第55話 凶暴

 久しぶりに見たノルン姉さんの実力は、色あせるどころか急成長していた。


 少しくらいは善戦するかな? と思っていたはずの三人が、手も足も出なかった。おそらく、俺が全力で戦っても彼女に傷を負わせられるかどうか……。


 これが、たった一つの能力を極限にまで磨いた天才の力。


 ——悪くない。俺はこれより強くなれるのだと思うと、胸の高鳴りを抑えられなかった。


「試合終了ですね。もう見るものは何もありません」


 絶望した顔を浮かべる三人を見て、ノルン姉さんは深いため息を漏らした。


「これがルカに選ばれた才能ですか。正直、期待外れもいいところ。悪いことは言いません、ルカに近付かないでください」


 ぴしゃりとノルン姉さんはコルネリアたちにそう告げた。


 厳しい言葉だ。納得がいかないとコルネリアが吠えた。


「なんで……なんでノルン様にそんなこと言われなきゃいけないの!」


「あなた方がまがい物の不純物だからです。ルカとは生きる世界が違う。どれだけ綺麗で高価な水も、泥が混じればゴミになる」


「ご、ゴミ……」


 直接的な表現こそ避けたが、間違いなくコルネリアたちのことをボロクソにこき下ろしていた。


 いくらなんでも言いすぎだと俺は口を開く。だが、それより先にノルン姉さんが続けた。


「見れば分かります。ルカはさらに強くなった。15歳の時の私を圧倒できるほどの実力がある。しかし、周りを這いずるのは虫けらばかり。これをどう許容しろと言うのですか?」


「皇族を虫けら呼ばわりはまずいよ、姉さん」


「邪魔しないでください、ルカ。言って分からないようなら、体に刻み込むかいっそこの場で殺したほうがマシです」


「バイオレンスだなぁ」


 ノルン姉さんは基本的に冗談を嫌う傾向にある。彼女が殺すと言った以上、そこには殺意以外の何もない。


 ぴりぴりと震え始めた空気。俺は肩をすくめて彼女に言った。


「ダメだよ、ノルン姉さん。コルネリアたちは俺の仲間だ。必要な存在だよ」


 確かに実力は俺に遠く劣る。が、彼女たちの持つ知識は重要な成長材料になる。


 何より、シェイラとコルネリアはメインヒロインだ。この場で殺すには惜しい。


 ジッとノルン姉さんの眼を見つめて懇願する。許してくれ、と。


 彼女もまた俺の目をジッと見つめてから……再びため息を吐いた。


「……分かりました。仕方ありませんね。ルカにそこまで頼まれてしまっては、玩具を勝手に壊せません」


「玩具って言うのは大切に扱わないと」


「私、そういうの苦手なんですよねぇ」


 知ってる。


 姉さんがかつて様々な問題を起こした件は家族の誰もが周知のことだ。


 当主に喧嘩は売るのはイかれた発想だが、ノルン姉さんに喧嘩を吹っかけるのもぶっ飛んだ発想だと言われている。


 果たして何人が、彼女に酷い目に遭わされたか。短期間とはいえ弟子だった俺も、かなり苦しめられた。


「それより、もう一度確認してもいいかな、姉さん」


「なんですか?」


「どうして姉さんがここにいるの? 何か王都で用事が?」


「ルカに会いに来ました」


 彼女は太陽のように眩しい笑みを浮かべて抱き付いてきた。


 ぐぬぬぬぬ! 胸が当たって幸せ——かと思えばドラゴン並みの腕力で骨が軋む。


 いい加減、この意味不明なスキンシップをやめてほしい。だが、それを前に言った時、彼女はこの世の終わりと言わんばかりの絶望顔を浮かべた。


 そして実家にあった訓練場が崩壊したのは忘れられない。


 要するに、過度なストレスを与えると彼女は暴走する。学院くらいなら数分で全壊してしまうだろう。


 俺は自分の遊び場を守るために我慢した。


「普通、弟に会いに行くだけじゃ当主様が許さないと思うけど?」


「あの老骨は口うるさいですからね。そろそろ殺そうかと思っています。ですが、ルカに会いに来たというのは本当ですよ? 少しばかり理由をでっちあげましたけど」


「でっちあげた?」


「近日中に行われるコロシアムでのトーナメント戦ですよ。それにわたくしも参加しようかと」


「やめてあげなよ。死者が出るよ」


 一応、トーナメント戦は二つの組に分かれる。


 一つは成人以下の部。これに俺たちが参加する。


 そしてもう一つは成人以上の部。姉さんはとっくに成人を迎えているからこちらに入ることになる。


 しかし、最強の武力を誇るサルバトーレ公爵家の悪鬼ノルン姉さんを運営側が参加させたがらないと思うけど……確か、前に大会に参加して三人もの参加者を斬殺したはず。


 殺された男たちは犯罪を繰り返す極悪人だったが、当時観客たちは問題無用で相手を殺害したノルン姉さんに酷く怯えたらしい。


 俺だったらそんな危険人物参加させない。殺された犯罪者たちと違って、ノルン姉さんは身元がハッキリしてるからね。


「安心してください。ちゃんと手加減します。それに、別に参加しなくてもいいですしね」


「あくまで俺に会いに来たと」


「そういうことです。ふふっ。久しぶりに姉弟水入らずで楽しみましょう」


 俺は抱き締められたままノルン姉さんに誘拐された。


 体が動かせないため眼でコルネリアたちに訴えかけるが、全員、首を横に振って俺に無言で告げた。「諦めろ」と。

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