第83話 ロッジの夜

 徒歩だった場合… 温泉宿からロッジは近いようで少し気合いをいれないと時間がかかる距離だ、しかも森の中にあるので迷う可能性も無い訳じゃない。

 ただあれほど大きな建物だから、よほど深いとこに入らなければ大丈夫だ。



 僕はクロユキ、みんなはクロって呼んでる。



 寒い寒い雪山を越えて早速森に入った、ここまで来ると冷たい風がたまに来ることはあれど寒さで凍えることはない。


 ヒトという生き物は適応力が高くある程度過酷な環境でもあれこら模索して住めるようにしてしまうそうだけど、正直寒すぎるとこは僕は勘弁だね、暑すぎるのも嫌だけど。


「あった!大きいと分かりやすくて助かるなぁ、よかったすぐ着いて」


 木造で作られた大きな建物、宿泊施設ロッジアリツカだ。


 オオカミ先生とアミちゃんにアリツさんは元気かな?先生はギロギロが完結してからいかがわしい本の他に小説に手を出したとか?きっと文字をマスターしたから後学の為に絵を使わない表現を高めているんだろう。


 さてそんな皆さんに早く会いたいけどその前に“アレ”をなんとかしないとね。


 まったく目と鼻の先まで来たというのにこのタイミングでなかなか邪魔をしてくれるじゃないか?


「セルリアンめ…」


 僕の目線の先には青い1つ目のプヨプヨしてそうなやつがいる、大きさにして僕の半分くらいのやつ。


 僕は気付かれないように近づき木に登ると上からそいつを見下ろした。


 ただフヨフヨとその場をうろついてる、パッと見た感じあれしかいない… じゃあいつまでも観察してても仕方ないからやっつけてしまおう。


 大したやつじゃないし。


「よーく狙って…」


 僕は木の上でそいつに向かい右手の人差し指を突き出す… 所謂、“銃”の形してるってことだ。


 生き物の命を奪うために人間が生み出した道具を模して僕もこんなことしてるんだから、きっと人間ってやつはそういう生き物でもあるんだね?ちょっぴり自己嫌悪。


 でもまぁ…。


「悪いけど、みんなが食べられるのも嫌だから消えてもらうよ?」


 その時 バンッ! と鳴った訳ではないが、例えるなら ドン! と鈍い音を出した感じ。


 突きだされた僕の人差し指からは虹色に輝く光弾が結構な速度で射出された、大きさにして握り拳くらいの大きさの球体。


 狙いを定めて飛び出した光弾はまっすぐとセルリアンの石を目掛け…。


 直撃!

 

 瞬間、パッカーン!とセルリアンは僕に気付くこともできずその場で破裂して姿を消した。


 木から飛び降り華麗に着地した僕は「一丁あがり!」と言わんばかりに手をほろった。


 引き金は心で… この技はの名は。


「名付けて“スターショット”!さぁ、あとはのんびりロッジに向かうだけ」


 だが、これでバッチリだとロッジの方を向きそのまま歩きだそうとしたその時だ…。


「え!?」


 グイッ 

 と後ろからなにかに引っ張られた感覚があった。


 急なことに驚いて僕は体勢を崩し背中から倒れこんでいく、それと同時に声がした。


「油断大敵です…」


 その声はまさか?

 

 倒れていく僕は地面に尻餅を… 着かない!そのままいつ開いたのか知らない地面の穴にゴロンと転がり落ちていく。


「うわぁ!?」


 と声を挙げた僕、そんな僕に後ろから声を掛け引きずり込んだであろう彼女は僕が落ちても転ばぬようにしっかりと受け止めてくれて、同時に「静かに」と言うように口を塞いできた


 ぎゅっとくっついていると何やら懐かしい匂いと暖かさを思い出す。


「あぶないところでしたねぇクロ?」


 彼女の言葉と同時に何か大きな音がした。


 ズザァァァァアッ!!!ってまるで砂が山ほど落ちていくような音。


 解放されたので外に出てみると。


「うわぁ… これ落とし穴?」


 大きな落とし穴に先程と同じくらいのサイズのセルリアンがすっちゃかめっちゃかしている、僕が倒した一体は氷山の一角に過ぎなかったようだ。


「こうしておけばセルリアンはしばらく動けません、一匹見たときは周りにまだいるかもしれないから気を付けないとぉ?」


 そう言って僕を穴に引きずり込んだ彼女も外へ出てきた、彼女は僕を救ってくれたのだ。


 薄黄色でフリフリのスカートに白いブラウス、その上にはすっかり着込まれてボロボロになったマント羽織っている。


 大きな耳と縞模様のある尻尾に可愛らしい声、髪やスカートにも同様に模様があってどこか気の抜けた雰囲気のそんな彼女の名は。


「スナ姉!ありがとう!」


「満足」


 そうスナネコのフレンズ、僕とユキは親しみを込めてスナ姉と呼んでいる。


 パークを旅する彼女とこんなところで出会うとは、しかも助けられてしまった… 何というかこれは合縁奇縁って感じだ。


「クロは詰めが甘いですね?後始末は任せてもいいですか?」


「OK!それじゃ、僕もカッコいいとこ見せないとね?」 


 助けられてばかりではかっこつかない、僕は両手にありったけのサンドスターを込めて落とし穴を覗きこむ。


 じゃ、悪く思わないでよね?パークの掟なんだ?


 父が得意とするサンドスターでできた巨大な拳、獅子王のなんちゃらって恥ずかしい名前のやつ… 僕もできる。


 ただ僕の場合は右手だけでなくきっちりと両手を作り出す、そしてがっしりと指を組むと穴の中にいるセルリアンに目掛け勢いよく振り下ろす!


「でぇぇぇい!!!」


 ズドォォォォォンッッッ!!!

 土煙が上がり、落ちていたセルリアンは残らず消滅した。


 今度こそ、一丁あがりだね?


「名づけて、“サンドハンマー!”」


「さっきからスターとかサンドなんとかって言ってますけど、恥ずかしくないのですかぁ?」


「えーいいじゃん?カッコよくない?」


「えぇまぁ…」


 飽きてるしぃ…。









 スナ姉も丁度ロッジに行くところだったらしい、そこで不運にもセルリアンに出くわしとりあえずやり過ごすことに。

 同時にハンターがなんとかしてくれるだろうと落とし穴にまとめておくことにしたんだそうだ。


「クロが来てくれたので、これで帰りも困りませんね?」


 ゆるりと笑う彼女の顔になんだか癒される、スナ姉を相手にすると僕はいつもこうだ

 逃げ道にしてるというか、なんとなくサーバルちゃんのとこにはいられないなと思ったらよくスナ姉のとこに走った。

 

 そんなに何回も会える人ではなかったけれど、この独特の雰囲気が好きで僕もユキもスナ姉によくなついていた。


「ところで、クロは一人でこんなところまでどうしたのですかぁ?」


「え?あぁちょっとね…」


「その顔は悩んでる顔ですね?」


「わかる?よね… 後で話すよ、とりあえずロッジで休もう?」


 ロッジアリツカ。

 アリツカゲラさんが管理する宿泊施設でご覧の通り森の中にある、大きい。


 一晩過ごしたらすぐに出る予定だ。


 森を抜けると港に着く、だから明日はそっちに向かって進んでそれから…。


 それから、どうしようか?





「いらっしゃいませぇ~!あれあれ?クロくんじゃないですか!お一人ですか?珍しいですね?」


「ボクもいますよぉ~?」


「あぁスナネコさん、いつもご利用ありがとうございます! …ハッ!?」


 アリツさんの顔付きが変わった、あの顔はよくない方向に察してしまった時の顔だ、すぐに誤解を解く必要がある。


「アリツさん、スナ姉とは実はそこでばったr…」「ボクとクロは仲良しなので部屋は1つで構いませんよ~?」


 え!?ちょっと!?


「か、かしこまりました!仲良し… ではお部屋“なかよし”の方へご案内します!」


「おぉ~… 初めて泊まる部屋です、楽しみですねぇクロ?」


「順を追って話そうか!あ、スナ姉はちょっと黙ってて?アリツさん聞いて?なにその顔?違うからね?息荒いよ?落ち着いて?ちょっと座ったら?」


 この状況ならまぁ誤解はされるかもしれない、その「なかよし」とかいう部屋は父と母がロッジで利用してる部屋じゃないのか?両親がなかよしマーチしてる部屋に息子である僕を案内するつもりだったのかいアリツさん?


 よく考えてくれ、さすがにそれはイカれてるってことに。


 って地下室でギター弾いてる僕が言うのもあれだけど。




… 




 ゆっくりと、順を追って話すとだんだん理解していってくれた。


 まず僕たちはそこでばったり会ったばかりで、そういうつもりでここを利用しに来たわけでない。

 スナ姉の発言に意味はないから聞き流してほしい。


「はぁ… ビックリしました、でもクロくんもお年頃ですもんね?この際そういうつもりでも私は驚きません!協力しますよ!」


「ありがとう、じゃあ部屋は別々にして?」


「一緒でいいではないですかぁ?ボクとクロの仲でしょう?」


「スナ姉あのね?僕ら今誤解されてんの、ただならぬ関係だと思われてんの?違うでしょ?だから別々にしようね?」


 もう… ここ数日こんなんばっかり。


 ただでさえおキツネ温泉洗いっこ事件で尻尾の付け根が頭にチラついて仕方ないっていうのにまったく…。


 尻尾の付け根かぁ、スナ姉はどんな感じになってるのかな?←煩悩爆発シリーズ


「クロくん大丈夫ですか?鼻血が出てますよ?これで拭いてください」


「ありがとうアリツさん」←真顔


「隠しても無駄ですよクロ?エッチなことを考えてましたねぇ?ボクと夜を共にして何をする気なんですかぁ~?」クネクネ


「だからもう!誤解を招くようなこと言わないでよ!まったく!」←激焦り


 そんな騒ぎを聞き付けてか、タイリク先生とアミちゃんが駆けつけ、僕の立場はますます危ういものとなっていくのであった。


「先生!スナネコがクロとロッジに仲良く現れましたよ!」


「キリン、男女がロッジに現れる… 覚えがあるはずだ、さぁ考えてごらん?」


「ハッ!?まさか先生… 二人はすでに!?」


「そうだよキリン、二人並んだ時のあの佇まい… これは今夜は揺れそうだね?あ、二人とも!スケッチさせてくれないか?」カキカキ


 そっか、父も母もこんな風にみんなに冷やかされながら次第に開き直ってオープンな環境になっていったのか、パークの男は苦労人説はここで立証されたようだ。







 そんな熱烈な歓迎というか洗礼を受けながら、結局僕たちは一緒の部屋に泊まることになってしまった。

 いや… お部屋は“みはらし”だよ?“なかよし”じゃないから?


 それから少し休んでみんなで晩御飯を食べた後、僕の家出の件を話すことになった。


「なるほどね?あんなに小さな頃から変わらずにまだサーバルが好きだったのかい?さすがだね君は」


「おかしいでしょ?向こうからしても子供のお遊びにしかならなかっただろうに、迷惑になるのはわかっているんだけどなぁ~…」


「いや素晴らしい純愛だよクロくん、そして流離いのギター弾きか、いいネタ頂き…」


 この人僕の恋愛事情でなにを書くつもりなの?勘弁してよ恥ずかし。


 無論フェネちゃんと致しそうになったことも洗いっこのことも話していない、僕は叶わぬ恋に悩み自分を探す孤独な少年… こんな設定でどうかな?


 そのあとオオカミ先生の小説のなんちゃらの本能ってやつを少しだけ読んでリアリティな恐怖心な煽られながら部屋へ戻り、就寝準備となった。









 がその晩、僕はなぜか寝付けなかった。


 いろいろ考えたらまた頭がごちゃっとしてきたんだろう… ベランダに出て空を見た。


 今夜は曇りだ、もしかしたら雨が降るのかも、星も月も見えやしない。

 いくらサンドスターが万能でも天候まではうまく操れないってそういうことだろう。


 するとそこに…。


「眠れないのですかぁ?」


「ん… ごめん、起こしちゃった?」


「いえ、たまたま目が覚めたので」


 スナ姉が起きて僕の隣に来た、積もる話ってほどのことは無いけどなんでも気兼ねなく話せる、それが僕にとってのスナ姉だ。


 そうなんでも…。


「クロはまだサーバルが好きなのですね?」


「うん、なんでかな?ずっと小さい頃の気持ちだったはずなのに、大きくなったらすっぱり忘れてしまうと思ったのに…」


「それはクロにとって忘れてしまいたい気持ちなのですか?」


「ううん… 忘れたい訳じゃないんだ?でも忘れた方がいいなとは思ってる」


 なぜか、ごく自然な流れで彼女に相談に乗ってもらっていた… 彼女は結構聞き上手。

 すぐ飽きるけど、こういうときは親身になって聞いてくれる。


 そうだ、話すだけでも楽になる… プリンセスさんに僕自身が言った言葉じゃないか。


 僕が黙っていると、スナ姉はじっと僕の顔を覗きこんできた。


「クロ?」


「ん…?」


 すると、こんなことをいつものボケッとした顔で言ったのだ。


「どうして忘れてしまう必要があるのですかぁ?」


「え…?」


 正直キョトンとした、だってそうだろう?僕の恋は叶わないんだ、想ってるだけでサーバルちゃんに迷惑を掛けて彼女を困らせる、そしてなにより僕が前に進めない。


 でもその時、そんな悩みを抱える僕にスナ姉はこんなことを言ってくれた。



「幼い頃のそんな経験が今の優しいクロを作ったんです、本当は自分が独り占めしたい相手にはもう家庭がある、でも大好きなそんな人だから幸せになってほしくて自分の気持ちよりも相手を優先する…

 これはなかなかできることではないんです、そしてそれもクロがサーバルのことがずっと大好きだからできることです、本気で好きだってことなんですよ?

 だからこそ、そんな気持ちを忘れてしまったら今のとことん優しいクロにはもう会えじゃないですか?」


 経験が僕を作る… だけど…。


「でも、苦しいんだ… 辛いんだ… 忘れでもしない限りずっと僕は進めないよ?」


「そんなことはないですよ~?前に進むって気持ちがあれば必ず進めます、時間はいくらでもありますから?忘れるんじゃなく乗り越えればいいんですよぉ?ゆっくりでも進んでいれば必ずできます… 僕は今のクロ、好きですよ?」


 ちょっぴりドキッとしてしまった。


 でもそっか、気持ちを前に… 忘れるんじゃなくて乗り越える…。


 簡単に言うけど、そんなこと本当にできるのかな?


「一人が辛いなら家族も友達もいるじゃないですか?なにも一人で抱え込む必要はないんですよ?ボクのことを頼ってもいいんですよ?それともクロは、ボクの友達ではないのですかぁ?」


「ううん、どっちかと言うとスナ姉は親戚のお姉ちゃんって感じだけど、ちゃんと僕の友達だって思ってるよ?」


 この時スナ姉は「よかったぁ!」と満面の笑みを見せた、空は雲で月を覆っているはずなのに、僕にはなぜか明るくハッキリとそれが見えた気がした。


「でも乗り越えるってどうしたらいいのかな?僕に出来るかな?」


「いっそのこと告白して玉砕してみてはどうですかぁ?」


「うぇ!?キッツいなぁそれ… 一生立ち直れなさそうだよ」


 だって玉砕するのもわかってるそういう結果が眼前に晒された状態で言わなくちゃならないんでしょ?辛い辛い、勘弁してよ。


 でもスナ姉は僕に言うんだ。


「どんなに長い夜にも終わりはくるし、空だって雲ってばかりではありませんよ?じゃあ今から月が見えたらボクの勝ちです、朝一番にサバンナへ向かいましょう」


「え、えー!?なにそれ!でも、これは雨雲だよ?今にも雨が降るよ?ぜーったい月なんて見えないよ!やめとこうよ!」


「負けるのが怖いのですかぁ?じゃあボクが負けたら可哀想なクロと一緒に寝てあげましょう、ボクを好きにして構いませんよぉ?」


「もぉ~!なにそれ!/// いいってそんなの!どーせ僕が勝つよ!」


 また変なこと言って!年頃の男の子をからかわないでくださーい!


 そうだ僕が勝つに決まっているじゃないか、空を見てみなよ?真っ黒じゃないか?星ひとつ見えやしない、だから勝ちたいならけもハーモニーとか起こさない限りはスナ姉に勝ち目なんて…。


 勝目なん… て…。


「あれぇ?」


「おぉ~?言ってみるもんですねぇ~?」


 その時、ロッジにスッと月明かりが差し込んだ、雲の隙間からまん丸な月が僕らに顔を見せている。


「なんでぇ!?」


「じゃあ明日の朝はサバンナですね?心配しないでください、ボクがついてますからね~?」



 嘘でしょ?僕、サーバルちゃんに告白するの!?


 その晩、開き直った僕は深夜にギターをかき鳴らした。←迷惑

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