第33話 小さな正義
MMORPG『モノクロの剣』のイベントが始まった。
イベントの内容は、主人公エイデンの在籍する学院に、とあるアイテムを盗みに賊が侵入してくるというもの。
本来のルートでは、プレイヤーが操る主人公が敵キャラと交戦し、ラスボスの目的を聞く。
それだけに、原作主人公ではない俺は、第二皇女コルネリアを連れてオーラの強化アイテムが隠されたフロアへと足を踏み入れる。
幸運なことに、目当ての薬は二人分あった。それをコルネリアと分かち合うと、薬を飲んだ後で事件が起きた。
原作主人公が、本来のルートとは異なる登場の仕方をしたのだ。
正規ルートなら、逃げる賊のリーダーと校舎内で戦うことになる。ここは隠し通路の先。
校舎内と言えば校舎内だが、ずいぶん景色が変わったもんだな。
「あれって……前にルカに喧嘩を売ってボコボコにされた特待生だよね?」
ちらりと来訪者であるエイデンを見たコルネリアが、そういえばと思い出す。
君は原作だとヒロインポジションにいるべき人物だよ、と内心でツッコみながら、こくりと頷いて彼女の言葉を肯定する。
「ああ、そうだ。エイデン……なぜ奴がここにいる?」
俺が閉じていた隠し通路を見つけ開いたからか? たしかに面倒で内側にあるスイッチを使って閉じたりはしなかったが、タイミングよく見つけるなんてことあるのか? ここは空き教室の一番奥だぞ。
様々な疑問が脳裏を駆ける。が、悠長に思考を巡らせている時間はなかった。
俺が考えている間にも、鞘から剣を抜いたエイデンが、正面で同じく武器を構える黒ずくめの連中に告げる。
「そこは学院の倉庫だ。お前たちのような者たちが入っていい場所じゃない。盗んだ物を返せ!」
「断る! 邪魔だてするなら殺せ!」
「おう!」
エイデンの言葉をきっぱりと拒否し、黒ずくめの男たちが床を蹴った。主人公に肉薄する。
互いにオーラを練り上げ、鋭い剣撃を重ねた。
「ふうん……実力はまあそこそこだね」
「前より強くなってるな」
「そうなの?」
コルネリアは首を傾げるが、実際に剣を交えた俺には解る。
あれから驚くほど成長していた。
少なくともオーラの総量が跳ね上がり、剣術のほうも隙がなくなっている。
面白いな。さすが原作主人公。少し見ない間にすくすくと成長している。
今の彼なら、手加減すればいい勝負ができるかもしれない。
無論、祈祷なし強化魔法なしムラマサなしの戦いならな。
「でもどうする、ルカ。あの特待生が邪魔で戦えないよ」
「そうだな。このまま終わるのを見守るか……もしくは、手を貸すか」
「手を貸す? 私、あんな奴に協力したくないなぁ」
もの凄く不満そうにコルネリアが頬を膨らませた。
どれだけ嫌っているんだ、エイデンのこと。
まあいいけど。
「目的は同じだ。あの黒ずくめの連中を殺すなら、味方は大いに越したことはない」
「むむむ……足を引っ張られない?」
「あいつならギリギリセーフだろ」
少なくとも多対一でよく戦えてはいる。
このまま見守っているだけでも、雑魚なら倒しきれると解った。
問題は……。
「——おめぇら、そこで何してんだ?」
「きたか」
唯一の不安材料が門を開けて外に出てくる。
頭にバンダナを巻いた三十代くらいのおっさんだ。
無精ひげをひと撫でして、仲間たちと戦うエイデンを見る。
片やエイデンも、一度大きく後ろへ跳んで言った。
「お前が賊のリーダーだな。盗んだ宝を返せ!」
びしりと剣の切っ先を向ける。
それに対してバンダナの男は、にやりと笑って返した。
「断る。そんなに返してほしけりゃ、無理やり奪ってみな」
鞘から抜いた剣はカトラス。通常の剣よりやや曲がっている武器だ。
全身にオーラをまとい、仲間たちを後ろに下げる。
「へぇ。あいつ、結構やるね」
隣に並ぶコルネリアが、バンダナの男を見て素直に評価した。
同意見だ。
「あいつは割と強いよ。今のエイデンじゃ勝てないな」
「助ける?」
「いや……まずは様子を見よう」
エイデンが現時点でどれくらい強いのか調べるいいチャンスだ。
それに、ピンチになってから助けて恩を売ったほうが後々回収できる分が大きくなる。
原作主人公に恩を売っておいて損はないだろうからな。
ククク、と笑みを浮かべて観戦を続ける。
コルネリアも俺の意見に異論はない。「りょうかーい」と声を伸ばしてのんびりしていた。
「正義は必ず勝つと解らないのか!」
俺たちがのんびりしている間にも、高速でエイデンとバンダナ男は剣を交えていた。
金属のぶつかる音が何度も響く。
今のところは互角の勝負を演じているように見える。が、バンダナ男は手加減していた。まだ本気じゃない。
対するエイデンは、見るからに全力を出している。余裕のない彼の剣を弾き、バンダナ男の蹴りが主人公の腹部へ突き刺さった。
「かはっ⁉」
「正義とか知るかよ。殺したいから殺す。犯したいから犯す。盗みたいから盗む。それが人間の本質ってやつさ」
涎を吐いて地面に倒れたエイデンを、バンダナ男はにやにや笑いながら見下ろした。
うーん、なんだかなぁ。
バンダナ男のほうに技量があるのは間違いないが、エイデンはエイデンで問題を抱えている。
まだ序盤だからか、力に振り回されている感が否めない。
元々プレイヤーが操作するキャラだ、技量はプレイヤーに依存する。
現実になったこの世界でエイデンがどれくらい強いのか……俺は今だにそれを測りきれていなかった。
「おらっ! 正義がなんだって?」
「ぐっ⁉」
またしてもエイデンに蹴るが入る。
剣すら使われていない。完全にお遊びだな。
一発喰らってからは恐れが出たのか、完全にエイデンは腰が引けている。
ダメージはそんなに受けていないだろうが、あのままでは倒されるのも時間の問題だ。
実際、このイベントのボス戦は負け確イベントでもある。
主人公が負けるのは当然だが、そこでふと思った。
——戦闘する場所が変わった場合、本来助けにくるキャラクターが間に合うのかどうか。
少しだけ不安になり、ここで無意味にエイデンを死なせるのももったいないと俺は考えた。
「そろそろ終わりだな」
すっと部屋の隅から体を出す。
コルネリアが笑みを作った。
「行くの?」
「ああ。あいつに恩の一つでも売ってやるさ」
今後、重要な使い道があるからな。まだ殺すには惜しい。
内心でそう呟き、俺はゆっくりと靴音を鳴らしながら二人の下へ向かった。
途中でバンダナ男とエイデンが俺とコルネリアに気づく。
エイデンの表情に、衝撃が浮かんでいた。
俺はそれを無視してバンダナ男に話しかける。
「よう。俺たちも遊びに混ぜてくれよ」
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