二章
第17話 学院入学
薄暗い部屋の中、一人の青年が本を読んでいた。
本の表紙には『呪詛について』と書いてある。
「……ハァ。何度読んでも僕の能力を向上させる術は載ってないか」
ひとしきり本を読んだあと、ぱたりと閉じる。
落胆した様子で本棚に戻した。
彼の名前はイラリオ・サルバトーレ。
サルバトーレ公爵家当主ルキウスと正妻カミラの間に生まれた子。
つまりルカと同じ母親から生まれた兄にあたる人物だ。
側室の女性が生んだカムレンとは違う。
その黒い髪が何よりもノルンやルカと同じであることを証明している。
そんな彼は、現在、非常に頭を悩ませている。
理由は単純明快。
イラリオ・サルバトーレの立ち位置にあった。
というのも、彼はルカの実の兄だ。天才ノルンの弟でもある。
要するに天才の姉と天才の弟に挟まれた——凡人。
カムレンと同じくイラリオ自身もサルバトーレ公爵家の中では最下層にあたる。
年齢と才能を一般人と比べれば天才になれるものの、それが最低ラインのサルバトーレ公爵家においては常人と何ら変わらない。
ゆえに、イラリオは苦悩していた。
このままでは自分は誰にも見向きもされない。ゴミのような人生を送ってしまうと。
「どうしたら強くなれる? どうしたら当主様に認められるだけの成果を残せる? オーラは僕の場合微妙だし、たまたま覚醒した呪詛くらいしか手札は残ってないのに……」
イラリオはオーラ以外にもう一つの能力を覚醒させた。
それは呪詛。
他者を呪うことで様々な状態異常などを引き起こしたり、特殊な生き物を呼び出したりする能力だ。
しかし、直接戦闘に向いた能力じゃない。あくまでできるのはサポートくらい。
おまけにイラリオにオーラの才能はさしてなかった。完全に無用の長物である。
けれどそんな力にも縋らなければいけないほどイラリオは切羽詰まっていた。
十五歳の誕生日を迎え、まもなく弟が王都の学院にやってくる。
学院は十五歳から入学を許され、それ以降は卒業資格を得た者のみが学院を卒業できる。
イラリオは今年で十八歳。
ルカとは三歳差になるが、未だに卒業するための資格を持っていなかった。
度々教師からは「サルバトーレ公爵家の人間にしては平凡だな」と言われ続け、心も荒んでいる。
そこにルカなんて化け物が入学した矢先には……完全に存在が抹消されてしまう。
焦りは思考を鈍らせ、鈍った思考は徐々におかしな方向へと歪んでいく。
次に彼が手に取った本は——。
「悪魔召喚に関する本?」
ずいぶん古くて怪しいタイトルだった。
☆
「ルカ様、馬車の準備が終わりました」
扉をノックしたあと、部屋に入ってきたメイドが端的にそう告げる。
新品の服に袖を通した俺は、口端を持ち上げて返事を返した。
「そうか。なら今すぐ出よう。さっさと学院に登校しないといけないからな」
「畏まりました」
メイドの横を通り抜けて廊下に出る。
そのまま階段を下りて屋敷を出た。後ろからは専属メイドのルルが続く。
正門の前にはサルバトーレ公爵家の家紋が入った馬車が停まっている。それにメイドと共に乗り込んだ。
御者の男性にメイドが行き先を告げると、馬車はゆっくりと動き出す。
現在、ムラマサを賜った八歳の日から七年の歳月が過ぎた。
俺は十五歳になり、王都にあるサルバトーレ公爵邸にいる。
今日、王都の王立学院に入学する予定だ。そのために領地から出てきた。
貴族って奴は凄い。領地の豪邸にも負けないほどの屋敷が王都にもあるんだからな。
俺以外に利用しているのは、すでに入学しているイラリオ兄さんとカムレン兄さん、それに停学処分を受けている馬鹿な双子の姉たち計四人だ。
一週間前に屋敷に来た時は、教員を神殿送りにしたというリネットがウザ絡みしてきて本当にウザかった。
もう一人のレミリエーラは妙にくっ付いてくるし、彼女も同級生に少しセクハラされただけで両腕の骨を粉砕したらしい。
やりたい放題だなおい。
それでも退学にならないのは、サルバトーレ公爵家の名か(リネットは不慮の事故扱い。レミリエーラに至っては相手の責任になった)。
「恐ろしい連中だ……」
「? 何がですか?」
「なんでもない」
呟いた俺の言葉をメイドが拾う。だが俺は適当に話をぶった切った。
学院に到着するまでの間、静かに過ごす。
☆
馬車が学院の正門前に到着する。
同じような馬車が何台もそこには並んでいた。同じ新入生たちだろう。
学院に入学すると寮の個室が与えられる。寮があるならほぼ二十四時間鍛錬ができるってわけだ。
「入学式が行われる講堂は左奥だったか?」
「はい。先導します」
「頼んだ」
馬車から降りて徒歩で目的地に向かう。
その最中、ずいぶん見覚えのある後姿を見つけた。
あいつは……。
「? どうかしましたか、ルカ様」
「ああ、いや……なんでもない」
さっと視線を逸らす。
間違いないな。あの後姿は——原作主人公だ。
キャラメイクの初期スキンがあんな感じの外見だった気がする。前世で何度も見た。服も唯一平凡だったし。
だが、こんな所で本当にあいつと出会うことになるとは。
シナリオは着実に進行してるってことか。
一抹の不安を抱きながらもメイドに続いて講堂に向かった。
講堂はよくあるタイプの広間だ。そこに長いテーブルなどが並べてある。
奥には教員用のスペースがあり、そこには歴戦の猛者っぽい顔をした教師陣——大人たちが並んでいた。
いいね。何人かは実に殺し合いが楽しめそうな実力者だ。真剣で斬り合いとかできないかな?
端の椅子に座りながらまじまじと彼らを観察する。
しばらくして、一番大きな椅子に座っていた女性が立ちあがる。長い耳の美しい女性だった。
「静粛に」
凛とした声が講堂内に響く。
彼女はモルガン家出身の女性だ。家を継ぐことなく王立学院の学院長に就任したらしい。
モルガン家の次の当主はルシアだろうしな。英断である。
「本日はよくお集まりくださいました。この日を、この時をもって、皆さんは我が学院の生徒です。互いに切磋琢磨し、あらゆる力の深淵を目指しなさい。特に魔法がおすすめですよ」
おいこら。ばりばり私情じゃねぇか。
パチパチと拍手しながら学院長を睨む。
すると彼女は俺の視線に気づいたのか、こちらを見てからにこりと笑った。
な、なんだ? モルガン家の連中には嫌われているとばかり思っていたが……不気味な奴だな。
ルシアをボコった件とか聞いてないのかな?
「ああ、そうでした。最後に皆様にお伝えしたいことがあります。今日の最初で最後の授業に関してですが……分けられたクラスの生徒同士で戦ってもらいます。今の自分の実力を、他人の実力を知るいい機会でしょう? 精々、励み、強くなりなさい。——以上」
今度は拍手はしなかった。
誰も拍手しない。
ごくりと生唾を飲み込む音さえ聞こえた。
反対に俺は笑う。
——いいね。いいねぇ! 実力至上主義って感じがたまらない。
果たして俺の相手は誰になるのかな?
———————————
二章スタート!
それに伴い、今回の話から設定の一部を変更……いえ修正します。
修正内容は能力の「名称変更」。
神力→『祈祷』。呪力『呪詛』。となります。実は作者が他の作品とごっちゃになって最初からミスしてました。オーラと魔法はそのままなのでご安心?ください。
今後とも本作と反面教師をよろしくお願いします!
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