第75話 本気の殺し合い

 エイデンとの戦いが終わる。


 結局のところ、アイツは何も成長していなかった。ぬるま湯の中で必死に泳ぎの練習をしようと、激流を味わったこともなきゃ必死にはなれない。


 井の中の蛙。


 俺は、変にアイツに期待しすぎたのかもしれない。


 いや……そもそも俺の期待がおかしな話だった。


 原作の主人公なら、選ばれた人間なら自分の努力を容易く超えられるはずだとばかりに思っていた。


 それは間違いだ。


 この世界では俺もエイデンも等しく価値は同じ。盤上に並んだ駒の一つにすぎない。


 すでにルートがねじ曲がっているように、エイデンの才能もまたゲームの頃とは違う。


 彼はもう、ユーザーに操られるだけの偶像ではないのだ。


 そこにいて、たしかに俺と同じように呼吸をし、俺と同じようにもがく一人の人間……。


 そう思うと、俺の期待はむしろ残酷なだけだった。


 彼には彼の物語がある。

 俺には俺の物語がある。


 それは交わることがないかもしれない。交わらないほうがいいのかもしれない。


 もはや俺には、幼少期ほどの想いが無かった。


 むしろ固執していたのは——。




▼△▼




 試合を終わらせた俺は、手を振るコルネリアたちの下へ戻った。


 席に座る俺を見て、コルネリアが不思議そうに首を傾げる。


「あれぇ? どうしたの、ルカ。表情が暗いよ」


「……なんでもないさ」


 俺の小ささ、この世界をいまだゲームとして捉えている馬鹿な思考に呆れているだけだ。


 簡単には直らないと思うが、今後のことを考えるとこの世界はこの世界なんだと認識しなきゃいけない。


 エイデンにばかり気を配るな。何がきても俺が吹き飛ばせばいい。


 子供の頃に誓った言葉を今さらながらに思い出した。


「そう? でも元気は出したほうがいいよ~。次は私とルカの戦いなんだから」


「他の奴にお前が負けなかったら、な」


「ぶー! 私がルカ以外に負けるはずがないじゃん!」


「悔しいけど、負けた身としては否定できないわね……」


 コルネリアとは反対側に座っているルシアが、恨めしそうにコルネリアを睨む。


 対するコルネリアはドヤ顔で言った。


「ふふーん! 私とルカは最強だよ? 絶対に誰にも負けないもん!」


「今の俺じゃ、まだノルン姉さんにも勝てないけどな」


 敗北を知ってる最強とはこれいかに。


 さっさと敗北を知らない最強になりたいところだ。


「どうせ最強になるからいいの! それより、私と戦う時は本気を出してよ? 殺す気でいくから」


 にたぁ、とコルネリアは笑う。


 俺もくすりと笑って頷いた。


「ああ、もちろんだ。手加減なしでボコボコにしてやるよ」


「うんうん、そうでなきゃ」


 その言葉を最後に、コルネリアは席に座りなおす。


 トーナメント戦は順調に進行し、やがてコルネリアの言うとおりに俺たちの出番がやってくる。


 その日、最後の試合だ。




「さあ、コロシアムに集まった皆様方! 本日最後の試合は……名門中の名門、最強と名高き武力を誇るサルバトーレ公爵家の神童! ルカ・サルバトーレと、無名ながらに怒涛の勢いを見せるリアだぁ!」


「おおおおおおお‼」


 長らく続いたトーナメント戦。最後の目玉の試合が始まるとなって、観客たちのテンションもピークに達する。


 途中からテンションが下がって静かになっていたが、この時のために全員が体力を温存していたのだ。


 司会が場の空気を盛り上げ、コロシアム内に歓声が轟く。


 それを浴びながらリングの上に俺とコルネリアが立った。互いに木剣を手にしている。


「あぁ……! どんな状況でも、どんな場所でも! ルカと戦えると思うと興奮するね!」


 剣を構えるコルネリア。全身から驚くほどのオーラが放出されていた。


 俺もまた、剣を構えてオーラを放つ。


「俺も、お前が立派に成長してくれて嬉しいよ」


 本来のコルネリアより遥かに好戦的で危ない、俺好みの女になった。


 この調子で彼女には俺のサンドバッグになってもらおう。そのために、俺はコルネリアの手を取って力を授けたのだから。


 ほんの数秒、コロシアム内に静寂が訪れる。


 誰もが俺たちのオーラを肌で感じて絶句していた。


 これまでの試合で見せたこともない量のオーラがせめぎ合い、やがて、やや震えた声で司会の男性が試合開始の合図をする。


「それでは、トーナメント戦決勝! 最後の試合を——始め!」


 大きな声が響き、それを聞き届けた俺とコルネリアが同時に地面を蹴る。


 たったそれだけでリングの大半が砕けた。次いで、お互いの木剣がぶつかり合う。衝撃が空気も地面も揺らし、リングは完全に大破する。


「あははは! これじゃあ試合にならないねぇええええ!」


「どうせどっちかが気絶するまで殴り合うんだ、俺たちには関係ないだろ!」


 光が煌めくように俺とコルネリアの木剣が次々に激突を繰り返す。


 その度にリングは砕け、もはや跡形もない。


 場外ルール? 俺たちには関係ない。


 決勝らしい試合をするためにも、どちらかの意識を刈り取るまで俺たちは刃を交え続けた。


 時に魔法を。時に祈祷を。時に呪詛を交えて本物の殺し合いを演じる。


 オーラが使えれば木剣だろうと真剣だろうと関係ない。


 俺の剣がコルネリアの左腕を斬り裂き、断ち斬る。


 片腕を失ってもコルネリアは笑みを崩さなかった。叫ぶように笑い、祈祷で腕を即座にくっ付ける。


 彼女の刃はやはり俺には届かないが、徐々に俺の刃がコルネリアの体を傷つける。


 勝敗は決した。先に一撃を与えた俺の——圧倒的有利だ。

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