第91話 浮いた話

「スナ姉さっき何話してたの?」


「昔のことですよ、気にしないでください」


 父と母の馴れ初めは最早伝説みたいに語り継がれてる節があるから、スナ姉にもなにか懐かしむようなことがあったのかもしれない。



 僕はクロユキ、皆はクロと呼ぶ。


「おーい!クロー!」

「こっちこっちー!」


 こんな風にね?





 ジャングルちほーのみんなはいつも元気だ、塞ぎ混んだ僕の心もみんなと笑い合えば少しマシになるかもしれないと思い少し話し込んではみたが。


「元気ないね?どーかしたの?」

「滑り台でもすべってさー!もっと笑いなよー!たのしーよー?」


「いや、ごめんね?今日はやめとく…」


 あんまり効果はない、皆にも気を使わせるばかりだ。


 それにジャガーちゃんのカラーリングを見てるとこう…。


「ん?なぁに?じっと見てどうかした?」


「あ、いや! …なんでもないんだ、ごめんジャガーちゃん」


 思い出しちゃうな… スナ姉は見慣れてるというかまだそんなことないんだけどなんかこう、ジャガーちゃんはなぁ… 色とか。


「クロさっきから謝ってばっかりだねー?へーんなのー!」


 本当にその通り、変なんだよね今の僕。





 ジャングルちほーには実はあの男が管理人という名目を使い住み着いている、わざわざそこにプレハブ小屋を建てたのだ。


「うーっすクロユキぼっちゃん、なんやなんか久しぶりやんか?」


「ナカヤマのおじさん、元気そうだね?」


「ナカヤマ、今日はいつものやつやらないのですかぁ?」


「まだこれからですやんか?一日は始まったばかりやしぃ?タイミングも図らなあかんしぃ?」


 特別調査隊常駐班ナカヤマ氏である、結婚はしていない。←できていない


 そしてスナ姉の言うおじさんの“いつもの”というのがこれだ。


「あ、ナカヤマ!おはよう!」


「おはようジャガーさん!結婚してください!」


「あっはは!はいはい!また今度ね!」


 ナカヤマのおじさんがジャガーちゃんへ送る恒例のプロポーズである。

 

「あと一息でイケますやんか?」


「またフラれましたねぇ?」

「ナカヤマー!今日もお疲れー!」


 そう、いつものことだ… ナカヤマのおじさんは毎日ジャガーちゃんにプロポーズしては玉砕を繰り返している、あんまりしつこいもんだからジャガーちゃんにも実感が湧かずに「はいはい」とはぐらかされ続け今では挨拶の一部となっている。


 しかし、玉砕を繰り返すか…。 


 僕にもそれくらいのメンタルの強さがあればこんなに胸が痛むことはなかったのだろうか?なんておじさんのあの感じが羨ましくも感じる反面、軽々しくあんなこと言ってもいいのだろうか?と微妙な気持ちにさせられる。


「ところでぼっちゃんは何をそんなに落ち込んどるんや?」


「わかる?よね… いやちょっといろいろあってさ?」


「困ったらおっちゃんになんでも言ってもええんやで?家族に言えへんこともありますやんか?いや、おっちゃんに言えへんようなことの方が多いかもわからへんけどもな?」


 この人と話してるとなんとなくポジティブになる感じは確かにある、なぜおじさんはこう倒れても倒れてもまた立ち上がりジャガーちゃんにプロポーズするんだろうか?これ10年近くやってんだよ?信じられる?ジャガーちゃんだから許されてる感じもするけど。


 僕の話、本当は誰にも言いたくないけど聞いてもらおうかな?この人はシンザキのおじさんと旧知だし両親とも仲が良い、それどころか祖父祖母の代の人達の部下で何より僕の幼い頃の気持ちを知っている。


 妙に信頼があるのだ、経験も豊富だ。


「ねぇ、おじさんさ?」


「お、なんや?なんでも聞きますやんか?」


 とりあえず僕の失恋の話しは置いといて。


「なんで毎日プロポーズしてるの?」


 おじさんの奇行について尋ねてみることにした。


「そら決まっとるやろ、ジャガーさん愛しとんのや」


 初めこそまだよそよそしさがあったのにこの清々しさにはどうやったら到達できるのだろうか?羨ましくはあるがでも正直こうはなりたくない。


「もしかしてぼっちゃん、誰かにプロポーズしたいんか?」


「あ、いやそうじゃなくてさ?なんかその… 毎日フラれてるのになんでそんな元気でいられるのかな?って」


 ここまで言ったら察したのだろう、僕の頭をポンと叩き励ますような言葉をくれた。


「ぼっちゃん、あの子のこと終わらしてきたんやな?めちゃ辛いやろ?まぁ向こうは結婚して子供もおるからな… でもケジメつけれんのは偉いと思いますやんか?

 俺なんか見てみぃ?飽きもせず今日も結婚申し込んでやったわ、でもフラれてるわけやあらへんで?“また今度”言うてはりますやんか?これはまた一歩前進やで、来年には孕ましとるかもしれへん」


 おじさんそれ社交辞令って言って適当に流されてるらしいよ?いやわかってて言ってんのかもねこの人の場合は。


「まぁジャガーさんも俺も独身やからこんな感じなんやけどな?ぼっちゃんの場合はそうはいかんやろうしぃ、よう我慢したな?立派やで?大人やからってそう簡単に割りきれるわけやないしぃ?ぼっちゃんのが俺よかずっと大人ですやんか?」


「そうかな…」


「そうやで?体がなんぼでかくなっても子供のヤツばっかりなんやで実際?俺もそうやけど… ミライさんなんていい歳してまーだフレンズ見るたびにヨダレだしてんのやぞ?」


 僕の振る舞いは本当に大人なんだろうか?おじさんはこう言ってくれるけど大人ってそもそもなんだろうか?


 もし僕がもっと大人で余裕のある男だったら、悲しくても周りに心配かけないくらいには振る舞えているんだろうか?


 ナカヤマのおじさんはこんな感じだが、こうしてアドバイスとかできるくらいにはいろいろ経験している… それこそ大人じゃないだろうか?


「ナカヤマー!滑り台やろうよー!どっちが遠くまで跳ぶかしょーぶだー!」


 コツメちゃんが呼んでいる、するとおじさんはすくっと立ち上がり一枚一枚服を脱ぎ捨てながら川に向かって歩きだした。


「おぉ!えぇで!ジャガーさんを掛けて勝負しますやんか!」脱ぎぃ


「えぇ~!勝手に賞品にしないで…ってこらー!向こうで脱ぎなよ!///」


「わーい!見てよジャガー!ナカヤマのお腹タプタプだぞぉ~?」タプタプ


「もう歳やしぃ?ちょっとずんぐりむっくりしてぇますやんか?」


 とにかく楽しそうだ、あの人は今更人生に後悔なんてないんだろう… そんなおじさんは去り際僕に尋ねた。


「ぼっちゃんには他に浮いた話ないんか?男前やしみんなほっとかんやろ?」


「え、えぇ!?僕を好きな子ってこと?そ、そんなのいるわけ…」


「ははは!なんやその顔?ゼロではなさそうやな?お父さんに似てなかなか角におけへんなぁ?ほないくでー!ジャガーさん今いきますやんか~!」


 そんな楽しそうな光景をぼんやり眺めていると、スナ姉が地面に座り込む僕に手を伸ばし言った。


「カフェに行きましょう?行くまでは大変ですけど、綺麗な景色と美味しい紅茶で気分転換になると思います… どうですか?」


 スナ姉には気を使わせっぱなしだなぁ。


 こんなんじゃダメだ、乗り越えないと!まずみんなに申し訳ないし!特にスナ姉はずっと僕を気に掛けてくれているんだ!


 これではずっと僕に付きっきりにしてしまうよ、飽きっぽいのに優しいから見捨てることができないんだ。


 それにサーバルちゃんだって僕がいつまでも塞ぎ込んでると知ったらどうだ?優しい彼女は責任を感じてしまうだろう。




 切り替えていかないと、もう終わったんだ。




 だから僕はスナ姉の手を取り立ち上がる。


「うん、行くよ!運転は任せて!」


「大丈夫なのですかぁ?途中でへばっても知りませんよぉ?」


「大丈夫だよ、サンドスターコントロールでなんやかんやするから!」





 登頂 ジャパリカフェ…。


「うぁ… 足がガクガクする!」


「だから言ったじゃないですかぁ?途中で代わることもできたのに」


 本当だよ、見栄なんて張らなければよかったんだ、見栄なんて母のお腹に置いてきてやりたかったよまったく、いいことなんて一つもない。


 って僕の苦労話なんていいんだが…。


 カフェに来ると確かに気分転換になったかもしれない、地上数百メートルから見る景色とリラックス効果のある紅茶。


 僕の悩みなんて小さな物だと言われている気になる。


「ところで、クロに聞きたいんですが?」


 リラックスタイムのそんなとき、ふと目が合うとスナ姉がいつものボケッとした表情で僕に尋ねた。


「家出した理由、サーバルのことで悩んでいたことと曲作りのためと… それだけではないですね?」


 ギクッ!って思った。


 なぜ今更そんなことを聞くのか?表情は変えないが、なぜか彼女から威圧感のようなものを感じる。


「サーバルのことは何年も前から続いていたことだし、曲作りのために旅に出たいと言えば何も家出する必要はなかったと思うんですよ?でもクロは家出していますね?ユキたちが来たとき助手がどーのこーの言っていましたね?関係があるのですかぁ?」


「いや、えーと…」


 もしかしておじさんの最後の質問を聞いて何かピンと来たのだろうか?


 単純に言うべきではない気がする、僕の都合と言うよりはフェネちゃんの名誉のために。


 あぁいうのって女の子に恥をかかせたことになるはずだし、フェネちゃんにだって相当な覚悟があったはずだ、勇気を出して僕にあんなアプローチをかけたんだから。


 そうだ、ああいうのは女の子にとってとても勇気のいる行為だったと思う、だからこそこの事をわざわざ話して彼女の名誉を傷付けるのは良くない。


 それとは別に未だに助手が落ち込んでいた理由がわからない、だから僕はフェネちゃんのことは伏せつつ答えた。


「助手は関係ないよ、でも僕が家を出る前日から少し元気がなかったのは知ってた」


「クロは知っていますか?」


「何を?」


「助手はクロが好きだと思うんですよ」


 ブーッ!

 と思わず紅茶を吐いた。


 へ…?はぁ!?なに言ってんの?助手が?僕を?なわけあるかよ。


「冗談でしょ?みんなに言えることだけど、助手は僕がオムツしてる頃から一緒に住んでいるんだよ?男として見てくれないよそもそも!長だし!」


「本当にそうですかぁ?」


 なんでもスナ姉が言うには、助手の僕を見る目は昔から博士や他のフレンズとは違って見えていたらしい。


 やけに過保護だったりと明らかにユキよりも僕を構う時間が多く、まるで自分の子を見るようだったと。


「じゃあ、クロはなぜ助手は元気がないと思いますか?」


「わかんないよ、体調不良?風邪でも引いたのかな?」


「具体的にいつからかわかりますか?」


 考えてみた…。


 えっと確か地下室で僕の歌を聞いてる時はもっと上機嫌な気がした。

 でも翌々日くらいだろうか?朝から元気がなかったのは…。


 なぜ?


「その晩クロはみんなに言えないような“何か”をしていたんじゃないですかぁ?家を飛び出したくなるような“何か”です、そしてそれは同時に助手が落ち込むような“何か”だったってことなんだと思います」


 その晩、したことなんて…。



 その時脳裏に彼女の声が響き渡る。

 “「食べて… みる?」”


 あの晩、フェネちゃんが僕に言ったそんな言葉を思い出してしまった。


 僕の顔、今どんな感じだろうか?真っ赤かな?汗だくかな?とにかく今僕は追い詰められている。


「やっぱり、してたんですね?」


「ち、違うよ!なにもしてない!僕は、何も…!」


「では、“された”んですか?」


「あぅ… えっと…」


 目を逸らして、明らかに何かあると態度で示しているようなものだ。

 でもなぜスナ姉はこうして僕を問い詰めるんだろうか?結果なにもしてないし僕をこうして追い詰めたところで彼女になんの特があると言うんだ?


 スナ姉は少し目を細めると紅茶を眺めながらぽつりぽつりと話し始めた。


「クロ、ごめんなさい… ボクは困らせたいんじゃないんです、ごめんなさい」


 なんで?なんでスナ姉が謝って…?


「ただサーバルとのことに終わりを告げた今、逆にクロのことを好いている子がいるんじゃないかと気になったんです… そしたらよく考えたら助手のことが気になって、それにクロの家出も変だなと思いました?

 もしかすると、誰かがクロに迫ったのではないですか?誰かまではわかりません、でもクロがサーバルを好きだったようにクロを好いている子がいてもおかしくはないんです、始めは助手がそうしたことでクロが拒否してしまったのだと思いましたけど、それは違うんですね?」


「あの、うん…」


 あまりに正確な推理だったために思わず頷いてしまった。


「いえいいんです、それなら安心しました」


 と紅茶に口を付け一息付くと、スナ姉はティーカップを置き僕を再度見直した。


 安心… 安心って?なぜそう思うの?


 少しもモヤモヤとした気持ちが心に渦巻いている、そんな僕に向かい彼女が言い放つ言葉は、今の僕の心を大きく揺らすものだった。



「ちゃんとクロのことを男の子として見てる子がいるなら、いっそその子と共にいるのもいいのではないですかぁ?愛してばかりだったクロも愛されてみると案外…」


 はぁ…?


「なに… 言ってるの?」


 この時、やけに彼女との距離を感じた。


 安心ってそういう意味だったの?手が掛からないから楽みたいなさ?僕がそれで幸せになるって本気でそう思ってるの?


「ねぇ?冗談で言ってる?だったらまったく笑えないよ…」


「…」


「僕が… 好きでもない子と一緒にいて幸せだって?その子をサーバルちゃんの代わりみたいにして、心から好きだって言えないそんな関係が?」


 つまりさ… 飽きちゃったんでしょ?スナ姉そういう性格だもんね、別におかしいことではないよ。


 そんなに気を使わなくたっていつもみたいに「ここまでにしとくです」って僕を一人にしたらよかったじゃないか?怒ったりしないよ、確かに今の僕はめんどくさい状態だし、自由奔放で何者にも縛られないスナ姉には足枷になってただろうさ。


 でもだからってそんな遠回しにさぁ… なんでそんなどっか行けみたいなこと言うの?


 そんなことを思うと、僕はつい彼女をキッと睨むような目で見てしまった。


「クロ、そうじゃないですよ?クロのことを良く想ってる子がいるなら、ボクなんかじゃなくその子といた方がきっと心の支えに…」


「勝手に決めるなよ!僕は… スナ姉に言われてやっと前進できた!今死ぬほど辛いけどさぁ、スナ姉が励ましてくれて慰めてくれてそのおかげでこうして自分を保ってられてたんだよ!なのになんでそんな!そんな… つまりスナ姉は単に僕といるのが飽きたんでしょ?いやそうだろうさ、僕でも今の僕といるのはいちいち気を使って疲れると思うもの」


「クロ違うんです、ボクは確かに飽きっぽいですが、クロのことを飽きたりしませんよ?そんなつもりじゃなくて…!」


 いや、いいんだよ本当に、もういいよ。


 こんなんだからサーバルちゃんだって僕に見向きもしないのさ、僕は子供だ… ワガママで独りよがりなガキさ。


 痛感した、スナ姉に僕は迷惑だったって。


「僕はスナ姉が隣にいてくれてすごく安心してた、一緒に曲作って、歌って… 並んで歩いて心強かったよ?だからサーバルちゃんへの想いを終わりにできたんだ、僕にはスナ姉が付いてるって思ったからサバンナに行けたんだ… でもそういうことならわかったよ、迷惑掛けたね?山を下りたらそこまでだ、別行動にしよう」


 僕は思わず席を立ち、そのままその場を後にしようと仕度を始める。


「なになにぃ?大声だしてどぉしたのぉ!?お口にあわなかったのぉ!?」


「いや、美味しかったよ?ありがとうアルパカさん」


「あら帰っちゃうの?そのギターで私とセッションする約束は?」


「ごめんトキちゃん、気分じゃないんだ… またね?」


 そのままロープウェーの方へ足を運ぶ、もうこのまま一人で降りてやろうかと思う、困ることはないだろう、スナ姉器用だしきっとトキちゃんが降ろしてくれるさ。


 それこそ、騒ぐほどのことではない。




 クソ…。


 なんだよ…。


 僕は…!





 ただスナ姉に側にいてほしいだけなのに!



 

「クロ!待ってください!待って…!」


 その場を離れようとする僕を追い掛けて腕を掴むスナ姉の行動に、僕はなぜか高揚感みたいなものを感じている。


「行かないで…?ください…」


 目は潤み、頬をやや紅潮させながら僕を見る彼女の顔にドキッと胸が高鳴った気がする、怒ったり悲しんだりしてるはずの僕の心の中でスナ姉の行動に一喜一憂してる部分がある。


 だんだん冷静になって血の気が引いていく。


「あの、ごめんスナ姉… 少しムキになってしまって、僕その…」


「クロ?それじゃあわかりました…」


「…?」


「地下迷宮… 行きませんか?」



 僕は最低の男なんじゃないか?


 スナ姉にそう言われた時、まだ一緒にいれると思った時に僕は…。



 よしやった。



 と確かにそう思った。

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