第59話 とりひき

 シロが攻め込む少し前のこと。


「ここは僕が話をつけますからぁ」


 そう言ってフェネック達を下がらせた後、シンザキは手順に基づき飽くまで形式に沿った話し方で相手との対談に当たった。


「おや?君は確か…」


「ジャパリパーク特別調査隊のシンザキと申します、現地調査の継続のため初のパーク滞在を言い渡され、現在ここキョウシュウエリアを任されています」


「ほぅ…」


 連中にとってそれは予想外のことだった。


 何故ならミライ達調査隊と鉢合わせないようにわざとタイミングをずらし、干渉されないタイミングを狙ってここに来ているからだ。


 連中にとって、正規の手順で調査を進めるミライ達は目の上のたんこぶでしかないのだ。


「ここに来るには国の許可が必要なはずです、許可証を拝見します」


「失礼、船に置いてきてしまったよ… 後日で構わないかな?」


「いえすぐに見せてください、覚えのない船が来た場合には要確認せよと責任者の方から指示を受けてますのでぇ」


「チッ…」


 このやり取りで御察しの通り連中は無許可でパークを訪れている、それに気付いたシンザキは畳み掛けるように指摘を始めた。


「海域に入るのにも人数と船の大きさが制限されていたはずです、あの船には何人乗っているんですか?そしてあれは明らかに制限オーバーの規格の船です」


「最近は国も管理が甘いんだよ、君たちも次回から人数を増やして船もさらに大きなものにできるはずだ」


「そうですか、では後ろの方々についてお尋ねしたいのですが?そもそも火器の持ち込みは厳禁のはずなのですがなぜ武装した軍人の方々がここに入れるんですかねぇ?」


 銃を持つ相手にも怯むことなく、ここぞとばかりに指摘を続けるシンザキ、これには連中も一旦その口を閉ざした。


「…」


「答えを聞きたいのですが… 黙るということは肯定と受け取ってもいいんですかねぇ?それならそもそもどうやってここに来たのか疑問ではあるのですがぁ… まぁそれは置いておくとしても、ここまで指摘したことを認めるのであれば1度お引き取り願うしかありませんねぇ?国から言い渡された規則ですのでぇ、僕の独断と偏見でパークに入れる訳にはいかないんです」


 シンザキ自身、これでおとなしく帰る連中とも思っていない… しかし連中が来たことをミライ達に伝え、せめてキョウシュウに足止めすることができれば被害は最小限に抑えられるはず。

 連中にとって大本命のシロ達を一旦ゴコクに逃がし、カコと合流後はさらに別のエリアに逃げてもらう。


 あとはフレンズ達とこの場所をを守るだけ… だが連中は強行手段に出るだろう、つまりこれは足止めに過ぎない。


「わかった私の負けだよシンザキ君、確かに我々は無許可でここまできた… それはミライの入り知恵かな?」


「ただの動物好きじゃないから“特別”調査隊の一員なんですよ」


「フフフそれもそうだ、だがそんなことが今この状況で関係あるのかなぁ?」


 年配の男は不気味な薄ら笑いを浮かべ開き直ったような態度をとっている、シンザキもこれには気を引き締め警戒する。


「無許可だが、それがなんだ?我々はもうこうしてここに上陸しているんだよ、武器を持ち込んだままね」


 男が合図をすると後ろの三人のうち一人がシンザキに銃を突きつけた。


「さぁどうする?一方君は丸腰なわけだが」


 

 やはり、こうなりますかねぇ…!



 冷や汗を流すも決して恐れてはならない、そう自分に言い聞かせながらこうなった場合の対策として予定通りの言葉を切り返す。


「僕を殺すんですか?その銃で?」


「違うよ?君は運悪くここの野性動物に襲われて死んでしまうんだよ… 骨も残らずにね?」


「そんなことをしても無駄ですよ、僕が死んだ場合フレンズたちがその死因をどこかで必ず見ています、あなた方には見えないでしょう?彼女たちは目が良かったり鼻が良かったり耳が良かったり… どこかで必ず見て聞いて嗅ぎとりますよ?シンザキは誰かに殺されたと、そしてミライさん達が来たときそれを伝えます」


「言うじゃないか、死を恐れていないのかな?君は?」


 もちろん怖い、シンザキは気丈に振る舞うも膝はガクガクと笑っており、汗もダラダラと流れていた、死を恐れぬ者などいないのだ。


 特に結婚して間もない彼は妻であるサーバルの顔を何度も思い出した… 愛する妻がとても気がかりなのだ。


 彼女を一人にして悲しませたくない、その泣き顔を思い浮かべると必ず帰らねばならないと強く強く願ったがしかし…。


 そんなシンザキの決意を嘲笑うかのように男は答えた。


「獣どもが何を証言したところで誰が鵜呑みにすると言うんだぁ?ミライに伝わったところでただの狂言として処理されるだろう、あの女は変人だからなぁ?ではおやすみシンザキ君?邪魔する君が悪いんだよ?こんなところに置き去りにしたミライを恨むんだな…」


 チャキ… と冷たい銃口が再度シンザキの方を向き、今まさに火を吹こうとしている。


 この男達は手段を選ばない…。

 シンザキはついに死を覚悟した。


 ごめんなさいサーバルぅ… 早速未亡人にしてしまいそうです。

 


 がその時だった…。



「やぁめろぉぉぉぉぉお!!!」




 ここでシロの妨害が入り三人の武装した男がたちまち海に落とさた。

 社長と呼ばれた年配の男とシロの因縁の再会が果たされたのである。





「その白髪… 面構え… 会いたかったよユウキ君?立派になったじゃないか、またナリユキに似てきたねぇ?」


「御託はいいんだよ… さっさと“向こう”へ帰れ、ここにあんたの居場所はない」


「久しぶりの再会でその態度はないんじゃないかなぁ?挨拶くらいしてくれてもいいだろう?」


 相変わらず薄気味悪いやつだ…!陥れようとしてきてるはずなのにまるで親戚みたいに親しげに話しかけてくる。


 こいつのそういうところに虫酸が走る!


「それにしても不思議な技を使うじゃないか?さっきのは誰かに習ったのかな?野生解放はどうした?」


「独学だ… 野生解放なんざしなくたってあんたを海に沈めることくらい簡単なんだよ」


「手厳しいねぇ~… だがどうするんだい?三人もすぐに海から上がるぞ?私の一声で船からさらに何人も武装した人間を呼べるんだが、まさか一人で戦う気かい?ずいぶん器用になったようだが、君はナリユキに似て無謀なところがあるからねぇ… バカなヒーローごっこはそこまでにしなさい、どちらにせよ君に勝ち目はないんだ」


 わかっている、そんなことは… 少し動きがいいくらいの人間の体で武装集団を真っ向から倒せるはずはない。


 首謀者のこいつを海に沈めればハイ終了って訳でもない。


 あの船にはこいつの息のかかった腹心どもが何人もいる…。

 

 本音を言えば全員一人残らず沈めてやりたいが、俺は戦いにきたわけではない。


 戦わずして勝たなくてはならない。


 最大の目的は帰ってもらうことであるが、それはミライさん達がこないことには進展がないだろう。



「息子さん…」


「博士!助手!シンザキさんを連れて帰ってくれ!」


 俺が叫ぶと、空から二人が音もなく舞い降りてきた…。


 その姿に海から上がってきた三人も目の前の間抜けも「ほぅ…」と興味を引いたようだった。


「さっきのフクロウ女どもか… 聞いたことがある、この島には長がいると」


「お前達がどういう連中なのか我々は知っているのです」

「話すことはありません、無視させてもらうのです」

「「我々は賢いので」」


「フッ!賢い…か?そう自称する者ほど愚かなものだよ」



 島の長と邪な心を持つ人間の対峙。


 二人は長としてパークを守らなくてはならない、この件も責任を持って対処に当たるはずだが… さすがの長もコイツらは手に余る。


 今は徹底して無視を決め込んでいるが、ヤツは相変わらず気味の悪い不適な笑みを向けている…。


 目すら合わせないのは、博士達も無理にここで無益な争いをはじめようとは思わないからだろう。


 俺はそんな雰囲気の中、奴等に聞こえぬように小声でシンザキさんに伝えた。


「シンザキさん、図書館へ戻るんだ… それから隙をついて家族を連れて先生の元へ行ってくれ、もちろんサーバルちゃんも」


「息子さん… それはつまり…」


「シロ、我々は賛成できませんよ」

「血迷ってる場合ではないのです」


 血迷ってなどいない、コイツらは放っておくと邪魔なシンザキさんを始末してフレンズを乱獲し始めるだろう。

 

 そんなイカれた連中がどんな実験を始めるのか恐ろしくて想像もしたくないが、ろくでもないことをするのは確かだ。


 そんなくそったれな実験をフレンズに強いるなんて許すことはできない。


 他のエリアにまでいかれたらさらに厄介極まりない、必ず誰かしらの犠牲がでるんだ。


 だがフレンズにもシンザキさんにも手を出させない方法がある。


 ひとつだけある…。


 確実にみんなを助ける方法が。



「おい!やってくれたな白髪野郎!蜂の巣にしてやる!」


 武装した一人が言い放ち、残りの二人も合わせて銃を構えてこちらに向ける。


「必要なら何度だって落としてやる」


「野郎!」

「いきがりやがって!」

「不意打ちで調子のんじゃねぇぞ!」


「まぁまて諸君…」


 が… ヤツはそれを一旦止める、まるでお前の抵抗なんて取るに足らんと言わんばかりに冷静な態度で。


「さて、相談は終わったかな?さぁどうする?戦うなら受けてたってやろう、もっとも君にその“勇気”があればだが?」


 いいだろう、俺も覚悟を決めた… みんなを守るにはこれしかない。


 スー… っと深呼吸して。

 まっすぐアイツを睨み付け…。



 俺は言った。




「取引しよう…」




「なに取引…?」


「そうだ… お互いに利があるはずだ」



 ヤツは驚いている、恐らく暴れまわるとでも思っていたのだろう。

 まさか俺の口から“取引”という言葉がでるとは思っていなかったって顔だ、そしてまたネットリとした笑いを浮かべこちらを見下すようにやつは話に乗ってくる。


「ほぉ~…大人になったじゃないか?面白い、聞こう」


 取引… 俺の提示した条件とは。


「実験したいなら俺を使え、煮るなり焼くなり好きにして構わない… だから、誰にも手をださないでくれ…」


「あれだけ嫌がっていた我々の研究に自ら身を差し出すと言うのか?」


「そうだ、俺さえいればあんたらの目的に必要なものはすべて揃うはずだ」


 コイツらの目的はフレンズの能力を人間に付加することだったはず、それならフレンズを調べるより俺を調べたほうが早い。


 即ち、俺さえおとなしく従えば必要以上にフレンズ達に危害は加えないはずだ。


 さっきシンザキさんとこっそり話したことだが… 父さん達は少なくとも一週間以内にくるらしい、そうすればあとはすべて任せればいい、つまり俺が少なくとも一週間我慢すればすべて丸く収まるんだ。


 みんなを守れる、家族にも手は出させない。


「ハッハッハッ!こいつはいい!“畜生ども”のためにその身を捧げるというのか!本当にナリユキに似て間抜けな男だな君は?それほどまでにこの島の“ヒトモドキ”どもが大事なのか!ハハハハ!」



 野郎!!!!!



「…ッッッ!!!!」ガシッ


「…!?社長…!?貴様!」

「ッァァ…!待て…!大丈夫だ!」


 頭に血が昇った俺は大きなサンドスターの右手でヤツの体を握り締めた。

 瞬きすら忘れたその血走った目でキッとヤツを睨み続け、今にも殺してしまいそうなほどの怒りが込み上げる。


 体内のサンドスターが活発になるのがわかる、体の外に溢れ出しそうだ…。


「畜生だのヒトモドキだのッ!二度とふざけた口を聞くな!俺のことは好きにしろッ!ただしみんなに手を出したその時は… 次はこのままお前を握り潰してやるッ!覚えておけッ!いいなッ!!!」


 グググググ…


 今にも握りつぶしてやりたい、それどころかバラバラにして海に巻いてやりたいくらいだが。


 堪えろ!野生解放はできない!


「フー…!フー…!返事はどうしたッ!!!」


「ぐ… いいだろう!離せ!約束しよう、お前さえいれば研究は進むのだからな!」


 フー… よし、落ち着け… これでいい、取引は成立した。


 サンドスターを納めヤツを解放すると同時に、護衛の三人はまるで媚びを売るように群がっていった。

 恐らくあの中に“信頼”なんてものはなく、報酬というエサに群がっているだけなんだと思うとなんだか。


 連中はひどく憐れに見える。



「シロ、お前というやつはこの大馬鹿者です!」

「お前を守るための作戦だったのにお前に守られては本末転倒なのです!」


「ごめんみんな… シンザキさん、あと頼んだよ?」


「息子さん…!必ず助けます… それまで耐えてください!」


「かばんになんて説明するのですか…」

「子供達もいるのですよ?」


 かばんちゃん…。


 少し留守にするよ、きっとまた心配かけて傷付けて泣かせてしまうんだろうね?


 俺はダメな夫だね… こんな俺を毎日変わらず愛してくれてありがとう、君の夫でいられて本当に俺は幸せ者だ。


 子供達を頼むよ?二人が真っ先に頼るのは母親である君だ、大変だと思うけどしっかり見てやってほしい。


 すぐ戻る… 必ず帰る…。


 だから待っていてほしい。


 それだけで支えになるから…。




 俺は家族に手を出すヤツは許さない…。

 誰であろうと…!





「さて、済んだかね?では行こう!人類の新しい進化のために!」


「ボートに乗れ白髪野郎!」

「妙な真似をしたらすぐに撃つからな?」

「おとなしくしろよ?“お友達”のためにな?へへへ…」




 実験動物モルモットか…。

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