幕 間 ノルン姉さんは誕生日を祝いたい

 これはある日の日常。

 ルカの誕生日が二週間後に迫る中、長女ノルン・サルバトーレが頭を悩ませていた。




「うーん。なかなか良いプレゼントが決まりませんわね」

「ああ、そういえばそろそろルカ様の誕生日でしたね。今年は何かプレゼントを贈るのですか?」


 ノルンの様子を見ていたメイドの女性が、にやかな笑みを作って訊ねる。

 ノルンはこくりと頷いた。


「ええ。ルカはサルバトーレでも特に期待の子。わたくしもルカには大いに期待しています。あの才能を見てしまっては全人類がルカの誕生日を祝いたくなるでしょう」

「な、なるほど……」


 ルカの才能が明らかになる前は興味すら持っていなかった人が何を言ってるんだか……とメイドの女性は内心でぼやく。

 だが、彼女もまたルカの才能に魅せられた者の一人。


 もしかするとまだ誰も見たこともない世界を見れるかもしれない。そう思えるほどの才能がルカにはあった。


「ちなみにですが、ノルン様はどんなプレゼントを渡す予定なんですか?」

「まだ具体的には決まっていませんわ」

「いくつかのアイデアは出ているのでしょう?」

「竜の心臓」


「——はい?」


「ですから竜の心臓です。食べれば莫大なエネルギーを手にいられますからね。それと血もいい。あとは東の大陸に咲く呪われた花なんかも悪くありませんね」

「…………」


 メイドはドン引きした。


 竜の心臓なんて常人では手を出すこともできない超超超超超高級品だ。

 小さな竜の心臓であっても皇族に献上できるほどレアリティが高い。

 それを彼女は、さも当然のように取ってきて末っ子のルカにあげようとしている。


 子供にあげるような物じゃないし、平然と竜を殺してくるノルンにいろんな意味で引いた。


「ど、どうなんでしょうね……ルカ様は竜の心臓をもらって喜ぶでしょうか?」

「むむっ。確かに、言われてみればまだルカの体に竜の心臓は早かったかもしれませんね。けど、オーラで強化すればあるいは……」

「危険なのでやめましょう。いくらルカ様が早熟で天才とはいえ、肉体のほうはまだ子供なんですから」

「残念ですね。ルカには早く強くなってもらいたいのに」

「? どうしてですか?」

「早く強くなったら一緒に竜を狩りに行きます。私が大人になるまでマンツーマンで指導すれば、ルカはあっという間に最強ですわ」

「…………」


 それは良いことなんだろうか、とメイドは再び引いた。


 相変わらずサルバトーレ公爵家の人間は常識からかけ離れている。

 まともな人間なんていない。どいつもこいつも精神性は異常で偉大だ。


 ルカがどういう風に成長を遂げるのか、メイドの彼女は少しだけ心配になった。


「もしくは二人がかりでお父様を殺せれば……」

「落ち着いてください、ノルン様。当主様の耳に入ったらことですよ」

「平気ですわ。お父様には前々からいつか殺すと伝えてますもの」


「……さようですか」


 ダメだ。長年彼女とは一緒にいるが、まったく、これっぽっちも心の中を理解できない。


 メイドの女性はそう考えて思考を放棄した。


 家族殺しすら容認する。それがサルバトーレ公爵家。

 強者は強者らしく他人を虐げ。弱者は弱者らしくサルバトーレから搾取される。

 そういう一種のルールみたいなものがある。


「それよりルカ様へ贈るプレゼントを考えましょう」

「でしたね。忘れてました」


 話を逸らすことには成功したが、うんうんと頭を捻るノルンを見ていたらひたすら不安しか抱かない。


 その後、何度もノルンはノルンらしいプレゼントを考えつくが、ことごとくメイドの女性に却下された。


 ルカは喜ばないと思う。


 そんなこと言われたら、ブラコンのノルンは「なるほど」と納得せざるを得ない。

 本人も微妙だと薄々解っているのだろう。

 その果てに、彼女は最も恐ろしい答えを出す。


「——ハッ! そうですわ! 閃きました。今のルカに、いえ! 今後のルカにも絶対に必要になるプレゼントが!」

「今後も必要になるプレゼントですか? どんな物でしょう」

「ふふ。聞いて驚かないでくださいね?」


 彼女はドヤ顔でメイドに耳打ちする。

 決して誰にも漏らさないように、と付け足して。


 しかし、それを聞いたメイドは顔を真っ青にする。

 普通にドン引きだった。やっぱりドン引きだった。











 ルカの誕生日当日。

 本来誕生日を祝われるはずの本人は、平然と自室で本を読んでいた。


 サルバトーレ公爵家では基本的に誕生日は祝わない。なぜなら意味がないからだ。

 生まれた日を祝うくらいなら、初めて何かを殺した日を祝え——というのが当主の教えである。


 それを守り、なおかつ別に誰にプレゼントを渡したいわけでもない兄妹たちは、いつもどおりの日常を過ごす。


 そんな中、ルカの部屋の扉がノックされる。控えめな音だった。


「? 誰だ」

「ノルン様専属メイドのアリアンです」

「ああ、お前か。どうしたの。姉さんはいないのか?」


 いつもならメイドと共にノルンもやって来る。

 そのノルン自身がいないことに強い違和感をルカは覚えた。


 だが、実際にメイド以外には誰もいない。

 加えて、ノルン以上に気になる物をメイドは持っていた。


「ノルン様は席を外しています。これをルカ様に渡すよう私に頼んで」

「やたらデカい箱だな。なんだこれ」


 メイドが部屋の中に置いたのは、ルカでも軽々と入れそうなほど大きな箱。

 丁寧にラッピングまでしてある。


 なんとなくこれが何か解った。答えはメイドが口にする。


「ノルン様からルカ様へのプレゼントでございます」

「やっぱりか……姉さん、わざわざこんな大きなプレゼントまで用意して」


 どこに置けって言うんだ……というルカの困った声が漏れる。

 けれどルカの表情は少しだけ緩んでいた。家族からもらうプレゼントは初めてだったので少しだけ嬉しいと思われる。


 ゆっくりと手を伸ばして中身を確認してみた。

 ラッピングを剥がして箱を開ける。


「じゃじゃーん! わたくしがプレゼン——」


 ぱたん。

 箱を閉じた。なんか中にノルンがいた。


「……なんだこれ」


 ちらりとルカはメイドを見る。

 メイドは大量の汗を流しながら視線を逸らした。


 彼女の無言が不思議と答えを言ってるような気がする。

 どうせまたノルンが暴走したんだろうとルカは理解した。


「ハァ。そんな所に入ってると息苦しくなるよ、ノルン姉さん」


 再び箱を開けて彼女を外に出す。

 ノルンはルカに抱き付くと、


「わたくしがなんでも願いを叶えて差し上げますよ? どうせですし、カムレンの首でも取ってきましょうか?」


 と不穏なことを言い出した。


 ノルンをベッドに座らせ、頭を撫でながら押さえつける。

 ある意味でルカの忘れられない誕生日にはなったとさ(カムレンの件は丁重にお断りした)。


———————————

次話から二章スタート!

さらに物語は加速していく!


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