第22話 それは嫉妬か傲慢か

 魔法の名家モルガン公爵家のルシアに並ぶほどの天才、シェイラ・カレラの前で魔法を実演してみせた。

 指から噴き出した小さな炎を見て、彼女は明らかな驚愕を浮かべる。


「本を読んだだけで魔法を発動させた人は初めて見る。悔しいけど、ルカの才能は本物」


 本当に悔しそうに顔を歪めてシェイラはそう言った。

 俺は胸を張ってドヤ顔で答える。


「まあな。とはいえ、俺自身もまさかここまで簡単に魔法が使えるとは思っていなかった」


 いくらオーラや祈祷に似た能力だとしても、ささいな違和感すらなかった。

 最初から鳥が空を飛べるように。魚が水の中で泳げるように俺は魔法が使えた。


「気になる」

「ん?」

「ルカの体がどうなっているのか、切り開いてみたい」

「怖いこと言うな」


 顔を近づけてきたと思ったら恐ろしいことを口走りやがった。

 ゲームをプレイしていた頃にはそこまでじゃなかったのに、妙にサイコパスな雰囲気を感じる。


「しょうがない。魔法使いは未知を探求する者たち。学者の側面を持ってる」

「だから俺の才能……それを生み出す脳みそでも見たいってか?」

「うん」

「うんじゃねぇ」


 誰がそんなグロテスクな真似させるか。


 俺はシェイラの顔を掴んで後ろに押し出す。

 膂力で劣っている彼女は抵抗する素振りすらなかった。


「痛い……」

「自業自得だ。それよりもっと本を読んで魔法を実践しないとな」

「ここじゃ無理。下手に備品を燃やすと怒られる」

「じゃあちょうどいい場所を教えてくれ」

「訓練場に行けばいい」

「訓練場か。いいね」


 そこなら好き放題魔法が使えそうだ。


「しかし……さっきからやけに聞き分けがいいな。最初のツンケンした態度はどうした」

「あれはルカが魔法を冒涜してるのかと思って警戒してただけ」

「今は?」

「ルカに興味がある。ずっと見ていたい」

「なんでやねん」


 思わず関西ツッコミが入る。


「私ですら見たことのない才能の持ち主。きっと私が気づかなかった何かを見つけるはず。今よりもっと楽しめそう」

「俺はお前の玩具じゃないんだが?」


「対価は払う」


「ほう?」

「私自身。私がルカに尽くせばいい。だからずっと観察させて」


 シェイラが報酬?

 うーん。微妙に悪くない。


 今の俺はどれだけ才能があっても駆け出し魔法使いだ。そこにシェイラの知識と経験が加われば余計な時間をかけずに強くなれる。

 断る理由も特にないし、俺はこくりと頷いて許可を出した。


「いいだろう。いろいろ教えてくれよ? 先輩」

「シェイラでいい。ルカと私は対等。むしろ私のほうがへりくだるべき」

「別に今のままでいいよ」


 無表情クール系の女の子に丁寧語を使われてもね。

 俺は敬語とかそういう細かいことは気にしない主義だ。


 いろいろ聞いてくるシェイラに答えながら、何冊か本を借りて図書室を出た。二人で訓練場を目指す。











 シェイラの案内で訓練場に足を踏み入れた俺。

 訓練場の中には、横並びになった人型の的が置いてある。

 あの的に魔法を当てるのかな?


「シェイラ、あの的に魔法を当てていいんだよな?」

「うん。かなり頑丈に作られてるから全力で撃ってよし」


 親指を立てて彼女はグッとOKサインを出した。

 ならばと早速、俺は自分に操れる限界まで魔力を練り上げる。

 駆け出しだからそこまで多くない。


 変化させる属性は火。先ほどはロウソクの火をイメージして出力を下げたが、今度は全開で火の弾を生成する。


「むぅ。またさらっと魔法を発動させてる。ずるい」

「そう思うならお前は学んでみろよ。俺はいいサンプルになるぞ」

「ん、了解。穴が開くほど見る」

「俺はお前の倍は早く成長するけどな」

「一言余計」

「ははっ。悪い悪い」


 冗談を言いながらも魔力の制御を終わらせる。

 今の俺だとバレーボールくらいの魔法を制御するのにも時間がかかるな。

 ここはおいおい早めていこう。そう思いながら掌に生み出した火の弾を放つ。


 的は正面。ただ放り投げるだけで対象に当たる。外すほうが難しいくらいだ。


 ——ゴオッ!


 俺の狙い通り魔法が的に命中する。

 小さな爆発を起こして火の弾は弾けた。

 ダメージは微妙だな。実戦で使うには心もとない。


「チッ。弱すぎるな。もっと魔力の放出量を上げるか?」

「ダメ。大事なのは制御」

「制御?」


 後ろにいたシェイラがいろいろ教えてくれる。


「放出量だけ上げても制御できなきゃ魔力を無駄にするだけ。一番大事なのは制御能力」

「なるほどねぇ。要するにポコポコ魔法を撃つより、制御を先に練習したほうがいいってことか」

「そういうこと。まあ、魔法を撃てば撃つほど出力も制御能力も上がるし、無駄ではない」

「尖るか、バランスよくか。うーん」


 悩みどころだ。


 ここは訓練場にいる間はバランスよく上げて、訓練場以外では制御を重点的に鍛えるってのはどうかな?

 より効率的に上げられると思う。


「わかった。ひとまず訓練場にいる間はぶっ放すわ。一人の時は制御訓練する」

「それがいい。私も付き合う」

「いいね。お前の魔法も俺に見せてくれよ」

「了解。勉強するといい」

「へいへい」


 出会ってまだ一時間も経ってないのに軽口を叩けるくらいにはシェイラと仲良くなった。

 仲良くなったというか、シェイラのほうから歩み寄ってきてる。

 どこかサルバトーレ家の連中に似てるな、こいつ。




「——シェイラさん! 訓練場で魔法の練習ですか?」




 うん?

 急に横から声が聞こえた。男の声だ。


 ちらりと視線を向けると、ワカメみたいなもっさりとした髪の男性がこちらに向かってくるのが見えた。


「誰だ? シェイラの知り合いか?」

「知らない」

「ガーン! そ、そんな……」


 ワカメくんはめちゃくちゃ狼狽える。青い顔を浮かべながら言った。


「僕ですよ僕! シェイラさんと同じクラスのオーグです」

「オーク? モンスターには詳しくない」

「オーグ! グ、です!」


 必死に名前を名乗るが、シェイラは興味なさそうに首を傾げた。

 悲しいかな。クラスメイトの顔すら覚えていないとは。

 まあ俺もだけど。


「それで? グが何の用」

「オーグですってば⁉ どんだけ興味ないんですか!」

「用は?」


 シェイラさん華麗なるスルー。

 見ててワカメくんが不憫に思えてきた。


「ぐぬぬぬ……まあいいでしょう。用件は一つです。どうしたんですか、こんな新米魔法使いなんか連れて」


 ワカメくんの視線が俺に向いた。

 もしかして俺のこと言ってんのか?


「彼はルカ。ルカ・サルバトーレ」

「サルバトーレ? あの天才一族のサルバトーレ家のご子息でしたか」

「ああ。よろしくなワカメくん」

「ワカメ……?」


 ん? ワカメってこの辺りじゃ使われてないのか?

 そういや俺も見たことなかったな。海産物だし、海から離れてるとなかなか手に入らないか。


 帝国領の一角には海辺の町もあるし、そのうち行ってみたいな。

 魚醤とかありそう。


「モサモサの髪って意味だ」

「モサッ⁉ し、失礼な人ですね。公爵子息でも魔塔では実力こそが全て! 駆け出しのあなたは僕を敬ってください」

「無理」


 俺は俺しか敬えない(ドヤ顔)。


「ッ。そこまで言うなら僕と魔法勝負しませんか? どちらがより優秀か、実際に戦ったほうが早いと思うんですよ」

「はぁ?」


 別に俺はお前が弱いから侮ってるとかそういうわけじゃないぞ。

 どうせ俺のほうがすぐ強くなるからな。敬う必要がない!(失礼)。


 だが、自ら戦いを求めるその姿勢は嫌いじゃない。よほど自分の才能に自信があるのだろう。

 正直今の俺の実力では不安材料が多すぎるが、サルバトーレ家の人間が戦いを挑まれて逃げられるかよ。


 俺はにやりと笑って言った。




「よくわからねぇけど……いいぜ。相手してやるよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る