第91話 護衛
対面の席にゾラ連邦の議員が座っている。
娘から俺がどういう存在が教えてもらってるはずだ。にもかかわらず涼しい表情でこちらを見ていた。肝が恐ろしく据わっているな。
「今日は時間を作ってくれて助かる。話というのは一種のお願いだな」
「お願い?」
「今後、あの中央の建物に俺と仲間たちが入れるようにしてほしい」
「む……それはなかなか難しい注文だな」
先ほどまでの余裕の表情が崩れる。
「君も知っているだろ? この国ではあらゆる物事が多数決で決められる。私の一存だけでは許可されない。特に議員たちが集まる会議の場に、不審な人物を入れるとなると確実に反発を招く」
「まあそうだろうな」
予想通りの返事だ。
「最初から私の返答が分かっていたようだね」
「分かった上で一応な。でも方法はある」
「方法?」
「あんたが俺や仲間のことを誰にも伝えなきゃいい。あとはこっちで勝手にやる」
「侵入するというのか」
「ああ」
おっさんの言う通り俺は部外者で不審者だ。今も仮面を付けている。俺が議員の立場だったら絶対にこんな奴は入れない。だから、誰にも伝えず、警備の数と配置を教えてくれればいい。穴の一つくらいあるだろ?
「なるほど。確かに君が勝手に侵入する分には問題ない。私たちはそれを知らない——ということになっているのだからな」
「話が早くて助かる」
「だが、こちらとしては聞いておきたい。そもそも君はあの建物に侵入して何をするつもりだ?」
ジッとウサギ獣人のおっさんが俺の顔……仮面を見つめる。
何も話さずに今回の話を受け入れるのは無理ってか? 例え命を奪われても国のために——って顔だな。
立派だ。クーデターなんぞ考えた馬鹿にも見せてやりたい。
命すら投げ打つ覚悟を持ったウサギ獣人に拍手を。その献身に俺も応える。
「俺は何もしないさ。ただその時を待つだけ」
「その時? あそこで何かが起きるとでも?」
「ククク……どうせ賢いウサギ獣人のことだ、少しくらい把握してるだろ? この国で怪しい連中が暗躍してることくらい」
「…………クーデターか」
「正解」
やっぱりウサギ獣人はすでに情報を持っていたのか。とはいえ疑うほどのものではないだろうが。
「君はクーデター側の亜人かい?」
「違う。むしろクーデターを防ぐためにあの建物に入りたいんだ。お前ら議員を特別に守ってやるよ」
「我々を守る?」
「じゃなきゃ、あんたの子供を馬鹿正直に連れ帰ってきたりしない」
俺が敵側だったら彼女をそのまま誘拐している。
それが分かっているのか、ウサギ獣人のおっさんはぴこぴこ耳を揺らして頷いた。ちょっと可愛いな。あの耳触らせてくれって言ったら許可されるのか? ……無理だな。俺だったら斬り殺す自信がある。
「信じよう。君の言葉には嘘がないように見える」
「元来正直ものなんだ、俺は」
「それは嘘くさいな」
「おい」
本当に俺は嘘なんか吐かないぞ。
「ではこうしよう」
パン、とウサギ獣人のおっさんは手を叩いて鳴らす。
「君には私の護衛を頼みたい」
「護衛?」
「私は自分で言うのもなんだが、この国ではそれなりに偉い獣人だ」
「議員だからな」
「うむ。そんな人物に護衛がいらないとでも?」
「悪いが俺たちは慈善団体じゃないんでな……いや、待てよ?」
もしや、とある考えが脳裏に浮かぶ。その瞬間、ウサギ獣人のおっさんは口端を持ち上げて笑った。
「気づいたかね? 私の護衛はあの建物の中に入れる。どこに敵がいるか分からないからな」
「悪くない」
むしろ今までで一番の案だ。誰かを守るとかクソめんどくせぇこと考えもしなかった。
「けど、俺はこの仮面を外せない。それでもいいのか?」
「問題ないだろう。護衛の中には全身騎士甲冑を付けた者もいる。仮面くらい誰も気にしないさ」
「それはそれでいいのか……」
「問題を起こせば責任を取らされる。犯罪者を連れて歩く者などおらん」
「どうかな? 議員の中にだって保守派じゃない奴はいる。クーデター側と繋がっている奴がな」
「ッ。やはりいるのか、我々の中に裏切り者が」
ギリリ、とウサギ獣人のおっさんは奥歯を噛み締める。思い当たる人物がいそうだな。
「とりあえず、あんたの意見を採用する。俺ともう一人、ルシアって女を護衛にしてくれ」
「承知した。話は以上かな?」
「以上だ。今日は有意義な話ができてよかったよ。アナもまたな?」
仮面の内側でにやりと笑って立ち上がる。俺の表情が見えたわけじゃないだろうが、おっさんの隣に座っていたアナの肩がびくりと震えた。
そんなにビビらなくてもいいのに。別に取って食べたりしないよ。俺はウサギは愛でるタイプだ。
見送りはいらないと告げてウサギ獣人の邸宅を後にする。これで俺の計画は大きく動き出した。クーデターも間もなく始まる。その前に一度、議員たちの顔を拝みに行くのも面白そうだな。
——————————
【あとがき】
タイトルを見た方は知っていると思いますが、本作の書籍化が決定しました!
ちゃんと面白く書き直すので、ぜひ本が出た際は手に取っていただけると嬉しいです!
そして大変申し訳ありません。書籍作業などが立て込んでまして、今後更新が不定期になります。
おそらく週1かな?と考えていますが、それすら難しい可能性もあるので予めご了承ください……。
【web版】最強の悪役が往く~実力至上主義の一族に転生した俺は、世界最強の剣士へと至る~ 反面教師@6シリーズ書籍化予定! @hanmenkyousi
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