第18話 vs主人公

 王立学院の入学式が終わる。


 最後の最後でもたらされた学院長の話により、生徒たちの間に緊張が走っている。

 ほとんど会話もないまま、教師の男性に連れられある場所へ向かった。


 そこは、多くの生徒が利用する訓練場の一角。


「今からお前たちには、学院長が宣言したとおりに戦ってもらう。相手は誰でもいいぞ。できるだけ強い敵を選ぶんだ」


 訓練場に到着するなり教員の男性は大雑把なことを言う。

 体育の授業で二人一組のペアを作れと言ってるようなものだぞ。

 ぼっちが出たらどうするんだ? あのおっさんが相手してくれるのか?


 ……それも悪くないな。むしろ凡人共と刃を交えるくらいなら、あの男と戦ったほうが得られるものは多い。

 誰にも声をかけないことを決めた。


 しかし、俺は声をかけなくても声をかけてくる者はいる。

 たとえば……。


「ルカ——! 私と戦おう?」

「こ、コルネリア殿下……」


 コルネリア・ゼーハバルト。


 なぜか俺のことを気に入った第二皇女。

 胸をこれでもかと押し当ててくる。


 同じ十五歳とは思えないほどの大きさだ。腕が埋まる。


「私の相手はルカ以外に務まらないもん。必然的にルカと戦うしかないよね!」

「俺としてはあの男性教員と戦いたいところですね。面白そうだ」


「……へぇ。そんなにいいの? あいつ」


 すぅっ。

 急にコルネリアの目が据わった。ハイライトが消えているように見える。


「で、殿下?」


「酷いなあ。私からルカを奪うなんて。あんなのただ歳を喰っただけの凡人だよ? 私は天才だし、きっとルカを満足させられる。ルカのためならどんな痛みにも耐える。ルカに傷付けてほしい。ルカを傷付けるのも私だけであってほしい。ルカルカルカルカ——」


「落ち着いてください」


 ぺい。

 彼女を腕から引き剥がす。腕力は俺のほうが上だ。


「確かに生徒の中だと俺の相手ができるのは殿下……と、まあギリギリ及第点でもう一人くらいでしょうね」

「他に誰かいるの?」

「ええ。一人、注目してる奴が」

「ふうん。解った。その注目してる人を教えて?」

「なぜ?」


「今すぐ殺す」


「落ち着いてください」


 なんで彼女はこうも物騒なんだ⁉


 いくらなんでも過激すぎるだろ。

 俺以外に興味がないのは解るが、あいつ——原作主人公を殺されても困る。


 俺が俺のために主人公を殺すなら問題ないが(問題はある)、誰かが無意味に主人公を殺せばどんな影響が出るか。


 それに、俺の獲物を奪われるのは不愉快だ。せめて今後の糧にしてから殺してほしい。それならまあ構わない。


「あくまでギリギリ、超絶、及第点です」

「私より下?」

「ええ。それはもう」


 本編のシナリオはこの時点で始まったばかり。

 それならまともにオーラを使えないはずだ。粗削りでは俺はおろかコルネリアにも勝てないだろう。


 彼女とはこの七年、何度も刃を交えてきた。それなりに鍛えることにも成功した。おかげで本来のコルネリアより強くなっている。


 下手するとマジで主人公を殺せるくらいには強い。


「やや不満はあるけど~、そういうことなら仕方ないね。特別に。とくべーつに許してあげる! ……なんてね。ごめんなさい、ルカ」


 彼女の機嫌が戻った。ぺこりと頭を下げる。


 瞳のハイライトも戻っていた。ホッと胸を撫で下ろす。


「ワガママ言っちゃった」

「これくらいのワガママは可愛いものですよ」

「ほんと? わーい。ルカ大好き」


 再びコルネリアに抱き付かれる。

 その時。


 ふいに俺たちの前に一人の男子生徒が近づいてきた。

 彼は金色に光る髪を揺らして爽やかな笑みを浮かべる。


「こんにちは、コルネリア殿下、ルカ公爵子息様」

「お前は……」


 その顔にはやはり見覚えがある。

 先ほどは後姿だったが、正面から見たらハッキリと答えは出た。


 原作主人公だ。


 キャラメイクの初期がこんな感じの爽やか系好青年だった気がする。


「初めまして。この学院に特待生として入学したエイデンです」

「エイデン……それが名前か」

「はい。よろしくお願いします」


 エイデンと名乗った主人公は恭しく頭を下げた。

 礼儀正しいな。平民の割には。


 確かモノクロの剣の設定だと、学院へ入学するのはメインシナリオのプロローグに位置し、このシナリオが進行しない場合、エイデンこと主人公は永遠に入学直前のまま広大な大陸をプレイヤーが操作して冒険する。


 まあMMORPGだしな。そこはどうでもいい。入学後も結局はメインシナリオなんて進めなくても遊べたし。


 だが、これが現実となると違和感が凄い。目の前に自分以外の主人公がいるという違和感が。




「——それで、ルカ様に一つご相談が」


「ん? なんだ」

「ルカ様に私の相手を頼みたいのです」

「お前の相手に俺が?」

「はい! ルカ様は名門サルバトーレ公爵家の中でもとびきりの才能を持った天才と聞いています。ぜひ」

「ハァ」


 エイデンの言葉に返事を返したのは俺ではない。

 ずっとエイデンのことを無視していたコルネリアが、瞳孔を開いてじろりとエイデンを睨んだ。


 殺気が出ている。


「凡人のくせにぃ……ルカと戦いたい? 弁えられない奴っているんだよねぇ。うんうん。そういうのは邪魔だから殺さないと」


 コルネリアは何の躊躇もなく腰に下げた鞘から真剣を抜——く前に。


「ダメですよ、殿下」


 俺が彼女の腕を掴んで止めた。


「ルカ? なんで止めるの?」

「こいつが俺の戦いたかった相手だからです」

「え? こ、これが?」


 これって……まあいい。

 コルネリアを離し、俺はエイデンの前に一歩踏み出した。


 至近距離でお互い見つめ合う。


「面白いな。ちょうど特待生の実力を見ておきたいと思ってたとこだ。いいぜ、やろう。試合を」

「ありがとうございます」


 俺の言葉にエイデンはにやりと笑った。

 その笑みがいつまで続くか見物だな。

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