第24話 強化魔法
シェイラを慕う男子生徒、ワカメくんとの魔法試合に決着がつく。
勝利したのは俺だった。最後の一撃、炎属性の魔法をゼロ距離で腹部に喰らい、発狂しながら彼は意識を落とす。
中途半端に防御魔法が間に合ったおかげで、ワカメくんの体はそこまで傷付いていない。これは、俺自身が手加減した結果でもある。
今の俺でも、無防備状態のワカメくんを魔法で殺すことはできた。たとえば、ワカメくんの腹部ではなく首や心臓、頭部を狙うとかね。
だがそんな真似はしない。サルバトーレ公爵家……相手がカムレンだったなら殺したかもしれないが、ワカメくんは他家の貴族子息。おまけにここは学院だ。
面倒な真似をして教師や他の生徒に目を付けられたくなかった。
涎を撒き散らし、下半身から尿を垂れ流すワカメくんの上から立ち上がる。目元から大量の涙が流れていた。
まさに、体の穴という穴から体液を噴射したって感じだな。本気で俺が殺すと思ったか?
正直、コイツは殺すほどのメリットを感じない。殺したほうが面倒なくらいだ。
「ルカ!」
試合が終了し、審判役をしていたシェイラが俺の傍に駆け寄る。
彼女は真っ先に俺の腕を掴んだ。わずかに痛みが走る。
「おいおい、急に腕を掴むなよ。そこ、怪我してるんだぞ」
「酷い……なんでオークの魔法を生身で受けたの。もっとやりようはあったはず」
シェイラが言ってるのは、ワカメくんの炎魔法で付けられた火傷のことだ。
特に酷いのが、途中で防御しながら突撃をかました炎の矢。
実はあれ、大半が防げていない。自分の防御能力——肉体能力を信じて突っ込んだ。
結果、俺の腕は想像以上に焼け爛れている。動かすだけでも痛みが走るほどに。
「問題ないさ。試合さえ終われば祈祷が使える。この通り——な」
言いながら怪我を負った箇所に祈祷を集中させる。神力が火傷をあっさりと治した。
「むぅ。それでも危険なのに変わりはない。最後の一撃だって燃えてた。燃えながら笑ってた」
「おっと。口角が無意識に上がってたみたいだな」
咄嗟に口元を押さえる。
俺の悪癖は相変わらずだ。この世界に転生してからというもの、痛みに対して恐怖心が薄れている。
ノルン姉さんに腕を斬られた時も、腕が生えるかどうかの心配より、ノルン姉さんをどうやったら殺せるのかだけ考えていた。
少しだけ自分の身を顧みたほうがいいのかな? いや、そんなことより強くなるほうが大事だ。
最低限、生き延びるだけの危機感くらいはある。
「おかしい。ルカは狂ってる。やっぱり頭を解剖して中を見たい」
「ふざけんな。自分の頭……いや、そこに転がってるワカメくんの頭でも切り開いてみたらどうだ? 協力するぞ」
メインがシェイラならワカメくんの脳天をかち割っても俺の責任じゃないよね?
「ううん、興味ない。オークは平凡」
「だよなぁ、言うと思った」
俺がシェイラなら同じことを言った。そういう面では俺とシェイラはかぎりなく近いのかもしれない。
「とりあえず魔法の訓練に戻るわ。さっきの試合の反省もしようぜ」
「ん、わかった。まずルカに足りないのは——」
白目剥いてぶっ倒れているワカメくんを放置して、俺とシェイラは魔法を使いながら談笑を始める。
シェイラが魔法を教えてくれるおかげで、俺はたった一日でぐんぐん伸びていった。
☆
ワカメくんに勝負を挑まれるというイベントを除けば、俺の魔法の鍛錬はすこぶる順調だった。
これも天才たるシェイラが全面協力してくれるおかげだな。
彼女がいなかったら、少なくとも魔法をそれなりに使えるまで半年くらいかかったかもしれない。
なんせ魔法はサルバトーレ公爵家では学べない力だからな。ライブラリーもあって非常に捗る。
もちろん俺のほうも知り得た知識のいくつかはシェイラに教えた。シェイラが強くなる分には、貴重なライバルが増えて嬉しいからな。
途中、目の据わったコルネリアに追いかけ回されたり、性的に襲われかけたり、シェイラとコルネリアが大喧嘩の末に殺し合いを演じたこともあったが、——魔法を覚えて二ヶ月。俺は充分に実戦で使えるレベルに達した。
「……よし」
手のひらに浮かべた三種類の魔法を消し去る。それを見ていたシェイラが、呆れた声を漏らした。
「もう三属性も同時に使えるようになったの?」
シェイラが言いたいのは、魔法の並列起動。
本来魔法とは一度に一つしか使えない。なぜなら増えるごとに操作や制御が鬼のように難しくなるからだ。
しかし俺は、血反吐を吐くほど魔力操作の訓練を続け、かなり力技に近い並列起動を成し遂げた。
今はまだ前にワカメくんが見せてくれた炎の矢と似たようなものだが、あれとこれとは次元が違う。
否、工夫が違うと言うべきか。
「おう。シェイラは二属性だったか?」
「そう。まだ三属性は難しい。たった二ヶ月でルカに抜かされた……」
「天才だからな、俺」
「本当に。ルカと出会えてよかった。私の見識も恐ろしいくらいに広がった」
「俺もシェイラのおかげで早々に魔法を習得できた。今や応用までできる」
そろそろかねてから考えていたあの実験を行う頃合いだ。
俺は訓練場の一角にて、周りに他に誰もいないことを確認すると、掌に小さな炎を生成した。野球ボールくらいの小さな炎を。
「ん? 何してるの、ルカ」
「見てろ。今からお前の度肝を抜いてやる」
「?」
心底不思議そうにシェイラは首を傾げた。
そんな彼女を無視して、俺は掌に浮かべた炎の球体に——オーラを混ぜる。
オーラは万物を強化する力だ。身体能力はもちろん、五感や物体の強度まで高められる。
ならば、オーラによって他の能力だって強化できるはずだ。理論上オーラに不可能はない。
これこそが、子供の頃からずっと試したかった最高の実験。祈祷をある程度使いこなせるようにならないと絶対にできなかった訓練だ。
なぜ祈祷が必要になるのか? そんなの決まってる。
魔法の同時発動でさえ頭が割れそうなほど難しいのだ、二つの能力を同時に使い、あまつさえそれを混ぜればどうなるか……。
答えは、
「ぐっ⁉」
爆発で証明された。
野球ボールサイズの炎が、オーラと混ざり合って効力を増す。反面、恐ろしいくらい制御が難しくなった。
制御できたのはほんの数秒。もしかすると十秒くらいはもったかもしれない。
だが、どちらにせよ俺の魔法は弾けた。強化された状態で。
「ルカ⁉」
俺の掌が弾け飛ぶ。それはもう盛大にぶっ飛ばされた。
右手がぐちゃぐちゃになる。辛うじて原型は留めていたが、溢れる血を見てシェイラが真っ青になった。軽いパニック状態だ。
片や俺は、自分の傷口を見つめながら緩む頬を押さえられずにいる。
思わず高揚感が口から出た。
「はは……ははは! できた。やっぱりできるじゃないか! 強化魔法。複合魔法でもなんでもいい」
俺は確実に、今! 原作を凌駕した。本来なかった技術を生み出したのだ。
笑いが止まらない。祈祷を右手に集中させながら盛大に喜ぶ。
傍にいたシェイラは、そんな俺を見てドン引きしていた。
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