第19話 努力の怠慢

 訓練場の一角で主人公エイデンと向き合う。


 エイデンは俺に勝つために。


 俺に勝って自分の力を証明したいのだろう。

 平民が貴族に勝つというのは、それがどんな内容であれ一種のステータスになる。

 わざわざ努力して貴族が多く通う王立学院に特待生として入学したくらいだ、きっと並々ならぬ意地がそこにはある。


 だが、不思議とそれだけじゃないような気がする。


 エイデンの中には、ただ貴族を超えたい以外の理由があるような……そんな違和感を感じた。

 しかし、今となっては関係のないこと。


 俺は俺でエイデンと戦いたかった。


 相手はMMORPG『モノクロのつるぎ』の主人公。


 原作どおりの外見を持ち。

 原作どおり特待生として入学し。

 原作どおりサルバトーレ公爵家未来の敵の前に立っている。


 だったら戦うしかないだろ?

 俺はこの世界で比類なき最強を目指す。

 最強にならなきゃいけないのだ。


 それは生きるために。

 それはただ求めるがゆえに。

 それは当たり前のように。


 全てが俺を戦いへ誘う。


 少なくとも主人公エイデンを超えられないようじゃ、俺は最強になんてなれない。


 ああ……ありがとう、エイデン。

 俺の超えるべき壁として現れてくれて。

 容赦なく——ブチのめせる。


「準備と覚悟はいいですか、ルカ公爵子息様」

「ああ。そっちこそ痛い目に遭う準備はできてるんだろうな」

「ふふ。そう結果を焦ることもないでしょ」

「どっちがだよ」


 言いながら互いに剣を構えた。


 俺は片手。剣の切っ先を地面すれすれに下ろして。

 エイデンは中段。正中に合わせてぴったりと、模範どおりの構えだった。


 わずかに見つめ合う。


 時間が三秒、五秒、十秒と経ってから——エイデンが動いた。

 地面を蹴って俺に肉薄する。


 体からオーラの反応がした。全身にまとわせ戦うくらいの技量はあるらしい。

 特待生だしな。

 冷静に思考を巡らせながら俺もオーラをまとう。


 まずは相手の力量を測るところから始めた。

 剣を横に移し、最速でエイデンが薙いだ。

 それを俺も木剣で防御する。


 ガツーン! と甲高い音が鳴って衝撃が生まれる。

 俺は驚いた。


 ——この程度か?


 木剣から伝わってくる衝撃は、イコールがエイデンの膂力とオーラの放出量に繋がっている。

 しかし、予想を超えるくらいに……しょぼかった。


 同じくオーラをまとった状態の俺を一歩も動かすことができない。


「ッ! さすがに一撃で倒すのは無理ですか。なら!」


 グッとエイデンが足に力を入れる。

 剣を引き、構えを変えてから連撃を繰り出した。


 勢いはある。鋭い攻撃だ。しっかり急所を狙っているのもポイントが高い。


 だが、所詮はその程度。

 最も重要な要素がエイデンの剣には欠けていた。


 否。


 俺とエイデンの間には、最も重要な差が開いていた。


 それは——シンプルに実力の差。

 エイデンのオーラ放出量と制御量は、十五歳になった俺のそれに遥かに劣る。

 奴は両手でしっかり木剣を握り締めて攻撃しているが、俺は片手で全て凌げている。


 違う意味で想定外だった。もう少しくらい苦戦すると思っていた。

 まだエイデンが全力を出しているとは思えないが、それにしたって……な。


 心へのショックが大きい。


 モヤモヤする心を抑えながらエイデンの剣を彼ごと弾く。

 膂力で劣るエイデンはあっさりと後ろへ弾かれる。

 およそ五メートルほど下がって体勢を整えた。


「ははっ。恐ろしいくらいの馬鹿力ですね。オーラの放出量はそちらのほうが少し上かな?」


「……ガッカリだ」


「はい?」

「それがお前の全力なのか? 手加減してるならさっさと本気を出せ。じゃないと俺が楽しめないだろうが」

「な……くっ! ずいぶんと侮れましたね。少々オーラで勝っているからと言って、勝ちを確信するのは早いですよ! 俺には他にも使える力がある!」


 そう言ってエイデンが走る。

 直後、彼の手にした剣に白銀の輝きが宿った。


「あれは……」


 見るからに祈祷だな。主人公なら使えて当然だ。なぜなら、ゲームでは主人公は全ての能力に適性があるのだから。


 エイデンの祈祷による浄化を籠めた刃が振るわれる。

 祈祷によほどの信頼でもあるのか、斬撃の軌道は見て解るほど単純だった。


 俺は依然としてオーラをまとった状態でそれを防ぐ。

 これも想像以上にガッカリだな……。


「こ、この攻撃も止めるだと⁉」

「お前なあ……祈祷を使ったらオーラが解けてるじゃねぇか」

「あ」


 本人も忘れていたのか、顔にありありと驚愕が浮かんでいる。


 こいつは俺と違って複数の能力を同時に発動することができない。もしくは、相当集中しないとできないか。

 どちらにせよ、治癒に秀でた祈祷でオーラの腕力に勝てるはずがない。


 だから「あーあ」だ。


「もう付き合うのも馬鹿らしくなってきたな」


 このままこいつと遊んでいても得られるものはない。

 何か一つでも俺の足しになることを願っていたが……明らかに格下だった。

 シナリオは始まったばかりだし無理もないが。


「ッ。まだまだ! 俺には魔法だってある!」


 バッと後ろに跳ぶエイデン。

 剣を持っていないほうの手を前に突き出し、そこから火属性の魔法を放った。


 かつて魔法の名家モルガン家の天才、ルシア・モルガンと戦った俺には解る。

 エイデンの魔法は当時十二歳だったルシアにすら劣る。


 当然だ。


 どうせオーラの修行に大部分を当てたのだろう。もしくは他にもいろいろな能力に手を出したのか。


 オーラの実力から測るかぎり、後者である可能性が極めて高い。

 ゆえに、一つ一つが伸び悩む。


 せめて俺並みに修行を重ねていればよかったものを。


 時間がなかったのか?

 充分だと思ったのか?

 それで満足したのか?


 甘い。甘すぎる。

 努力なんてして当然。誰だってする。

 本当に勝ちたいなら、他の誰にも負けないと思えるくらいやれ。


 俺だって必死に頑張ってる?

 努力の形は人それぞれ?

 才能の差?


 馬鹿らしいな。

 本気で勝ちたいと思ってるなら、そんなことは言えない。


 なぜなら、誰よりも努力しないと勝てない。誰よりも努力したからこそ勝てる。

 妥協で済ませる程度の意識じゃダメだ。死に物狂いになれ。

 俺はなった。七年で何度も死にかけた。ノルン姉さんに腕をぶった斬られたこともある。


 それでも逃げなかった。逃げられなかった。

 強くなりたかったから。




 なのに、主人公おまえほど恵まれた存在が努力を怠るなんて!




 俺はオーラを強める。

 もはや迫る魔法を弾く必要もなかった。

 横に避けてエイデンに近づく。


 エイデンは咄嗟に木剣でガード体勢に入るが、問答無用で攻撃を繰り出す。


 俺の木剣が——エイデンの防御ごと本人を吹き飛ばす。

 地面を何度もバウンドしながら主人公を訓練場の壁に叩き付けた。

 壁は強化設計されているはずなのに砕ける。


 試合終了だ。


 手足をぴくりとも動かすことができず、エイデンは地面に倒れる。


 訓練場内を静寂が満たした。


———————————

ルカ「てめぇ! 面白いからっていろんな能力に手を出しやがって!」

(適性があるだけでも普通は凄い)

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