第7話 聖遺物
サクサクサク。
積もった雪を踏みしめながらどんどん山道を上っていく。
道中、出てきた魔物は全て斬り殺した。
転生して八年。魔物と遭遇するのは初めてだったが、俺の心に一ミリたりとも波風が立つことはなかった。
淡々と魔物の動きを見極めながら急所を抉る。
もはやオーラを使うまでもない。弱い個体なら身体能力だけでゴリ押せた。
『ふふ。いま、ルカがどういう気持ちなのか私には解るよ~』
「何の話だ」
『簡単だよ。ルカはどうして自分の身体能力がこんなに高いのか、それが気になってるはず!』
「いや別に」
『なんでよ⁉ 普通気になるでしょ⁉』
「見当はつくからな」
確かに最初はリリスが言うように、オーラを使わず魔物を倒せて驚いた。
いくらサルバトーレ家の人間だろうと、八歳で魔物を倒すのは異常だ。
しかし、すぐにそれがリリスによる影響だと解った。彼女と契約したことで、オーラだけじゃない、素の身体能力も上がっている。
『ぶぅ~。察しがいいのも嫌な話だね』
「感謝してるよ、リリスの力には。おかげでこうして最速で強くなれてる」
悪態を吐くこともそっけないこともあるが、内心ではしっかりリリスに感謝してる。
口にしないのは、これが信頼や信用、好意によるパワーアップではないからだ。
俺とリリスの間にあるのは利害関係の一致。俺はリリスの復讐に手を貸し、リリスは復讐を果たすために俺を強くする。
ただそれだけだ。ゆえに、全幅の信頼など寄せられない。
『解ればよろし~。……けど、ルカってばどこに向かってるの? 魔物を探してるわけじゃないよね?』
「ああ。このサバイバルはいかに魔物と戦わないかが肝だ。体力を無駄に消費する必要はない」
『じゃあなんで一か所に留まったり休んだりしないでずっと山道を上がってるの?』
「探し物があるんだ。この山脈に」
『探し物ぉ? なにそれ』
「洞窟だよ洞窟」
『なんで洞窟? そこを根城にするの?』
「それもある。が、一番の理由は違う」
『むぅ……もったいぶってないで早く教えてよ~』
ぷんぷん、とリリスは頬を膨らませて俺の背中を叩いた。
契約を交わした俺の体には干渉できるらしい。魂だけの存在のくせに。
「はいはい。その洞窟に落ちてる物が欲しいんだ」
『お、落とし物? わざわざこんな雪山に来てまで探すほどの物なのー?』
「見たらお前もきっと驚くぞ? なんせその落とし物は——聖遺物だからな」
『せ、聖遺物? 聖遺物ってあれだよね、英雄が持っていたっていう道具』
「そうだ。その聖遺物が洞窟の中に落ちてるはずなんだ」
『なんでそんなこと知ってるの?』
「夢で見た」
『は?』
「冗談だ。理由は言えない。お前が知る必要もない」
『……それもそっか』
リリスはけろっとした表情で納得する。
悪いが、俺の前世の話は彼女にはできない。話したところで意味ないし、リリスが理解できるとも思えない。
俺の秘密は俺のもの。わざわざ説明するメリットがなかった。
その後も休むことなく山道を歩く。
しばらくすると、目当ての洞窟の入口が見えてきた。
そこに聖遺物が落ちてるかどうかは解らないが、モンスターを警戒しながら中に入る。
薄暗闇の中、俺はそれを見つけた。
地面に落ちている銀色のネックレスを。
「ふっ。運がいいな、リリス」
『もしかしてそれがルカの狙ってた聖遺物?』
「ああ。かつて多くの人々を救い、導いた神官の持っていたアイテムだ」
『どうしてそんな物があなたの家の近くにあったの?』
「さあな。俺が知るかぎり、この聖遺物を持っていた人間は——ほら、死んでる」
ネックレスを拾い、さらに進むと、少し離れた所に白骨死体が転がっていた。
骨盤やら全体の大きさから見て男性だな。
『遺体だ。この人のアイテムだったんだ』
「たぶんな。ここにいたのは、モンスターに追いかけられでもしたのか、この鉱山に用があったのか。詳しい理由は知らん。どうでもいい」
俺には関係ない話だ。
『冷たいなぁ、君。人間味が薄いね』
「そうか? ……そうかもな」
俺にとってこの世界はゲームの延長線上。
現実のようでどこか空想のようにも感じる。
だからかな。俺にとって他人の死はさほど悲しくない。自分が無事ならそれでいいし、強くなるために不必要な物は捨ててきた。
そうしなきゃサルバトーレ家の人間として生きていけない。
俺は俺のために、今後も自己を貫く。
その果てに望む結末がなかったとしても——。
「それより、今日はここで火でも起こして夜を超す」
『雪や風を凌げるもんね』
「ああ」
リリスは話が早くて助かる。余計な詮索もしないし、理想的なパートナーだ。
ネックレスを首にかけ、来た道を戻る。
火を起こすための道具は事前に持っている。後は、煙を外に出すためになるべく洞窟の入口のほうへと移動した。
すると、歩いている最中に気づく。
「ッ!」
ぴくり、と歩みを止めた。
隣に並ぶリリスも気づいている。
『あちゃ~。この反応、きっと人間だね。ルカの知り合いだったりする?』
「まさか。サバイバル中は誰の干渉も許されない。間違いなく不審者か——山賊といったところか」
ノルン姉さんと訓練をしていく内に、彼女に伝えられたことがある。
それは、他の兄姉たちが俺の才能を疎んでいる、ということ。
疎むなんて言い方は生易しいな。殺したいほど憎んでいる、と表現するべきか。
きっと若い内から暗殺者などを仕向けられると彼女は忠告していた。そこから察するに、この状況もただごとではない。
そもそもこの雪山の近くには複数の騎士たちが監視を行っている。その隙間を、ただの野盗風情が掻い潜れるものか。
きっと、事前に警備の位置などを知っている内部の者の手引きだろう。
それならいくらでも雪山に侵入させられる。
おまけにピンポイントで俺の位置を狙って来たってことは……。
「——やっぱりか」
支給された鞄の中を調べる。
一番下に見覚えのない道具があった。形状や材質的に
『なにそれ』
「送信機だ。俺の位置を別の道具に送信するための物」
『え? ってことはやっぱりこの反応は……』
「俺の身内の仕業だろうな。わざわざ高価な魔法道具まで用意してごくろうなことだ」
手にした魔法道具を地面に落とし踏み付ける。
ぱきゃっ! という音が洞窟内に響いた。
『どうするの? 逃げる?』
「いや、今からじゃ間に合わない。もう囲まれてる」
『洞窟にいる所を狙われちゃったからね~』
「問題ないさ。襲ってくるなら迎え撃てばいい」
『大丈夫なの? ルカはまだ八歳じゃない』
「八歳でもリリスのオーラがあれば勝てるさ。そのために訓練はしてきた」
にやりと笑って俺は歩みを再開した。
洞窟の入口から外に出ると、吹雪の中、複数の黒衣の不審者たちが洞窟の周りを囲んでいる。
中から出てきた俺を見て、正面奥に立つ黒づくめが喋った。
「お前が噂の神童くんか」
「そういうお前は誰に雇われたんだ? 兄さんの頼みを引き受けるなんて馬鹿な奴だな」
「ほう? ずいぶんと堂々としてるな。それに、こっちの企みや背後関係も理解していると」
「ふむ」
この反応、こいつらをここに寄越したのは兄の内の誰かか?
否定しなかったし、返事もスムーズだった。可能性は高いな。
「最初に言っておくが、今逃げるなら追わないでおいてやるぞ。命が惜しかったらさっさと消えろ」
「ははっ! さすがサルバトーレ家の人間だぁ。八歳のガキが俺たちに囲まれてその余裕。ハッタリとは思えねぇな」
「事実、かかってくるなら殺すぞ」
じろりと黒づくめの男を睨む。
男はさらに楽しそうに喉を鳴らして笑った。
「いいねいいねぇ! つまらねぇ依頼かと思ったが、俺にも楽しむ余地があったじゃねぇか! もちろん返事は『断る』だ。お前を殺せば大金が手に入るんでな? 前金も受け取ってるし、さっさと死んでくれ」
男が腰の鞘から剣を抜いた。
わずかに体からオーラの反応が視える。
「やれやれ……誰の差し金かは知らないが、本当に——ありがたいことだ」
もう俺は、自分の中の獣を抑えられなかった。
口角が不気味に歪むのが解る。
笑いが止まらない。モンスターだけじゃ面白くないと思っていたところだ。
まさかここに来て、対人戦も経験できるとは。一石二鳥だな。
俺も鞘から剣を抜く。
オーラをまとい、笑みを刻んだまま叫んだ。
「精々、俺の血肉になってくれ!」
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