第8話 悪対悪

 全身に少量のオーラを巡らせる。

 肉体能力が強化され、その状態で剣を片手にたっと地面を蹴った。


 眼前に群がる盗賊たちへ接近する。


「速いッ」


 先頭に立ったリーダー格の男性へ攻撃を仕掛けた。

 さすがに先手は防がれる。男の剣とぶつかり、甲高い音を立てた。


「ガキのくせにやるじゃねぇか。あくまでガキの割には、なっ!」


 ギィィィンッ!


 リーダー格の男性に弾かれる。オーラを用いても俺のほうが腕力は下か。

 どうやら放出量が負けているらしい。

 ノルン姉さんに比べたらお互いにぺーぺーもいいとこだが。


「そっちこそやるじゃん。もっと簡単に勝てると思ってたよ」

「ぬかせッ。クソガキ!」


 今度は男のほうが地面を蹴って俺に迫った。

 オーラを武器にまとわせ、器用に攻撃してくる。


 ああすることで強化の特性が武器にも宿る。簡単には壊せない。


 ひらひらと相手の動きを読みながら、右に左に避けていく。

 腕力やオーラの技術こそ相手のほうが上だが、剣術は俺が勝っている。決して避けられない速度じゃない。


「チィッ! おい、てめぇら! さっさとこいつを囲んで殺せ!」

「多対一か。卑怯だな」

「文句あんのか」

「あるよ。けど、関係ない」

「あぁ?」

「サルバトーレ公爵家の人間に、——敗北は許されない」


 後退から一転、男の前進に合わせて俺も前に出た。

 意表を突かれた男の動きが、わずかに遅れる。軌道のズレた一撃を横に躱し、おもいきり膝蹴りをぶち込んだ。


「ぐあっ⁉」


 たとえオーラで肉体を守っていようと、同じオーラをぶつければダメージくらい通るだろ?


 涎を吐いて男は後ろに転がった。


「リーダー!」


 横に展開していた仲間の女が叫ぶ。


 なんだ、女もいたのか。殺すのに性別は関係ないけど。


「ちょうどいい、次はお前だ」


 地面に倒れた男を無視して、くるりと横を向く。視線の先には、声を荒げた女性がいる。


 にんまりと邪悪な笑みを作って、ターゲットをその女に変えた。剣を構えて地面を蹴る。


「ッ!」


 女が俺の接近に体を強張らせた。


 あんまり実戦経験がないのかな? ダメだよ、人を殺す覚悟もないくせに盗賊の仲間になるなんて。

 すぐに命を落としちゃう。


「よっと」


 彼女の首を斬り裂く。

 わずかに後ろへ下がったせいで、傷口は浅い。


「動きに迷いがあるね。それでよくここに来れたもんだな」


 殺し合いにおいて優しさや迷いは捨てるべきだ。捨てない奴から死んでいく。ご覧のとおりに。


 彼女は首元を押さえて後ろに下がった。どくどくと血が流れている。

 あの様子なら十分と立たずに絶命するだろう。即座に視線を横へ戻した。


「てめぇ! よくも俺の仲間を!」


 視線の先には、立ち上がったリーダー格の男がいた。

 男はこちらに向かってくる。剣を構えて俺を殺す気満々だ。


 うん、それでいい。心地よい殺気だ。


 ぶんぶんと振り回される男の剣を、時に躱し、時に弾いて防御する。

 怒りに我を忘れていた。それじゃ俺には当たらない。


「ははっ! 盗賊風情が、仲間を傷付けられて怒ったのか⁉ 今までお前らが殺し、犯し、攫った連中から眼を逸らして⁉」

「黙れ! 俺たちは生きるのに必死だっただけだ! それの何が悪い⁉」

「悪くないさ。悪くない。それが人間の本質で、社会の本質。結局のところ、人は自分勝手に生きていくしかないんだ」


 みんなそうしてる。

 悪いことはしないのが当然だ、なんて考えてる奴ほど苦労し、まともに生きられない。




「肯定してあげるよ。お前は悪くない。誰も悪くない。悪くないから——死んでくれ。だって、




 不用心に突っ込んでくるリーダー格の男に、オーラを最大限まとわせた一撃をお見舞いする。


 防御が遅れ、避けることができなかった男は、俺の刃を受けて大きな斬り傷を負った。


 傷は左の肩から右の腰側まで続いている。致命傷だ。

 溢れるほどの血を流し、どさっと男の剣が地面に落ちる。


 次いで、苦悶の表情を浮かべた男もまた、地面に倒れる。


「り、リーダー……」


 俺の周りを囲んでいた男の部下たちが、頭を潰されて動揺する。


 先ほどまでの殺気はなんだったのか。腑抜けた雑魚を斬っても楽しくないっていうのに。

 まあいいか。


「とりあえず全員殺すけど、依頼主の話でも聞かせてくれたら、一人くらいは逃がしてあげようかな?」


 とんとん、と剣の側面で肩を叩く。おら、早くしろよ。


 俺の提案に、しかし仲間たちは剣を構えて答えた。殺されるくらいなら最後まで抗ってやる、か?


「ふふっ。いいね。そうじゃなきゃ」

『他人に厳しいなあ、ルカは』

「そんなことないだろ」


 俺はむしろかなり寛容なタイプだ。めったに怒らないし、他人の意志は尊重する。


 ただ、罪人には相応しい罰を与えているだけだ。


「あいつらはどう取り繕っても犯罪者だ。これまでに殺人をしていなくても、今、俺を殺そうとしている。殺す立場の人間が、殺される覚悟もしていないなんて——甘えもいいとこだ」


 剣を構えたなら死ね。殺そうとするなら殺す。

 それが俺の価値観で、一種のルールだ。


 良心? 法? 情状酌量? なにそれ。

 いつだって現実は理不尽なもの。俺には関係ない。


『ふうん。その考えには私も同意するけど……ふふ。ルカってば、子供らしくなーい』

「うるせぇ。俺はまだ八歳だっての」


 会話もそこそこに剣を構える。

 向こうの準備も終わったらしい。今か今かと俺の動きを待っている。


 ——だが。


「ん?」


 俺が地面を蹴るより先に、やや離れたところから大きな音が聞こえてきた。

 鈍い音だ。おそらくこれは……。


「足音か?」


 呟いた瞬間、吹雪の奥から巨大な熊が山道を駆け上がってこちらにやって来た。

 魔物だ。今までで一番の大きさを誇る。


「グルアアアア!」

「ま、魔物だああああ!」


 人間の倍はあろうかという巨大な熊の魔物を見て、盗賊たちは一斉に退却を選んだ。


 叫び、仲間やリーダーの体を引きずって撤退する。

 しかし、熊の魔物は非常に速かった。


 あっという間に盗賊たちの下へ迫り、凶悪な口を開けて——がぶりっ。

 盗賊が一人、また一人と食われていく。


 ある者は爪に引き裂かれ。ある者はそのまま直で食べられる。

 阿鼻叫喚の地獄が目の前で繰り広げられていた。それをのんびり眺めていると、


『ルカルカ。逃げなくていいの? あれ、強いよ』


 俺の隣でリリスが言った。


 口端を持ち上げて笑う。


「逃げないよ。サルバトーレ公爵家の人間に、逃走は許されない」

『なにそれ』

「家訓ってやつ。馬鹿っぽいだろ? でも、真理だ。ここで逃げていたら、俺は一向に成長できない」


 一歩、また一歩と前に進む。


 殺した盗賊たちをむしゃむしゃ食べている魔物の下へ向かい、剣を構えた。


「殺すよ。邪魔する奴は誰が相手でもね」


 俺と熊、お互いの視線が重なった。


———————————

残虐な表現が多々ありますが、お許しください!

本作の世界は厳しい世界なんです……たぶん!(ルカが容赦ないだけ)

次回、ルカのさらなる狂気が⁉

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