第4話 ざまぁみろ
荒神リリスが封印されていた地下室から地上へ戻った俺は、自室へ向かう途中で兄の一人、カムレン・サルバトーレと顔を合わせた。
カムレンは下卑た笑みを作り、こちらを見下すように近づいてくる。
「おお、ルカじゃねぇか。どうした、こんな所で。自室に戻るとこか?」
「カムレン兄さん」
正直、俺はカムレンが苦手だ。
こいつは異常者だらけのサルバトーレ公爵家の人間らしいクソみたいな性格の持ち主。
主に自分より弱い弟の俺を虐めて楽しむようなゲスだ。
内心でため息を吐きながら、カムレンの問いに答える。
「そうだよ。兄さんこそどうしたの。訓練終わって暇なの?」
「ああ。だからちょうどいい。お前を可愛がってやる」
「虐める、の間違いじゃない?」
「酷いこと言うなよ。兄弟のスキンシップだろ」
よく言う。
俺がカムレンに勝てないのをいいことに、ほぼ一方的に暴力を振るってるのを忘れてないぞ。
いままではただ耐えることしかできなかったが、もうかつての弱い俺はいない。
にやりと口角を上げ、わずかに練り上げたオーラを右手に集中。右足に力を籠めてカムレンの胸元に張り手を喰らわせる。
すると、予想外の攻撃を受けてカムレンは後ろに倒れた。
「な、何しやがる!」
「ごめんごめん。ちょっと手が滑っちゃった。大丈夫? 怪我してたら大変だ」
わざとらしく兄カムレンを挑発する。
カムレンの性格なら、おそらく俺に挑発されたらすぐに乗っかってくるはずだ。
「はあ? お前に叩かれたくらいで怪我するかよ!」
ほら、あっさり。
だから俺はこう返すんだ。
「そうかな? ずいぶん派手に転んだみたいだけど……」
「ッ」
かあぁッ、とカムレンの顔が赤くなる。
二つも年下の、それもいつも馬鹿にしていた弟に馬鹿にされる。自尊心の強いお前には耐えられないだろ?
にやける俺に対して、カムレンは予想どおりの反応を返した。
「うるせぇ! 俺を馬鹿にするなッ!」
立ち上がり、声を荒げるなり拳を握り締めた。全力で右ストレートを放つ。
しかし、俺がオーラをまといカムレンの攻撃を迎撃しようとした——瞬間。
廊下の奥から、低く冷たい声が響いた。
「——お前たち、何をしている」
「「ッ」」
俺とカムレンは同時に動きを止めた。
ちらりと声のした方向へ視線を向ける。
視線の先には、二メートル近い体躯を誇る男性が立っていた。刻まれた顔の傷が、歴戦の猛者であることを証明している。
同時に、俺もカムレンもその男のことをよく知っていた。
他でもない、ルキウス・サルバトーレ。
——現、サルバトーレ公爵その人なのだから。
「お、お父様」
腕を引っ込めたカムレン。その表情がわずかに青くなっている。
これは父親を恐れている証拠だ。オーラなど使わずとも、ルキウス・サルバトーレがまとう覇気は特別だ。
常人ならまともに目を合わせることもできない。
だが、俺はあえて堂々と当主を見つめる。当主もまた、そんな俺の顔を見た。
「いま一度問う。お前たちはここで何をしていた?」
「そ、それは……」
カムレンが俺に暴力を振るおうとしていた。それは声をかけた父も解っている。
ではなぜ問うのか。
別に怒っているわけじゃない。実力至上主義のサルバトーレ公爵家において、虐めや暴力は日常茶飯事。咎めることでもない。
だから俺は答える。
「カムレン兄さんに喧嘩を売られました。これから買うところです」
「なっ⁉」
「ほう」
カムレンは驚き、父は興味深そうに目を細める。
当主の興味が引けた。これだけでカムレンをボコる大きな意味がある。
「まだ五歳のお前がカムレンを倒すと?」
「はい。俺はサルバトーレ公爵家の人間です。自分が正しいと、自分こそが最強であることを証明するのに、勝利以外必要ですか?」
サルバトーレ家は常勝の一族。勝ち以外はゴミだと考えている。
カムレンとの関係も、虐めも、全て勝ち取って覆せばいい。それが正しい公爵家の在り方だろ? この異常者め。
内心で父ルキウスを貶す。
反面、当主は弓のように口角を曲げた。
「そのとおりだ。サルバトーレ公爵家に敗者はいらん。あらゆる不条理は勝利を盾に弾き飛ばせ。私が認めてやろう。お前たちの決闘を」
「け、決闘⁉ 俺とルカがですか?」
「当たり前だ。末の息子がやる気を見せているのに、兄であるお前が怯えると? サルバトーレの人間が?」
「ッ! わ、解りました……やります。やればいいんでしょう!」
ぎりり、と奥歯を鳴らしてカムレンが俺を睨んだ。
少しばかり大事になってしまったが、むしろ俺にとってはチャンスだ。
カムレンを足場に、一族全体に知らしめてやる。俺という才能を。俺という存在を!
☆
場所を移して訓練場。
俺とカムレンを囲むように数名の使用人とルキウス、さらに第二夫人のミュリエルまで姿を見せていた。
全員が俺とカムレンの決闘を見守る。
「へへ。最初は驚いたが、まさかお前が俺に活躍の舞台を用意してくれるとはな」
「ん? もしかして俺がただ負けると思ってるの?」
「当たり前だろ。いつも弱腰のお前が、俺に勝てると思ってるのか? そっちのほうが笑える」
「ふっ。だったら遠慮なく殴らせてもらうね? 骨の数本は覚悟しろよ」
「あぁ⁉ 折れるものなら折ってみろよ!」
審判役の執事が試合開始を告げる。
同時に、カムレンは地面を蹴った。
サルバトーレ家の人間らしく、カムレンもまた身体能力が生まれながらに高い。
すぐに俺との間にあった距離を潰し、右手に持った木剣を振る。
直撃すればまず骨が折れるな。
ゆえに、俺は体を半身にしてカムレンの攻撃を避けた。
「ッ!」
カムレンはわずかに動揺するが、即座に構え直して連撃に繋げた。
左右、斜めから鋭い攻撃が襲いかかる。
それを、右手にオーラを集中させて弾いた。
「なんだと⁉」
今度こそ強く動揺する。
一度距離を離し、後ろへ下がった。
「ど、どうして俺の攻撃を——」
「弾けるのか?」
そうだな。普通に考えたら二歳も歳が離れたお前の腕力には勝てない。一度ならばまだしも、連撃全てを弾くなんて信じられないだろう。
その秘密を明かしてやる。
俺はさらにオーラを練り上げた。自分がギリギリ制御できるだけの量を。
「む? この反応は……まさかオーラか?」
一番早く父ルキウスが俺の秘密に気づく。
にやりと笑って答えた。
「はい、俺はオーラを習得しました」
「馬鹿な⁉ ありえない!」
カムレンの悲鳴にも似た声が届く。
「俺だってまだオーラを習得してないのに、五歳のお前が習得できるわけねぇだろ‼」
「そんなこと言われてもなあ。事実、俺の手にはオーラがあるよ。兄さんは当主様の言葉を疑うのか?」
「うぐっ⁉」
サルバトーレ家の象徴たる天剣を盾に、俺はカムレンの心を削る。
狼狽え、苦しむ様を見るのは格別だなあ。
『ルカってば悪魔みたい』
背後でリリスが余計なことを言う。誰が悪魔だ、誰が。
「どうやってオーラを習得した」
言葉に詰まったカムレンを無視して、当主ルキウスが質問を続けた。
決闘の最中だってのに野暮な問いだな。
「いつの間にか使えるようになってました。練習はまだしてません」
「嘘だろ⁉ 生まれながらにオーラを宿していたとでも言うのか⁉」
ざわざわと使用人たちの間に波風が立つ。
当主はいまだ冷静な表情を保っているが、歴戦の騎士たる執事やメイドたちは顔色を変えるほど驚いていた。
無理もない。本来、オーラとは平均的に十五歳ほどの男女が覚醒させる能力だ。それを五歳で発現させた者は俺以外にいない。
リリスのおかげではあるが、それを話したら終わりだ。最大限活用させてもらおう。
「そうか……お前には才能があったのか」
「それはまだ解りません。ただ」
びしりと木剣の切っ先をカムレンに向けた。
ニチャァと笑う。
「そこにいるカムレン兄さんよりはあるんでしょうね。ふふ」
「お、お前ぇ!」
父との会話が終わったたわけでもないのに、カムレンは顔を真っ赤にしながら走った。まっすぐこちらに向かって来る。
構えた木剣を愚直に振り下ろした。
「やれやれ」
サルバトーレ公爵家の人間たる者、怒りに我を忘れるな。
そんな単調な剣が、いまの俺に当たるわけがない。
ひらりとカムレンの斬撃を躱し、オーラをまとった右手で木剣を振る。
それは、奇しくも最初にカムレンが見せた連撃とまったく同じだった。
カムレンの体をいくつもの衝撃が巡る。
計五ヵ所を殴られ、カムレンが地面に倒れた。
「かはっ……⁉」
骨は折った。もうカムレンは立てない。
腕を押さえながら木剣を手放し、惨めに涎と涙を垂れ流しながら地面を転がる。
その様子を見下ろし、ふと俺は思った。
——ここでこいつを殺しておけば、あとあと俺の計画が有利になるな、と。
木剣を握り締める。
これから人を、それも実の兄を殺そうとしているのに、不思議と俺の内心は穏やかだった。
憂うこともない。怯えることもない。悲しむこともない。
ただ、自分のためになるならと木剣を上段で構えた。
——しかし。
「そこまでです、ルカ様」
俺の背後に、決闘を見守っていた執事の一人が回る。
俺の腕を掴み、攻撃を中断させた。
「なぜ俺の邪魔をする? 敗者を殺して問題あったかな?」
「ッ。いえ……さすがに決闘騒ぎで死者は困ります」
「過去に死者が出たこともあったと記憶してるが?」
「それは……」
じろりと執事を睨む。
だが、父の声が聞こえ俺の殺意はかき消された。
「もういい。許してやれ、ルカ」
「当主様……解りました。特別に、お前の愚行を許してやるよ、カムレン兄さん」
《特別に》の部分を強調して、いまだ痛がるカムレンを見下ろした。
カムレンの頭の中には激痛と恐怖しかない。俺の話も当主の声も聞こえていないようだ。
もうこいつに対する興味もなくした。
俺は執事が手を離すのを確認してから踵を返す。
そんな俺に、後ろからルキウスが声をかける。
「ルカ」
「はい」
「よくやった。お前の才能、私は嬉しいぞ」
「ありがたきお言葉」
足を止め、振り返り頭を下げる。
内心でニヤニヤが止まらない。
俺は誰かに褒められるのが大好きだ。承認欲求は高い。
サルバトーレ公爵家の当主の座にさして興味はないが、強者からの称賛は喜んで受け取ろう。
いずれ、その当主さえも倒せれば最高だ。
今度こそ訓練場から立ち去る。
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