第74話 悪役の物語
目の前でエイデンが苦しそうに悶えている。
悲劇の主人公っぽく見せるのはやめてくれ。俺はエイデンに感情移入しないし、この世界では弱者は淘汰されるものだ。
本来誰かを導く立場にあるお前が、誰かに手を差し伸べられる側に立つなよ……。
「どうした? 早く祈祷を使えよ。忘れた——なんて言わないよな」
俺はエイデンが立ち上がるのを待った。
すると、多くの観客たちの前で醜態を晒した男は、口に付いた血を拭こうともせずに呻いた。
「……なんでだ……」
「ん?」
「なんで、お前ばかりそんなに強くなれるんだ!」
じろり、とエイデンの鋭い視線が俺の顔に突き刺さる。
こんな状況でもエイデンの目は死んでいなかった。それでこそ主人公。物語の主人公には諦めない心が必須だな。
「なんでと言われてもな。俺は強くなるために努力した。努力するのが当然だった。死に物狂いで頑張った。それ以外に理由が必要か?」
実際に死にかけたこともある。何度もある。
エイデンは違うのか? 強くなるために死に物狂いになったんじゃないのか?
この世界では強者こそがルール。弱ければ何も守れないし何もできない。
俺はただそのルールに従っただけ。強くなりたいと思ったから強くなった。
口ぶりから察するに、エイデンは違うらしい。
恵まれた才能を持ちながら、死に物狂いにはなれなかったと。
気持ちは少しだけ分かる。分かるだけで同情はしない。
「ふざけるな……! 俺は、お前に勝ちたくてずっと努力を続けてきたのに……!」
「入学してから少しの間な」
「それでも努力だ! 立派な努力だ!」
なおもエイデンは叫ぶ。
震える体をなんとか押さえながら立ち上がった。さっさと祈祷で傷を治せばいいのに。
「お前は勘違いしてるようだな」
「あぁ⁉」
「努力っていうのは、して当たり前なんだよ。結果を出したいんなら努力する以外に道はないだろ」
「ッ!」
図星を突かれてエイデンの口が止まる。
そうだよ、そうなんだよ。
努力は結果を求めるならして当然。努力しなきゃ結果はついてこない。
俺が天才だったから? 違う。
才能はたしかに存在する。生まれた時から決まっている。
だが、天才は当たり前のように努力する。常人が血反吐を吐くような壁を当たり前のように超えようとする。
だから天才なんだ。
落ちこぼれる奴は所詮、何もかもに理由をつけて努力をしないだけ。
自分の弱さを言い訳に使うな。使うなら結果を求めるな。
どれだけ自分を立派に見せようとしても、世界とは結果だけを見て動く。
結果の伴わない努力に意味がないように、努力を否定する馬鹿も無意味だ。
「何度も言ってやる。努力をするから結果が生まれる。お前のそれは、自分を甘やかして他人に嫉妬してるだけだ」
「ち……違う! 俺は……本当に頑張ったんだ! 誰よりも……努力を……」
「もういいよ。充分だ」
俺は剣を構える。
これ以上の問答は不要。エイデンが自らの努力を肯定したいなら、俺がいくらそれを否定したところで話は平行線のままだ。
これもまた結果で示せばいい。
お前の力が俺を上回れば、エイデンの努力が素晴らしいものだと誰にだって理解できる。
そうでなきゃ……あとは終わりだ。
剣を構えた俺を見て、エイデンも咄嗟に剣を構える。
祈祷を使うくらいの時間は与えた。その意図に気づいたのか、エイデンは祈祷を使って自らの体を正常な状態へと戻す。
これで振り出しだ。ここからは——さらに力を込めて殴る。
オーラの放出量を上げる。その状態で地面を蹴った。
爆発に似た音が響き、俺の姿はエイデンの前からかき消える。
「なっ!」
エイデンが驚くのもつかの間。
彼が反応できない速度で正面から迫り、がら空きの胸元に木剣を叩き込んだ。
「ぐはっ!」
エイデンが血を吐いて吹き飛ぶ。
今度は遠慮無しの一撃だった。エイデンはオーラで俺の攻撃を防ごうとしたが、エイデン程度のオーラでは完全に衝撃を殺すことはできない。
見事、エイデンはリングの外へ出る。
ガリガリと地面を削り、最後には観客席の下、壁に埋まって盛大な音と土煙を立てた。
一瞬、コロシアム内が沈黙に満たされる。
静寂を切り裂いたのは、遅れて届いた司会の声だった。
「しょ……勝者、ルカ・サルバトーレ‼」
シェイラ、コルネリア、ルシアの三人が大きな声で「さすがルカ様」「ルカ、カッコいい~!」「やるじゃない」と声援を送ってくれた。
他の観客たちは無言だ。俺の超絶パワーに驚いてくれたかな?
派手さはルシアとシェイラに劣るが、オーラによるシンプルなゴリ押しはそこそこ畏怖の感情を与える。
なぜなら、オーラは目に見えにくい力だ。外から見る分には、俺が軽く木剣を振って、それに当たったエイデンが馬鹿みたいな速度で壁にめり込んだように映る。
人は、理解しにくい力に恐れを抱く。
魔法と違った、見た目では分かりにくい力には特に。
「つまらなかったな。もう、アイツはいいや」
意識を失ったエイデンを一瞥すると、踵を返して観客席のほうへ戻る。
これは、俺の知らない物語。
もはや、俺のための世界かもしれない。
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