第27話 お前のものは俺のもの

 兄イラリオが描いた魔法陣から、一体の悪魔が現れた。

 悪魔は白髪に薄紫色の瞳の美少女。

 腰まで伸ばした髪をわずかに揺らし、柔らかい笑みを作った。


「お、おお……! これが俺の呼び出した悪魔か! 解る、解るぞ! 高位の悪魔だ!」


 白髪の女性に対して、イラリオは気持ちの悪い声を発しながら両腕を広げた。


「あれが高位の悪魔なのか?」


 気になって訊ねる。

 するとイラリオは、ヘラヘラ笑いながら説明を始めた。


「お前には解らないんだろうが、悪魔は人型に近づくほどより高位な存在とされているんだ! ここまで人間と変わらない姿の個体は、間違いなく最高位の悪魔の証明!」

「へぇ、凄い凄い」


 ぱちぱちと兄の努力を称えてみる。


 実際に目にすると迫力が違うな。清楚な外見に反して、内に秘める呪力量が尋常じゃない。

 確かに最高位なんちゃらなんだろう。


「お前の名前を教えてくれ、悪魔」


 イラリオは俺から視線を外して白髪の悪魔を見る。

 彼女は笑みを浮かべたまま答えた。


「私の名前はアスタロトです。どうか末永くよろしくお願いします、召喚主様」


 ぺこりと頭を下げたアスタロト。

 俺が思っていた悪魔とは印象が異なる。ずいぶん殊勝な——。




 ザシュッ。




 鈍い音が聞こえた。




「ふふ。なんて、冗談ですけどね」




 顔を上げたアスタロト。

 俺の視線が彼女……ではなく、前に立ったイラリオへ向いた。


 ——イラリオの右腕が切断されている。


 先ほどの音は、アスタロトがイラリオの腕を斬った際の音だ。


 反応すらできなかったイラリオは、遅れて自分の右腕がないことに気づく。

 ややあって、彼は叫んだ。


「アアアアアア⁉」


 空気を切り裂くような絶叫。それを聞いてアスタロトはくすくすと笑う。


「今の攻撃も躱せないような無能な方には仕えれませんねぇ。呪力の量も低い。才能まで凡人なんて……悲しい」


 すっとアスタロトが左腕を上げる。




 その動きを見た途端に俺は動いていた。




 イラリオとアスタロトの間に入る。剣を構えてにやりと笑った。


「悪いがイラリオ兄さんは殺させない。ここからは俺が相手になってやるよ」

「あら? お兄さんだったんですか? 兄弟仲がいいんですね」

「いや、別にイラリオ兄さんが死のうと構わないが、今死なれるのは困る」

「?」


 俺の非情とも取れる言葉を聞いてアスタロトは首を傾げた。

 どういう意味だ、と。


「今イラリオ兄さんに死なれると、お前まで消えちゃうだろ。つうか召喚主を殺したら召喚自体がなくなるの知ってるくせによくやるな」

「ああ、そういう」


 ポン、とアスタロトは手を叩いて納得した。

 くすくすっとまた笑う。


「私、無能な主人には仕えたくないんです。召喚に応じたのも、召喚主を殺せれば少しは楽しいかなって」

「なるほど。お前は悪魔らしいね、やっぱり」

「お褒めいただき光栄です。そういうアナタは……少し、人間らしくありませんね」

「言ってろ」


 俺ほど人間臭い奴はいないよ。

 そう内心で呟きながら全身にオーラをまとう。

 剣にまでオーラを這わせ、そのまま床を蹴ってアスタロトに迫った。


 アスタロトは余裕の表情を崩さないまま俺を迎撃する。


「速いですね」


 右手を突き出してそこから闇色の光を放つ。

 咄嗟に俺は横に避けた。


「呪詛か」

「ご名答です。当たったら痛いだけじゃ済みませんよ?」

「安心しろ、当たらねぇから」


 俺は再び床を蹴る。


 今度こそアスタロトとの距離が完全になくなった。その上で彼女は腕を振るう。

 剣でアスタロトの攻撃をガードすると、ガツンッ! という衝撃が走った。

 勢いが完全に殺される。


「華奢な腕の割には腕力あるな」

「悪魔ですから」

「納得した」


 言いながら一歩後ろに下がる。

 剣を振るうための間合いを確保し、オーラをまとった状態で剣を薙ぐ。


 アスタロトの右腕が切断された。しかし、彼女は痛がる様子がない。


「あらら、斬られちゃいましたね。アナタはとてもお強い」

「ムカつく反応だな。痛みないとかありかよ」


 血も出てねぇし。


「私たち悪魔はゴーストに近い存在ですからね。物理的な攻撃は意味がありませんよ?」

「要するに祈祷や魔法が効くってことか」

「そうですねぇ」

「じゃあそっち使うわ」


「え?」


 ここまでは予想通り。

 ここからは、一方的にアスタロトを殴る。


 オーラを展開したまま、剣に神力を集中させた。

 祈祷の応用だ。オーラで強化はできないが、アスタロト程度の力なら問題ない。


 恐らく彼女は、本来の実力を発揮できていない。イラリオとかいう凡才に召喚されたのが運の尽きだな。


 現在、彼女の仮契約者はイラリオってことになってる。力もまたイラリオに依存する。

 だからただの祈祷でも致命的なダメージになるはずだ。


 三度床を蹴ってアスタロトに迫る。

 彼女は俺の浄化の光を見て、初めて困惑した表情を浮かべた。


「ッ。まさか祈祷まで使えるなんて……」

「離れるなよ。寂しいだろ?」


 俺はオーラで肉体を強化している。

 いくら悪魔の身体能力が高かろうと、動きではこちらも負けていない。すぐに後ろへ引いたアスタロトへ追いつく。


 そもそもここは室内だ。多少広いが逃げ回るには適さない。


 連続してアスタロトは呪詛を放つが、祈祷で全てを切り裂き、やがて俺の刃が彼女の体に届く。


 袈裟斬りが炸裂した。

 深く、アスタロトの体が傷付く。

 血は出ないものの、今度は大変苦しそうに叫び声を上げた。


「きゃああああ!? た、魂に……浄化の作用が……くっ」

「いい声で鳴くね。お前を見てると気分がいいよ」


 まさかイラリオの奴が本当に最高位の悪魔を呼び出してくれるなんてな。


 呪詛を鍛える上で一番ネックだったのが悪魔の召喚だ。

 それをイラリオが肩代わりしてくれたおかげで、俺はこの悪魔を——


 吊り上がった口角を隠そうともしない。

 剣身を肩で担ぎ、顔を歪めたアスタロトに近づく。


 果たして俺は、彼女からどういう風に見えているのかな?


「おかしい……私が、ここまで追いつめられるなんて……」


 俯くアスタロト。

 彼女は体を震わせてから——、


「ふ、ふふっ」


 なぜか小さく笑った。


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