第25話 頭がおかしい
ドバドバと垂れていた右手の血が止まる。
強化魔法の威力は素晴らしいの一言に尽きるな。野球ボールサイズの魔法でさえ、人体の一部を軽々と吹き飛ばしてみせた。もしあれ以上のサイズを作っていたら——。
恐怖と共に不思議な高揚感が胸を満たす。
きっと腕ごと吹き飛ばされていただろう。そうなると俺の祈祷でも再生できない。神殿に所属する最高位の枢機卿とかに頼まなきゃいけない。
だが、俺は諦めないよ。すぐに魔力の制御能力を上げて魔法の威力を追求する。
その末に、本当に腕が吹き飛んでも本望だ。それくらいなら死なないだろ。
「まったく……ルカは馬鹿」
ニヤニヤが止まらない俺を見て、シェイラが苦言を呈す。
「なんだいきなり。失礼な奴だな」
「人の目の前で盛大に右手を吹き飛ばした人が言えることじゃない」
「確かに」
よくよく考えれば俺のほうが失礼な奴だな。普通にトラウマになるだろ。
シェイラの様子からは魔法に対する不安のようなものは見えないが。
「そもそもあれは何? ルカの魔法に右手を吹き飛ばすだけの魔力が籠められているようには見えなかった」
「オーラだよ」
「オーラ?」
「そ、オーラ。万物の働きを強化してくれる能力さ。それを魔力に組み込んだ。否、それを使って魔力を強化した——と表現するほうが正しいかな」
「そんなことができるの?」
「実際に見ただろ? 最小限の魔力で最大限の威力が発揮された。魔力をさらに増やせばもっと威力が出るぞ」
「危険性も高まる」
それは言わないお約束ってやつだ。危険を考慮して前に進めるか。
「俺の右手は尊い犠牲だと思って諦めよう。なに、粉々になっても祈祷があれば元に戻せる。逆に右手一本で済むならお得だろ」
「やっぱりルカは馬鹿……頭がおかしい」
「あぁん? んだとてめぇ」
俺のどこが頭おかしいって言うんだ。
お前も魔法使いの端くれなら、魔法の探求に体の一部くらい差し出せっての。どうせ治るんだから。
俺がじろりと彼女を睨むと、なぜか睨み返された。
ため息混じりにシェイラは言う。
「ハァ……怪我には気をつけて。ルカがいなくなったら私は困る。悲しい」
「悲しい? お前が俺の死を悲しんでくれるのか?」
「当たり前。私たちは友達。仲間で、同士」
「友達に仲間で同士ねぇ」
あの能面みたいな無表情ばかり浮かべるシェイラからそんなことを言われるなんて。
人の脳みそを解剖してみたいとか仰ったマッドはどこにいった?
「でも、俺が死んだら脳を解剖できるぞ?」
「悪くない」
「おい」
てめぇこの野郎、前言撤回だ。人はそう簡単には変われない。
「冗談。脳を解剖するよりルカと一緒にいられたらそれでいい。ルカが一番大事」
「……お、おう。サンキュー」
シェイラとはそれなりに仲良くなったが、こうもストレートに好意を伝えられると困惑するな。
いっそコルネリアくらい派手だと受け止めやすいんだが……。
「とりあえず強化魔法の練習に戻るか。前にシェイラが教えてくれた圧縮ってやつも使ってみたいし」
「魔力の圧縮? 強化魔法でよくない?」
「圧縮した魔力を強化するんだよ。また威力が上がるぞ~」
「だからリスクも上がるってば……」
「気をつけるよ。安心しろ」
死なない程度に、な。
内心でそう呟きながら掌に魔法を作り出す。
今の俺の制御能力じゃ最低限のオーラによる強化にも耐えられない。ここは練習メニューを変えて、制御訓練を多く取り入れよう。
徐々に魔法の大きさを変えながら制御に精を出す。
☆
ルカがシェイラと仲良く魔法の訓練に励む中、場所を変えて空き教室。
薄暗い部屋で一心不乱に本を読む青年がいた。
彼の名前はイラリオ・サルバトーレ。ルカの兄だ。
入学早々、驚異的な成長を見せつけた彼にイラリオはさらなる焦りを抱いていた。
どうにかルカに近づきたい。ルカを蹴落としたいと思いながら呪詛の本を読む。
目的は悪魔との契約。悪魔とさえ契約できれば、一時的にルカを圧倒できる力を得られると信じている。
だが、悪魔にも位がある。より高位の悪魔は強く、現時点のルカを超えうるきっかけになるかもしれない。
それでも彼は知らなかった。今もなお、ルカはさらに強くなろうとしていることを。
「悪魔召喚に必要な触媒……どうにかして最高級のものを手に入れないと……」
ぶつぶつイラリオは呟く。
目当ての悪魔は最高位の個体だ。それを呼ぶには自分の才能では明らかに足りない。
しかし、それを補うために彼は触媒をできるだけいい物にしようと方向性を変えた。
悪魔召喚は基本的に推奨されていない力だ。悪魔を呼び出すための触媒は合法な手段ではほとんど手に入らない。
ではどうやって手に入れるのか。
——非合法な入手経路を使うしかない。イラリオにはあてがあった。
とある犯罪者集団が、その手のアイテムを溜め込んでいるとの話を聞いたことがある。
リスクは大きいが、その分、リターンも望める。
彼の瞳には、もはや強さへの渇望しかなかった。悪魔と契約し、できるなら若いうちに危険な目を摘み取っておきたい——。
そんな悪しき欲望を秘めている。
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