第66話 お任せなのだ
「うみゃー!?かばんちゃーん!?」
ゴコクから子供達を連れて戻りとりあえずは元の生活と同じように過ごすかばん達。
サーバルとシンザキの夫婦は度々顔を出し、シロが動けない分のサポートをしている。
サーバルも久方ぶりに図書館での時間を過ごすことが増えた。
ミライ達は今後のパークに対する取り組みや、今回のような悲劇が起きないための対策の為に一度帰ることになった、数ヵ月後また予定通りくることになるだろう。
そんなときだ、サーバルが大慌てで洗濯物を干すかばんのもとへ駆け寄ってきた。
「サーバルちゃん?そんなに慌ててどうしたの?」
「シロちゃんがいないよ!さっきまでお部屋のベッドで寝てたはずなのに!」
嘘…!?
スッ… と血の気が引いた感覚があった。
かばんが家の中に戻ると確かに彼の姿はない、ただベッドは温かくそう時間は経っていないことを意味している。
「近くにいる、トイレとか… 子供達が連れ出したりしたのかも… 探そう!」
「わかったよ!」
二人は家を出て図書館周辺を捜索した。
…
「ダメなのだ…」
「どうしてー?あんなの忘れなよー?今までずーっとそうしてきたじゃないかー?」
厨房では珍しく二人が軽い言い合いのようになっていた。
アライグマとフェネックである。
「アライさんは害獣なのだ… みんなに不幸をお届けするのだ」
「そんなことないよー… シロさんだって言ってたじゃないか~?料理上手の綺麗好きで可愛い子だって… 私もそう思うよー?いつまでも気にするなんてアライさんらしくないよ~?」
と言うのも、アライグマが自信を喪失したままなのである。
あの人間の残した言葉はアライグマの心に深く傷を残し、今でも持ち前の元気を取り戻せないほど追い詰めていた。
ある日ひょんなことからシロに料理を習い、またある時は島中を歩き回り皆にそれを振る舞うようになったアライグマ。
彼女が料理を作ると皆とても笑顔になった。
「とても美味しい」「もっと食べたい」「どうやって作るの?」「火は怖くないの?」「ありがとう」「また来てね?」
たくさんの感謝の言葉や尊敬の目を向けられ、アライグマはとても満たされた気持ちになっていた。
「アライさんは人気者なのだ!」
これは彼女の口癖のようなもの。
率直なところ始めはそんなことはなかった、特段普通にどこにでもいるフレンズで行動力や適応力が強い子というだけだった。
だがシロに料理を習い振る舞うようになった彼女はいつしか本当に人気者になっていたのだ。
皆に笑顔を届けるうちに昔の慢心した心はやがて皆の喜ぶ顔を見て満たされるようになっていき、自分が人気者だなどと自ら言うことは無くなった。
もっとみんなの喜ぶ顔が見たい、その一心でいろんなちほーで料理をしていった。
しかし… あの男の言葉はそんな彼女の幸せを容易く打ち砕いた。
「アライさんの料理なんてみんなに食べさせるわけにいかないのだ!きっとお腹を壊すのだ!結局アライさんはみんなにチヤホヤされたかっただけだったのだ!こんなんじゃみんなに喜んでもらえないのだ!」
「アライさん…」
たかが言葉だ、今までやってきた功績を見ればそんな言葉はただの偏見だと誰もがわかる… だがアライグマの心を折るのにはそれだけで十分だった、まっすぐ前に突き進む彼女にとってあの男の言葉はとても相性が悪かった。
簡単に言うと…。
「そう思ってるのは君だけで、周りが気を使ってるだけだ」とそういうことをやつは言ったのだ。
深く考えることをしないアライグマはそよ言葉を真っ正面から受け止め、傷ついた。
皆に認められた時の喜び、「おいしい」「ありがとう」と言われたときの嬉しさ、彼女はそれを原動力に毎日ちほーを駆け巡っては料理を作っていた、皆のその言葉が料理をだす自信となっていた、即ち承認欲求。
皆に真の意味で認められたことでそれを失うのが怖くなり、こんな自分は卑しく皆に気を使わせているだけで本当は大したことがないんだ… とそんな気持ちになるまで落ち込んでいた、その一方で彼女を励まし続けるフェネックにも変化があった。
あれからアライさんは一度も料理をしない、アイツらのせいだ、私はアイツらが許せない…。
正直シロさんがあの船ごとやつらを全員沈めたと聞いたとき私は高揚感を覚えたほどだ、あんな汚ない生き物は恥じてめてみた… なにがヒトだ… なにが人間だ…。
アイツらこそ害獣じゃないか。
アライグマが落ち込むことに比例して、フェネックの怒りも増幅されていった。
これでは悪循環、アライグマは立ち直らない限りずっとなにもできない無気力なフレンズになるだろう、それではやがてサンドスターの輝きを失う原因となり、元の動物に戻ってしまうかもしれない。
フェネックも怒りや憎しみに飲まれやがて人間そのものに嫌悪を抱くようになるだろう。
それはかばんとシロ、その家族のミライやナリユキ、そしてカコ… シンザキとナカヤマもさらには子供達にも憎悪を抱くかもしれないということ。
二人ともこの現状が良くないことはわかっている… だが心を失ったシロを見て更に悲しみや怒りを覚え、どうにも先に進めなくなってしまっていた。
が、その時だった。
ザッ… ザッ…
と草を踏みしめ歩く音が聞こえる…。
「あれ… どうして…?」
「フェネックどうしたのだ?あ…」
二人の目に映るのは気力もなにも感じられない顔で歩く白髪の男の姿… 決して軽やかとは言えない、だが靴も履かず確実に前に進む彼の姿。
「「シロさん?」」
二人は声を揃え、そして目を見開いた。
それもそのはず、彼は本来一人で動くことはないのだ。
大抵誰かが見張っていて、大体かばんが責任を持ってその手を引き危険がないように彼の動きを注意深く見ている。
だが彼は今一人… 服は寝間着のまま足は裸足で、ゆっくりとだが確実にその歩を進め厨房へやって来た。
「シロさんダメじゃないか一人で~?フラフラしないでかばんさんのとこに戻ろう?」
「…」
返事はない、状態は依然変わらない… だが彼はここへきた、自分の足でここまでやって来た。
「なにするのだシロさん?一人で外に出ちゃダメなのだ… 仕方ないのだ、アライさんが連れて行くのだ、さぁ家に戻るのだ!」
手を引くが、彼は動こうとしない。
それどころかその手を振りほどきおもむろに台の上にあるニンジンを手に取り、まな板を用意してはやがて包丁を握り、それを切ろうとしていた。
彼は料理を始めようとしていたのだ。
「シロさんやめるのだ、危ないのだ… サーバルかかばんさんに任せるのだ?」
手を止めようとするも彼は構わずニンジンを押さえつけ包丁を使い切り始める。
トンッ… トンッ… と以前の彼からは想像もつかないほどゆっくりに、そしてぎこちなくニンジンが切られていく。
形はバラバラだし包丁の使い方も上手いとは言えない。
「シロさんもしかして料理は自分の仕事だって言いたいのかい?ダメだよそんな状態じゃ、いつもみたいに私たちに頼ればいいよ?任せてよ?」
彼は言葉に耳を貸さない… 淡々と、しかしゆっくりと確実に野菜を切り続ける。
「…なのだ」
「アライさん?」
ボソッと、震えた声と肩で彼女は彼に向かっていた。
そして…。
「ダメなのだシロさん!そんな持ち方をしたら怪我をするのだ!それにニンジンは先に皮を剥かなくてはダメなのだ!よく見ているのだ!こうするのだ!」
アライグマは彼から包丁を奪いニンジンを切っていく。
「たぁーっ!」トントントントン
先程まであれだけ拒否していた料理を、彼女は自ら始めた。
「こうするのだ!シロさんこんなことも忘れてしまったのか?だったらアライさんにお任せなのだ!今度はアライさんが教えてあげるのだ!師匠に教わったことは全て熟知しているのだ!」
フェネックにはわかった、アライグマがだんだん元の元気を取り戻していっていると、その目にはかつての強い意思が戻りつつあると…。
「アライさん… 大丈夫なの?」
「フェネックぅ!ぼさっとしてる暇はないのだ!師匠が見兼ねて直々に手を出し始めたのだ!ゆっくり休んでもらうためにもアライさんがやらなくてはならないのだ!期待されてしまったのだ!応えなければならないのだ!こうなったらとびきり最高なのをつくってやるのだ!フェネックもいつものやつ頼むのだ!」
キリッと上がったその目には、自信と決意の炎が宿る… そんな彼女を目の当たりにしたフェネックもニッと不適な笑みを浮かべると厨房へ足を踏み入れた。
「任しといてよー?アライさんがドジらないようにフォローしてあげないとねー?」
「うぇ~!?アライさん今さらミスなんてしないのだ!」
シロさん… もしかして元気付けてくれたの?アライさんを元に戻すためにそんな状態で包丁を握ったの?心が焼けたんでしょ?どうして?どうして他人の為にそこまでしてくれるの?
同じ人間でも、シロさん達はアイツらと違い過ぎる… 信じていいの?
私はシロさんのこと、僅かでも軽蔑してしまったんだよ?
でも不思議だよ、こんなになってまで料理を作ろうとするシロさんを見たら…。
人間だって捨てたもんじゃないってそう思える、やっぱり悪い人ばかりじゃないんだって…!
その日三人は、久方ぶりに厨房に集まり料理を始めた… 三人でうどんを作ったあの日のように。
…
トントントントン… グツグツ…
厨房からはせかせかと家庭的な音が聞こえてくる、まずは子供達がそれを見付けた。
「あ、パパがご飯つくってるー!」
「お昼ご飯なーに?ねぇなに作ってるの~?」
「今日はね~、カレーだよー?今作ってるからもう少し待っててねー?」
「「わーい!パパとアライちゃんとフェネちゃんのカレーだー!」」
笑顔で答えるフェネックに子供達も喜びの声を挙げ、それに気づいたかばんとサーバルもその場に駆けつけた。
「見付けた!こんなところに… ってなにしてるんですか!?」
「かばんちゃん見て?シロちゃんが…」
トン トン トン
と先程よりずっとスムーズに正確に野菜切る彼の姿が… 相変わらずその目は虚で以前のような慣れたスピードではないが、彼は確実に勘を取り戻しつつあった。
「あぁサーバル!遅いのだ!さっさと手伝ってくれなのだ!今日は人数が多いからたくさん作らなくてはならないのだ!
かばんさんも見てほしいのだ!さすがはシロさんなのだ!飲み込みが早いのだ!」
「え、えぇ~!?ちょっと待ってよ!?」
「シロさんったら…」
かばんの目に、また嬉し涙が浮かんでいた。
日頃皆で話しかけることを諦めなかった為か、あるいは彼の消えかけた心がまだ足掻いているのか。
彼の心は回復に向かっている、かばんだけでなく彼を想う皆の気持ちで希望が大きく大きく成長していく。
そこで、なにやら騒がしいと長もその場へ降り立つと。
「シロが料理を… 博士!」
「はい助手!どうやらスザクの言うことも宛にならなかったようなのです!」
ニヤリと笑った二人は羽を広げ地面から足を離した。
「お前たち!我々はシロが回復に向かっていることをスザクに伝えてくるのです!」
「もしかすると、解決策をくれるかもしれません!」
「え?でも博士たち!そろそろお昼できるけどいいの?」
サーバルのその言葉に「うっ!?」っと一瞬だけ表情を歪ませたが、二人はブンブンと首を振り気を取り直すと言い返した。
「あ、あとでいいのです!それよりシロなのです!ジュルリ…」
「ちゃんと残しておくのです!おかわりも用意しておくのです!ジュルリ…」
「食べたそうだね~…」
「食べたそうなのだ!」
「食べてからにすればー?」
「食べてからでも遅くはないですよ?」
「「みんなで食べよー!」」
「ですかねぇ?」
いつのまにか集まったシンザキも一緒になり、皆で食べることを推奨していた。
「し、しかたありませんね… 事を急いては仕損じるのです!」
「ここは折れてやるのです、ゆっくり味わってからスザクのもとへ向かってやるのです!我々は…」
「賢いからー?」
「長だからー?」
「「な!?」」
言われたのです!?
と言うような驚きと恥ずかしさの混ざったような顔をした二人を見て、その場は笑顔に包まれた。
そんな久しぶりの和気藹々とした空気の中でも無表情であろう彼の顔に、かばんはチラッと目を向けて見ると。
あれ?笑ってる…?
それは気のせいであったり、楽しい空気の中でそう感じただけなのかもしれないが、かばんの目には確かに彼の口角がほんの少しだけ上がっているのが見えていた。
「楽しいですね?シロさん?」
側により、コソッと彼の耳に囁いてみると… 彼はフッとかばんを見つめて、彼女の左手を両の手で包んだ。
その時の小さくカチッと互いの指輪が当たる音を聞き、かばんの顔に思わず笑みが溢れる。
「もぅ…みんなが見てますよ?」
言いつつもストンと彼に身を任せると、頬を赤く染めながら弛みきったそのニヤケ顔を宙に逃がした。
「シロのヤツ… 本当はもう治っているのでは?」
「なにが心を焼いたですか!いつもと変わらないのです、おとなしい分逆に品があってなんかムカつくのです!」
「そうだね!シロちゃんは普段お尻触ったりしてるもんね!」
「パパはママのお尻好きだもんね!」
「ユキも触るー!」
「じゃあ僕もサーバルのお尻触りますかねぇ…」サワッ
「うみゃ!?///」
「結婚すると皆尻を触りたがるということなのか?よくわからないのだ!なにがおもしろいのだ!?」
「じゃー試しに私も触ってあげるよアライさーん?何かわかるかもよー?」サワサワ
「フェネックやめるのだ!アライさんのお尻はそんなに安売りしてないのだ!」
なんだかとても懐かしいですねシロさん?シロさんはまだ元気がないけど、このまま良くなったらまた後ろから抱き締めてくれますか?
僕は… 僕たちは信じてるんです…。
今まで辛いこともシロさんには沢山あったと思います、でも… 幸せだったこともきっといっぱいありましたよね?
もし足りないなら一緒に増やしましょう?もっともっと幸せになりましょう?僕頑張ります!
罪なんていいんです、重いなら僕も持ちます… 幸せになる権利がない人なんて、いないんですよ?
シロさん?僕はまたたくさん泣きました、とてもとても辛いです…。
だから、もう一度“愛してる”って僕に言ってくれるまで許してあげませんからね?
僕は愛してますよ?ずっとずっと…。
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