第3話 ムカつく兄
すっと右手を前に差し出した。笑みを作ってリリスを見つめる。
反対にリリスは、冷たい表情を崩さないまま続けた。
『どうして、君は私の望みを知ってるのかな?』
「それは重要なことか? 別にお前が他の荒神たちに襲われて死にかけたことを知ってても、どうでもいいだろ?」
ゲーム知識です、とは言えないしな。言っても信じられないに決まってる。
『……確かにどうでもいいかもしれないね。君じゃ荒神を殺すことはできないし』
「いまのままじゃな」
『勝てる算段があるっていうの? 相手は神だよ?』
「ないさ。とにかく強くなって殺す、シンプルだろ?」
『え……そ、それで私に契約を持ちかけてきたの?』
冷徹だった氷の仮面が崩れる。心底彼女は驚いていた。
俺はなおも笑ったまま答える。
「ああ。どうせ俺は最強になるからな。別に、いまのうちに神を殺す宣言しててもいいだろ」
『あ、呆れたなぁ。傲慢なサルバトーレ家の人間らしいけどさ』
「ふっ。そう褒めるな。照れるだろ」
『馬鹿にしてるんだよ~?』
「いいからさっさと契約を始めよう。時間が惜しい」
早く地上へ戻らないと、俺を探しに使用人たちが動き始める。万が一にもここにいるのがバレたらかなりまずい。
『いやいやいや。その条件で私と契約できると思ってるの凄くない? 凄く馬鹿じゃない?』
「誰が馬鹿だ。俺はいたって真面目だぞ。真面目に強くなって神を殺す。神を殺すのはどうせ通過点にすぎないからな」
『神を殺すのが……通過点?』
「当然だろ。俺が目指すのは最強だ。最も、強いんだ。神すら殺せない奴が最強を名乗れるはずがない」
ゲームだった頃、俺が何度荒神を討伐したと思ってやがる。未来の俺に倒せない者はいない。はずだ。
『……ここまでネジが外れてる人はサルバトーレ家でも初めて見るかなぁ』
「称賛はいい。《はい》か《イエス》かで答えてくれ」
『イエスって何よ! というか、《いいえ》はないの⁉』
「ない。リリスだってずっとこんな薄暗い地下室に閉じ込められて退屈だろ? 契約をすれば外に出れるぞ。魂だけ」
『でも契約すると君に縛られちゃうじゃん。君が死んだら、私は力を失ってここに逆戻りだけど?』
「俺は死なないよ。少なくとも百年以上は現役で生きてやる。で、神を殺す」
『なんか頭痛くなってきた……魂だけなのに』
リリスは頭を押さえてぐったりしていた。よく解らない奴だな。
「リリスの復活にも手を貸すぞ。その上で神を殺してやるんだ、悪い話じゃないと思うが」
『確実性もないくせによく言うねぇ。一周回って大物なのかな』
「まあな」
『即答』
リリスのジト目が俺の額に突き刺さる。
いい加減、時間が気になるから早くしてほしい。断るにしろ受け入れるにしろ。
「どうするんだ。契約してくれるのか? しないのか? 選んでくれ」
『もちろん契約しない』
スパっと俺の希望を切り裂いた。
……と思ったが。
『——しない、つもりだったけど、少しだけ君に興味が出ちゃったな。まだ小さいくせに大きすぎる理想を抱いたサルバトーレ家の人間。いままで君ほどの馬鹿は見たことがないよ」
「ん? なんだか煽られたような気がする」
『気のせい気のせい。それより契約でしょ? いいよ。不思議と君に懸けたいって思っちゃった。なんでだろうね』
「見る目があるんだろ」
『うわあ、ウザい』
「やめろ。そんな目で見るな。俺の心だって傷付くんだぞ」
『子供らしくないくせに?』
「ああ。——それと、ほら。契約」
差し出した右手をこれみよがしに突き出す。
リリスはくすりと笑って俺の手を握った。霊体? だから掴むことはできないが、互いの手が重なる。
その瞬間、紫色のオーラが俺の体を包み込んだ。ドス黒い、どこか不吉さを感じる色だった。
「これがオーラか」
『そうだよ~。君の色は、奇しくも私と同じ紫色なんだね。面白い』
「カッコいいな」
『でしょでしょ。今日から君もオーラの使い手だ。まだ制御することすらまともにできないと思うけど、契約はここに果たされました、と』
彼女の言葉に合わせて一層強くオーラが脈打つ。
『私は君にオーラをあげる。代わりに君は、私の願いを叶えて』
「契約成立だな。必ず俺がお前を幸せにしてやる」
『それってプロポーズ?』
「違う」
なんで俺が幽霊にプロポーズしなきゃならんのだ。リリスだって別に俺のことが好きなわけでもないのに。
『ふふ、冗談冗談。これからよろしくね? 確か名前は……ルカ!』
「ああ、よろしく頼む、リリス」
俺たちは互いににやりと笑った。
リリスが俺に感じた興味——というより、好奇心を満たしてやろう。
今日から本当の意味での人生が始まる。
早くオーラの修行がしたくて、いまにもウズウズしていた。
☆
無事、荒神のリリスと契約を果たした俺は、急いで地下室から地上へ出る。
扉の仕掛けをなんとか元に戻し、誰にもバレることなく本邸の廊下を通って自室に帰る。
その途中、反対側の曲がり角から見知った少年が現れた。
俺を見るなり、嘲笑を浮かべて声をかけてくる。
「おお、ルカじゃねぇか。どうした、こんな所で。自室に戻るとこか?」
「カムレン兄さん」
こいつは俺の二つ上の兄、カムレン・サルバトーレ。
金髪に赤い瞳のクソ野郎。
サルバトーレ公爵家は実力こそがもっとも尊ばれる。
本妻はもちろん、側室から生まれた子供たちも当主の座を狙う。
つまり、カムレンからしたら、末っ子の俺も立派な跡取りで《敵》だ。
昔から何かにつけて嫌がらせをしてくるんだよなあ。自分より年下の相手にしか喧嘩を売れないのか?
だが、このタイミングは悪くない。いまの俺には、カムレンがまだ持っていないオーラがある。ほぼ一方的にこいつをボコれる。
思わずにニチャァ、と笑ってしまった。
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