第72話 主人公と悪役
ルシアの強烈な魔法攻撃が炸裂した。
二人の足下にあったリングは、先ほど俺とシェイラの戦いで充分に破損していたが、それを治した土属性魔法使いの努力も虚しく、再び激しく荒らされてしまった。
土属性魔法使いの悲鳴がどこかで上がる。
しかし、それを気にする様子もなくルシアが改めて魔力を練り上げた。
対するコルネリアが、ところどころ焼けた服を見下ろしながら立ち上がる。
「いたたた……まさか本当に自爆しててでも私に攻撃を当てるとは思わなかったなぁ」
「いい作戦でしょ? 今まで散々ボコボコにされてきたからね。あなたのそういう姿が見れて嬉しいわ」
「いやいや、こんなのまだまだ序の口だよ~。私は負けてないもん」
じろり、とコルネリアの瞳がまっすぐルシアに向けられた。
これまでの陽気な雰囲気は消え去る。煌々と宿った力強い輝きに、思わずルシアは気圧される。
じりじりと土音を上げながら後ろへ下がった。
「私の魔力には余裕があるわ。ボロボロの皇女様に何ができるかしらね!」
ルシアが魔法を唱える。シェイラとの戦いで見た氷の魔法だ。
足下から冷気が迫る。
コルネリアはその攻撃を——シンプルに避けた。姿が消える。
「なっ」
ルシアが驚くのもつかの間。
一瞬にして彼女の背後にコルネリアが現れた。
「私も本気で潰そうかなぁ!」
凶悪な笑みを浮かべたコルネリアが、容赦なくルシアの顔に木剣を振るった。
先ほどよりも速い。あれが本来のコルネリアの速度だ。
ルシアの設置型魔法が発動する。けれど遅い。爆発を受けながらもコルネリアの剣が先にルシアへ届く。
「ッ!」
慌ててルシアはシールドを張った。
あれは魔法使いなら誰でも使える無属性の魔法。属性に変換するのではなく、魔力を使って盾を張り攻撃を防御するためのものだ。
だがあれには欠点が存在する。
「きゃっ‼」
展開されたルシアのシールドが、コルネリアの一撃で容易く砕けた。木剣はわずかに勢いを殺されたものの、最後には顔の前で交差させたルシアの両腕に当たる。
クリーンヒット。
ルシアは地面をバウンドしてリングの外まで吹っ飛んだ。
あれがシールドの欠点。
元々魔法使いのシールドは魔法を防ぐためのものだ。物理攻撃には弱い。
ある程度のオーラ使いの攻撃は止められても、コルネリアくらい熟練のオーラ使いには到底意味をなさなかった。
試合が終わる。
「しょ、勝者! リア!」
会場が沸く。
俺の時と違ってそこそこ試合になっていたから観客も楽しめたのだろう。
心底残念だったな、ルシアは。
リング上という条件じゃなければぜんぜん戦えていた。
そも魔法使いという生き物は遠距離攻撃型だ。接近戦がしやすいコロシアムのルールには向いていない。
地面を転がったルシアが、悔しそうに起き上がる。
「あ~~~~もう! また負けた! 今回はいい感じだったのに!」
「最後の最後で油断したな。風魔法を用意しておけばまだ戦えたのに」
観客席から下りてルシアの下へ向かう。
すると彼女は、仏頂面を浮かべながら右手を差し出した。
「ん?」
「立たせて。今、とっても疲れてるの」
「へいへい。よく頑張ったな。悪くない戦闘だったぞ」
今後はもっと冷静に相手に対処できるようになればさらに彼女は伸びる。
ルシアの右手を取って力強く引っ張る。
「でしょ。すぐに殿下を超えてルカに迫るわ」
「無理無理。私に勝てる人なんてルカ以外ありえないもん」
「とか言いながらボロボロじゃない!」
「オーラで治癒したから元気ですよ~だ」
戦いが終わってコルネリアも合流する。
俺たちは歓声を背に仲良く観客席に戻った。
最終的に俺の相手はやっぱりコルネリアか。できれば彼女と戦う前にエイデンとぶつかりたいところだ。
別にコルネリア対エイデンでもいいけどな。
そんな俺の気持ちが届いたのか、しばらくトーナメント戦は続き、第三回戦で俺とエイデンの名が呼ばれた。
「あ、俺だ」
あまりにも都合がいいトーナメント戦。
まるで神が主人公と悪役に競ってほしいかのように、俺とエイデンがリングの上に立つ。
エイデンの顔色が悪かった。
「ようエイデン。お前とこうして正面から顔を合わせるのは、前に学園が襲撃された時だったか? それとも、あの時は怖くて震えていたから顔は合わせていなかったんだっけ?」
「る、ルカ・サルバトーレ! 俺を馬鹿にするな! お前に俺が成長したことを教えてやる!」
ぶんっ、とそう言って右手に持った木剣の切っ先を俺の顔に向けた。
やる気満々だな。腰は若干引けているが、闘志が完全に折れているわけじゃない。
それなら叩き折ってやるか。お前みたいな奴が俺の周りにちょろちょろしてると目障りだからな。
利用できる時以外は痛い目に遭ってもらおう。
にやりと笑い、互いに剣を構える。
エイデンは真剣な眼差しで中段に。俺はリラックスした様子で下段に。
その様子を見た司会の男性が、大きな声で試合開始を告げる。
「試合——開始‼」
エイデンが真っ先に地面を蹴った。
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