第32話 主人公現る

 訓練場に入ってきた黒ずくめたちを倒し、コルネリアと共に学院のある場所へ向かっていた。


 そこは、空き教室の並ぶ一角だ。奥まで進み、何の変哲もない一室に入る。


「ルカ? こんな所に用があるの?」


 背後では不思議そうにコルネリアが首を傾げた。


 俺は正面の壁をペタペタと触りながら答える。


「ああ。俺の記憶が正しければ、おそらくこの辺りに……おっ、あったあった」


 石造りの壁に触れると、小さな四角形を描くように壁の一部が押し込まれた。

 大きな音を立てて隠し扉が開く。


「な、何これ……隠し通路?」

「学院の倉庫に繋がる通路だ。この先に、普段はほとんど使われない貴重品が山ほど眠ってる」

「なんでルカはそんなこと知ってるの?」

「偶然耳にしただけだよ。コルネリアはどうする? この先にはもう敵が潜り込んでると思う。戦闘になるぞ」

「もちろん行くよー! ルカが殺すなら私も殺す。ルカが死ぬなら私も死ぬ。それくらいの覚悟はあるもん」


「なに言ってんだ」


 ハァ、とため息を吐く。

 やや悲しそうにコルネリアは瞳を伏せた。

 しかし、俺は告げる。


「俺もお前も死なないよ。敵は皆殺しだ。最後に勝てばなんでもいい」

「ルカ……!」


 俺の言いたいことを即座に理解したのか、コルネリアは嬉しそうに声を上げた。


 俺もコルネリアも死なない。俺たちは奪われる側ではなく、奪う側なのだ。

 それを彼女はまだ理解できていない。だから俺は呆れた。


 死ぬ覚悟などする必要はない、と。


 きゃーきゃーうるさいコルネリアと共に、俺たちは薄暗い隠し通路の先を目指した。











 隠し通路をまっすぐ進んでいく。

 幸いにも単純な構造だった。特に迷うことなく、倉庫の傍にいる敵を発見する。


「あ、敵いるね」

「そうだな。見たとこ侵入者対策の見張りか」

「どうする? 突っ込む?」

「……いや。俺の目的地は正面の倉庫じゃない。左側に倉庫だ。あそこまでならゆっくり行けば見つかることはないだろ」

「左……あの寂れた扉の所?」

「ああ」


 俺はゆっくりと左側にある扉へ近づいた。


 バレていない。

 扉はすでに開かれている。ここも侵入者たちは調べたのかな?

 とにかく、問題なく見張りの目を掻い潜って中に入った。


 そこは昔に使われていた倉庫の一つ。

 荒らされ、床にはゴミが散乱していた。


「こんな汚い所に何があるの? ルカ」

「かつて研究者が作った幻の薬があるのさ」

「薬? それを探しに来たってこと?」

「正解。その薬を飲めばオーラの総量が上がるらしい。俺にピッタリだ」


 ゲーム時代は攻略情報をもらって探しに行った。そしてこの部屋でその薬を見つけ、飲んだらちゃんとパワーアップした。


「へぇ! そんな凄い薬があるんだ。いいなぁ」

「新しく見つけたらお前にやるよ」

「いいの⁉」

「その薬、一人につき一度しか効果を発揮しないからな」


 二つ目からはサブ垢とか別の活用方法が生まれる。

 が、今世はサブ垢なんて概念ないし、錬金系に使おうにもその手の才能は俺にはない。

 仮にあっても別にそこまで凄いアイテムでもないしなぁ。


 だったら、一つはコルネリアにやって彼女を強くしたほうがいい。


「やったー! ルカ愛してる!」


 一応、周りに気を使って小さな声でそう言ったコルネリア。

 俺は適当に返事を返しながら薬を探す。


「はいはい、サンキューサンキュー……ん?」


 なんか棚の奥に不思議な感触があった。それを押したり叩いたり横にズラしてみる。

 すると、横に何かがスライドした。


 ガコン、という音を立てて何かが出てくる。

 小さな箱だ。開けると、中には……、


「お、ラッキー。見っけ」


 目当てのアイテムを発見した。


 ゲームだとこの辺りにカーソルを合わせてクリックしまくると見つけられたからな。必ずあると信じていた。


 おそらく設定的には、薬を作った奴が隠しておいたんだろう。

 普通に反則級のアイテムだからな。


「ほら、コルネリアやるよ。二個あったから」

「わー! ありがとう、ルカ」


 ぽいっと後ろにいるコルネリアに小さな瓶を投げて渡した。

 彼女はそれをキャッチすると、何の躊躇いもなく中の液体を飲み干した。


 直後、彼女の体からわずかにオーラが漏れ出る。


「どうだ、感触は」

「うん。解るよ。オーラの量が増えた気がする」

「予想通りの結果だな」


 俺も彼女に続いて中の液体を飲み干す。

 コルネリアと同じように内側からオーラが溢れてくる感覚を抱いた。


 間違いなくオーラが増えている。


「よし。パワーアップもしたし、制御がてら正面倉庫にいる敵でも殺しに行こうか」

「はーい。ムラマサだっけ? その剣の試し斬りする?」

「いや、今回はコルネリアも好きに暴れていいぞ。どうせ敵は余るほどいるだろうからな」

「了解。沢山殺したら褒めてくれる?」

「褒める褒める」


 頭をずいっと差し出してきたコルネリア。彼女の頭を優しく撫でてあげる。

 コルネリアは嬉しそうにはにかんだ。まるで犬だな。


「じゃあ行こっか。楽しみだなぁ」


 踊るように来た道を戻って部屋を出る——直前、俺とコルネリアは同時に足を止めた。


 さっと扉の隅に隠れる。




「お前たち、ここで何をしてる!」




 大きな声が部屋の外から聞こえてきた。

 この声は……。


 ちらりと出入り口から外を除くと、正面入り口傍にいる黒ずくめたちと対峙するように、ばりばり見覚えのある青年の姿が見えた。


 金髪の男性。自信のある表情を浮かべ、剣の切っ先を黒ずめの男たちに向けていた。


 彼の名前は——。


「エイデンか」


 この世界の主人公と思われる初期アバターの青年エイデン。


 彼がなぜここにいるのか。

 俺は、慎重に彼の様子を観察する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る