第57話 意外と可愛い姉さん

 ノルン姉さんとお風呂に入ったあと(無理やり)、俺と彼女は正装をまとって学院の外に出た。


 向かうのは、ノルン姉さんオススメの店。


「おー……なんだか、きっちりとした服を着てるノルン姉さんを見るのは久しぶりかも」


 学院を出て馬車に乗ると、俺は早速、彼女の装いを褒めた。


 今のノルン姉さんは、純白のドレスをまとっている。


 普段の彼女なら「服? 別に適当でいい」とか言いそうなのに、わざわざ着替えてくれている。


 たぶん、俺のためなんだろうな。


 その証拠に、馬車に乗るまでの間しきりに俺の顔を確認していた。雰囲気からして「褒めて褒めて?」と言っている。


 今も嬉しそうに笑っていた。


「あら、ありがとうございます、ルカ。このドレスは王都に着いてから購入した物なんですよ」


「え? 持ってきたんじゃなくて買ったの?」


「はい。私は公爵令嬢。お金を使って経済を回すのも仕事のうちですわ」


「へぇ……経済に興味があったなんて意外だね」


「ふふ、ドレスを買うための方便ですもの。本当は別にどうでもいいですわ。ただ、王都に来る機会はあまりありません。こうしてルカと遊べる時間を大切にしようかと」


「それでドレスを着たと」


「そうですよ。もっと見てください」


 くすりと笑ってノルン姉さんは両腕を広げた。


 たまに見せるこの子供っぽい姉さんが俺は好きだったりする。素直に可愛いし、俺だけのものと思うと特別感がある。


 ちなみに姉さんはドレスをほとんど持っていない。


 サルバトーレ公爵家の一員としてパーティーに参加する機会はあるが、普通にいつもの服でいく。軍服っぽいというか騎士っぽい服で。


 それでも彼女の美貌は世界屈指。口さえ開かなければあらゆる異性を魅了する。


 ドラゴンに声をかけ、冷たくあしらわれる男が毎度のごとく群がってくるのだ。


 姉さんはそういう男が特に嫌いだ。才能も力も何もないくせに、親の権力だけ振りかざす無能——とか愚痴ってた。


 気持ちは分かるが、もう少し上手く立ち回ってほしいものだね。


 前に酔った貴族子息が姉さんに絡み、顔面を殴られ酷い怪我を負ったこともある。


 ……いや、よく考えたらその貴族の顔が原型を留めていたのだから、姉さんは相当に手加減したのでは?


 ちゃんと考えていた。




「あ、姉さんあそこの店かな? 姉さんが言ってたおすすめの店って」


 しばらく他愛ない話を交えながら馬車に揺られていると、やけに大きな、豪奢な建物が見えてきた。


「正解です。王都でも最高の料理を出す店として貴族に人気があるとか。前に来た時は寄りませんでしたが、二年ほど前に立ち寄ったことがあります」


「さすが北方の守護神、頻繁に王都に呼ばれてるのになんで顔を出さないの?」


「顔を出すメリットがないからです」


「俺が王都に来た途端これだけど?」


「ルカに会うのは私にとって最優先事項。他の家族が死のうとも、領民が魔物に食い殺されようとも駆け付けるべき案件です」


「そこは守ってあげなよ、騎士様」


 今の話を領民が聞いていたら、サルバトーレ公爵家への印象が最悪に……なることはないか。


 サルバトーレ公爵家の人間は性格破綻者の集まりだ。猟奇的な馬鹿の集団だ。


 そのことは領民も知ってるし、パワーによって守られていることも承知の上。


 仮に見捨てられても地面に埋まった評価はそれ以上沈んだりしない。


「何を言いますか。私以外にも騎士はいるのです、誰かを守れなかった責任を全て私に押し付けないでほしいですね。そういうのは無能の専売特許ではありますが」


「あはは、確かに」


 俺も責任ばかりを押し付けてくる無能は嫌いだ。死んでもいいと思えるくらいには。


 前世でもそういう奴はたくさんいたなぁ。プライドだけで生きてる馬鹿。


 それに比べたらサルバトーレ公爵家の人間はまだマシかもしれない。


 彼らは自分の行動に責任なんて感じちゃいない。押し付けるものがそもそもない。


 生きるか死ぬか。殺すか殺されるか。そういうふざけた連中なのだ。


 つくづく俺みたいなまともな人間が生まれたのが奇跡だな。


 少しして馬車が停まると、そこで思考を中断して降りる。


 ノルン姉さんの手を掴みエスコートしてあげると、彼女は嬉しそうに俺の腕を抱き締めて歩き始めた。


 まっすぐに店の中に入る。


「いらっしゃいませ。申し訳ございませんが、本日は予約でいっぱいで……」


「席を用意してください」


 店員の男性に向かってノルン姉さんが間髪入れずにそう告げる。


 当然、店員の男性は困惑する。ノルン姉さんの顔はここ王都じゃマイナーだし、知らない人も多い。だから彼女は懐からハンカチを取り出した。ハンカチにはサルバトーレ公爵家の家紋が刻まれている。


 それを見た途端、びくりと肩を震わせて店員が頭を下げた。


「さ、サルバトーレ公爵家の方でしたか! 失礼しました! すぐに席へご案内します!」


 汗をだらだらと流した男性店員が、そのまま俺と姉さんを連れて一番奥の席まで向かった。完全にVIP待遇である。


 まあ、サルバトーレ公爵家の人間がこれまで起こしてきた騒動の数々を知っているなら当然の反応か。


 そう思いながらあえて何も言わず俺たちは席についた。




 他の人の予約を奪っちゃう形になったけど、大丈夫かな?




———————————

【あとがき】

姉の話が長すぎだって⁉

ごめんなさい……!ちゃんと物語は進みますよ!

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