第6話 北の山脈のサバイバル
オーラを発現させてから、俺の日常は目まぐるしく過ぎていく。
気づけばあっという間に三年もの月日が経っていた。
『おぉ。本当に上達したねぇ、ルカ』
背後に浮かぶリリスが俺を見下ろして言う。
当然だとばかりに俺は答えた。
「まあな。ノルン姉さんの協力と、何よりお前がくれたオーラの質がいい。さすが荒神だな」
『ふふん! あの頭のおかしい女の次に褒められるのは癪だけど、そうでしょそうでしょ~』
嬉しそうにリリスが胸を張る。
意外と彼女は自分やオーラが褒められると喜ぶ。ちょっと俺に似ていた。
『でも私びっくりしちゃったなぁ』
「びっくり?」
『うん。ルカってば常人の何倍ものペースで上達していくんだもん。まるでオーラを知ってるみたい』
「俺は天才だからな」
『その返しにもすっかり慣れちゃった』
「どういう意味だ」
『別に~。それよりご当主様にお呼ばれしてるんじゃないの~? 早くいけばぁ?』
「……チッ」
確かにリリスの言うとおり俺はルキウスに呼ばれている。
彼女の挑発をスルーするのはプライドが傷付くが、当主の話を無視するわけにもいかない。
不満を残しつつも訓練を中断して部屋を出る。
まっすぐに父親の書斎へ向かった。
☆
書斎に到着する。
許可をもらい部屋の中に入ると、一枚の紙を手にする父の姿が見えた。
頭を下げ、用件を端的に聞く。
「お待たせしました、当主様。ご用件はなんでしょう」
「うむ。お前は先日八歳になったな」
「はい」
「少し早いが、お前に試練を課すことに決めた」
「試練……本来は十二歳から課されるものでは?」
「試練の年齢制限は、あくまでオーラの覚醒を待つためのものだ。私も長女ノルンも十歳で試練を受けた」
「なるほど。俺が充分に育ったと判断して課されるわけですね」
早すぎるだろ。予想はしていたが、まさか八歳——前世でいう小学校低学年の年齢で外に放り出されるとは思ってもみなかった。
「不安があるなら待つが……どうする?」
「ふっ」
俺が怖気づくとでも思ったのか?
否である。俺はいますぐ真剣を振るうことに不安などない。
準備は済ませてあるからな。
にやりと笑って首を横に振った。
「いいえ。問題ありません、当主様。俺は喜んで試練を受けたいと思います」
こんな所で俺は止まっていられない。最強はまだまだ遠くにあるのだから。
一週間後。
馬車に乗って、サルバトーレ公爵家北方にある雪の山脈の前にやって来る。
ゲームではモンスターの生息する地域として紹介されていたが、実物はずいぶんと広く大きい。
ここは元々、サルバトーレ家が所有する鉱山だったが、何十年も昔にモンスターが大量に住み着くようになった。
以来、採掘は中断され、いまではサルバトーレ家の試練の場として使われている。
「ふぅ……寒いな」
北方というだけあって、領地から少しでも離れると気温がぐんっと下がる。
おまけに雪が降っていた。領地には雪は降っていない。異世界特有の異常気象だ。
『うわあ。本当にいまからここでサバイバルするの? ルカが一人で』
背後でぷかぷかと浮かぶ荒神リリスが、ちょっと引いた表情でそう言った。
俺は頷いて肯定する。
「ああ。代々、サルバトーレ家の人間は、オーラが覚醒した者からモンスターの蔓延る地域で一週間はサバイバルをさせられる。先々代くらいからはこの雪山だな。モンスターはもちろん、足場が悪く地形も悪い。天候のせいで体温と体力は奪われ、吹雪で視界が遮られる中、食料を確保しながらモンスターを倒さないといけない」
『過酷すぎるでしょ! そもそも鉱山に食べ物なんかないんじゃ……』
「あるだろ。モンスター」
『げぇ……あんな気持ち悪いの食べるの? 人って変わってるね』
「食用に適したモンスターは多い。それに、多少不味くても腹を壊さなきゃいいだろ」
『出た~、ルカのストイック。修行馬鹿なんだから』
「誰が馬鹿だ。それより、さっさと山の中に入るぞ。周囲は騎士たちが見張っている。いつまでもここにいたら減点だ」
『頑張ってね~』
ひらひらとリリスは手を振った。
霊体の彼女には気温も異常気象も関係ない。
俺はため息を吐きながらもまっすぐ続く山道を歩き始めた。
これがサルバトーレ家の名物、サバイバルの試練。
俺の上の兄姉たちはほとんどがこの試練を乗り越えている。
言わば、一週間のサバイバルなんて生き抜いて当然。こんな所で死ぬ奴はサルバトーレ家にはいらない——ってことだ。
もちろん俺はこのサバイバルを無事にくぐり抜ける。
ちょうどこの北の山脈に来たいと思っていたしな。
「くくく。この山で俺はどれだけ強くなれるか。それを考えるだけでも笑いが止まらない」
遠くから感じるモンスターの気配。
それらが胸をどこまでも高揚させてくれる。
初めての戦い。初めてのサバイバル。初めての孤独。
全てが面白すぎて、しばらくにやける顔を引き締めることができなかった。
おかげで傍にいたリリスにドン引きされる。
なんだ。俺が笑ってたら悪いのかよ。
☆
ルカ・サルバトーレが山道を歩いていく中、遅れて北の山脈を訪れた者たちがいる。
全員が不気味な黒い外套を羽織り、口元を布で隠していた。
時間の経過とともに吹雪が強さを増す一方、白く美しい山脈を見上げて先頭の男性が笑う。
「ははは! あの男の情報どおり、最悪な場所だな、ここは」
「ですが、我々の任務はしやすい。でしょう?」
後ろに控えていた仲間の一人、声色から女性だと分かる彼女にそう言われ、男性はさらに喉を鳴らす。
「違いねぇ。最初はあんまり気乗りしなかったが、たった一人殺すだけで大金をゲットだ。悪くない」
「怪しい話ですけどね。子供——それも自分の弟を殺してくれ、という依頼は」
「なんだ? ガキを殺すのは納得できねぇってか?」
「そういうわけではありません。話を聞くかぎり、そのターゲットはずいぶんと大きな才能を持っている様子。サルバトーレ公爵家の人間なら疎ましいと考えるのは当然でしょう」
「確か名前は……ルカ・サルバトーレだったか?」
「はい」
男の問いに女性はこくりと頷いて答える。
「永い歴史を持つサルバトーレ家で、最年少でオーラを覚醒させた天才。一部では神童と呼ばれているらしいです」
「ほほう。オーラを五歳でねぇ。普通の人間は十五歳くらいで発現させるものだって聞いてるぞ? 俺だって十八歳くらいで覚醒したしな」
「そうですね。天才一族のサルバトーレ家だからこそ十二歳で発現できるものです。五歳などありえない。私はいまだに疑っているくらいですよ」
「はっ。みみっちい話だぜ。才能ある弟が怖いから殺せってのはなぁ」
「依頼に不満でも?」
「いんや。金さえもらえるなら構わねぇ。神様だって殺してやる」
そう言って男は山道を進み始める。
後ろに並んだ数名の仲間たちは、同じ気持ちで彼の背中を追いかけた。
「精々、神童くんには俺の糧になってもらうぜ」
男の顔が、邪悪な色に染まる。
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