第23話 やめない
シェイラと一緒に魔法の訓練をしていると、彼女を一方的に知っている謎の男子生徒ワカメくんがやって来た(名前は憶えていない)。
彼はシェイラと仲がいい俺に嫉妬の感情を向け、あろうことか戦いを挑んできた。
まだ魔法は覚えたばかりだ。正直自信はない。が、サルバトーレ公爵家の人間が戦いを挑まれて逃げるわけにはいかない。
ぶっつけ本番になるが、魔法を使った実戦を行う。
「ルールは魔法のみ。オーラも祈祷も呪詛も召喚術も使用禁止です」
「防御にオーラを使っちゃいけないのか?」
「ダメです。しっかり魔法で防御してください」
「なるほどねぇ」
実に魔法使いが好みそうなルールだ。
魔法には防御専用の魔法もあるからな。これが祈祷とか呪詛になると面白味の欠けたクソゲーと化すが、魔法ならギリギリいい感じの勝負になる。
そもそもオーラを使ったら絶対にダメージ負わないだろうし、しょうがないな。
俺とワカメくんは訓練場の一角でお互いに距離を離す。近くには他に生徒がいない。俺たちの戦いで誰かを巻き込むことはないだろう。
ちなみに審判役はシェイラだ。俺たちの間、やや離れた所に立って戦いを見守る。
「二人とも準備はいい?」
「問題ありません」
「いいぞー」
「じゃあ勝負——開始!」
バッと振り上げた手をシェイラが下ろす。
直後、ワカメくんから魔力を感知する。
滑らかな魔力放出だ。操作から発動までが非常にスムーズ。
そのまま手始めに炎の球体を作り出した。
「ふふっ。先ほどの的当ての様子は見てましたよ。ろくに魔法の発動経験がありませんね? よくもまあ、そんな状態で僕の誘いに乗りましたね! 後悔させてあげますよ!」
ワカメくんは下卑た笑みを浮かべて炎の球体を放つ。魔法はまっすぐに俺の下へ向かってきた。
当たれば割とダメージを受けるな。今はオーラを使ってないし、魔力そのものに肉体を強化する力はない。
ひとまず俺は横に躱した。オーラなしでも充分目で追える。
「ッ。さすがに一撃では倒せませんか。それなら、——さらに手数を増やす!」
ワカメくんは、今度は炎の矢を形成した。それも複数だ。
周囲にめらめらと燃える矢が浮かび上がり、その鏃が俺を捉え続けている。
「ほー。一度に複数の魔法……いや、全体で一つの括りにまとめているのかな?」
面白いな。魔法はああいう風にコントロールもできるのか。
だが、俺の予想が正しければあの魔法は欠陥だ。
確かに手数は多いだろうが、全ての矢を一つの魔法として構築している以上、一度の攻撃で全ての矢が飛んでいく。同じ方向へ。
要するに細かく制御と操作ができないってことだ。
集団戦では使えるかもしれないが、一対一の勝負だと微妙だな。
それに、一発一発の威力は低い。待機時間も長く、隙だらけだ。
俺は相手の反応を見て地面を蹴る。素早くワカメくんに肉薄した。そのタイミングでワカメくんは魔法の制御を終える。
矢が一斉に射出された。
「馬鹿め! 近づいてくるなんて自殺行為だ!」
完全に勝ちを確信しているワカメくん。事実、ここまで相手との距離が縮まると魔法を避けるのはほぼ不可能。
目の前に迫った炎の矢を——最低限の防御魔法で防ぐ。
防御魔法を発動するのはこれが初めてだ。本に書いてあった内容をそのまま現実に反映する。無論、俺の防御魔法は甘い。
一度に多段ヒットするワカメくんの攻撃魔法を全て防げなかった。
密集した炎は爆発に似た現象を起こす。俺に当たらなかった矢が地面に刺さり、足元をぼうぼうと燃やした。
しかし、
「なっ⁉」
ワカメくんは驚愕を浮かべる。
魔法攻撃を受けたはずの俺が、炎の中から飛び出してきたからだ。にやりと笑ってワカメくんとの距離を完全に潰す。
「そら、今度は俺の魔法を喰らえよ!」
ここまで近づけば俺の魔法をお前も防げないだろ?
コントロールする必要がない分、俺はありったけの魔力を放出する。でたらめな形でいい。ただ攻撃力のみを追求した一撃を——炎を放つ。
ワカメくんは反射的に防御魔法を展開するが、展開しきる前に俺の魔法を受けた。
こちらも爆発みたいな衝撃が発生してワカメくんを五メートルほど後ろへ吹き飛ばす。
地面を転がり、体を燃やされたワカメくん。乾燥ワカメになる前に調理されちゃったなぁ。
慌てて水属性の魔法を使って自らを鎮火していた。
「クソッ! よくも僕を燃やしてくれたな!」
しっとりと水気を帯びた髪を乱暴に振り回し、ワカメくんはギラギラと殺意を迸らせる。
うーん、いいねぇ。殺気が心地いい。
「俺を燃やしてくれたんだ、自分が燃やされても文句言うなよ」
そう言って自らの腕を見る。
実は俺、ワカメくんの攻撃を普通に受けてるから腕に火傷を負っている。皮膚がわずかに爛れていた。
「許せるか! 僕の最大の魔法でケリをつけてやる!」
ワカメくんは立ち上がって膨大な魔力を練り上げる。生み出したのは巨大な炎の球体。最初に見せた球体の数倍はあった。
「へぇ。意外と魔力量あるんだな」
さすがにあの攻撃はヤバいな。まともに喰らったらそれだけで勝敗が決する可能性がある。
だが、今の俺がワカメくんに勝つには至近距離から魔法を喰らわせるのが一番手っ取り早い。
やれることはかぎられていた。姿勢を低くして地面を蹴る。
俺の接近に合わせてワカメくんは魔法を放った。
「もう先ほどのような無様は晒さない!」
巨大な太陽のごとき炎の球体が俺に迫る。それに対して俺は、少しでも熱さを凌げるように水属性の魔法を発動する。
ワカメくんが見せてくれたおかげでスムーズに魔法が発動した。俺の水とワカメくんの炎がぶつかる。
当然、水は水蒸気を生み周囲が煙る。
俺の魔法ではワカメくんの魔法を相殺できない。今度は防御魔法を展開しつつ横に跳んだ。すると、炎の球体は素早く俺の後を追う。
——この魔法、ワカメくんが魔力操作してるのか!
だとしたら逃げられない。狭い訓練場内ではいずれ魔法に追い詰められる。
俺は選択を迫られ、温存していた奥の手を切る。
ワカメくんが水属性魔法を使った瞬間に思い浮かんだ魔法の応用。それは、——地面に水属性魔法を噴射することだった。
まるで消防士がホースから水を出すように凄まじい勢いで水属性魔法が放たれる。
直後、俺は跳んでいた。水の勢いを借りてワカメくんの下へと加速する。
「は⁉」
ワカメくんは俺の想定外の行動に焦る。焦りは後れを生み、遅れは致命的な終わりを告げた。
俺とワカメくんはぶつかり合う。厳密には、運動神経に優れた俺がワカメくんを組み敷く形になった。
右手に炎の魔法を浮かばせながらワカメくんの腹部に押し当てる。ワカメくんの表情が真っ青に。
震える声で呟く。
「や、やめっ——」
「やめない」
ワカメくんの懇願も虚しく、俺の火属性魔法が彼の腹部で軽い爆発を起こした。
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