第88話 モットー

 ウサギの獣人。


 白い髪に赤い瞳が特徴的な種族。他の獣人に比べると身体能力はやや低いが、代わりに知能が高いという特殊な種族。


 獣人の間では力こそが尊ばれる。昔はそれなりに見下されていたらしいが、俺の記憶によると現ゾラ連邦議員の一人がこのウサギの獣人だ。頭の良さを買われて宰相まがいの仕事を任せられている。


 そしてウサギ獣人は数が少ない。子供がなかなか生まれないことでも有名だ。そこに見覚えのある顔まで加われば、俺に体当たりをかまそうとしていた少女が誰かくらいは容易に想像がついた。


「まさかこんな所でお前に会えるとは思っていなかったな……確か名前は……アナ、だったか?」


「ッ⁉ ど、どうして私の名前を……」


 地面に倒れたままびくりとウサギ獣人は肩を跳ね上げた。そこはシラを切らないとなぁ? おかげで名前が間違っていないことが分かった。


 彼女はアナ。現議員の娘だ。クーデターではライオン獣人に見せしめとして殺されていたな。誘拐された上で。


「俺がお前の名前を知っていようがどうでもいいだろ。それより、お客さんを待たせてるぞ」


「え?」


 ちらっと俺が彼女の背後、路地裏へ続く薄暗い道へ視線を向けた。そこから複数の黒いローブを羽織った獣人が現れる。


 数時間前に俺とコルネリアが追っていた仮面の人物ではないな、たぶん。フードを被ってはいるが堂々と素顔を晒している。


「ひっ! まだ私を……」


 俺の時とは違って顔を真っ青にした状態でウサギ獣人は俺のほうに後退る。連中に比べれば俺たちのほうがマシってか?


「貴様ら、大人しくその娘を渡せ。俺たちが用があるのはそいつだけだ。関わらないなら見逃してやる」


「ほう。俺なら目撃者は消すけどな」


 時系列的に彼女が誘拐される直前ってところか。すでに誘拐されているものだと思っていたが、意外とクーデター直前なんだな。直前じゃないとウサギ獣人が娘を探して大騒ぎするからあえて直前にしたのかな?


「問題はない。どうせ目撃者など何の意味もないのだからな」


「あっそう。悪いが俺たちも彼女に用があるんだ。お前たちこそ、死にたくなかったらさっさと失せろ」


 じろり、と仮面の内側から黒ずくめの獣人たちを睨む。仮面が邪魔で見えてはいないだろうが、俺の発する圧に獣人たちは少しだけ狼狽えた。


「くっ! 我々の邪魔をするつもりか!」


「それがどうした? お前らの邪魔をしちゃダメなんて法律はないだろ? むしろ、俺の邪魔をする奴が悪い」


「ならば仕方ないな。お前たち、ウサギ獣人以外は殺せ」


「はっ!」


 黒ずくめの獣人たちが一斉に動き出す。獣人なだけあって身体能力は高く、全員が中途半端にオーラが使える。


 周りを囲み、俺を含めたコルネリアたち全員を同時に襲った。


 しかし、


「鍛錬が足りないなぁ!」


 コルネリアが賊の一人を真っ二つに両断。


「ルカ以外が私に触れようだなんて……不敬ね」


 ルシアが賊の二人を燃やし、


「苦しませずに殺して差し上げますね」


 シェイラが風の魔法で賊を切り裂いた。


 最後に俺が、


「子犬が人間に勝てると思ったのか?」


 リーダーと思われる獣人以外を一瞬にして刻んだ。数名のバラバラ死体が出来上がる。


「あー! ルカ、自分だけたくさん殺してずるいよ!」


 半分以上の賊を斬殺した俺を見て、コルネリアが抗議の声を上げる。


「早い者勝ちだ。我慢しろ、コルネリア」


「むぅ……残念」


「それよりそいつ、逃げようとしてるけどいいの?」


 ルシアがびしっと踵を返していた最後の一人を指差す。もちろん俺は首を横に振った。


「ダメに決まってるだろ。殺さない程度に痛めつけろ。傷は俺とコルネリアが治す」


「了解了解。じゃあ、新しい魔法の実験体にしようかしら」


「あ、それなら私も……」


 炎の魔法で鞭を作り上げたルシアが、逃げようとした獣人の足を絡めとる。


 背後に並んだルシアとシェイラ。きっと獣人には悪魔にでも見えているだろう。


「よし。あっちはルシアたちに任せて……なぁ、おい」


「ひぃぃぃっ⁉」


 俺に話しかけられただけで三メートルは後ずさった。どんだけ怖いんだよ。せっかく助けてやったのに。


「落ち着け。俺はお前の恩人だろ?」


「恩……人?」


「誘拐されそうになっていたお前を助けてやったんだ、恩人には違いないだろ」


「ッ。どうして私が誘拐されそうになっていると?」


 震えながらもしっかり話せてはいる。さすがに利口だな。


「状況から判断しただけだ。あいつら、お前は殺さないようにしてたからな」


 それより、と俺は続けた。


「そういうわけで俺たちは恩人だ。恩人にはちゃ~んと恩を返さないとな?」


 ゆっくりアナに近づく、膝を曲げて目線を合わせる。彼女はまた逃げようとしたが、俺のほうが速い。肩を掴み、にやりと人当たりのいい? 笑みを浮かべた。




「交渉の時間だ。俺のモットーは奪える物は全て奪う。さあ……お前は俺たちに何をもたらしてくれる?」

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