第89話 悪魔じゃないよ?

 偶然にも誘拐される予定だったウサギ獣人の少女・アナを助けた俺。


 彼女はゾラ連邦の長が一人、議員の愛娘だ。偉い人の娘。それってつまり、報酬も期待していいよねってこと。


 俺は地面に膝を突き、倒れたままの彼女になるべく視線を合わせた。


 ふふふ。そんなに恐れる必要はないよ? 俺は味方さ。ゾラ連邦には恩を売っておきたいし、今後それは何かの役に立つ。そうでなくとも彼女はクーデター側、議員側双方への切り札になるかもしれない。こんなおいしい駒、簡単には壊さないよ。


 そう思って優しく話しかけてやっているのに、なぜかアナは顔色がずっと悪かった。震える声で俺に問う。


「お……恩、ですか……」


「ああ。お前が命の恩人に恩の一つも返したくないって言うなら、それはそれでしょうがないな。大丈夫。身の安全は保証するよ」


 あくまで今は、な。


 役に立たない手札など雑に切るに限る。クーデター側の仕業に見せかけて殺したっていいんだ。それか、クーデター側に引き渡すのも悪くない。向こうのほうが支払い能力は高そうだしな。


 そんな俺の内心が聞こえたはずもないが、急にアナの表情が青を通り越して黒くなった。とっても不安そうな顔色だ。


「か、返します! ウサギ獣人は受けた恩は返します!」


「……うん、よろしい。礼儀を弁えた子は好きだよ」


 金の卵——じゃなくて優しい子は大切にする主義なんだ。利用価値って凄く大事だよね。


 俺はにっこりと微笑む。これでも絶世の美男だと言われているが、ウサギ獣人ちゃんには悪魔にでも見えているらしい。一向に顔色がよくなることはなかった。


 しかも、背後から、


「むっ。ルカはこういうちんちくりんが好みなの? 私よりも?」


 コルネリアの殺気を感じた。向けられているのは俺じゃない。俺の前にいるアナだ。余計に体が強張ってガタガタ震えている。可哀想に。


「おい、コルネリア。あんまり俺の道具……ごほん。彼女を怖がらせちゃダメじゃないか。安心しろ、お前のほうが大切だよ」


「えっ……ほ、本当?」


 しおらしく頬を赤く染めてもじもじし出すコルネリア。


「本当本当」


 アナの代わりはいるが、コルネリアの代わりはいない。最悪アナは死んでも他の議員の息子やら娘を拉致——遊びに誘えばいいが、コルネリアはそうもいかない。彼女は大切な仲間だ。


「ならいいやー。よかったね、ウサギちゃん。でも、あんまりルカに迷惑かけちゃ嫌だよ? 私、何するか分からないから」


 にこり、と微笑むコルネリアにアナは激しく首を縦に振った。そんなに振ると首がもげるかもしれないぞ。それはそれでちょっと見てみたいけど。


「じゃあ話を戻そうか。君は俺たちに何をくれる? できればお父さんに紹介してほしいな」


「ち……父に? どうしてですか?」


 おっ? さすがにビビりのウサギ獣人でも自分の父親は大事らしい。これまでとは打って変わって表情が真面目なものに変わった。少なくとも俺を警戒している。


「大したことじゃない。ちょっと君のお父さんに話があるんだ。それはもう、大事な話が」


「…………」


 じーっと俺の顔を見つめるアナ。彼女の瞳には、「信じられない! 絶対怪しい!」という言葉がありありと滲んでいた。


 心外だな。俺ほど真摯な人間は他にはいないぞ? (利用できる奴には)優しいぞ?


「分かり……ました。父に会わせればいいんですね?」


「話が早くて助かる」


 いいね。利口と言われるだけあるな、ウサギ獣人。


「そんな些細なお願いでいいの? ルカ。命を救った対価には見合わないと思うけど……」


 後ろでルシアが怪訝な顔をする。


「お前の気持ちはよく分かるが、別に金品をもらっても嬉しくないしな」


 だったら少しでもクーデターで有利に立ち回れるほうがいい。情報と備えは何よりも大事だ。


「この子にはもっと利用価値がある。父親を使えば少しは楽しめるはずだ」


 例えば中央にある建物に来賓として俺たちを入れろ、とかな。


 襲われる議員たちの内部情報も集められれば吉だ。詳しい話とか原作には載ってなかったし。それを利用したゆすりも可能だ。


 ククク。どう転んでも俺には利益がある。


「父を……あまり苦しめないでください」


「ん? 変なことはしないさ。お前の父親が素直に口を開いてくれるならな」


「喋らなかった場合は?」


「そりゃあ……喋りたくなるよう努力するしかないな」


 俺って会話が得意だからさ。いろんな方法で聞きだせばいいんだ。それはもう、頑張って頑張って、ね。


「…………」


「今さら後悔しても遅いぞ、アナ。もうお前は俺の手を取ったんだ。それに……素直に話してくれるんだったら守ってやるさ。邪魔する連中からな」


 別に議員の一人や二人くらい死のうと関係ないが、恩人という立場は悪くない。今回のイベントが終わったあと、ゾラ連邦にある遺跡を見せてもらうのもありだしな。


 本当に俺は、彼女を助けられてよかった。心底そう思うよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る