第90話 対面
ゾラ連邦の議員の娘アナを助けた翌日。
「ルカ~、本当に一人で行くの?」
宿の一室を出た俺に、廊下でコルネリアが声をかけてくる。
「コルネリアか。ああ。お前たちを連れて行っても退屈するだけだしな。ゆっくり休んでてくれ」
「はあい。でも何かあったらいつでも呼んでね? 騒ぎを聞きつけてそっちに行くから」
「できるなら別にいいが……くれぐれも辻斬りとかしないでくれよ?」
「我慢しますっ」
我慢するようなことなのか……。
相変わらずコルネリアの頭のネジが吹き飛んでいた。原作だともっと理知的で優しいキャラだったのに、どうしてこうなったのか。俺の教育の賜物とは思いたくない。
「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃーい」
手をひらひらと振るコルネリアと別れて宿を出た。アナと待ち合わせしている中央の広場へ向かう。
▼△▼
ゾラ連邦首都にある中央広場には多くの亜人たちが集まっていた。
友人と談笑する者。露店を開く者。その露店で食べ物や飲み物を購入する者。元気よく走り回る者。大道芸をする者。大道芸を見る者など数えるだけでもひと苦労だ。
そんな中、ぽつーんと広場の隅に立っているアナの姿を見つけた。
「さすがに律儀だな、ウサギ獣人」
約束した時間より早く着いたのに、その俺よりも早く着いている。俺に会うのが楽しみだった……わけないな。昨日の様子からして。
しかもこれから俺は、彼女の案内で議員であるウサギ獣人——アナの父親に会う。半ば脅したこともあり、彼女からの印象が悪いのは承知の上だ。
ゆっくり歩みを進めアナの前に立つ。彼女もまた俺に気づいた。
「ルカ様……ですね」
「昨日と同じ仮面だから分かるだろ?」
「まさか仮面を付けて来られるとは思いませんでした」
「素顔を見せられない事情があるんだ、察してくれると助かる」
「はぁ」
よく分からないといった風にアナは答える。さほど俺の素性には興味がないらしい。俺としても無駄に詮索されたら困る。
「では、私の屋敷へ行きましょう。くれぐれも派手なことはなさらないように。無駄な騒動を生みますよ」
「なに、いざとなったら邪魔する奴を全員殺せばいいんだ。簡単だろ?」
「ッ……!」
びくんっ、とアナの肩が跳ねた。緊張しているのか不安なのか顔色が悪い。
「冗談だよ、冗談。空気を和ませようとしたんだ」
「ルカ様にはあまり冗談のセンスはありませんね……ハァ」
呆れたようにアナがため息を零して歩き出した。その背中を追いかける。
「言うねぇ」
自分じゃ中々のセンスだと思っていたが、アナにはウケなかった。残念だ。
そのまま言葉を交わすことなく広場から離れ、屋敷の並ぶ一角へ足を踏み入れる。
「……この辺りはずいぶん大きな建物が多いな」
「多くの議員が屋敷を建てましたからね。他にも金を持つ有識者なども住んでいます」
「人間で言うところの貴族街みたいなものか」
「そうなんですか? 私は人の街に行ったことがないのでよく知りません」
「似てるよ。やっぱり同じ人だな」
「…………」
なぜか黙るアナ。俺の言葉を噛み締めているように見えた。
歩くことしばらく。一軒の屋敷の前で彼女は足を止めた。
「ここが私の屋敷です」
「おー……立派じゃん」
議員の屋敷なだけあるな。
黒塗りの柵に覆われた屋敷の正面、門を開けて中に入る。門の前には二人の兵士が立っていたが、アナが「この人はお客様です」と言って問題なく通り抜けることができた。
庭もしっかり手入れされているし、ずいぶんお金がかかってるな。サルバトーレ公爵家なんて頻繁に家族が荒らすから割とめちゃくちゃだぞ。使用人たちがよく嘆いている。
「どうぞこちらへ。父は書斎にいるはずです」
扉を開けて中へ。室内もなかなか金持ちっぽい装飾が施されていた。骨董品も置かれている。
「父親には何も言ってないのか?」
「伝えてありますよ。ただ、父は忙しいので」
「議員だもんな」
「ええ」
アナと共に一階の奥へ。
議員相手でも俺は臆することはない。例え貴重な時間を奪おうとも俺の用件のほうが大切だ。それくらい堂々とする。
少しして一室の前に到着した。コンコン、と控えめな力で扉がノックされる。
「お父様、いらっしゃいますか」
「ああ。件のお客さんが来たようだね。入ってくれ」
「失礼します」
「お邪魔しまーす」
適当に答えて中に入る。
まさに書斎って感じの空間だ。部屋中に本棚が置かれ、大量の本が収まっている。
「君が娘を助けてくれたルカくんだね」
「そうだ……っと、悪いが敬語は無しでいかせてもらうぞ。苦手なんだ」
「構わないとも。娘の話によると君は相当な手練れらしい」
「ウサギ獣人なのに力で上下関係を決めてもいいのか?」
「所詮は力が全てさ。だからアナは死にかけたんだ」
「利口だな」
話が早くて助かる。
俺はアナの父親の対面に座る。ソファが柔らかい。
アナが父親の隣に腰を下ろし、話が始まる。
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