第58話 ひと悶着

 ノルン姉さんオススメの店で席に座る俺たち。


 早速、注文を済ませると、量は少ないが綺麗に盛り付けられた料理が次々にテーブルに並べられた。


 それを見て、ノルン姉さんがくすりと笑う。


「こういう洒落た料理を食べるのは久しぶりですね」


「姉さん、割とガッツリ系が好きだもんね」


「ええ。味も大事ですが一番は量。魔物なんて倒したらたくさん食べられるからお得ですよ」


「そんなこと言うの姉さんくらいだよ」


 ノルン姉さんは原始時代に生まれたのかと錯覚するほどの野生児だ。


 普通、貴族はお洒落で美味しい料理を好むが、彼女の場合は美味しい上で大量の肉を好む。


 俺とほとんど変わらぬ背丈でありながら、常人の数倍は食べ物を胃袋の中に収められるのだ。


 一度解剖でもして姉さんの体内構造がどうなっているのか知りたいよ。


「まあわたくしの事はどうでもいいんです。大事なのはこの料理をどう食べるか」


「ん? どうも何も普通に食べる以外に何かあるの?」


「せっかくわたくしと一緒にデートしているんですよ? ルカは『はいあーん』がしたくないんですか⁉」


 大袈裟な様子で驚くノルン姉さん。


 俺は思わず呆れてしまった。


「デートって……ただ姉弟で食事をしてるだけじゃないの、これ」


「違います。男女が揃ってお出かけをし、食事を共にするというのは立派なデートに該当します! 世間一般的には!」


「勘違いだね」


 それだとカップル以外でも当てはまるパターンが多すぎる。


 あくまでデートは好き合ってる、もしくは付き合ってる、結婚してる人たちがすることだ。血の繋がった姉弟には当てはまらない。


 俺はそう思ったが、姉さんは激しく首を左右に振って否定する。


「デート、です。さあ、復唱してください」


 パキッ。


 ノルン姉さんが持ったナイフが真っ二つに砕けた。


 どうやら指の力だけで銀のナイフを砕いたらしい。ぱらぱらと破片がテーブルの上に落ちる(ちなみにオーラは使っていない)。


 それを見た途端、俺は「ふっ」と笑って言った。




「いやぁ、姉さんとデートできるなんて光栄だな。楽しいね、デート」


「ふふ、そうですね、ルカ」




 お互いにくすくすと笑い合う。まるで先ほどのノルン姉さんの行動がなかったかのように。


 ——しょうがないよね。俺はまだ姉さんに殴られたくない。周りにいた他の客も、ノルン姉さんの体から滲み出たオーラ……一種の殺気を受け取って体を震わせていた。


 平然と、冷静に対処できたのは俺だけ。


 危機感知能力は高いほうなんだ。長いものには巻かれておこう。


「では『はいあーん』を」


「マナー悪くないかな?」


「北方では誰でもやります」


 嘘吐け。そう思ったが、余計なことを言うとまた姉さんがキレるため口をグッと噛み締めて堪えた。


 周りには他に貴族の令嬢やら子息やら当主やら夫人やらが集まっている。公爵家筆頭とすら言われるサルバトーレ家の人間が人前で「はいあーん」なんてしたら醜聞以外のなにものでもない。


 だが、幸いにもここは一番奥の席。少しだけ他の席に比べて視線が集まるにくい。


 おまけに目の前にいるのはあまり他の人たちに知られていないノルン姉さん。俺もつい最近王都で過ごすようになったから、大半の貴族は俺たちの顔を知らない。


 最後に、サルバトーレ公爵家の人間は堂々としろ——というのが教訓だ。


 あくまでノルン姉さんはその言いつけを守っているにすぎない。……守っているにすぎない、はずだよね?


 やや不安になりながらも、本当に北方では常識かもしれないし断ることもできない俺は、フォークで肉を突き刺したノルン姉さんの右手を見ながら口を開けた。


 満面の笑みを浮かべるノルン姉さんが、そのまま食べ物を俺の口に運ぶ。


「はい、あー……」




「——なんだと⁉ 一番いい席を予約していたじゃないか‼」




 ぴくっ。


 ゆっくり伸ばされたノルン姉さんの手が、俺の口の前でぴたりと動きを止めた。


 幸せそうな笑顔から一転、鋭く細められた双眸を声のしたほうへと向ける。


 やけに大きな男性の叫び声が聞こえた。俺もノルン姉さんを真似てそちらに視線を移す。


 直後、悪い予感がした。その予感通りに、声を発したと思われるふくよかな体型をした一人の男性が、こちらにずんずんと歩いてきた。


 金髪に金色の服をまとう「ザ・金持ち」って感じの男だ。


 おそらく貴族の子息だろう。額に青筋を浮かべてどんどん近付いてくる。そして俺たちの席の前で足を止めると、びしりと指をノルン姉さんの顔に突きつけた。


「おい、お前ら! その席は俺が予約していたんだぞ! 彼女のために一番の席を用意したのにどういうつもりだ‼」


「他の席に行ってください。ここはもうわたくしの席です」


「なっ⁉ 言うに事を欠いて……貴様ぁ! どこの木っ端貴族か知らないが、俺は伯爵家の——」


 ぎゃーぎゃーとノルン姉さんの前で騒ぎ立てる金髪の男性。


 彼は伯爵家の嫡男か。いくら姉さんが激レアキャラとはいえ、サルバトーレ公爵家の人間を知らないとは……いや、たまにいるもんだ。他家に興味がない奴は。


 ちなみに俺は帝国の貴族の顔と名前をほとんど知らない。家紋くらいは習ったが、それも必要最低限にだ。


 当主曰く「他の公爵家を含めて覚える必要はない。我が家が一番なのだから」とかなんとか。


 だから目の前の男の名前も顔も知らん。実家の伯爵家のこともサッパリだ。


 けど残念だったな。それで済むのはこちら側。より権力があるほうだ。


 彼には悪いが、ノルン姉さんはもう止まらない。俺は男の言葉を無視して食事を続けた。




———————————

【あとがき】

ノルンが人気で作者びっくり!

でも書いてて楽しいキャラではありますね!

ノルンはもう少し出番があります。コロシアムが終わるまではずっと出てくるかと。


※気付けばもうすぐ★9000!よかったらまだの人は★★★を入れて応援していただけると嬉しいです!目指せ★10000!まだランキングにも残ってるのでぜひ!

レビューもいただけると嬉しいです!(ちらちら)

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