第21話 ありえない……

 学院入学初日。

 授業を終えた俺は、校舎の隣にそびえ建つ白亜の塔を訪れた。


 魔法使いの塔——魔塔。

 入学した魔法使いたちが集まるライブラリーだ。


 どんな魔法書が置いてあるのか、胸を躍らせながら正面入り口から中へ入ろうとした……時。

 シナリオにおいてヒロインとも言える女性に声をかけられた。


 彼女の名前はシェイラ・カレラ。

 無機質な無表情を浮かべる白髪の美少女。


 その涼やかな瞳が、まっすぐに俺の顔に向けられた。


「私のこと、知ってるの?」


 氷のように冷たい、機械みたいな声が発せられた。

 ゲームで何度も見た顔だ。声も懐かしさを覚える。


「ああ。優等生のシェイラ先輩だろ。誰でも知ってる」

「そう。あなたはサルバトーレ家の人?」

「よくわかったな」

「その髪色と佇まいを見ればわかるわ。もしかしてルカ様?」

「正解。有名だったか」

「歳の近い貴族であなたのことを知らない人はいない。けどおかしい」

「おかしい?」


 首を傾げる。何がおかしいって言うんだ。


「どうしてサルバトーレ家の人が魔塔の前にいるの」

「あ、そういう」


 秒で彼女が言いたいことを理解した。


 サルバトーレ家は基本的にオーラを好む家だ。

 両親は揃ってオーラの使い手が選ばれる。正妻も側室も全員オーラが使える。


 なぜそこまでオーラにこだわるのか。

 理由は単純だ。

 この世界の能力は子供に遺伝しやすい。

 だから初代当主が極めたオーラを代々受け継いでいる。


 最初の試練を与える条件が『オーラの覚醒』とあるように、サルバトーレ家の者は全員オーラに目覚めている。


 もちろん、中にはオーラより他の能力に恵まれた者もいる。

 しかし、割合的にはオーラが大半だ。ゆえに彼女は疑問を抱いたのだろう。

 そんな一族の人間が魔塔に何の用だと。


 俺は簡潔に答えてやることにした。


「魔塔に入るんだから魔法を覚えに来たんだろ。それ以外にあるか?」

「あなた……魔法が使えるの?」

「いんや。まだ一度も使ったことはない」

「なら止めておくべき。適性がないと後悔する」

「適性ならあるよ。問題ない」

「じゃあなんで魔法を使えないの」

「使えないんじゃない、使ってないだけだ」


 似てるようで全然違うからな? 間違えるなよ。


「私からしたら同じこと」

「いやいやいや。俺には他に使える能力があるんだよ。だからそっちを重点的に伸ばしたんだ」

「魔法がついで?」

「言い方によってはな」


「ちょっとカチンときた」


「なんでだよ」


 別に暴言とか吐いたわけでもねぇぞ。


「魔塔にいる生徒はみんな本気。本気で頑張ってる。冷やかしはお断り」

「誰が冷やかしだって?」


 にやりと笑って全身から魔力を放出する。


「それは……魔力?」

「そうだ」

「使えないんじゃなかったの」

「魔法はな。魔力の放出くらいはできる」


 今俺がやってるのは、ただ無意味に魔力を垂れ流してるだけ。

 こんなもん、魔法が使える奴は誰でもできるだろ。


「これで少しは納得したか?」

「全然。魔法を使えてこそ魔法使い」

「正論だな。安心しろよ、今から習得してやる」

「そんなに簡単じゃないと思う」

「お前だってすぐ魔法を使えるようになっただろ」


「私は天才だから」


「言うねぇ」


 さすがモルガン家でもないのにあのルシアと並ぶほどの才能を持つ魔法使いだ。

 いい感じに傲慢である。


「なら精々刮目するんだな。目の前にお前以上の天才がいるぞ?」

「……どういうこと?」


 すっとシェイラの目が細くなった。

 敵意がバリバリ出ている。

 だが俺には効かないね。殺気だってぶつけられたことあるんだぜ?

 気にせず踵を返し、魔塔の中に入る。


 なんだかんだ言って気になるのか、シェイラは俺の後を追いかけた。


 二人でまずは魔法書が置いてある図書室へ向かった。











 シェイラと二人で図書室に入る。

 ゲーム画面で見た懐かしい光景がそこには広がっていた。


 視界を埋め尽くすほどの本棚。円状に設置されたそれは、階段を繋いでさらに上へ続いていた。

 一体何個あるんだ、本棚。


「予想はしてたが魔法書を探すのにも時間がかかりそうだな……」

「私が手伝ってあげる」

「ん? いいのか」

「構わない。あなたがどんな失敗を見せてくれるのか楽しみ」


「言うねぇ。上等だこら。ここにある中で初心者でもわかりやすい本を持ってきてください!」


「態度の割に要求が軽い」

「俺はマジで初心者だからな」


 無駄に見栄は張らない。無理しないのが俺の信条だ。


「とりあえず了解した。読みやすいものを持ってくる」


 そう言って彼女は近くの本棚へ向かう。

 少しして三冊ほど本を持ってきた。


「それが初心者向けの本か?」

「そう。頑張って覚えてみて」


 手渡された本を開く。

 数ページほど読んでみると、確かに初心者用の魔法の使い方がこと細かく書いてあった。


 さすが一年先輩。よく知ってるな。


「サンキュー。じゃあまあ、早速使ってみるか、魔法」

「は? なに言ってるの?」

「だから魔法を使うんだよ。何のための魔法書だと思ってんだ」

「無理に決まってる。簡単に魔法が使えるなら誰だって偉大な魔法使いに——」


 ボウッ!

 シェイラの言葉の途中、立てた人差し指から小さな炎が噴射した。

 それを見てシェイラが固まる。


「な、なな……魔法?」

「どこからどう見ても魔法だな」

「どうして⁉ どうやって魔法を一発で⁉ 本当は魔法が使えたの?」

「なわけあるか。使えたらお前に初心者用の本なんて持ってきてもらわねぇよ。時間の無駄だ」


 火を消して俺はドヤ顔を作る。


 夢でも見てるように唖然としたシェイラに、キメ台詞を放った。


「魔法が使えたのは、ひとえに俺が天才だっただけ。それ以外にないよ」

「嘘……ありえない。こんな短時間で、それもしっかり魔法を維持するなんて……モルガン公爵家の人間でも不可能」

「取っ掛かりは楽だろ。オーラや祈祷に近い能力だったからな」


 魔力を操作する感覚はオーラに似てる。そして魔力を性質変換させる工程は祈祷に似てる。

 祈祷より明確なイメージと操作が求められるが、意外となんとかなったな。




 ——これなら、思ったより早く始められそうだ。


 くくく。今から楽しみでしょうがない。

 唖然とするシェイラをよそに、俺は内心でひたすらほくそ笑んだ。


———————————

魔法の発動は普通ならもっと時間がかかります!

こんなにすぐ使えるのはルシアやシェイラ、ルカくらいでしょう

魔法においてはコルネリアも三日はかかる!(ルカが今のところ一番早い)

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