第16話 私の唯一
ルシアとの試合が終わった。
結果だけを見れば俺の圧勝だ。最終的に彼女は何もできずに負けた。
地面に横たわり母親に介抱されているルシアを眺めていると、——急にコルネリアが俺に抱き付いてくる。
背後からまるで俺を拘束するように腕が回された。
「こ、コルネリア殿下?」
「ふふ。あはは! 凄いなあ、ルカは。さっきの試合、見ただけで解る。天才だなんだとちやほやされていた私より強いね」
「それは……戦ってみないと解りませんよ」
「ううん、解る。ルシアだっけ? 彼女も相当強かった。勝つ自信はあるけどね。でも、ルカには勝てない。本能が直感的に告げてるんだー。何をしても敵わないって」
ほほう? それが解るだけでも彼女が相当強いのは察した。
ルシアにも勝てる気でいるらしいし、個人的には今すぐにでも刃を交えたいが……そんな状況でもない。
それに、皇族に牙を剥くのは反逆に等しい。暴れるタイミングは今じゃなかった。
邪な考えを頭の中から追い出す。
「本当に嬉しいなあ。ねぇ、ルカ」
「はい」
「このあと暇だよね?」
「パーティーがありますよ」
主催者はお前の父親だぞ。
「パーティーなんてどうでもいいじゃん。ゴミみたいな会話をして終わりだよ? 時間の無駄」
「皇帝陛下に聞かれたら怒られますよ」
「平気平気。私ってお父様から期待されてるから。応える気はないけどね」
「それで? 仮に時間があったら何かあるんですか?」
「私の部屋に行こ。伝えたいことがあるの」
「伝えたいこと? ここじゃダメなんですか?」
「ダメ~。恥ずかしいもん!」
「恥ずかしい?」
彼女は一体何を言うつもりだ?
少しだけ気になるな……。
ちらりと父へ視線を移す。
「当主様。コルネリア殿下が俺に用があるらしいです。少々抜けても構いませんか?」
「話? ……よかろう。殿下の頼みとあらば仕方ない。後始末はこちらでしておく」
「ありがとうございます」
当主ルキウスからの許可をもらった。これでパーティーを欠席しても平気だ。
コルネリアの言うとおり、俺もパーティー自体にはまったく興味がないからな。ある意味で都合がいい。
ルシアの実力を測ることはできたし、彼女の攻撃を喰らったおかげで魔力の何たるかも身に刻んだ。
今なら魔力も操れそうな自信がある。
内心でにやりと笑ってコルネリアに先ほどの返事を返した。
「コルネリア殿下。当主様が許可したので部屋に移動しましょう。お話を傾聴します」
「わーい! こっちだよ」
腕による拘束が解けた。
しかし、その直後には腕を掴まれ引っ張られる。
走る彼女に無理やり連れ去られていった。
☆
コルネリアの案内で彼女の部屋? に入る。
そこは酷く空虚な部屋だった。
内装が地味すぎる。まるでオシャレや人の目など意にも介していないようだ。
ただ寝て起きる。それだけの場所。
「ここが……コルネリア殿下の部屋ですか」
「そうだよ~。思ったより簡素でびっくりした?」
「ええ、まあ」
「それは当然だよ。だって部屋なんてどれだけ飾り付けても所詮は部屋。綺麗だろうとおんぼろだろうとあんまり変わらないもん」
「それより」と彼女はさらに俺の腕を引っ張った。
そのままベッドに押し倒される。
「今からエッチなことしちゃおっか」
俺の上に乗っかった彼女は、どこか子供らしくない妖艶な顔を見せる。
勢いよく服——ドレスを引き千切った。
白く滑らかな肌が見える。下着の色は生意気にも黒だった。
お前、俺と同い歳だよな?
「何のつもりですか、殿下」
「あれ? 興奮しないの?」
「八歳に何を期待しているんですか」
「そんなの子供に決まってるじゃん! お父様が前に言ってたけど、皇女である私は最高の子供を産むのが義務なんだって」
「はぁ」
「だから最高の才能を持つルカとの間に子供を作ればいいんじゃないかな?」
「そう殿下は考えたと」
「はーい! 大正解!」
ばっと片手を上げて無邪気に笑うコルネリア殿下。
俺は深いため息を吐いた。
「コルネリア殿下はまだ八歳でしょう……子供なんて産めるはずがありません。仮に産めてもやめてください。下手したら死にますよ」
この世界は前世の地球ほど医療技術が発達していない。出産と同時に死ぬ人間が普通にいるのだ。
俺は神力が使えるからまだ手を貸せるが、さすがに八歳で母親は無理がある。
「むぅ。そんなことだろうとは思ってたけどね。今のはジョークです」
「目がマジでしたけど」
「演技演技。それよりもっと大事な話があるの」
「本題ですか?」
「うん。私ね、ずっと独りだったんだ」
コルネリア殿下がぽつぽつと小さな声で語り始めた。
俺は静かに聞く。
「誰も私に追いつけない。お兄様もお姉様も凡人。大人にだって勝ったことあるんだよ? でも、そのせいで誰とも打ち解けられなかった」
コルネリアの表情にはわずかな悲しみがあった。
いわゆる知能の差で会話が成立しないというあれかな?
もしくは、彼女の強さに心を折られた者が多くいたんだろう。
だからコルネリアは自分からの距離を置いた。自分が特別で、他人が劣っていると決めつけて。
まあ間違ってないな。彼女は実際に天才だ。才能だけなら主要キャラクターでも一番かもしれない。
「このまま独りぼっちで強くなっていくのかな……そう思ってた時にね、聞いたんだ。ルカの話を」
「自分に匹敵する才能の持ち主だと?」
「うん! そしてそれは間違ってた。私よりもルカは凄い! 私は独りじゃなかったし、まだまだ頂は遠かったんだよ!」
やけに嬉しそうに彼女は話す。
両手を上げて喜びのポーズを取っていた。
「ありがとうルカ。私に希望をくれて。ありがとうルカ。私を救い出してくれて」
「俺は何もしてませんよ」
「存在してくれてるだけでも嬉しいんだ。将来は結婚しようね。最強の子供を作ろう!」
「お断りします」
そろそろ辛くなってきたので彼女を無理やりベッドに落とす。
起き上がって俺はベッドから降りた。
「私のこと嫌い? めんどくさい?」
「俺が嫌いなのは弱者に甘んじる奴とうるさい奴ですよ。どちらかと言うと殿下は好みの部類に入りますね」
「ほんと⁉ じゃ、じゃあ、私がもっともっと強くなったら結婚してくれる⁉」
「え? あー……前向きに考えておきます」
ぶっちゃけ俺には結婚願望とかないからな。
最強になりたいっていうのも、別にサルバトーレ公爵家の当主になりたいって意味じゃないし。
だから生涯相手がいなくても問題ない。
「やったー! 約束ね? たとえルカに勝てなくても、ルカ以外の全員に勝つから。邪魔な奴は殺すし、ルカのためならなんでもするよ」
コルネリアの瞳からハイライトが消えた気がした。
どこかねっとりとした雰囲気をまとい、恍惚の表情を作る。
——ぞくっ。
妙な圧を感じて背中に悪寒が走った。
今のはなんだ?
「それより、さっさと着替えて戻りましょう。今頃パーティー会場はちょっとした騒ぎになってるかもしれませんし」
「そうなの?」
「公爵家が全員いませんからね」
少なくともルシアはもうパーティーって気分でもないだろ。
「ふうん。どうでもいいや」
そう言いながらも彼女はメイドを呼ぶ。
俺は部屋を出て、廊下で彼女の準備が終わるのを待った。
最終的にはいろいろあったな。
☆
帝都の一角、居住区。
平民たちが寝静まった頃、夜遅くにも関わらず一人の少年がひたすら木剣を振っていた。
汗が滴り、金色の髪が激しく揺れる。
「あと……七年! 七年経ったら……学院の! 入学試験が! 始まる!」
木剣が空気を斬り裂く度にぶんぶんと音が鳴る。
少しして体力が尽きたのか、少年は構えを解いて地面に転がった。
汗だくのまま夜空を仰ぐ。
「絶対に俺は入学してみせる。そのために、一秒だって無駄にはしない! 出世して、誰よりも強くなって——本物の英雄になるんだ!」
突き出した右手で拳を作る。
少年の緑色の瞳には、強い決意と自信が宿っていた。
彼こそが、この世界の——。
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