第56話 ブラコン?

 なあ、みんなは知ってるか。


 血の繋がった姉と弟が風呂に一緒に入るのは当たり前らしい。今も、俺の髪を後ろから洗い流してくれるノルン姉さんが鼻歌交じりにそう言ってた。


 ——いやおかしいだろ⁉


 そう思ったそこのあなた。正しい倫理観をお持ちだ。その通りである。


 何が嬉しくて十歳ほど離れた姉と全裸で風呂になど入らねばならないのか。俺は酷く困惑した。


 しかし、か弱き弟がゴリラを越えてドラゴンに至った姉の力に逆らえるはずがない。無理やり引きずられ、服を脱がされ今に至る。


「痒いところはありませんか、ルカ」


「ないけど……」


 別にノルン姉さんは性的な目で俺を見てるわけじゃない。前にコルネリアに「一緒にお風呂に入ろうよ! ハァハァ! 背中と前と前と前を洗ってあげるからさ! ハァハァ!」と言われたが、それに比べれば非常に落ち着いている。


 要は姉さんは、とびきりの才能を持つ弟が可愛くてしょうがないのだ。十歳も離れていれば小さい子供同然。実際に成人してないしな。


 だから大きな胸を背中にこれでもかと当てられるし、タオルの一枚もまとったりはしない。なぜなら、恥ずかしいという感情が存在しないからだ。


 俺とて血の繋がった姉に欲情したりしない。


 姉さんとは昔からよく裸の付き合いをしていたし、正直今すぐ逃げ出したい気分ではあるがまだ落ち着いていられた。


 問題があるとしたら……このあとのコルネリアたちだ。


 実は浴室に俺を連れていったノルン姉さんを見て、自分たちも一緒に風呂に入るのだと言い出した。


 途中まで服を脱ぎ始めた三人を見て、さすがの俺も止めようとしたが、それより先にノルン姉さんの手が出た。


 ノルン姉さんは素手で三人を脱衣所から叩き出し、扉を閉めて鍵をした。これで誰も入ってこない。

 仮にノルン姉さんがいる浴室へ侵入者が来ようものなら、それは腹ペコのドラゴンの前に全裸で飛び込む馬鹿と同じだ。確実に殺される。


 数年前、運悪くノルン姉さん(と無理やり連行された俺)の入浴中に浴室へ入ってしまった兄の一人が、秒で骨を粉々に砕かれた記憶は今もなお記憶に焼き付いている。


 一瞬にしてその兄は意識を失い、治療が間に合ってなかったら死んでいたらしい。


 それを平然と行うのがノルン姉さんだ。俺以外には裸など見せないという淑女らしい気構えがある。お願いだから俺にも見せないでくれ。


「ふふっ。こうしているとルカが屋敷にいた頃のことを思い出しますね」


「ちょうど俺も思い出してたとこだよ」


「あら、考えることは同じですわね。あの頃に比べてルカはすっかり逞しくなりました。ええ、美貌も相まって将来が心配なほどです」


「俺としてはノルン姉さんの将来のほうが心配だけど」


「わたくしは正直結婚など考えていません。どうせ当主になるのはルカですから」


「期待が重いなぁ」


 本当に重い。俺は当主なんて座に興味はないのに。


 ただルキウスと姉さんに勝てるくらい強くなれればいい。あとのことはその時にでも考える。


「そもそも私は自分より弱い男に興味がありません。才能があるなら別ですが、正直、そんな人はいませんね」


「ノルン姉さんより強いってもう人間じゃないよそれ」


「何か言いましたか?」


「あがががががが! 嘘! 嘘だから冗談!」


 ノルン姉さんが俺の肩を握り締める。


 オーラをまとって対抗しても痛みが引かなかった。とんでもないなおい。


「まったく……ちなみにですが、ルカの嫁には細心の注意を払います。半端な人間はわたくしが許しません」


「なんでさ」


「仮にルカと同じくらい才能がある者と結婚して子供ができたら、それはきっと素晴らしいとは思いませんか?」


「はぁ、なるほど」


 さらなる天才を生み出すことはサルバトーレ公爵家の人間にとっては当たり前のこと。


 いくら姉さんが他の家族に比べて優しいとはいえ、あくまでそれは俺に対してのみ。


 姉さんもかなりの鬼畜だし、これまで平然と人を手にかけてきた。


 結局のところ、彼女もまたサルバトーレ公爵家の人間だ。やっぱりまともなのは俺しかいないな。うんうん。


「まあ、俺も今のところは結婚なんて考えてないけどね」


「そうでしょうそうでしょう。どこの馬の骨とも分からぬ豚とくっ付いてしまっては、ルカの価値が下がります。姉としてそんなこと許せません。寂しいし結婚などしばらくは認めません!」


「なんか最後のほうは完全に姉さんの願望入ってない?」


「入ってません。さ、次は体を洗いますよ」


 桶に入ったお湯をばしゃっと俺の体にかける。


 適当にはぐらかされたが、姉さんって意外とブラコンなのか? 俺も姉さんのことは嫌いじゃないが、そこまで心配されるほど仲がいいとは思っていなかった。


 嬉しいやら子供扱いされているようで悲しいやら複雑だ。


 でもまあ、姉さんが味方でいてくれる間は安心だ。もしものことがあっても「助けて姉さん!」と呼べば助けてくれるだろう。


 相手が圧倒的格上であれば、な。




「しばらくお湯に浸かったあとは食事にしましょう。料理の美味しい店を知っています」


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