので一応ランタンを持っていく。
手を繋いで歩くがお互い何も話さずただ黙っている、彼女の様子を見るに言い過ぎたと思ってるんだろう… でもどうかなそれは?俺はあれくらい言われて当然かと思ったけど。
「あの… シロさん?」
歩いているとまた彼女のほうから先に言葉を発した、さっきから彼女にばかり気を使わせていると思うとなんだか自分が情けない。
「どうかしたんですか?遅くなったのとなにか関係が?」
「うん、ちょっとね?この辺だったかな?おぉここだ… どこか覚えてる?」
「ここは確か…」
俺ほよーく覚えてる、森の中の少し開けた月明かりのそそぐこの場所を。
「たしか、ハロウィンの時シロさんがツチノコさんと…」
そう、今となってはずいぶん前のことだ。
ここは俺がツチノコちゃんにデートを申し込んだ場所だ、そうちょうどこの辺に並んで座り込み、スナネコ衣装でつけ耳のツチノコちゃんに上着をかけてあげたんだ。
「かばんちゃん、この時近くで見てたんだよね?」
「はい…」
「あの時も辛い思いさせたよね?ごめん…」
「いえ、結局僕の思い込みもあったので… あの、ここがどうかしたんですか?」
いや場所になにかあると言う訳ではない、ただここなら月明かりで顔もよく見えるだろうし、これから“渡す物”が彼女にもハッキリ見えてくれるはずだ
「バレンタイン… そろそろだよね?」
「え?年も明けましたし、そうですね」
「俺が大変だったときカカオを探してチョコを作ってくれたことを思い出したよ、食べることが出来なかったけど… でも、あの時はありがとうね?」
「はい…」
「じゃあバレンタインは何も女性から男性にチョコレートをあげるってだけの日じゃないって知ってた?」
「え?いえ、初耳です」
それじゃあ… と俺は腰に着けた小さめのウェストバッグの口を開きあるものを取りだし彼女の前に差し出したそれは。
「はいこれ?この時期探すの苦労したよ…」
「真っ赤な薔薇…?」
「うん、薔薇は本数と色で花言葉が変わるそうだよ?一輪の赤い薔薇は“一目惚れ”とか“あなたしかいない”とかだって?11本だとパートナーに感謝って意味らしいんだけど、あんまり多く持ってこれなくて… あ、ごめんね?もちろんいつも感謝してる!いつもありがとう!」
花を渡し感謝を伝えると彼女の目から涙が溢れだした、今日一日でどれくらい泣かせてしまったんだろうか?そんなに泣いたら脱水症状になってしまうよ。
「シロさん… もしかしてそれで遅くなったんですか?あぁ、よく見たら泥だらけじゃないですか? もう、バカ… 僕あんなにひどい態度ばっかりだったのに… グスン どうして?」
「フラワーバレンタインって言うんだよ?受け取ってくれる?」
フラワーバレンタインとは。
女性から男性に愛を込めてチョコレートを渡す、これが一般的に知られたバレンタインだろう、しかし世界的にみるとこのフラワーバレンタインこそがポピュラーなバレンタインの姿であるらしい。
暦が曖昧なパークで日付の話をするのも難だが…。
「2月14日ハ 世界デモットモ花ヲ贈ル日ト 言ワレテイルヨ」とラッキー談である。
女性からの愛のこもったチョコレートも良いが、男性から最愛の女性へ花を贈る… これもまたバレンタインで素敵じゃないか?
少々雑だが、指を傷つけないように紙を巻いておいた、小さな花束… といっても1輪だから束ではないんだが、花束みたいになっている。
ちなみにプロポーズするときは108本の赤い薔薇を贈るらしい。
「受けとるに決まってるじゃないですか!シロさんいっつもそうです!僕のことびっくりさせるんです!また無茶なことしてきましたね?手を見せてください?ほらやっぱり、トゲで怪我してるじゃないですか?服もたくさん汚れてます、お洗濯大変なんですよ?顔だってまだ土がついてます… ふふ、グスン…子供みたい」
「そう?しっかり落としたつもりだったけどダメだったかぁ… やっぱり鏡が欲しいねあそこには?服は大変なら自分でやるから!許して?お願い!」
「いいですよ?責任持って僕が洗います、奥さんの仕事ですから?」
良かった、やっと笑ってくれた…。
花を両手で大事そうに抱えながらいつもの優しい笑顔で俺に笑い掛けてくれた。
その笑顔を見ると俺もホッと安心感に包まれて、なんだか目頭が熱くなってきた。
「シロさん?」
「いや、なんかさ… なんか涙が…」
あれ?なんでかな?止まんないや…。
泣きながら笑う彼女からもらってしまったのか、いつも通りの彼女に安心したのか。
俺の目から暖かな涙がポロポロとこぼれ始めた。
それを見て彼女も感極まったのか、俺をギュウと強く抱き締めて今日のことを再度謝罪してきた。
「シロさん今日はごめんなさい!僕全部シロさんのせいにして自分はただ見てるだけで、シロさんはそんなことしないってわかってたのに責めてばっかり… お義母さんに言われました、自分で言えば良かったんです!シロさんばっかりに嫌われ役はさせられません!明日は僕が奥さんとしてしっかりアードウルフさんにやめるよう言いますから!… だから!だから…」
彼女は少し間を置いて溜めると、潤んだ瞳と上目使いで俺を見て言った。
「だからお願い、ずっと… ずっと僕のシロさんでいて?」
それを聞いた俺は嬉しくって、もう本当に嬉しくてまた強く彼女を抱き返した。
でも嫌われ役だなんてそんなことさせられない、これ以上彼女を悲しませる訳にはいかないんだ。
その仕事は俺が引き受ける、そもそも俺がハッキリしなかったからこんなことになったのだから、俺がちゃんと答えを出さないと。
明日アードウルフちゃんがきたらこう言ってやるのだ。
“自分は何人も同時に愛してやれるほど器用ではない、妻を愛するので精一杯なんだ。
だからどんなに君が俺を好いてくれても相手はしてやれないんだ、もう帰りなさい”。
こう言ってやる。
それの景気付けに… と言ったらオマケみたいで良くないが、彼女にはこのままもうひとつ渡さなくてならないものがある。
今からそれを彼女に渡す、これを用意するのに何年かかったか。
正直そんなに上等なものではないが、是非受け取ってほしい。
「かばんちゃん?実はもうひとつ渡したい物があるんだけど、とりあえずそこに座ってくれる?」
「え?はい…」
一旦離れて両肩に手を置いた、じっと彼女の目を見つめ真剣な顔で言ったつもりだ。
実際真剣な気持ちでこれを渡すからだ
妻にはすぐそこにある腰かけるに丁度良い岩の上に座ってもらった。
父さんは何て言ってたかな?そうだ、ひざまづくんだったな?
俺は片膝をつき彼女の手を握る。
察しが良いと言うか、見る人が見れば俺がやろうとしてることは一目瞭然なんだろう、でも彼女はキョトンとした顔でひざまづく俺を黙って眺めている。
「かばんちゃん、俺たちは結婚何年目だったかな?」
「6年目だったかと…」
「プロポーズは覚えてる?」
「もちろんです!」
そういうと俺の嬉し恥ずかしプロポーズシーンを一言一句間違えることなく彼女は言い切った、余程印象が強いんだろう。
「あれは勢いっていうか、流れでそんな風に言ってしまったんだけど… ごめんね?もっとムードとか作りたかったよね?でも気持ちは本物だよ?」
「そんな、ちゃんと伝わりました!すごくすごく嬉しかったんですよ?」
「うん… それでね?これから大事な話をするよ、聞いてくれる?」
「は、はい…!」
少し浮かれたのか慌ててキリッと表情を戻す妻が愛らしくてたまらない… 俺の気持ちも高まってきた。
「俺のことはやっぱり見てて不安かな?周りはフレンズさんで女の子に溢れてるし」
「あの… 慣れてはきたんですけど?やっぱりはい、少し…」
「以前心配なら首輪でも付けようか?って話したよね?」
「はい…?」
「えーっと、だからそのぉ~… ね?」
なにが「ね?」だよ!早く言わねぇかこのヘタレ!
臆病な自分に嫌気がさす、セルリアンはガンガン攻めれるのに肝心な時はこれだぜ、えぇいままよ!言ったれ言ったれ!
「あの、どうしたんですか?」
「だから… かばんちゃん!」
「は、はい!」
俺は覚悟を決めるとウエストバッグから小さな箱を取り出した、手の平にポンと乗るくらい小さな箱。
そしてかばんちゃんに中身を見せるように丁寧に箱を開く… そして俺は言い放つ。
「これからもどうかよろしくお願いします!どうか受け取ってください!」
「嘘…?シロさんこれって?」
俺がわざわざひざまづいてまで渡したかった物…。
そう、それは“結婚指輪”だ。
「指輪… やっと用意できたんだ?ごめんね?何の装飾もない質素なものなんだけど」
「シロさん、どうして?僕… 僕…」
「返事がイエスなら左手を出してほしいんだけど…?///」
「あのあのあの!?僕あのあの… は、はい!喜んで!///」
俺は彼女の出された左手の薬指に指輪をはめた。
その指輪は本当にさっぱりしたもので、特別なデザインが施された物でもなく綺麗な石が埋め込まれた物でもない、安物だ… と言われるのかもしれない。
でもこれが良かった。
俺はある日父に頼んでおいたのだ、サイズを調べておくから指輪を調達してほしいと。
材質はプラチナ、表面は磨かれてきらびやかに輝いているが特別な装飾もなくシンプルなものとなっている。
「すごい… ピッタリです!なんでわかるんですか!?」
「寝ている間に計っといたよ?全然起きなかったね」
「もうシロさぁん!シロさんって本当に…!なんでそんなに優しいんですか!こんなの嬉しくって泣いちゃうじゃないですかぁ~!」
大泣きした彼女を抱き締めて髪を撫でた。
もうすっかり仲直り、これで俺達は本当の本当に見た目からもしっかり夫婦になったんだ、ちなみに…。
「ねぇ?ここみて?」
とまったく同じデザインの俺がつける指輪の内側を見せると、字が彫り込まれている
“Y&K from J.P”
「“ユウキとかばん”… ですか?グスン…」
「そう、あとは“ジャパリパークで”ってね?かばんちゃんのほうにも同じように彫り込んであるよ?」
「ユウキさん…」
「ねえかばんちゃん?俺はバカだから、君に心配ばっかり掛けて不安にさせたりモヤモヤさせることもあると思う、たまにはケンカもすると思う… きっとその度にまたたくさん泣かせてしまうだろうけど、同じくらい笑顔にしてみせるよ、君には笑っていてほしいんだ?だから改めて…」
スーッと深呼吸すると、俺は妻に伝えた。
「これからも妻として、俺のことを支えてくれる?」
二度目のプロポーズだった。
少しの沈黙が流れ鳥や虫の声が森のなかに響き渡っている。
どれくらいの時間がたっていたのかわからない、長く感じたが恐らくそう長くはない、ほんの数秒だったのだろうけど…。
俺には時間が止まっているようにさえ感じた。
そして、彼女の返事を聞いた。
「はい!喜んで!よろしくお願いします!」
なんて元気のいい声が耳に吸い込まれ、嬉しくなった俺は月夜の下で彼女を抱き上げてくるりくるりと数回まわった。
その後お互い涙の浮いた目で見つめ合い、彼女が目を閉じるのを確認すると優しく口付けを交わした…。
…
そして図書館へ。
ギィ ガチャン!
「ウミャンミャZzz …ンミャ?二人ともおかえりなs」
ドタバタ
「ん… ハァ… シロさん慌てないで?///ん~!?プハ…やぁんもぅ///」
ドタバタ ドタバタ
…
「まったく、夜分遅くに騒々しく地下へ降りてったのです」
「今日はいろいろあったので多目に見てやるのです」
「ねぇ博士たち?二人とも服を脱ぎ散らかしていったけど片付けておいたほうがいいかなぁ?」
「まぁ、気になるなら畳むくらいのことはしてやるといいのです」
「勇気があるなら地下のドアの前まで持っていくのです」
「む、無理だよー!?///」
ドッタンバッタン! アイシテルー!!! ドッタンバッタン!
やっぱり夫婦はこうでなくてはな…。←台無し
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