第26話 悪魔召喚
『ねぇねぇ、ルカ』
ある日の夕方。
頭上に浮かぶリリスが急に声をかけてきた。
「ん? なに」
『最近魔法ばっかり鍛えてるけど、他の能力には手を出さないの?』
「他の能力? 呪詛とか召喚術か?」
『そうそれ』
「今のところ旨味を感じないな」
『旨味?』
こてん、とリリスが首を傾げた。ずいぶん可愛らしい仕草だな。こいつが曲がりなりにも神であることを忘れそうになる。
「エイデンって生徒と戦った時のことを覚えてるか?」
『エイデン……誰だっけ』
「金髪の男子生徒だよ。俺が最初の授業で戦った奴」
『あぁ。そんな子もいたねぇ』
リリスからしたら原作主人公は覚えるほどの価値はないってことか?
まあ、まだシナリオは始まったばかり。エイデンが強くなるのはここからだ。
「アイツはオーラに祈祷、魔法の三種類の能力を習得していた。たぶん呪詛も使えたんじゃないかな」
『それがどうしたの?』
「少しでも思い出したんならわかると思うが、複数の能力を同時並行で鍛えるのは効率が悪い。戦闘において切れる手札は増えるけど、上昇値が下がるんだよ、全体的に」
『要するに、あっちもこっちも手を出すと時間が足らないってこと?』
「そういうこと」
俺の実力ではまだオーラも祈祷も微妙だ。全然理想には遠い。
その上で魔法にも手を出しているのだ、これ以上余計な力に割く時間はない。
劇的に強くなれるってことなら話は変わるが、地道な鍛錬はちょっとな。
『ふぅん。個人的にはオーラを極めるのが一番手っ取り早いよ!』
「さすが荒神。そのオーラを極めた上でボコられた奴の台詞とは思えないな」
『なんでそんなこと言うの⁉ あれは相手が複数人だったから……』
「だからこそだよ」
『え?』
「相手が複数であることも想定して、俺はいろいろな力を獲得しなきゃいけない。お前の復讐に手を貸すと言ったが、今すぐ他の荒神を殺せるわけでもないしな」
少なくとも二十歳に到達しなきゃ荒神の相手なんてまともにしてられん。
今ぶつかったら確実に瞬殺されるだろう。
確かにオーラを極めるのが手っ取り早い道のりではあるものの、それではリリスと同じだ。あくまでも俺は、リリスすら超えて強くなる必要がある。
『ぶぅ……言いたいことはわかったよ。変に口出しはしない。ルカの中に明確なビジョンがあるならね』
「もちろんあるぞ。目下、オーラと魔法の強化が一番の課題だな。祈祷は今のままで使えるし、呪詛は論外。せめて悪魔と契約しなきゃまともに力が発揮されない」
『悪魔ぁ? 陰湿な連中だよ、それ』
「みたいだな。平気で嘘吐くし人を殺すし不幸を生む。認めるのは上下関係のみ。面白いじゃん」
『それを知った上で面白いとか言えるのはルカくらいだよ……』
「案外そうでもないぞ。俺の兄が悪魔に関していろいろ調べてるっぽい」
『ルカのお兄さん? あのクソ生意気なガキのことぉ?』
「カムレンじゃない。俺と同じ正妻の子でイラリオって奴だ」
『知らない。誰それ』
「呪詛に適性を持ってる奴で、戦闘能力はゴミクズレベルだけどやたら悪魔に傾倒してるっぽい」
最近聞いた話だが、悪魔召喚に関する本ばかり読んでるらしい。
中途半端なオーラに、あまり役に立たない呪詛の適性を持った兄。ほとんど興味はないが、悪魔召喚に関してだけは聞きたいことがあった。
ちょうどこれから会いに行くところだ。
魔法の制御訓練をしながらイラリオが頻繁に訪れている空き教室へと向かう。
☆
静寂に包まれた人のいない廊下の角。薄暗い、カーテンによって日光すら遮られた空き教室の中にイラリオはいた。
コンコン、と扉をノックすると、中から怯えた男の声が聞こえてくる。
「だ、誰だ?」
「俺だよイラリオ兄さん。元気してる?」
「ルカ⁉ な、なんでお前がここを……」
「意外と周りの目はあるもんだぞ。見ず知らずの生徒が教えてくれた」
「だ、ダメだ! 入るな! 今は大事な——」
「失礼しまーす」
イラリオ兄さんの言葉を無視して扉を開けた。
中に入ると、大量の本が床に散らばっている。どれもこれも呪詛や悪魔召喚に関するものだ。噂通りしっかり勉強してるっぽいな。
そのうちの一冊、悪魔召喚に関する本を拾う。
「イラリオ兄さんは悪魔の召喚に詳しい感じ?」
「そ、それがなんだ。お前には関係ないだろ」
「実は俺には呪詛の適性もあってね。少しだけ悪魔召喚に関する話を聞きたいんだ」
「呪詛の適性⁉ ふざけるな! どうしてお前ばかりそんな……」
ぎりり、とイラリオ兄さんが奥歯を噛みしめる。
悔しそうな表情だが、俺にはどうすることもできない。
すると、イラリオ兄さんは急に口端を持ち上げて笑った。不気味な笑みを見せる。
「いや、まだだ。僕はまだお前に負けてない」
「は?」
何の話だ? 勝ち負けの話なんてしてなかった気がするけど。
様子のおかしいイラリオ兄さんに、俺は怪訝な視線を向けた。
直後、兄さんは懐から何かを取り出す。それを見た瞬間、俺は「げっ」という表情を浮かべた。
「どうだ! これがあれば僕は偉大な悪魔を呼び出すことができる!」
イラリオ兄さんが自信満々に取り出したのは、黒ずんだ気色の悪い右手。
あれは原作に登場しない呪われたアイテムだ。前にサルバトーレ公爵邸にあった本で見たことがある。
悪魔の手。
どうやってあんな物を手に入れたのか知らないが、悪魔を呼ぶ触媒には確かに適している。
よく見ると、イラリオ兄さんの足元には薄っすらと赤く線が引いてあった。魔法陣にも似た図形が描かれている。
なるほど。これから悪魔を召喚するところだったのか。
「もしかして悪魔を召喚する感じ?」
「ああ。高位の悪魔を呼び出して俺は最強になるぞ! くくく……羨ましいだろ?」
「いや全然」
「なっ⁉」
イラリオ兄さんの表情が歪む。
やれやれ、と俺はため息を吐きながら言った。
「たかが悪魔を呼び出したところで、悪魔が使えるのは呪詛や魔法くらいだぞ? 契約しても最強になれるわけじゃない」
爆発的に強くはなれるだろうが、その程度の力で最強を名乗るには早すぎる。最強を舐めるな。
「それに、今の兄さんの呪力総量と制御能力じゃ、呼び出した悪魔に殺されると思う。あまりオススメはしない」
「ぐっ! ば、馬鹿にするな! 俺だってやればできるんだ! みんな俺のことを見下して……! 証明してやる!」
イラリオ兄さんは俺の忠告を受けても止まらなかった。
足元の図形に呪力を流し始める。そして中心には触媒となる悪魔の手を置く。
やがて魔法陣は活性化を始めた。赤く、不気味に輝く。
大量の呪力を吸収した図形が、ひときわ大きく輝きを発し——黒い霧が周囲に発生した。
霧の中から、一人の女性が姿を見せる。
腰まで伸びた美しい白髪を揺らし、薄紫色の瞳がまっすぐにイラリオを見つめる。
やがて黒い霧が晴れていき、彼女は優しく微笑んだ。口を開く。
「こんにちは。私を呼び出したのは……アナタでしょうか?」
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