第97話 どこ…?

「ふざけるなよッ!なんで僕に教えてくれなかったんだッ!」


「クロ、落ち着きなよ?なにか事情があるんだよ?」


「うるさい!ユキには関係ないだろ!なんでで黙ってるんだよ!なんとか言えよ!答えてよ!パパ!ママ!」

 

 ライブをした翌日の朝だった、僕が声を荒げているのには訳がある、だが僕は何も怒りたい訳ではない。


 ただとても冷静ではいられなかっただけだ。


 なんでって?



「スナ姉はどこに行ったんだよ!」



 そう… 僕が朝起きると、隣で眠っていたはずの大切な人が姿を消していたからだ。


 父は目も合わせず、うつ向いたまま答えた。


「クロ… すまない」


「なんだよそれ…?子供に謝らなくちゃならないようなことをしたってことかよ!」


 ぐっと胸ぐらを掴み父を睨み付けたが、父はそれでも僕から目を逸らしている。


「クロ、やめなさい…!」

「やめなって!まず話を聞こうよ!」


 初めてだったはずだ… 僕が父親に掴みかかるくらい怒るなんて。


 父は何も言わない、普段の父なら僕がこんなことしたら一旦押さえ込んででも冷静になるように促すだろう。


 でも、父はなにも言わない…。


 それってさ?殴られて当然みたいなことをしたってことなんじゃないの?ねぇパパ?なぜ何も言わないの?


 そんな父に怒りを覚え、グッと拳を握り振り上げた時父は答えた。


「構わない… 気がすむまで殴るといい」


「くぅ… クソッ!」


 それを聞いた僕は拳は振り下ろすことなく、そのまま胸ぐらを掴んだ手を乱暴にほどき、また父を睨み付けた。


 わかっている、わかっているさパパが悪くないことくらい…。


 でもこの件に両親が関わっていて、全て知ってるのも僕はわかっている。




 

 今朝のこと。


 僕が起きた時隣にはスナ姉がいなくて、その時はたまたま早起きして外にいるとか、トイレに行ったとか喉が渇いたとか… そんなことだと思って大して焦りもしなかった。


 でもいざ僕も外にでるとなんだか様子がおかしくって…。


 尋ねるとユキが言ったんだ。


「パパとママ早くに出掛けたみたい… え?スナ姉もいないの?三人で出掛けたのかな?古い仲だし積もる話でもあったのかもね?」


 きっと牛乳を取りに行ったとかその辺の理由ですぐ帰ると思ってて、だから僕らはおとなしく留守番して待っていたんだ。


 でも帰ってきたのは両親だけだった。


「スナ姉はどうしたの?」


 なんとなく嫌な予感がして僕が尋ねたら、父が言った。


「島を出た… 彼女はもうキョウシュウにはいない、帰ってもこない」


 とても理解の追い付ける話ではなかった。


 僕は怒った、とにかく怒った。


 怒っても仕方ないことは分かってるけど、とにかくこのやり場の無い気持ちをどこかにぶつけたくて仕方なかった。



 なんで…?なんでこんなことに?



 昨日まではいつも通り… いやいつも以上に仲が深まったじゃないか?


 ねぇどうしてなの?


 スナ姉…?









 昨日のライブは大成功だった、思ったよりみんなの心を掴むことができて僕もスナ姉も大層驚いたさ、だってアンコールが掛かったほどだもの。


 ファンサービスとしてマーゲイさんがPPPライブを少し延長して、PPPwithクロ×スナという紹介で即興コラボすることになった。


 弾いたこともないのにエレキギター弾かされたり、そうしてロックアレンジをスナ姉に歌ってもらったり… しかもバックダンサーにPPPだよ?豪華すぎて冷や汗でちゃったよ。


 でも意外とできるもんだなー?なんて思って楽しい時間を過ごすことができた。


 最後は「ようこそジャパリパークヘ」をみんなで歌ったんだ、なせかユキとサンまでステージに引っ張ってね?



 楽しかった… 初めて行うスナ姉との共同作業として一生の思い出になったと思った。



 しかもお祝いってことで帰ったら父が豪勢に料理を振る舞ってくれて、家でもずーっとどんちゃん騒ぎが続いてたんだ。


「主役なんだから二人とももっと上げてこう!ほらくっついて!ボサッとしてんなよラッキー!こういう時こそ撮って撮って!」


 なーんて言いながら僕達のことを自分のことのように喜んでいた父… でも今思うと、あれは演技だったんだろうか?全て知っててあんな態度をとっていたのだろうか?


 あるいは、せめて明るくしようと必死だったのかもしれない。


 帰ってきた父は言った。


「俺が止めてやれたらよかったんだ… すまない、でも事情を聞いたら俺に止める権利なんて無かったんだ… いや、こんなの言い訳だよな?本当にすまない」


 事情なんてどうでもいい、とにかく彼女が僕を置いて行ってしまったことが悲しくて仕方ない。


 握り拳をほどき、僕はその場に崩れ落ちて地面に膝を着いた…。

 

 もう、今までの何もかも夢だったのかな?ってそんな気分にすらなった。


 そんな僕を見て父は言った。


「でもなクロ?これだけは覚えておいてくれ?彼女はお前のこと本気で愛していたんだ… 急に何も言わずいなくなって頭の中もゴチャゴチャしてるかもしれないし、弄ばれたんだと恨んだりする気持ちもあるかもしれない、でもそれは違うんだ、だから忘れるなよ?彼女はお前を愛してた!」


 なにが… 忘れるなよだ…。


 口ではなんとでも言えるんだよ…。



 そのままヨロヨロ立ち上がりフラフラと歩くと、僕は地下室に引きこもった。








 スナ姉… なんで?

 

 なんで僕を置いてったの?


 昨晩僕に言ったじゃないか?


 大好きって… 手を離さないでって…。


 あれは全部嘘だったの?


 嘘ならなんで僕なんかと一緒にいてくれたの?やっぱりただサーバルちゃんのことでウジウジしてた僕の面倒を見てくれてただけ?


 なんだそっか… バッカだな僕…。


 一人で本気になっちゃってさ?





 


 あの時…。


「帰ったら、いっぱい構ってください」


 彼女は舞台裏でそう言った… そしていろいろ落ち着いて部屋に帰ったときだ、ドアを閉めた瞬間彼女はそれを実行するかのように僕に抱きついた。


「わぁビックリした!?」


「いやですか?暑苦しいですか?」


 彼女は僕をぎゅうぎゅうと強く抱き締めたまままったく離す気配はない、もっとも離す必要はない、僕の胸にごしごしと頭を擦り付けるそんな彼女を、僕も包み込むように抱き締めた。


「そんなことないよ?」


 って僕は答えた、そしたら彼女。


「だったとしても離すつもりはありませんけどね?」


 となんだか嬉しそうに柔らかい笑顔を僕に向けてくれた。


 愛しい… とてもとても愛しいって思った。


 彼女の髪からはいい匂いがして、僕は思わずその大きな猫耳ごとを彼女の頭を撫でた。


 スナ姉の耳、前は二番目に好きだった耳… 当時はサーバルちゃんが1番だったのだけど、スナ姉とそういう関係になってからはもう逆にスナ姉の耳でないと満足できない。


 僕の中でそんな唯一絶対のものとなった。


 そんな耳を撫でると、彼女は「ふにゃあん…」と気持ちよさそうなうっとりとした表情に変わっていく。


「クロは撫でるのがとても上手です、なんだかクセになってしまいます…」


「そう?そういえばフェネちゃんにも言われたことあるよ… あっ」


 つい口を滑らせた、さっきまでニコニコとトロけそうな表情をしていた彼女なのにジトッとした目でこちらを睨んでいる、これはまずい… そして抱き締める腕の力がまた少し強くなり、尻尾が僕の足に巻き付いてきた。


「いや、小さい頃の話だよ?上手だからやめてね~?って注意されたんだ?… アハハ」


「むぅ… いいですよ別に、でもクロの耳撫ではパークでは2番目ですね」


「え… そうなの?ちなみに1番は?」


「かばんです、クロのママですよ?耳を撫でさせたら右に出るものはいません、足元にも及びませんよ」


 なんだなんか悔しいなその言い方?

 あーたさっきクセになるって言ってたじゃないのぉ?あれはなんだったのよぉ?


 なんて思ってると表情に出てたのか。


 「お返しです」と小声で言われた。


 やられた、でも悔しいので僕はこれ見よがしに「これでもかー!」って感じで両手を使い耳を撫でくり回してみた。


「フニャ… んふふふふふ… 」


 わしゃわしゃと髪もくしゃくしゃにしながら撫でていると、彼女もすぐに機嫌を直してくれたのか今度は嬉しそうに頬を擦り寄せてくれた。


 そんな姿や仕草に安堵すると、二人で笑い合いながらベッドの方へもつれ込みドサッと横になった、そのまま並んで横になりお互い途端に静かに見つめ合う。


 そうして少しの間見つめ合うと今度は向こうから僕の髪を撫でてくれた。


「大変ですよクロ?」


「なにが?」


「ボク、信じられないほどクロが大好きです… 夢中なんです」


 嬉しかった… 彼女の僕に対する気持ちがいちいち嬉しかった。

 でもどうして大変なの?って思ったから、「いけないことなの?」と彼女の頬に触れながら聞き返した。


「だってクロがいないと生きていけなくなってしまいます」


「一緒にいれば済む話じゃない?」


「クロが、大変ですよ…?」


「そんなことない、それにいくら大変だったとしても僕はそれで構わない… だってスナ姉と一緒にいれないことの方が僕にとってずっと大変なことだもの?スナ姉は、嫌…?」


 泣いていた…。


 僕がそう言うと彼女泣いてたんだ、目に涙を浮かべて、でも嬉しそうに僕の手を握ってくれて…。


「クロは優しすぎますよ?」


「スナ姉にだけだよ、僕の特別だから…」


「クロぉ…」


 それから僕達は思い出したみたいに激しくキスをした。


 息を荒くして、舌を絡めて、そしたら口の中で唾液が混ざりあっていって… ゆっくりと顔を離したときも、ツー…と舌から舌へ糸を引き、そんな光景をみてお互い恍惚とした表情を浮かべながら呼吸を整え、また貪るように舌を絡めた。


 地下室のベッドの上で ピチャ… クチャ… って濡れた音を出しながら、長いことキスをして過ごしていた僕ら。


 スナ姉がまたいつものように尻尾で僕を離さないようにし始めた時、いよいよ我慢できない僕は彼女の体に服の上から触れ始め、やがて一枚一枚丁寧に服を脱がせていった。

 そして彼女も同じ気持ちだったかのようにまるで当たり前みたいに僕の服を脱がせてくれた。


 「「ハァ… ハァ…」」


 乱れる呼吸… そして何も着ぬまま抱き合うと、心地好い体温が全身に伝わっていく。



 仮にこの場所が…。

 

 暑い昼間の砂漠でも、寒い夜の砂漠でも。


 蒸し暑いジャングルでも、雲より高い高山でも。


 綺麗な湖の見える丘でも、見渡す限りの平原でも。


 深い森林でも、寒くて凍える雪山でも。


 海の見える港や浜辺でも。


 太陽の眩しいサバンナでも。


 きっとどこでだって変わらない、大好きな人と触れ合えばとても満たされるし、幸せを感じることができるんだ。

 


 そしてもっと、もっと欲しくなる。



 すっかり裸になってしまった僕らは、それでも口付けはやめずにもっと熱くなっていった。


「クロぉ…」


「スナ姉?」


 再度口を離した時、彼女はさっきよりもずっと涙で顔をグシャグシャにしていた、そしてこの時突然… 何度も何度も気持ちをぶつけるように僕に言うのだ。




「好き…!」


「うん」


「好きッ!」


「うんっ」


「好き!大好き…ッ!」

 

「うん…!」


「一人にしないで?ボクのことずっと見てて?クロが好き!クロが大好き!愛してるんです!ボクのこともっと見て?もっと好きになって?もっと欲しがって?クロ… クロぉ… 好き… 好きなの…」


 泣いて泣いて何度も僕を求めていた、ここまで崩れたスナ姉を見るのは初めてだった。


 一人になんかしない、こんなに求められたらいくらでも与えたいし僕だって求める。


 彼女は僕に溺れることで僕に迷惑がかかるって心配してたけど、僕は彼女にとっくに溺れているし、彼女も同じならもっともっと溺れてやる。


「手ぇ… 握って?」


 だから指をしっかりと絡ませた。


「離さないで?」


 だからぐっと強く抱き寄せた。


「クロぉ…!」

「スナ姉…!」


 だから何度も何度も…。


 深く激しく…。


 愛し合った…。









 あの時… なぜ彼女が泣きながらあんなことを言っていたのか僕にはわからない。


 “一人にしないで”とか“ずっと見て”とか。


 あの時言われたこと全部、言われなくたって僕は全部やるつもりだったさ?


 なのに…。



 一人にしてきたのは君の方じゃないか?



 始めから僕から離れるつもりならなんであんなことを言ったの?なんで僕を受け入れたの?なんで僕を求めたの?君は何がしたかったの?やっぱり、僕に飽きてしまったの?


 君は満足しても僕は…。



 空っぽになってしまったよ。










 コンコン


 何もする気も起きずにしばらく目を閉じて意識がボンヤリとしてきた頃だ、小さなノックが聞こえて、僕は浅い眠りから覚めることになった。


「クロ…?起きてる?」


 母だ…。


 僕が父を責めている間も母はうつ向いたまま何も言わなかった、さすがに手を出そうとしたときは止めに入ってきたがそれだけだ。


 思えばライブの前に浮かない表情をしてたのも、母はこうなることを知っていたからなんだろうなって今更気付いた。


「なに…?」


 と素っ気なく返事をすると、いいと言ったわけでもないのに「入るね?」とゆっくりドアを開けて地下室に入ってきた母、その表情はやはり笑顔でもなければ、かといって僕みたいにひどく落ち込んでいるわけではない。


 なんとも言えない複雑な表情をしていた。


「大丈夫?」


「…」


「じゃないよね?ごめんね?教えてあげられなくて…」


 僕が返事をしないからといって母がそれを咎めることはしない、そのまま聞けと言うように話を続けていく。


「スナネコさんから何も言わずに行かせてほしいってお願いされたの、顔を見たら行けなくなってしまうから… って」


「なんで?」


「え?」


「なんで彼女は行ってしまったの?なんで連れていったの?パパはできなかったと言っていたけど、止めることもできたはずでしょ?こうなるっていつから知っていたの?」


 口を開いてみればまた責めるような言葉がどんどん出てきた「なぜ?なぜ?なぜ?」って気に入らないこと全て聞くつもりだった。


 僕は母に背を向けていた…。


 だからどんな顔をして僕の言葉を聞いてるかなんて今はわからない、でも母はきっとまだ複雑な表情をしてるだろう。


 そんな母はその時、散らかった机の上に何か置いてから僕の質問に答えた。

 

「知ったのはライブの前日の夜、でも理由はママからじゃなくて、“本人”から聞いて?」


 本… 人…?


 なんだよそれ…?

 

 もういない人にどうやって聞くっていうんだよ!


 その言葉が気に入らなくってムカッときた僕は体を起こして母の方を見たが。


 ギィ バタン


 とその頃には部屋を出た直後で、シンとする地下室に扉の閉まった時の振動だけがズンと残った。


 なんだよ… 本人に聞けって…!


 そんなことどうやって!


「クロ」


「え?」


 僕のことを呼んだのは機械音声、ラッキーの声だ、でも姿は見えない。


「ラッキー?」


「ココダヨ メッセージヲ一件 預カッテルヨ」


 机の上だ、そうか母はラッキーを置いていったのか…。


 メッセージだって?


「僕に?誰の?」


「スナネコ ダヨ」


 なんだって…?

 そっか、本人に聞けってそういう…。


 でもどんなメッセージなの?スナ姉は僕に何を残したの?


 聞くのが怖い… だけど…。



「聞かせてよ」


「任セテ」



 ラッキーが返事をすると、そこに映像付きでメッセージが再生され始めた。



“『本当に撮れてるのですかぁ?』


『大丈夫です、話してください』


『はい…』”


 大きく彼女の顔が映っている、その後ろから聞こえるのは母の声だ。


 彼女はここにはいないけど、ただ僕はまた彼女の顔が見れたことにひたすら安心感を覚えた。


“『クロ…』”


「スナ姉?」


 会いたい。


 会いたいよ…。


 スナ姉…?

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