第76話 次のイベント

 トーナメント戦、最後の試合。


 俺とコルネリアの戦いは一方的なものになっていた。


 ひたすら俺が剣を振るい、コルネリアがそれを防ぐ。


 かつてリングがあった場所では、コルネリアの悲痛な声が洩れ、観客たちの誰もが否定的な目で俺を見ていた。


 というのも、コルネリアの状態だ。


 彼女はすぐに祈祷で自らのダメージを治したが、続けて俺が武器を持っていた右手すら両断し、腹にも深々と斬撃を受ける。


 女性を相手にまったく容赦のない俺の行動が、彼らにはサッパリ理解できないのだろう。


 理解してもらう必要はないが、すっかりコロシアムの空気は冷え切っていた。


 そんな中で、唯一、コルネリアが牙を剥く。


「はああああ!」


 小さな獅子はまだ諦めていなかった。


 口から大量の血を流し、祈祷を発動する隙すら与えられず、失った右腕の代わりに左手で剣を振る。


 辛うじて血は止めたが、すでに多くの血を流した。もはや彼女の体力は限界のはず。


 それでも諦めないのは、ひとえに俺のため。


 コルネリアは俺のよき好敵手になろうとしていた。


「まだ負けてない!」


 諦めが悪いと笑う者もいるだろう。しかし、俺を含めた何人かの人間には分かる。理解できる。


 鬼気迫るコルネリアの圧こそが、彼女から俺に対する全力の想いなのだと。


 俺を一人にしないために彼女は命を懸けている。


 コロシアムで行われるトーナメント戦ごときで命を懸けるのは馬鹿らしいと笑うか?

 多くの観客が、もう負けてくれと祈るか?


 関係ない。これが俺と彼女のやり取りだ。


 だからこそ、俺はコルネリアに最大限の敬意を払う。


「いや、もう終わりだ」


 コルネリアの攻撃を避ける。一歩後ろへ下がるだけで彼女の剣は空を斬る。


 そしてすかさず一歩前に出て彼女の顔を殴った。コルネリアは簡単には倒れない。


 だが、そこへ追撃を加える。隙だらけの腹に蹴りを入れた。


 さすがのコルネリアも後ろに吹っ飛ぶ。地面をバウンドし、観客下の壁に激突した。


 最後に力を込めて木剣をぶん投げた。


 木剣はまっすぐに彼女の顔へ迫り、ギリギリ横に逸れて壁に突き刺さった。


 轟音が響く。コルネリアは動きを止めて俺を見た。


「今回はこれくらいにしておこう。あんまり無理をしすぎると体が動かなくなるぞ」


「…………はぁい」


 ズタボロにされ、何度も血を吐き、今も血をポタポタと垂らしているコルネリアは、俺の言葉に素直に頷く。


 ぱらぱらと瓦礫を地面に落としながら壁から離れた。


 あれだけのダメージを受けても彼女の表情には満足感があった。苦しそうには見えない。


 俺はコルネリアに近付き、疲労しきっている彼女に代わって残りの傷を癒す。


「お疲れ様、コルネリア。前よりさらに強くなってるな」


「それでもまだルカは遠いね……もっともっと離されちゃった……」


 彼女は珍しくしょげている。


 顔を地面に下げ、何かを考えていた。


 コルネリアは基本的に笑顔を浮かべている。誰よりも人生を楽しく謳歌しているような彼女にも、どうしても許せないことがある。


 それは、俺と実力が離れること。


 ずっとそばにいたいと思ってくれるのは嬉しいが、根本的に俺と彼女ではスペックの違いもある。それに、皇女様はそこそこ忙しい。


 その合間を縫ってこれだけ活躍できるのなら、充分にコルネリアは優秀だ。優秀すぎるほどに。


 だが、コルネリアの気持ちはよく理解できる。だから俺は、せっかくなので彼女に提案する。


「じゃあコルネリア、一緒に修行するか」


「? 修行? それならもうしてるよ?」


 俺の言葉に顔を上げたコルネリア。怪訝そうな目がばっちりと向けられていた。


「ただの修行じゃない。ちょっと遠出だ」


「遠出? どこかいくの?」


「ああ。本来は別の人間が経験するべきイベントがあるんだ。西のほうでな」


「西……何かあったっけ?」


「亜人たちの国だよ」


 西にある複数の集落が合体して生まれたゾラ連邦。


 俺たちが知る人間の街ではなく、亜人と呼ばれる存在たちが作った国だ。


 そこで、ゲームだとあるシナリオが展開される。


 本来は主人公が挑むべきイベントなのだが……そこで手に入るアイテムがかなり強力で逃す手はない。


 ゆえに、俺はトーナメント戦が終わったあと、そのイベントに参加する予定だった。そこに、コルネリアを連れていこうってわけだ。


「何をしに行くの?」


「もちろん……戦争を止めにいくのさ」


「戦争……」


 どういう意味かコルネリアは理解できていなかった。


 だが、未来を知る俺には戦争が起こる確信がある。


 なぜなら亜人は……その容姿ゆえに人間たちに迫害されてきた歴史がある。


 そして、追いやられた亜人たちが力を合わせて作り上げたのがゾラ連邦。


 日に日に溜まった憎悪が、そのイベントで爆発する。


 大きな悪を交えて、歪な方向に……。


 俺はそれを未然に防ぐ——わけではないが、アイテムの回収だけはなんとしてでもしたい。


 善意ではなく、あくまで私利私欲的な意味で。


 そんなこと知る由もないコルネリアは、しかし何も疑うことなく首を縦に振った。


「分かった、行く」


「いいのか?」


「うん。それが強くなるために必要なことなら」


 彼女の瞳には、ブレることのない強い意志が宿っていた。

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