第54話 力の権化
いきなり現れたノルン姉さんの提案により、俺を除く三人とノルン姉さんが模擬戦を行うことになった。
中心から離れた俺が、向かう合う四人の顔を見て告げる。
「それじゃあ……各々準備はいいか」
「問題ありません」
「いけるよー!」
「平気」
「任せなさい」
ノルン姉さん、コルネリア、シェイラ、ルシアの順番に答え、それぞれが武器を構える。
コルネリアたちが死なないよう内心で祈りながら、振り上げた手を素早く振り下ろした。
「試合、開始!」
スタートの合図を聞いた瞬間、真っ先にコルネリアが駆けた。協調性なんのその、個人プレイでノルン姉さんに挑むつもりだ。
対するノルン姉さんは、コルネリアの動きを見たあとで——何もしなかった。視界にコルネリアを入れたまま棒立ちする。
「油断大敵ですよ、ノルン様!」
オーラで強化されたコルネリアの脚力が、瞬間移動ばりの速度でノルン姉さんに迫る。手にした剣を大振りで振り下ろした。
その一撃を、ノルン姉さんは左手を持ち上げて防御する。
手じゃない。人差し指と中指だけでコルネリアの剣身を挟み、止めた。
「ッ⁉」
まさか指二本で止められるとは思っていなかったコルネリアは、珍しく驚愕を浮かべる。
間違いなくコルネリアは全力で斬り込んだ。しかし、ノルン姉さんは涼しい顔で防御する。
「油断? 面白いことを言いますね。余裕、と言うんですよ」
にやり、と笑いながらノルン姉さんが指に力を入れる。
オーラで強化されているはずのコルネリアの剣身に、わずかにヒビが入った。
「ちょっ⁉」
馬鹿力にもほどがある、とコルネリアの驚きがさらに増した。
そこへ、横から二つの炎が飛来してくる。
シェイラとルシアの魔法だ。同時に、左右からノルン姉さんを挟む。
爆音が鳴った。遅れて煙の中からコルネリアが出てくる。剣はギリギリ無事だ。まだ使える。
「命中」
「少しはダメージになったかしら?」
呟く二人に対して、煙が晴れた先で、
「けほ、けほっ。臭いのはあまり好みではありませんのに……酷いことをしますね」
無傷のノルン姉さんが左手をぱたぱた左右に振った。
「チッ。服に焦げ跡すら残ってないわね」
その通り。ノルン姉さんはオーラで衣服を覆っている。二人のほぼ全力に近い一撃を受けてもかすり傷一つ、火傷もわずかな糸のほつれも見つからない。平然とそこに立っていた。
「強すぎる。全員で同時に攻撃しても防御力を突破できない……」
シェイラが絶望的なまでの戦力差を悟る。
だが、コルネリアはそれでも諦めなかった。
「だとしても、一矢報いてみせるよ~!」
身を低くして地面を蹴る。最速でノルン姉さんに近付き、足を剣で払った。
残像すら発生させる速度で振るわれた神速の一撃、それすらノルン姉さんは防御する。
わずかに上げた足が、もう片方の足に剣が届く前に——踏みつけた。
ギイイイインッッ‼
直後に、剣身が半ばで折れる。地面が数メートル先まで砕け凹んだ。
今回もしっかりコルネリアはオーラで剣を覆っていた。だが、ノルン姉さんには関係ない。半分も力も出さずともコルネリアを圧倒できる。そういう人だ。
「あら、剣が折れてしまいましたね。新しい得物を用意してください」
「……いらない!」
「!」
最初から剣が折られることは想定内だったのか、短くなった剣を持ったままさらに一歩前へコルネリアは踏み出した。
普通、武器が折られたら体勢を整えるために後ろへ下がるのが常識だ。折れた剣ではまともに戦えない。
しかし、そこをあえて前に出ることで攻撃に繋げる。それがコルネリアの選択。
ここにきて初めてノルン姉さんが驚いた。少しだけ眉が上がる。
コルネリアは刺突の要領で折れた剣を前に突き出す。狙いはノルン姉さんの顔面だった。
えげつない攻撃するなぁ。当たれば常人は即死だ。……常人ならな。
「残念でした」
ぴたっ。
ノルン姉さんとコルネリアの剣の間に、一本の人差し指が差し込まれる。
小さく華奢な指だったが、その先端がコルネリアの剣に当たって勢いを完全に殺す。
コルネリアの全力は、手加減した状態のノルン姉さんの指一本分にすら満たない。その事実に、コルネリアが言葉を失った。
いくら押してもそれ以上は剣が進まない。超えられないほどの力の差があった。
「——どきなさい、皇女様!」
絶望するコルネリアの背後から、ルシアが魔法を繰り出す。
その魔法は、俺が少しだけ教えた複合魔法だった。
彼女は天才だからすぐに覚えるとは思っていたが、ぶっつけ本番でいきなり火属性と風属性を混ぜて魔法を放つとは。
不完全ではあるが、本来より遥かに高威力の魔法がノルン姉さんへ向かって飛んでいく。
それを見たコルネリアが身を引いて横に跳んだ。
狙いはばっちり。ノルン姉さんが炎に包まれ——。
「暑い」
バシンッ。
小さく呟いたノルン姉さんが、左手の甲でルシアの複合魔法を殴った。
パァァァンッ! という炸裂音を響かせて、複合魔法は無残にも消滅する。
何をしても彼女には届かない。その事実を、ようやく全員が知ることになった。
いや強すぎるだろ。
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