第80話 前途多難

 ゾラ連邦。


 亜人たちが作った国の一つ。複数の種族のトップが間接民主制に物事を決める珍しい国だ。要するに前世の日本とほぼ同じ。


 議員と呼ばれる九人のメンバーが政を取り仕切り、ほぼ全ての議案が多数決によって可決される。


 例えば議員の一部はエルフにウルフ種、ドワーフにマーメイドと統一性はない。それぞれ選ばれた種族の中から最も賢いか最も強い者が選ばれる。当然、種族ごとに価値観も主張も違う。


 エルフは自然を大切に守る保守派。ウルフは好戦的で軍事に力を入れている。ドワーフは主に交易。要するに商いを担い金にうるさい。マーメイドはエルフと一緒で水源などを大切にし、争い事を嫌う。


 こういった多種多様な価値観を一つにまとめ上げながらゾラ連邦は穏やかな統治を行ってきた。


 ちなみにゾラ連邦のゾラとは、建国に協力したリーダーの名前らしい。種族などは不明。亜人の平等なる生活のために立ち上がったのだとか。




「……とまあ、ゾラ連邦に関してはこんなところですね」


 説明を終えたシェイラが「ふぅ」と一息吐く。


 彼女は日頃から本を読み耽っているだけに博識だ。帝国とあまり関係性のないゾラ連邦のことまでよく知っていた。


 話を聞いていた俺たちの内、コルネリアとルシアが「へぇ」と興味無さそうに相槌を打つ。


 俺はゲーム知識でゾラ連邦に関してはそこそこ詳しいが、自分から学ぼうとしない限り話題にすら挙がらないゾラ連邦をルシアもコルネリアもほぼ知らなかった。というか、二人は勉強事が嫌いなタイプである。特にコルネリアは酷い。


 幼少期、彼女に勉強を教えるために家庭教師が俺の所まで頭を下げに来るほど彼女は逃げ回っていた。


 個人的にはコルネリアに余計な知識を付けられても困るため、最初は断っていたが……徐々に報酬を出してくるようになり、皇族への貸しを作るために無理やりコルネリアを捕縛していろいろ教えてやった。


 懐かしいね。その甲斐もあってコルネリアはギリギリ最低限の知識を身に付けた。本当にギリギリではあるが(倫理観は終わってる)。


「前にも話に出ましたが、そもそもゾラ連邦が建国に至った理由は、亜人に対する人間の差別や迫害にあります。当たり前ながらゾラ連邦ではその歴史を大半の方が学びます。人間への当たりはものすごく強いですね」


「町中に入って人間だとバレたら大変だって言ってたわね、ルカが」


「はい。下手すると殺されてもおかしくありません」


「私たち全員が帝国の貴族と皇族なのよ? そんな真似をしたら困るのはゾラ連邦のほうじゃない。帝国を敵に回したいの?」


「それだけ恨まれているってことですよ、ルシア様」


「むぅ……私は同じエルフなのに」


 ぶすっと頬を膨らませるルシア。くすくすっとシェイラはそんな彼女を見て笑った。


「むしろだからこそ連中はルシアを殺したがるんだよ。モルガンやその仲間のエルフは、プライドも何もかもを捨て去って人間に媚びを売ったエルフの恥さらしだとな」


 帝国には人間以外の種族がいる。エルフのモルガンやドワーフのユーミルとかな。


 しかし、その二つは差別も迫害もされていない。人間に協力し、自らの力を示して成り上がった一族だからだ。


 そのせいで余計にゾラ連邦にいる亜人たちからは目の仇にされている。ルシアの場合は他のエルフ族と遭遇したらマジで血を見ることになるかもしれないな。それはそれで面白そうだが。


「何が恥知らずよ! ゾラ連邦にいるエルフなんて引き籠りの馬鹿ばっか。せっかく魔法の適性があるのに力を誇示しないなんておかしいわよ」


「それは一利あるね~。負けるのが怖くて逃げたグズばっかり」


 珍しくルシアの言葉を肯定するコルネリア。ルシアも気分がよくなる。


「そうそう。力って言うのは使わなきゃ意味がないのよ。何かを守るためだとかくだらない理由はいらないの。自分のものなんだから自分のために使わなくちゃ!」


「私はルカのために使うけどね」


 別に大して狭くもない馬車の中でやたら密着してくるコルネリア。暑苦しいと言っても聞いてくれない。


「エルフ族を馬鹿にするのはいいが、勝手に喧嘩するなよ。殺したい奴がいたらクーデターの時まで待て。そのゴタゴタの最中ならバレない」


「「はーい」」


 ルシアもコルネリアも声を揃えて頷く。


 うんうん、かなりいい感じだな。俺の指示ならしっかり聞いてくれる。


「さて……ゾラ連邦まであとどれくらいかな?」


「数日は他の町を経由しながら馬車の旅ですね」


「シェイラの本でも読むか」


「どうぞ。お気に入りのものを持ってきました」


 コルネリアは昼寝を。ルシアは魔力の操作訓練を。俺とシェイラが本を読み、穏やかに旅は続く。


 やがてゾラ連邦の国境を越え、首都まで俺たちの馬車は止まることなく——。




「おい! 馬車から出てこい! 人間!」




 突然、俺たちの乗っていた馬車の前に獣人と思われる一団が立ち塞がった。


 獣人たちは馬車を取り囲み、殺意を放ちながら武器を構える。実に、穏やかじゃない空気だ。


 おそらくゾラ連邦にいる盗賊みたいなもんだろ。俺は深いため息を吐きながらコルネリアに指示を出す。




「コルネリア……三人だけ残せ」

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