第89話 初恋の終わり
僕はクロユキ、今日はこれから大仕事が待っている。
「ねぇ、クロ?」
そんなとき、なにやら汐らしいユキが僕に話しかけてきた、ケンカのことを気にしているのかもしれない。
別に解決したことに文句なんかないんだけどな… とか思いながら僕はそんな汐らしい妹に目を向けた。
「さっきはごめんね?誤解でひどいことしちゃった」
「いやいいよ、心配してくれたんでしょ?こっちこそごめん」
「あ、うんありがとう… ねぇ?それじゃあなんで家出なんかしたの?なにか気に入らないことでもあったの?」
それ聞かれると弱るんだよなぁ…。
元はと言えばフェネちゃんに迫られてアレしそうになって翌日から顔を合わせるのが気まずかったのが切っ掛けなんだけど、それは飽くまで切っ掛けにすぎない。
あの時に思ったんだ、僕はこれから他の誰かに恋をすることができるのか?と…。
あのまま流れに身を任せてやることをやったところで、僕は彼女をちゃんと愛することができただろうか?
そりゃ受け入れてもらって体は満たされたかもしれない、けど心はちゃんと満たされるのか?罪悪感でダメになるんじゃないか?
それ以上に恐ろしいのがそうすることでそれでも当たり前のように彼女を求めるようになることだ。
彼女は僕を好きだと言ってくれたけど、僕は自信を持って彼女を好きだとは言えないだろう… なのに彼女を抱き続けるんだ、それって死ぬほど失礼なことだと思う。
じゃあ僕ってどうやったらこれから人を好きになるの?
根底にあるのはそれだ。
もしかしたら宛もなく旅に出たつもりでサバンナに向かってたのかもしれない。
サーバルちゃんの顔を見てまた胸が締め付けられたのでやっぱりって思った自分もいる。
「なんか、悩んではいるんだね?やっぱり」
「うん… ごめんちょっと理由は言えないけど、でもユキはさ?」
「ん?」
「どうやったら人は恋に落ちると思う?」
なんかすごく恥ずかしいことを妹に聞いている気がする、こんなこと聞いていたらまたからかわれるかな?
そうだろうなぁ… ユキだもんなぁ。
と思ってたんだけど。
「理由なんてないんじゃない?」
妹の答えは意外にも真面目な答えで。
「クロはサーバルちゃんのこと好きになったときのこと覚えてるの?」
「いや、全然…」
確かに、いつのまにか好きだったというのが感覚として正しい表現だ。
そんな僕に向かい、ユキはそのまま自分の意見を述べていく。
「そういうことなんだよきっと?外見とか中身とかでなくてなぜか直感で好きだと感じてしまうものなんだよ?私は恋なんてしたことないから知らないけどさ?
だって絵本の中のお姫様はみんな恋をしようとして王子様と出会ったわけではないもん、同じ名前の白雪姫はあんまり美人だからって眠っている姫に王子様がキスをして、それで目を覚ましたらなぜか恋に落ちて… 眠り姫だってそれと大体同じだし、シンデレラは最初から王子様が好きだったんじゃなくて舞踏会に行きたかっただけだし、人魚姫は海の上に出たときたまたま見た王子様に一目惚れして… あ、でも私が一番好きなのは美女と野獣かな?あれだけは一目惚れするお姫様の話ではないけど、なんだかパパとママみたいじゃない?私はお姫様って柄じゃないし」
童話を例えに出したユキの答えに僕は。
「ハハハッ…」
なぜか笑ってしまった。
「なにー!せっかく真面目に答えたのに!」
だってまったくその通りなんだもの、両親の馴れ初めを簡単に博士たちが教えてくれたことがあったけど、いろいろあってなぜかいつの間にか愛し合ってたって。
本当の愛はここにある… か。
「いや、ありがとうユキ?なんか考えすぎだったんだねきっと?確かにその通りだって思ったんだよ」
「クロは理屈っぽいんだよ、本読みすぎ」
「ユキはもっと頭使いなよ?パークにもっとヒトが入るようになったらバカじゃいらんないんだよ?」
「今バカっていった?」ムスッ
ユキの言う通り僕は理屈っぽいところがあるんだろう、博士や助手のようなタイプと言うべきだろうか?知識に基づいていろいろ思考を巡らせるから心の複雑な動きに弱いというか…。
自画自賛するわけではないけど、頭がいいのも考えようだね?今僕はユキをバカ呼ばわりしたが、妹はなにも底抜けに頭が悪いんじゃないなく、ユキの直情的なそんなところが羨ましいなと思って少し嫌味を言ったのだ。
理由なんてない… だったらまた理由もなく誰かを好きになることもできるだろう。
そのために、今の恋とはサヨナラだ…。
…
そんなこんなでいろいろあって皆疲れたので、今夜は一日泊まって行くようにとシンザキのおじさんから言われ、みんなで泊まることにした。
大人数での夕食を済ませそれぞれ談笑なんぞしているとき、サンが僕のもとにやってきて元気よく尋ねた。
「クロ兄さんクロは兄さん!」
「サン、どうかした?」
「また歌を聞きたいですねぇ!今度はフルで聞けるんでしょ?約束しました!」
サンの一声で僕のリサイタルが開かれることとなった、尻尾を振って嬉しそう。
周りも「いいぞいいぞ」と皆ノリがよく、だんだん注目が集まっていく。
やー仕方ないなぁ~OK!頼まれたら歌うしかないよねー?
「クロまたあのネットリ歌うやつやるの?」
「そうだけどなんで?」
「キモいからやめなって!せっかく結構いい声でも歌えるのに台無しだよ!」
いい声ならいいじゃん!と僕は言い返してやりたかったが、今日はユキとケンカしたり相談乗ってもらったりして少し立場が悪いので今夜は引き下がってあげよう、今夜はね!
そんな会話が耳に入ったのか父が思い付いたように僕に言った。
「それならクロ、スナネコちゃんと曲作ったんだろう?それにしてみたらどうだ?」
「あ、いいですね?丁度スナネコさんもいるし… クロ?聞かせてくれる?」
「ボクは構いませんよぉ?」
「あの曲、完成していたのですか?興味深いのです」
「スナ姉が歌うの?聞きたーい!」」
あの曲かぁ… どうだろう?確かに完成はしたんだけど。
「ぼくはクロ兄さんの歌い方が面白くて好きだけど、そっちも聞きたいですねぇ!」
「僕はぁ初めて聞きますねぇクロユキ君のギター… 聞きたいですねぇ?」
こんなに期待されてなんだか少しくすぐったいのは作詞作曲を自ら行ったからであり、さらにここには意中の相手がいるからなのかもしれない。
そんな僕を見てなにか気付いたのか、サーバルちゃんがポンと肩を叩いた。
「クロちゃん、よかったら聞かせてくれる?わたしも聞いてみたい!スナネコは声も可愛いし、クロちゃんが作った曲なら素敵な歌に決まってるもんね!」
「う、うん…/// それじゃあやってみようかな…?」
…
この曲には、まだタイトルがない。
逆に言うとタイトル以外は完成してる。
そんな僕が弾いてスナ姉が歌うこの曲は。
まだタイトルだけが無い…。
だけど歌ってると妙な一体感があって、ギターを弾く僕も歌うスナ姉もそれを聴いて体を揺らすみんなも、演奏中ここにいるみんながひとつになっているとそう感じた。
もしもこれが“ライブ”をしてる感覚だとするならば、自分の大好きな歌を人に聞かせたがるトキちゃん達の気持ちもよくわかるし、PPPが歌って踊ってみんなに夢を与えている楽しさもよくわかる。
曲ができたらステージで歌う… か。
…
演奏が終わった、結果は大成功で皆からは盛大な拍手を頂いた。
皆でお泊まりと思っていたけど、夕食が済むと博士とユキは帰ると言っていた、なんでも助手にも謝りたいんだそうだ。
当たり前だよなぁ?実害は僕に9割だが。
そんな賑やかな時間も過ぎ夜も更けてきた頃、興奮冷め止まぬ僕は眠れずに外にいる、だって僕にはやり残したことがあるんだ。
「結局賑やか過ぎてサーバルちゃんに言えなかったなぁ…」
そう、告白だ。
ただあの状況で言うのも気が引ける、だって旦那さんも子供もいる前で若い男が「今でも好きです」なんて言ったら場の空気が凍りつくよ、玉砕目的だとしてもそれはおかしい、イカれてるよ。
しかし告白か、なんて伝えたらいいのか?
思ったことをそのまま口にすればいいってスナ姉は簡単に言ってたけど、ことはそんなに単純ではないと僕は思う。
やっぱりサーバルちゃんに迷惑のないような言い方をするべきだ、彼女には家庭があるのだから。
でも…。
そんな面倒な部分は無視して本当に単純に想いを伝えるとするなら。
僕はサーバルちゃんが好きだ。
大好きだ。
心から愛している。
ほんの3才くらいの小さな頃から僕のその気持ちに嘘偽りはない、僕は確かに彼女を愛している。
子供のママゴトだと笑われるだろう、でも周りになんて思われたって構いやしないんだ。
僕はサーバルちゃんが好きだ。
雨季でどんよりとした空のロッジとはうって変わったような満天の星空のサバンナは、今日もたくさんの星々と月が爛々と輝き僕を見下ろしている。
独り言のつもりで彼女を好きだって気持ち心の中で呟くとなんだか恥ずかしくなって思わず走りだしてしまった、僕は彼女の家からさらに離れた。
そして今度はそんな恥ずかしさを誤魔化すみたいに、でも溜まったものを全部吐き出すように、月に向かって大きな声で叫んだ。
「僕はぁーッ!今でもサーバルちゃんのことがぁー!!大好きだぁーッ!!!」
シン… と僕の声は空気に溶けていく。
こんなに自分に正直に気持ちを吐き出したことがこれまであっただろうか?とんでもなくスッキリした気分だ、ただ恥ずかしくて仕方ないのに僕はなぜこんなことしてしまったのだろうか?
それに思ったのがここには夜行性の子も多いってことだ、もしかして聞いてる子もいるのでは?
「…///」
うわ恥ずかしい、死にたぁい…。
なんて思ってると。
ガサッ
とすぐ後ろで音がした、本当に聞かれていたようだこれは参った、いったい誰だろう?こうなったら開き直るしかない。
「クロちゃん?こんな時間にどーしたの!?」
「え!?サーバルちゃん!?」
しかもご本人様でいらっしゃったのだ、これはもう本当に死ぬしかないな。
「な、なんでぇ!?///」
理解が追い付かない、いつからいたの?なんで起きてるの?まさかたまたま野生の血が騒いで夜行性に返ったわけじゃあるまい?
「あの、クロちゃん?急に叫ぶからビックリしちゃった… どうしたの急に?大好きだなんて?でも、わたしもクロちゃんのことは大好きだよ!」
ニコニコと、昔からこういうところは変わらない… 今彼女は僕の告白の返事に対しての答えを言ったのではない、小さな小さなクロユキのクロちゃんが言ったのと同じような感覚でそれを聞き、それに母や姉のような気持ちで返したに過ぎないのだ。
どうして?どうしてこんなことに?
でも…。
皮肉にも上手いこと二人きりになり難しい言葉選びに悩むことなくストレートに、そんな僕の気持ちを誰にも邪魔されずに伝えることができたということにもなるのだ。
南無三、こうなったら最後まで行ってやろうじゃないか。
「違うよサーバルちゃん、僕の好きとサーバルちゃんの好きは違う… 本当はわかってるでしょ?」
「…」
見るからに困ってるのがわかる、でもこの複雑な表情に負けてはいけない。
ここで終わらせるんだ…。
「ごめんね?困らせるつもりはないんだけど、せっかくだからお話し聞いてくれる?」
「うん、わかったよ!ゆっくりでいいから聞かせて?クロちゃんの気持ち?」
まるで、母親みたいに安心する笑顔だった… 母は母で僕にはしっかりした母がいて僕はそんな母も勿論好きなのだが、サーバルちゃんを見てると母と同じくらい温かい気持ちになってしまう。
初恋でありお姉ちゃんでもあり、お母さんみたいどけど友達みたいで…。
彼女は僕の心のいろんな所に存在している、とても大きな存在、そんな女性。
木の下に並んで座ると、僕は彼女の顔を見ずにつらつらと言葉を並べていった。
「小さい頃からずっとサーバルちゃんが好きなんだ?シンザキのおじさんにたくさんヤキモチ妬いたのもちゃんと覚えてる、でも大きくなったらこんな気持ちも忘れてしまうと思ったのにずっとずっと変わらないんだ?3才だったんだよ?
それから15歳の今でもずーっとサーバルちゃんが胸を締め付けるんだ… 最初に離れて暮らすようになっても、それからサーバルちゃんが結婚しても子供が産まれてもその気持ちはまったく変わらなかった… もちろんおじさんにヤキモチなんか今更ないしサンのことは自分の弟だと思って接してる、でもそれなのになぜか変わらないんだよ?僕はサーバルちゃんにずーっと恋したままなんだ?
ごめん、サーバルちゃんにはもう家庭もあってこんな気持ちは迷惑なのはわかってるんだけど、でも…」
でも… このままじゃダメだから。
「もう終わりにしたいんだ…」
「うん…」
だからどうか聞いてほしい。
「僕はサーバルちゃんのこと、好きだよ?もちろん女性として、だからその… つまり
愛しているんだ?
えっと、だから… そういうこと」
言っては見たが目も合わせらんない、だってこれから僕はフラれるんだから。
最低だよこんなの、迷惑だと罵られてもおかしくはないんだ。
サーバルちゃんは優しいからそんなことは言わないだろう、でも臆病な僕は怖くって彼女の顔を見ることができない。
僕は伝えるべきことをすべて言いきるとグッと膝を抱き体を小さくして、壊れゆく何かを恐れながら体を震わせていた。
でもサーバルちゃんは…。
「ごめんね?」
…と、そんな僕を優しく抱き締めた。
「長い間、悩ませちゃったね?ずーっと想っててくれたんだね?ありがとう?ありがとうクロちゃん!わたし嬉しいよ!」
「…」
困らせてる、こんなの困らせてるに決まっているのに。
でもありがとうって、君は言う。
「応えてあげられなくて、ごめんね?」
「なんで…?だってこんなの僕がただ一方的に…!」
「それでも、こんなに想われたら嬉しいよ?わたしはもう結婚して子供もいるのに、それでもまだ好きだって言ってくれるんだもん?気持ちには応えてあげられないけど、そんなに長い間好きでいてくれたんだって思ったらやっぱり嬉しいものは嬉しい!あと、ごめんね?って思う」
謝るのはこっちだけだと思ってた、なのになぜか彼女はこんな一方的な気持ちを持っている僕に「ごめんね」と謝ってきた。
違う、サーバルちゃんは悪くない…。
「多分、クロちゃんにもいつかわかるよ?でもわたしのせいでずっと苦しい思いしたよね?そんなに一途に想っててくれたってことは、きっと他にもクロちゃんにピッタリの子がいてもそれでもわたしのことを見ててくれたんだよね?だから、ごめんね?」
「違う、違うよ!僕が勝手に好きになっただけで…!」
「だから!」
僕の言葉を遮った彼女は少し強めの声と目付きで僕と向かい合った。
そして…。
「だからクロちゃんが次に行けるように、わたしもハッキリ断ってあげないと!そういうことでしょ?」
そう、そういうことだ。
本当はずっと前に終わっていたはずの恋だったんだよ、わかっていた。
サーバルちゃんが結婚したとき、ちゃんとお祝いしてあげようってそう思って、その時に僕の恋は終わったんだと思ったのに。
幼く弱い僕はそれを終わらせることができなかった。
片想いでいいやと思っていたのか、あわよくばと考えていたのかそれは自分でもわからないけど、とにかく僕の心からサーバルちゃんは消えることがなかった。
でもスナ姉に言われて、改めて気持ちを伝えてみてわかった…。
忘れてしまう必要はない、この面と向かった告白も真っ向から受けた失恋も
きっと僕の莫大な経験になる、きっとこうした始まりと終わりを経験してそれを乗り越えてみんな大人になるんだ。
だから乗り越える、乗り越えてみせる…。
乗り越えなければ。
「ありがとうサーバルちゃん」
「うん!いつかクロちゃんはわたしじゃない誰かをその気持ちでいっぱい幸せにしてあげてね!それでクロちゃんも満たされるなら、わたしも同じくらい幸せだから!」
…
向こうから、サーバルちゃんが家に戻ってくるのが見える、クロは戻ってくる気配がないので、もしかしたらそのまま行ってしまうのかもしれないな。
「シロさん?クロにとって、これでよかったんでしょうか?」
妻が不安そうに俺の服の裾を掴んでいる。
「大丈夫だよ、アイツもずっとわかってたことだろうし… 多分そのつもりでここに寄ったはずだから、そうなんでしょ?スナネコちゃん?」
姿は見せないが俺にはそのドア越しに彼女がいることがわかっていた、するとバレてしまってはという感じでひょいっと顔を見せると彼女は言った。
「はい、まぁここまで荒っぽくやる必要もなかったんですが… 正直これ以上悩んでいる姿は見ていられなかったので」
クロが眠れずに外にいる。
そうサーバルちゃんに伝えたのは何を隠そう彼女だった、俺とかばんちゃんはそんなサーバルちゃんに気付き様子を伺っていると、そのうちに状況を察した。
クロは初恋を終わらせに来たんだろうと。
「じゃあ、ボクも行きますね?」
「スナネコさん?スナネコさんはもしかしてクロのことを?」
「違い… ます、ただの世話焼きですよ?たまに誰かと歩くのもいいかな?と思って…」
「そうですか、わかりました… じゃあ少しの間あの子のことお願いします」
そんな妻とスナネコちゃんのやりとりの後、スナネコちゃんはクロのギターを手に取り外へ走った。
「こりゃしばらく帰ってこなさそうだなぁ」
「でもクロなら大丈夫ですよね?」
「うん」
暗闇の中、月に照らされて歩く二人の影を見送ると。
俺達も夫婦また、すぐに床に着いた。
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