第5話 兄姉たちの反応

「——五歳のルカが、オーラを発現させただと⁉」






 バン、という鈍い音を立てて、テーブルの上に乗った飲み物が盛大に零れる。

 クリーム色の絨毯に染みができるが、それを気にする素振りもなく白髪の男はさらに声を荒げた。


「ええ、事実よ。先ほどお父様から聞いたもの」

「くっ!」


 話しているのはサルバトーレ公爵家の子息令嬢たち。つまり、ルカの兄と姉だ。


 ともに白髪の髪を揺らし、特に男性のほうは激しく狼狽えていた。


「ありえない。五歳でオーラ? 初代当主様でさえ、初めてオーラを覚醒させたのは八歳の時だぞ⁉ それより三年も早いなんて……」

「間違いなく歴代最速ね。その力でカムレンとの決闘に勝利したらしいわ」

「はっ! カムレンなんてただの雑魚だろうが。オーラも使えない奴じゃ物差しにすらならない」

「けど、カムレンは七歳。二歳年上の相手を倒すのは簡単じゃない。あなただって解るでしょ? 私に勝てないものね」

「だ、黙れ! すぐにお前を殺してやる。だが、いまはそれよりルカの件だ。本当にルカがオーラを発現させたなら、その才能は俺たちを遥かに超える。初代当主すら」

「そうね。私たちがオーラを覚醒させたのは十二歳の頃。圧倒的な差だわ」

「まさかノルン姉さん以上の強敵が出てくるとはな……」

「まだその才能が本物かどうかは解らないかもよ?」

「なに言ってやがる。ノルン姉さんは十歳でオーラを発現させた。今やお父様を除いて最強の剣士だ。間違いなく、ルカは頂点へ上ってくるぞ」

「代わりに私たちは当主の座から遠退いた、か」


 白髪の女性は窓の外を眺めながら憂う。

 しかし、反対に男性は殺意を抱いていた。このままルカを放置するのは得策じゃない、と。


「クソクソクソッ! このまま手をこまねいていられるか!」


 爪を噛み、乱暴に椅子を蹴り飛ばして白髪の男は部屋を出ていく。

 その様子を見送り、白髪の女性は小さく呟いた。


「馬鹿な男ね。あなた程度の才能じゃ、ルカには勝てない。私たちは結局——」


 そこから先は音が消えた。

 言葉にする必要はない。











 翌朝。

 清々しい気持ちで目を覚ました俺は、朝食を済ませるなり執事の男性に訓練場へ導かれた。


 曰く、当主ルキウスが俺のために特別な相手を用意したらしい。

 また誰かと戦わされるのか?

 そう思った俺を待っていたのは——黒髪の女性。


 俺よりかなり年齢が高い。それもそのはずだ。彼女はサルバトーレ公爵家の長女、ノルン・サルバトーレ。


 赤色の瞳が怪しくも美しく輝いていた。


「ごきげんよう、ルカ。こうして顔を合わせるのは久しぶりですね」

「お久しぶりです、ノルン姉さん。いつの間に屋敷に帰っていたんですか?」

「昨日戻りました。ゆっくり休んでいたら、急にお父様が会いに来ましてね。ルカには才能があるから剣とオーラを教えてやれ~、と。ルカは五歳なのにオーラが使えるのかしら?」

「使えますよ。ほら、このとおり」


 昨日、リリス監修のもと、オーラの訓練を行った。微妙だった俺のオーラ操作能力が昨日よりも上達している。


 たぶん、ノルン姉さんなら微量なオーラも感じ取ることができるはずだ。


「! 本当ですね。凄いわ、ルカは。圧倒的に早い。初代当主様より早いなんて……」

「ありがとうございます。ノルン姉さんのように立派な剣士になりますね」

「立派だなんてそんな。えへへ」


 ノルン姉さんは父であるルキウスを除いて一族最強の剣士だ。

 口調こそ清楚で穏やかだが、その実力は本物。


 かつて姉さんに戦いを挑んだサルバトーレ家の人間、俺の兄だった人は、彼女の剣を受けて絶命した。それも一撃で。


 いまは穏やかな様子だが、彼女もまたサルバトーレ家の人間らしい苛烈な一面を持っている。


「——あ、そうそう。聞きましたよ。カムレンがルカを虐めてたとか、決闘したとか、暴言を吐いたって」

「え? あ、はい」


 なんでそんなこと知ってるんだ? ルキウスが話すとは思えないが……。


「いけませんねぇ。才能がないくせに、才能あるルカの足を引っ張るなんて」


 姉さんの声が徐々に低くなってきた。これは確実に怒ってる。


「サルバトーレ家の人間なら死なないと。いっそ、——わたくしが殺してきてあげましょうか? カムレンも、ルカを邪魔した執事も」

「ッ」


 口調こそ変わらないが、彼女の体から濃密な殺気が放たれていた。


 近くにいる執事の男性が体を震わせ顔を青くする。歴戦の彼ですらこれだ。俺もまた汗が止まらない。


 これが、サルバトーレ家でも最強と言われる存在!

 ゲームでも彼女は登場した。敵キャラの一人として圧倒的な強さを誇っていた。

 そんな相手が目の前にいる。俺の剣が届く範囲に。


 いまはまだ届きもしないけれど……いつか、俺の刃が彼女を殺す。

 殺せるほどに強くなりたい、そう思った。


 けど、それはそれ。いまは関係ない。

 俺はなんとかぎこちない笑みを浮かべて彼女に言った。


「ううん。カムレン兄さんも執事も殺さなくていいですよ」

「そうなの? 雑魚なのに? 生きてる価値……ありますかねぇ?」

「もしかしたらカムレン兄さんのほうは成長するかもしれないしね。それに、止めたのは当主様もまた同じ。勝手に執事を殺したら怒られちゃいますよ」

「むぅ……お父様に怒られるのは嫌ですね。仕方ありません。特別に許してあげましょう」


 にこりと笑ってノルン姉さんは殺気をかき消した。

 俺も執事の男性もホッと胸を撫で下ろす。


「というか、ノルン姉さんが俺に剣とオーラを教えてくれるんですか?」

「ええ。お父様の命令ですし、可愛い可愛い弟のためなら喜んで」


 むぎゅ~っとノルン姉さんは俺のことを抱きしめた。

 豊かな膨らみが二つ、俺の顔に当たる。


 さっき弟の一人をぶっ殺す発言してましたが?

 やっぱり才能か。才能ある奴は弟認定されるのか。しっかりイカれてるなあ、サルバトーレ家。


 まともなのは俺しかいない。


「それじゃあ早速、剣術のほうからおさらいしましょう。いつもやってますよね?」

「はい。個人的にはオーラの修行に時間を当てたいんですけどね」

「気持ちはよく解ります。剣なんてただ振れば相手を殺せる。技術とかほざいてる方は凡人だけ。圧倒的な力でぶち殺せば全部丸く収まりますから」

「はは。同感です」


 なわけねぇだろ。

 それが可能なのは、圧倒的なオーラの放出量を誇る姉さんやルキウスくらいだ。


 まだその域に達していない俺には不可能。

 いまはただ、技量とオーラの操作や制御を学ぶしかない。


 少しだけ、ノルン姉さんが指南役で不安になった。

 だが、当主の決定を取り消せないのもまた事実。


 内心でため息を吐きながら、ノルン姉さんと訓練を行う。

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